人の幸せ、竜の幸せ③
シェイラとソウマの婚約が決まった。
互いの保証人立ち合いのもと、普通なら書面での約束を交わし、大々的にパーティーなどを開いて発表することになる。
ただシェイラは家族への竜の血の影響を避けるためにもうこれ以上の滞在を望まなかった。
ソウマも、行動を共にするアウラットの立場上、近いうちに城へと帰還しなければならない。
その為に準備期間を設けられず、結局三日後には取り急ぎの書面を交わし、身内のみでの祝いの席が開かれることになったのだ。
シェイラの提案で、ユーラの誕生会のやり直しも兼ねたものになり、ユーラの一番の友人である幼馴染のオレンジ家の双子が招待された。
あとはアウラットとソウマとストヴェール家の面々のみ。
庭にテーブルとイスを出してのガーデンパーティの形式でのささやかな祝いの席が、今開かれていた。
すでに書面への印も済ませ、それぞれが好きなように庭に散らばり歓談を楽しんでいる状況だ。
そんな中、シェイラは赤らんだ頬を両手で挟みながら身を縮こませていた。
「うぅ……恥ずかしい……」
赤い鱗が特徴の火竜のソウマとの婚約ということで、シェイラは珍しく赤いドレスを着ているのだ。華やか過ぎて、落ち着かない。
「こんな派手な色、絶対に合わないわ」と否定するシェイラに対して、ユーラや侍女たちは「ただの思い込み! 絶対に似合わせてみせるから!」と結束して立ちはだかり、結局、竜のこと以外ではとんと押しに弱いシェイラは負けて、赤のドレスになったのだ。
「全然変じゃないって。気にしすぎだ」
隣でワイングラスを傾けるソウマが笑うけれど、シェイラは首を振る。
「こんな派手な色、慣れてなさすぎて落ち着かないです」
目立つこと、注目を浴びることを彼女は得意ではない。
華やかで鮮やかな色は自分には似合わないと思っている。
そう言っているのに、大きな薔薇の花飾りまで頭に飾られてしまった。
首元には、ドレスと火竜の色と合わせた大ぶりなルビーのネックレスが輝いている。
どうにも落ち着かずにそわそわしっぱなしのシェイラの顔を、ふいに身をかがめたソウマが覗きこんで来る。
「あ、の?」
そして視線が絡み合うと同時に、彼は優しく口元を緩ませながら、本当に嬉しそうな顔をしながらいうのだ。
「すごく可愛い。俺に合わせて赤を着てくれたんだろ? こういうの、嬉しいものだな」
「っ……」
カアッと、顔に血がのぼっていく。いつだってソウマは結構ストレートに、シェイラのことを「可愛い」と誉めてくれる。回りくどいことが苦手な彼の性格だろうけれど、とても…とても恥ずかしい。そしてとても嬉しい。
その感情を伝えるにはどんな言葉が適切なのか。
どう返答をすればいいのかと狼狽していると、突然背後から声が上がった。
「お姉さまは、着慣れないだけよ!」
「ユーラ」
振り向くとどうやら話しを聞いていたらしいユーラが握りこぶしを握って、やけに張り切った様子で力説する。
「昨日も今朝も言ったと思うけれど、シェイラお姉さまのような控えめな顔のつくりは、つまりメイクでいくらでも華やかに飾ることが出来るのよ。それってとってもとっても素敵なことなのよ!」
彼女の勢いに気おされているシェイラが反応する前に、ユーラは更に熱く語る。
少し旅に出て離れている間に、ユーラはメイクというものを覚えていた。
そして結構、夢中になっているらしい。
シェイラが化粧をしだしたのは十四の頃、社交デビューに合わせてだったが、彼女はそれより一年ほど早いようだ。
「お姉さまは派手なのは似合わないって、メイクも服も何もかも薄いものばっかり。もっと色々試してみるべきだと思うわ。お洒落って、とても楽しいじゃない」
「可愛いものはもちろん好きだけれど。で、でも目立つの苦手だし」
妹の意気込みに押されて、シェイラは思わず一歩足を引いてしまう。
「ファッションなんて好き好きだし。実際お姉さまには清楚なデザインで淡い色合いのものが似合っているから、いいと思うけれど。でも、こういう時くらい思いっきり目立つ格好をするべきだと思うのよね。今日のお姉さま、とっても可愛いもの。苦手意識をもつ必要なんて絶対ないわ!」
「有り難う……」
「うんうん。可愛い」
「そ、ソウマ様までっ……」
二人に揃ってはっきりと言われると、もう頷くしかなくなる。
……女性は特に、髪型やメイクや立ち居振る舞いで、いくらだって見た目の雰囲気は変えられる。
それらを鮮やかな色に合うようにすれば、もちろん違和感も無くなるだろう。
それでもシェイラ自身が派手な姿をした自分に慣れずに、どうしても微妙な気分になってしまう。華やかで鮮やかな妹のような子に憧れるのに、いざ自分が同じような恰好をすると戸惑ってしまうのだ。
「でも、うん。そうね。今日くらいは、ね……」
実際、鏡に映った自身の姿も、別におかしなものには見えなかった。
ただ、派手で恥ずかしいというだけだ。
(ココもスピカも可愛いって言ってくれたし)
その子供達は少し離れた場所で兄二人に肩車をしてもらって大はしゃぎしているのが見えた。
兄たちはシェイラやユーラの子守りをよくしてくれていたから、本当に子どもの扱いにたけている。
ちなみに父と母は、アウラットと歓談中だ。
「あら、シャーロットとニコルは?」
ふと、客人であるオレンジ色の髪をしたオレンジ家の双子の姿が見えないことに首をかしげれば、シェイラの背後をユーラが指した。
振り返ると、そこのテーブルで、ニコルは自分の手の中にある小皿に夢中でこんもりと料理を盛り付けているところで、シャーロットは彼の隣でその様子を呆れた表情で見守っていた。
ニコルの手の中にある皿にのる量は半端ではない。
少しでも衝撃を与えれば、山と積まれた食べ物は転がり落ちるだろう。
料理を積んでご満悦な顔をしているニコルに反して、周囲の者ははらはらする光景だ。
シェイラ達が彼らに視線をよこしたところで、ニコルはふと思い出したかのように顔を上げて、こちらを向いた。
「そうだそうだ。俺さ、ちょっと、ユーラに言っておきたいことがあって」
「……? それなら私達は外しましょうか」
ニコルがユーラを名指し向き直ったことで、自分たちは聞くべき話ではないかもと思ってそう言った。
しかし本人が「別に大したことじゃないし、構わない」と返答したので、そのままとどまることになる。
そして彼は、フォークに突き刺した肉片を振りながら、胸を張って宣言する。
「俺、決めたんだ」
「決めたって、何を?」
「俺も、ユーラと一緒に騎士見習いの試験、受けることにした」
「「え!?」」
ユーラとシェイラが目を見開いて驚きの声を上げた。
ソウマは「へぇ」と小さく声を漏らすのみで、シャーロットは事前に知っていたのか苦笑している。
「ユーラが騎士見習いの試験を受けるって聞いてから、ずっとなんか、置いて行かれたような気分が続いてて。なんかだんだん、自分だけが趣味で満足して終わらせるなんて、ユーラに負けるみたいで悔しくなってきた」
だから、と彼は言葉を続ける。
「俺さ、ユーラとはずっと張り合える好敵手でいたいんだ。その為に、ずっと同じ場所に立って戦えるように頑張る!」
ニコルの言葉を聞いたユーラはしばらく呆けた様子で目を瞬かせたあと、大きく何度も頷いた。
「っ………そっ、そう。そうなのね! 動機が剣を極めたくてとか、民を守りたくてではなく、私に負けたくないからと言うのが少しどうかとも思うけれど……でも、それなら一緒に頑張りましょう!」
「おう!」
ユーラの頬が赤くなっていることに、口元が緩んでいるのに少しの意地を張って笑うのを我慢しているように歪んでいることに、すぐに手の中の皿の料理に夢中になったニコルは気づいていない。
「恋人じゃなくライバルでいいものなのか?」
二人を見守っていたソウマが小声で、シェイラの耳元に訊ねてきた。
シェイラはくすりと小さく笑いを漏らして視線を返す。
「十三歳でしょう? あの年頃の男の子に、恋愛を意識しようというのもまだ難しいのでは? ニコルのような性格の子だと特に」
「やっぱりこういう面では男の子は成長がゆっくりよねー」
同じ年であるシャーロットがなんだか訳知り顔で頷いている。
「へぇ。人間って、そういうものなのか」
「全ての人間がそうではないですが、精神面では女の子の方が早熟だとは言われていますね。……あ、シャーロット」
「なあに?」
シェイラはシャーロットとニコルを交互に見ながら、口を開く。
「ニコルが騎士になるということは、シャーロットは」
「もちろん、家を継ぐわよ?」
商家であるオレンジ家の子供はニコルとシャーロットの二人だけだ。
長男であるニコルが騎士になるということは、シャーロットは婿を貰い家を継ぐということらしい。
シャーロットは、少し頬を染めてはにかみながら言う。
「実は、最近うちの父の下に付いた人が、少し気になっていて。頑張ってみようかと思って」
「まぁ」
「ほう」
「え、何それ! 私知らない!」
「俺も! 最近入ったやつっていうと…あいつか……!」
シャーロットの告白に、ユーラとニコルが食いついて質問攻めにしだした。
その様子をシェイラはソウマと共に相づちを打ちながら見守る。
そうしながら視線を周囲へと見回すと「あぁ、帰って来たのだな」と、やっと肩の力が抜けた気がした。
爽やかな秋晴れの空の下、自分の生まれ育った場所に、子竜たちの楽しそうな笑い声が響いていて。
家族や、友人もにぎやかに笑いあっていて。
もちろんアウラットも、隣にいるソウマも、笑顔でいてくれている。
大好きな人たちが居るここが、大好きだと思える。
「うん」
「ん?」
一人頷いたシェイラに、ソウマが不思議そうな視線を送ってきたので、シェイラは気持ちのままに笑う。
楽しくて幸せだと、なんだか自然と頬が緩んでしまって、そのへらりとした力の抜けた笑顔にソウマは何故か一瞬、赤い目を瞬かせ。
直後、たくさんの人の居る前なのに、どうしてか突然、シェイラの唇へと口づけを落とした。
「っ……!!!!」
真っ赤になって文句さえも出てこないシェイラと、愛おしそうに婚約者を見下ろすソウマの姿に、周囲の人々は冷やかしながらも祝福の言葉を、口々に贈るのだった。
第五章は完結となります。
お付き合い頂きありがとうございました!!
婚約もして何だかまとまった感じですが、まだ続きます。
第六章への準備期間に少し間が空きます。
次章くらいからどんどん竜の力ふるって頂こうかなーと思いますので、何卒どうぞ宜しくお願いいたします。




