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竜の卵を拾いまして  作者: おきょう
第六章

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冬の報せ②

 シェイラはココとスピカに挟まれる形で、ゴロリと寝転んで夜空を見上げていた。

 視界いっぱいに広がる、満点の星空に興奮し、思わず声が跳ねてしまう。


「凄いわ。空気が澄んでいるからかしら。余計に明るく見える気がする。……はぁー」

 

 星を見ながら息を吐くと、白いもやが目の前に浮かんだ。

 こうやって深く呼吸をするたび、肺が洗われていくような感覚がした。

 寝転んでいる体勢で、しかも地面には雪が積もっているから、当然身体はとても冷たいけれど。それでも、いつまでもここに居たいくらいに広がる世界に、空気に魅了された。


「—――これこそ、大自然って感じ」

「きれい」

「ねー」


「気に入ったか」


 寝転びながらクスクスと笑いを交わしていたシェイラ達の会話に入って来たのは、男性の声。

 すぐ傍の木の幹に腰かけて、首を伸ばし、瞬く星空を彼も見上げている。

 彼は三十歳前後に見えるほどの容姿で、藍色の髪をしていた。

 藍色の髪のサイドの一房のみを三つ編みにし、他は流したまま背中の中ほどまで伸ばした髪型だ。

 そんな彼へ、後ろ手をついて少しだけ身を起こしたシェイラは笑顔で応えた。


「はいっ。 風竜の里って、とっても素敵です!」

「そうか」


 軽く笑い返すこの男。

 名をアシバという、風竜の雄だ。

 

 そのあまり口数の多くない静かな雰囲気に、シェイラはなつかしさから薄青の瞳を細めた。


(やっぱり、似ているわ)


 彼はヴィート……港町のルヴールでシェイラが最期を看取った風竜の息子だそうだ。




 ――――妹のユーラの誕生日を祝う為に帰っていたストヴェールの実家を発ってから、もう三ヶ月。


 シェイラたちは途中でいくつかの村や町へ数週間ずつ滞在し、ちょうど一週間前にこの風竜の里に着いていた。

 到着するなり、シェイラはまずなによりもヴィートの身内に会いたい旨を一番に伝え、ヴィートが亡くなったことを家族である彼に知らせた。

 風竜の里を目的地にした理由が、それだからだ。

 父親が亡くなった知らせだというのに、成竜となった後からはほぼ関係を持っていなかったようで、「そうか」と一つ笑って肩をすくめるだけという反応だった。

 それでも「知らせてくれて感謝する」と藍色の瞳を細めながら言ってくれて、そのまま流れで、この風竜の里に居る間、シェイラ達の傍に付いてくれることとなった。


 最期に一瞬しか笑顔をみせてくれなかったヴィートと違い、息子のアシバはよく笑う。

 明るく元気に声を出して、ではなく。静かに、大人っぽく口端をあげた笑みを浮かべる。

 アシバは無口だが落ち着いた、大人っぽい性格で、もしかすると若い頃のヴィートもこんな感じだったのかもと、荒んだ雰囲気の彼ばかり見ていたシェイラは少し寂しい気分になった。




「わっ、風が……」


 ふいに――――ぶわり、大きな風が吹き、身を襲った冷気にシェイラは身を縮める。

 ここは大きな山脈に挟まれた峡谷という地形から、常に強い風が吹く。

 冷えた風が吹くたびに積もる雪は大きく舞い上がり、月明かりに照らされた雪の一粒一粒が煌めいて見えて、また趣の違う幻想的な美しい景色を作り出していた。


(あぁ…もう、風竜の里の冬の景色って本当に素敵。でもさすがに……雪積もる場で常に風が吹いているのは寒くて敵わないわ)


 たった五分ほどしかここに居ないのに、身体は完全に冷えきってしまっている。

シェイラは手袋に覆われた手をこすり合わせたけれど、まったく温かくならない。


「……あら」


 隣を見ると、同じく寝転んで星を見ていたココはすやすやと寝息を立てていた。


「この寒さで寝られるなんて。平気なのかしら」


 心配で顔を覗き込んだが、ふっくらとした頬は血色良く赤みを帯びていて、とても幸せそうにむにゃむにゃと言葉にならない寝言を紡いでいる。


「火竜は寒さに弱いはずなんだが。始祖竜だからか? それでも凄いな」


 アシバが面白そうに「ふはっ」と笑いを漏らした。


「だが流石に眠るとまとう火の気の調節も難しいだろう。早く寝床落ち着かせて毛布でくるんでやるといい」


 雪の上で眠ってしまったココを、こちらに寄って来たアシバは抱き上げてくれる。

 頃合いだろうと、彼に合わせてシェイラも立ち上がった。


「スピカは大丈夫?」


 少し身をかがめ、いまだ雪の上に寝転んでいまだに楽しそうに星空を眺めていたスピカの脇に手を差しこんで持ち上げ起こす。


「ぜんぜんへいき!」

「そう、良かった。さぁ、帰りましょう」

「え。やだー! もうちょっと遊ぶぅ。ねぇ、しぇーらママ。ゆきだるまつくろ?」

「さすがにもう今日は外の遊びは駄目よ。それにしてももう遅いのに……スピカはまだまだ元気そうね」

「ふふん。ココはいっつも、ねるのはやいのよねー」


 夜中まで起きてられることが誇らしいとばかりに、スピカは胸を張ってみせる。

 シェイラは雪の上に降ろして彼女を立たせながら、その黒い綺麗な瞳を覗き込んだ。


「そのぶんココはスピカより朝は早いわよ?」

「え、えっと! だ、だってスピカ、こくりゅうだから。あさは、ちょ、ちょっと」

「あらあら。だったらココが夜に弱いのも揶揄(からか)ってはいけないわ」

「うー…! しぇーらママ、なんかいじわるっ!」

「ふふっ」

 

 地団太を踏んだあとに頬を膨らませたスピカは、ぽふっと勢いよくシェイラの腰に抱き付いてきて、中腰になっているシェイラの腹部に顔をうずめ頬ずりしてきた。

 可愛い拗ね方に、シェイラは目を細めてからスピカの頭を撫でた。




「さ、もういいだろ。寝床まで連れてってやる」


ココを抱いてくれているアシバが先を歩きだしたので、シェイラはスピカの手を取って三歩ほど後をついていく。


 同時にまた、風が吹く。

 ビューーーウと音を立てて吹きすさぶ風に、シェイラは思わずぎゅっと身を縮めてしまう。


「やっぱり寒いわ」

「さむーい!」

「アシバ様は、平気そうですよね。どうしてですか?」


 顔色を一切変えずに平然としている彼が不思議で、夜の雪景色の中を歩きながら聞いてみる。


「寒いのは寒いが、この季節の風の心地好さは逸品だからな」


 静かに微笑みながら、男は心地よさそうに風を感じて表情を緩めていた。


「寒さより、風を取りますか……」

「当たり前だ」


 当然だろうという表情で言われてもシェイラには分からない感覚だ。


(でもこれが風竜というものなのね)


 新たな竜の一面を知れたことに、竜をこよなく愛するシェイラは嬉しくて目を細めるのだった。


(……うーん、でも)


 風の吹く夜空に白い息を吐き出しながら、シェイラは眉を下げた。

常に風が吹き付ける渓谷という土地柄、シェイラはどうしても風に髪が煽られてぐちゃぐちゃになるので、里に着いた後からはずっと、しっかりまとめ髪にしていた。

それでも崩れ気味になってしまう髪が、常にちょっと気になってしまう。


 格好はといえば、スカートの下には防寒ついでにめくれても大丈夫なように膝丈ズボンを穿いている。

 ズボンのみというのは少し落ち着かなかったから、あくまでスカートの中に隠れるように。

 足元は中敷きに毛皮を使ったロングブーツだ。


 そして、ちらりと隣を歩くスピカを見る。

 いつの間にかスピカの髪はツインテールに、服はいつの間にかキュロットスカートになっていた。上着はもこもこファーのポンチョタイプで可愛い。


(術で着る服が作れるってとっても便利。ちょっと羨ましいわ)


 ボリュームがあるために持ち歩きに不便な今着ているブーツや分厚いコートは、温かい季節になれば実家か城に送ってしまうか、もしくは人里に下りた時に町の中古店に売るかしないと、荷物が大変なことになる。

 スピカやココのように自分で自分の身に纏う服を作り出すことが出来たら、荷物をそんなに持てない旅でもお洒落が出来るのに。


 さらに羨ましいと言えば、シェイラの髪は纏めていても強い風にあおられるとすぐに大変なことになるのに、他の風竜たちは髪の長い人型の者であってもそよ風程度ぐらいしか髪は揺れていないのだ。

 自分の周囲の風を常にちょうどいい感じにしているらしい。

 この辺りも、出来れば丁寧に解かしたサラサラな髪を維持したい年頃の乙女心的な気持ちからすれば喉から手が出るほどに欲しい能力だった。


「風の術は風竜ならではなものでしょうし……でも、せめて自分の身に纏うものを変える術を使えるようにはなりたいわ」


 スピカの手を握った手と反対の方を、胸の前でぐっと握り締めて、決意を口に出す。

 ココを抱いてくれつつ一緒に歩いているアシバが「ふむ」と小さく頷いた。


「普通の竜なら息をするより簡単に出来るはずなんだがな。人間の血と混ざると難しくなるとかは有るんだろうか」

「どうでしょう。実際まだ飛ぶくらいしか竜らしいことは出来ないので、何も分からないです」

「そうか。まぁ、出来なくても困らないだろう」

「いいえ。服はとても重要ですので」

「うんうん。かわいいのは、じゅうようよ」


 シェイラとスピカが強く頷き合うと、アシバは苦笑してまた「そうか」と頷いた。


「簡単なものだし教えるくらいしてやる」

「本当ですか! アシバ様、ありがとうございますっ……!」


 そうして話している間に、辿り着いたのはシェイラたちがこの里に滞在する間借りることになっている小さな家だ。

寝室でココをベッドに寝かせたあと、アシバは自分の巣へと帰って行った。



 ヴィートの息子であるアシバが、シェイラ達に「ここを使え」と軽く言ってくれた家は、空き家では無かった。


 今は家の主が留守にしていて、当分帰って来そうにないから使っとけば?ということらしい。

 いいのだろうかと思いながらも、ここ以外にあいている家はなく、あとは野宿になる。

 暖かな季節ならともかく、この寒空の下での野宿は危険だと判断して恐縮しながらも借りることにした。

 もっとも、常に風に吹かれていたい風竜の多くは野外につくった巨大な鳥の巣のようなものを寝床としていて、雨も風も受け放題だったりするのだが……。


 ココが起きてしまった時に気づけるようにほんの少しだけ扉を開けた状態で、シェイラはスピカと寝室の隣にある部屋に落ち着いていた。


「お茶を淹れましょうか」

「ここあで!」

「はいはい」


 暖炉の火の上で暖めたお湯でお茶を淹れながら、シェイラは室内をしみじみと見まわす。


「……やっぱり、ずいぶん整った家よね」


 そう。ずいぶんと整った、まるで人間の家のような家なのだ。

 寝室には一つのベッド。

 シングルサイズだから少し狭いものの、雪の積もるこの季節、子竜達とぎゅうぎゅうにくっ付いて眠るのは温かくて心地がいい。


 寝室から繋がった居間の窓際に置かれたソファにはグリーンのチェック模様の柔らかなクッションが二つ。小さな本棚も、文机もあれば、コートかけにはコートと帽子が吊るされていたし、動物を模した小さく可愛らしい焼き物が飾っていたりもする。

 その隣の部屋には小さなキッチンルームもあり、食器も調理道具も普通に揃っていた。


 なんというか、とても『人間らしい』家だと思った。


「水竜の里には、こんなに生活感のある家はなかったわ。なんとなく、男性の部屋だと思うのだけど」

 

 置いてある衣服や、パブリック類の趣味からして、若い男性っぽい。


 なににせよ、家具らしいものはベッドとダイニングテーブルのみだった水竜の里とはずいぶん違う。


(他の風竜の家もこうなのかと思ったけれど、この数日すごしたうえで何度か入らせてもらったどの家も、ここまで整っていなかったわ。きっとこの家の主が特別に人間に近い生活を送っているというわけね)


 今は旅に出ていると聞いた、この家の主。

 普段は外で生きているから、人の生活にこうまで馴染んだ家に暮らしているのだろうか。

 ぜひとも会ってみたい。


「どんな竜なのかしら」


 好奇心が、湧いてくる。

 

 この里にいる間に帰って来てくれるだろうか。

 

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