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竜の卵を拾いまして  作者: おきょう
第六章

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再会と困惑①

 

 シェイラはキッチンにあった調理道具を借り、子供達が好きだからと常に持ち歩いている粉と砂糖でココアを作った。

 

(んー。本当はミルクが入ってマイルドになった味の方が二人とも好きなのだけど)


 ヤギも牛も風竜の里には見当たらないので仕方がない。

 それにミルクは日持ちがしない上、重さもあって持ち歩くことも難しいのだ。

 

「でも甘めにしたから充分おいしいし。ミルクは今度ね。……スピカ? 出来たわよ」


 居間の端に設置されていたキッチンから振り返り、ココアの入ったマグカップを二つ両手に持ったシェイラは、スピカの姿を探す。

 見ると彼女は窓辺に寄り、じいっと窓を凝視していた。

 

(さっきからゴソゴソしているのは気づいていたけれど、一体何をしているのかしら)


 スピカの居る近くには点々と、暑くなって脱いだらしいファーポンチョとブーツが転がっている。

 これが、彼女が竜の姿になると同時に消えるのだ。

 衣服は竜が人型である時にだけ存在している。

 何がどうなってこうなっているのか不思議でならないけれど、悩むほどに訳が分からないので考えない。


「スピカ。せめてスリッパは履きなさい。カーペットが敷いてあっても足元は冷えるわ」


 もう一度声をかけると、スピカは振り返って窓を指さした。


「はーい。ねぇ、ママ、みて! おもしろいの」

「なぁに?」

「こうね、はぁーってするのよ」


 スピカが暖かかな息を吹きかけると、窓が白く曇る。

 そこへ、彼女は指で絵を描いていた。

 

「あぁ」


 曇らせた窓に絵や字を書いてみること。

 シェイラも子供のころ、冬になると窓辺で兄妹達としていた遊びだ。

 すぐに消えてしまうのだけれど、ペンをもっているわけでもないのに線が浮かび上がることが楽しかった。

 懐かしくて、シェイラは目じりを下げながらスピカの隣に膝を付けて彼女の手元を覗き込んだ。


「みててね!」

「えぇ」


 とても真剣そうに指を動かしているので、シェイラはマグカップを持ったまま待機することにする。

 もっとも、ココアが冷めてしまうと心配する必要もなく。 

 ほんの十秒ほどで絵は完成した。


「できたー」

「それは……ええっと、うさぎ? かしら。とっても上手ね」

「ココのおかおよ」

「っ、と、とっても上手、よ?」

「…………」

「本当に……! とってもいいと思うわ」


 ほんの少し、疑いの目で見られてしまったけれど。

 真剣に頷きながら「上手い」と繰り返すと機嫌を直してくれた。


「ママもいっしょにしよ」

「そうね。あ、はいココア」


 ……そうして、ココアを合間に飲みながら、しばらくお絵かきを一緒にする。

 

 スピカが元気なこともあり、二人で遊んでいて気づくともう月が頂点を過ぎてずいぶんたっていた。


「…………えい」

「ひゃぁ」


 シェイラはスピカをぎゅうと抱きしめ、そのまま立ち上がる。

 突然のことに瞬きを繰り返して見つめてくる黒い瞳に、笑って見せた。


「さぁ、もう遊びは終わり。また明日起きられなくなるから休みましょう。ゆっくりでもいいけれど、せめて昼までには目を覚ましてちょうだいね」

「はーい。ふふふっ」


 スピカがシェイラと二人っきりで過ごす時間は、ココの寝静まった後、夜のほんの数時間だけだ。

 ココと三人で過ごすときももちろん楽しいけれど、育ての母を自分だけで独り占めできるこの時間がスピカは一番大好きだった。

 抱き上げられているスピカは顔をシェイラの胸元へと摺り寄せ、頬をゆるませ思いっきり甘えてみせる。


「ママぁ。ごほんよんで?」

「えぇ。何にしましょうか」



* * * *



 ―――そうして、三人とも寝付いた真夜中。


 

「っ………?」


 耳に何かの物音が届いた気がして、シェイラは目を覚ました。

 まだ半分以上まどろみの中に意識を落としながらも、うっすらと、ゆっくりと、薄青の瞳を開いていく。

 目を開くと見えるのは、暗闇の向こうにある板張りの天井くらい。……な、はずだった。

 しかし予想外にも視界一杯に広がるのは、人間の男のシルエット。

 横たわるシェイラの顔の横に手を付け、ベッドに片膝を乗り上げ、覆いかぶさるように顔を覗き込んでくる、男。

 それを見止めたとたんに、ぞくりとした恐怖と嫌悪感が勢いよく背筋を這いのぼる。


「っ……!」


 悲鳴を上げる余裕はなく、一気に目を覚ましたシェイラは手を前へと勢いよく押し出す。


 パンっ―――!


 小さく、彼の顔をはたく音が響いた。

 シェイラが自分の手でその男の頬をぶったのだと気づいたのは、数瞬後のことだ。

 とっさのことで、ただ夢中で手を振り上げていた。

 

「いっ、た……」


 驚きからか痛みからかは分からないが、男は後ずさり身を引いた。

 距離が開いたことに安堵しながら、シェイラは慌てて子竜達を手探りで探す。


「ココ! スピカ……!  どこ!?」


 寝相で転がっていっていたらしい、足元と壁際にそれぞれを見つけた。

 いつの間にか竜の姿に戻っていたらしい。

 そのつるりとした鱗の感触をひっつかんで自分の胸元へと引き寄せる。


「っ………」


 二匹を胸にきつく抱きしめながら、緊張に息をつめ、男の影を睨みつけた。

 シェイラの子竜たちを抱きしめる手は、小刻みに震えている。

 

 しかし、寝起きのおぼろげな視界が次第に鮮明になり、慣れて暗い部屋の中でも相手の顔がなんとか認識できるようになった時。


「え」


 シェイラは見開いた薄青の瞳をぱちりと大きく瞬かせ、、呆然と唇から声を漏らした。


「カザト、さま」

「……………久し振り」


 彼は、おそらくシェイラがひっぱたいたのだろう頬に手を当てて、仁王立ちしながらこちらを睨みつけていた。


 ―――風竜、カザト。

 藍色の髪を高い位置でポニーテールにして結いあげ、その根元に赤い大きな羽根飾りを差している青年。

 少しぶっきらぼうで意地っ張り。でも、人と心を通わせることが出来る竜。

 王都からほど近いロワイスの森で出会ったのは、もう一年以上前のことだ。

 

(風竜ではあるけれど、でもほとんど旅をしていて里には帰っていないはずなのに)


 まさか世界を旅している彼とまた会うことが出来るとは思っていなかった。

 思わずまじまじと彼を凝視してしまうシェイラに対して、カザトはとても不機嫌そうに眉を吊り上げた。

 

「どうして、僕の家にあんたがいて、しかも勝手にベッドで寝てまでいるわけ? 有りえないんだけど」

「え…あ……あっ!! ここって、カザト様の!」


 ココとスピカを腕に抱き、ベッドの上にへたりこんだまま、シェイラは呆然と彼を見上げた。

 ゆっくりとしたシェイラの理解のスピードにも苛立つようで、カザトは頬から手を離すと腕を組み、小さく舌打ちしてそっぽを向く。

 

「久々に帰ったら物の位置とか変わってて、なんでか誰かが自分の家で暮らしてる気配がするし! しかもベッドですやすや眠ってるし! どこのどいつだと思って確かめようと顔を覗き込んだら顔をはたかれるし! 意味わかんなんだけど!」


(……あぁ、カザト様の家だから、こんなに人間らしい様相をしていたのね)


 彼はおそらく結構な年月を、人間の女性と一緒に過ごしていた。

 だからこれほどに、この家は人らしい住処なのだと納得がいった。

 未だに驚きから立ち直れず、呆けたまま、どうでも良いことを考えてぼうっとしているシェイラに、カザトは更なる睨みを利かせた。

 きつい眦を向けられ、ピリッとした竜の怒りの気配を垣間見させられて、やっとシェイラは彼が本気で怒っていることを理解し、背筋を冷やした。


「す、すみません」


 カザトからすれば、自分の留守中に知らぬ間に他人が住み着いていたのだ。

 怒らないほうがおかしい。

 シェイラは頭を下げながら、説明をする。


「その…私、ココとスピカと旅をしているんです」

「あぁ。なんか一匹増えてんね」


 カザトがちらりとシェイラの腕の中の黒い竜を見た。

 結構な騒ぎにも関わらず、子供達はずっと眠っている。

 

「あ、この子はスピカといいます。黒竜の子なのですが」

「は!? 確かに黒いけど、黒竜!?」


 黒竜という存在に驚くカザトに、シェイラは彼が旅の間シェイラ達についての何の情報も他の竜達から得たりはしていなかったのだと察し、事細かく説明した。

 シェイラが白竜の血を引いているということ。

 そして竜を選んだということ。

 スピカと出会ったことや、三人で旅に出たことを。


 カザトは、最初は驚いていたけれど、話せば話すほどにピリピリとした空気を強くさせていく。

 

「……で? 旅にでて、この里についたまでは分かったけど。何で僕の家に不法侵入してんの」

「えええっと……『ここ使っとけば?』と言ってもらって……」


 カザトは大きく、それはそれは大きく、深い溜息を吐き、窓の外に視線をずらした。


「あぁもうっ、本当に里の連中は適当すぎなんだから。プライバシーって言葉知らないのか。知らないよなぁ。誰も興味持たないからって放置せず、鍵つけとくんだった……」

「あの、カザト様」


 ぶつぶつと里の風竜達への文句をつぶやく彼に、シェイラはベッドの上から身を乗り出しつつ、訊ねてみる。

 シェイラはネグリジェのままどころか、髪も寝起きの乱れたままだ。

 直したいのは山々だが、膝の上で健やかに眠っている二匹が服を思い切り掴んで擦り寄って来るので簡単に動くことが出来なかった。


「カザト様は帰って来て、この家で暮らすのですよね」

「ちょうど近くを通りかかったから、久しぶりに帰ろうかなって思って。冬が明けるくらいまで留まるつもりだったけど」

「そう、ですか…………」

「…………」


 眉を下げたシェイラと、腕組をしたまま不機嫌そうに目を細めるカザトの視線が交わる。

 

 この家以外に、もうシェイラ達が寝泊まり出来る場所は風竜の里には無いと聞いていた。

 しかしカザトという本来の家主が帰って来た以上、出て行かなくてはならないだろう。


(ど、どうしよう……)


 この雪の中、放り出されてしまうのだろうか。



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