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竜の卵を拾いまして  作者: おきょう
第五章

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人の幸せ、竜の幸せ①

「じゃあ行って来る。男手が減るのだから、戸締りはしっかりするんだぞ」

「はい」


 馬屋に近い裏口の扉を開きながら外套を羽織るグレイスに、シェイラを含めた屋敷の女たちは不安な表情で頷いた。

 レヴィウスとスピカが居なくなったことが発覚して既に一時間ほど。

 屋敷はもちろん庭なども全て捜索し終えた。

 そしてどう考えても敷地の周辺にはいないと結論が出た。

 

 兄はもちろんだが、幼い竜の子が消えたことも大問題だ。

 これから父を初めとした男たちが外への捜索に出ようとしているところだ。

 次兄のジェイクと家臣の数人は既に馬屋に向かい、今ごろ手綱などを取り付けているだろう。


「お父様、お気を付けて。お兄様とスピカをどうかお願いします」

「あぁ、大丈夫だ」


 そう言って、グレイスは扉の向こうへと消えた。




「…………」


 父のグレイスが外へと出てしまっても、シェイラは裏口の傍から動けないでいた。

 使用人の女性陣と、母、妹のユーラが場を離れて。

 それでもシェイラはずっと、足をその場に縫い付けられたまま。


「…………」


 瞼をわずかに伏せ、胸の前で震える両手を握りこんで、重い息を吐く。


「シェイラ」

「リリ……アナ」


 とんと肩を叩かれて振り返れば、この数日で少し痩せたリリアナが立っていて、優しく微笑んでくれた。

 ほとんど寝ずの看病をしていた彼女は、シェイラ以上に顔色が悪い。なのに気丈にシェイラを気遣ってくれる。


「大丈夫よ。スピカも、レヴィウスも、きっと大丈夫。さぁ、ここは冷えるわ。眠れないにしてもせめてベッドに戻って横になりましょう。ココはまだ部屋で眠っているのでしょう? 傍にいてあげないと」

「えぇ……」


 使用人に任せているココは、騒動にも動じずにすやすやと眠り続けている。


 レヴィウスが目覚めたのは良い事。

 だから何がきっかけだろうと構わない。

 でもどうして突然、幼い子供を連れて彼が外へと出てしまったのかが分からないのだ。


(竜を嫌うあまりに、スピカを遠くに放り棄ててこようとか……)


 シェイラはリリアナの前では口に出せないことを、つい想像してしまった。

 あの思い切り竜を拒絶していた姿を思い出せば、有り得ないことではないかもしれないと思えてしまう。


(ううん。――-お兄様に限ってそんな)


 幾らなんでもそこまで傍若無人ではない。

 シェイラの知っているレヴィウスなら。

 まだ、自分のことを妹だと思ってくれているのなら。

 シェイラが一番に大切にしている存在に危害を加えるようなことはないはずだ。


(倒れる前も、スピカのことを心配してくれていたみたいだし。――信じるわ)


 ぎゅっと、胸の前で握る手に力が入ったとき。


「……?」


 目の前の扉の向こうが急に騒がしくなって、シェイラはリリアナと顔を見合わせる。

 扉越しにくぐもった音が、聞こえた。


『馬鹿者が……‼』


 グレイスの怒りの滲んだ声の直後に、パンッと何かを叩くような渇いた音がなる。

 シェイラはリリアナと視線を交わして頷き合い、急いで裏口の取っ手を開いて、外へと飛び出した。


「お兄様!」

「レビィ!」


 暗闇の先に居たのは、今にもレヴィウスにつかみかかろうとしているグレイスと、彼を必死に止める次兄と家臣たち。

 そして殴られたのだろう頬を手で押さえ顔をしかめているレヴィウス。

 一人だけ馬にのったままのスピカは、口と瞳を大きくあけてぽかんとしている。

 そしてどうしてか、良く知った赤い髪の男も、レヴィウスのすぐ後ろに立っていた。


「え……ソウマ、さま?」

「あぁ、シェイラ。起きてたか」


 シェイラに気づいたソウマは、こちらを振り向いて片手をあげ、緊迫した空気を無視してへらりと笑う。


「どうして、ソウマ様とお兄様が?」

「レヴィ!」


 不可思議な組み合わせに立ち尽くすシェイラの脇を走り抜け、リリアナがレヴィウスへと駆け寄り抱き付いた。


「もう! 何を馬鹿なことしているのです!!」


 泣き出しそうな顔でレヴィウスを強く抱きしめる。


「リリアナ。……悪かった」

「許しませんわ! 突然意識を失って目覚めなくなったかと思えば、次には姿まで消してしまって! わ、私がっ、どれほどに不安だったか……!」


 胸元に縋り付いて、ついに泣き出してしまったリリアナの頭を、レヴィウスは愛おしそうに抱き留めながら撫で梳いた。

 実の兄のラブシーンを見るのはなんだか恥ずかしい。

 シェイラは意識して視線をずらしつつ、ソウマとスピカへと小走りに近づく。

 父グレイスも同じ心境らしく、掴みかからんと振り上げていた腕を降ろし、さりげなく距離を置き、家臣に出していた馬を馬屋に戻すように指示している。


 しかし次にリリアナが上げた声に、みんなが反らしていた視線はすぐに兄へと戻ることになる。


「まぁ! レヴィったら全身傷だらけではないの! 何があったの!?」

「え!?」


 振り返り、はっとしてシェイラはすぐ傍にいる、まだ馬の上に乗ったままのスピカへと両腕をのばす。


「スピカは大丈夫? 痛いところはない?」

「うん。へいき」


 幼い身体を抱き上げ、顔や、袖口から覗く手を確認して無事なことに安堵の息を吐いた。

 次いで、ソウマを見上げて眉を寄せる。


「ソウマ様も、傷だらけ」

「あー…あはははは」

「笑いごとではありません」


 暗闇の中で最初はよく分からなかったけれど、レヴィウスも、そしてソウマも身体の全身といっていいほどに多数の傷を負っていた。

 スピカを足元に降ろしてからソウマの手を取って袖口をまくり上げて見てみる。

 全ての傷は軽い切り傷のようで、もう血もとまっている。

 安心して肩から力を抜いたシェイラは薄青の瞳を細め、じとりとソウマを睨みつけた。


「何を……していらっしゃったのですか」

「えーっと……」

「スピカと、レビィお兄様と、ソウマ様で。こんな真夜中に大勢の人に心配をかけて。迷惑をかけて、こんな傷まで作って、一体何をしていらっしゃったのですか?」


 普段よりもずっとずっと低い、唸るようなシェイラの声に、ソウマが頬を引きつらせ、一歩後ろへと足を引く。

 同じ表情のままでスピカを見ると、スピカはさっと顔を背けて、ソウマの後へと隠れてしまう。

 少し距離を開けた場所に居るリリアナも同じような顔でレヴィウスを見上げ、同じようなことを訊ねていた。



「まぁ……まずは傷の手当だな。皆、家に入りなさい」


 空気を切り替えるように手を二度叩きながら告げた父の言葉に、まだまだ怒り足りないシェイラとリリアナは頬を膨らませたままだが、とりあえず頷いた。




* * * * *






「スピカ、できるよー! にんげんの、ちょっとのケガくらい! スピカができるよ!」


 屋敷の居間に集まった後。

 まずは怪我の治療の為に医者を呼ぼうとした大人たちに、スピカが両手をあげて飛び跳ねながら主張した。


「そう?」


 人間の擦り傷程度なら、まだ幼く拙い術しか使えないスピカでも治療することが出来るのは、旅の途中に友達になったマイクの一件で実証出来ている。

 ただし人間の、軽傷ならば。という程度だ。


「竜……でも、人間の姿を取っていれば治療できるのかしら」


 精霊の治療は出来なかった。

 人型をとっているけれどソウマは人ではない。

 今のスピカの術で治療できるものなのかと、シェイラは首をひねる。


「やってみれば分かるだろう。スピカ、頼む」


 そうやってソウマがシャツのボタンをはずし、前を(くつろ)げた恰好でスピカの前にしゃがみ込んだ。


「はーい」


 スピカが気合いを入れて両手を広げ、ソウマの方へと突き出す。

 その様子を、シェイラはじいっと凝視した。

 素肌をさらしたソウマの姿に恥じらうよりも、黒竜の術への興味の方が強かった。

 きらっきらに輝く期待のこもった目は、ソウマとスピカの間をせわしなく行き来していた。


「んんんー!」


 スピカが小さな体の内側から力を絞り出すかのように、突き出した手の平へ意識を集中させるのが分かる。

 そうするとゆっくり、ゆっくりと、しかし目で見て分かるほどに徐々にソウマの肌についていた無数の傷口が消えていく。


「わぁ」

「へぇ、これは凄いな」


 兄が帰ってきたことを知って駆けつけ、部屋の端に立って見守っていた次兄のジェイクとユーラが歓声を上げる。

 母は相変わらずおっとりにこにこ微笑んで控えている。

 シェイラに至っては感動で声も出ず、興奮のあまりに頬を赤らめてその様子を一心に見ていた。


(凄い……)


 竜の力をこの目で見ることが出来て嬉しいと言うのも、もちろんある。

 けれど何より、この手の平より小さかった頃から一緒に居た子が、こんなことが出来るほどにまで成長したということに感動した。

 スピカは傷一つなくなったソウマの身体に、満足そうに笑顔になり、そのまま続いてレヴィウスの身体も治療した。


 その後に別室に移動して身体を拭いて着替えた二人が戻ったあと、一番大きなテーブルがある食堂に移動した。

 侍女に入れて貰ったお茶を前に、シェイラとスピカ、ソウマが並び座り、体面にグレイスとリリアナ、レヴィウスが座る形だ。

 他の家族や家臣はレヴィウスの無事をきちんと確認したあと、流石に時間も時間なので部屋に休みに戻った。




「……それで、何がどうして、どうなったんだ」


 グレイスのため息まじりの言葉に、シェイラもリリアナも頷く。


「訳がわかりませんわ。何だかこう……何故か男性二人は和解してらっしゃるみたいですし」


 リリアナが唇をわずかに突き出して言ったことに、またシェイラは頷いた。


 聞くまでもなく、ソウマとレヴィウスの間にある空気が柔らかくなっている。

 ……さっき居間で治療していた間にも。

 別室に着替えにいくときにも。

 二人で何やらどうでもいい冗談を交わして笑い合っていて、みんなが目を疑った。

 いぶかしむシェイラ達に、ソウマが軽く笑いながら言う。


「果たし状を貰ったから、決闘してきた。んで、俺が勝ったからもう俺たちの関係については文句は言わないって決着がついた」

「まぁ……」


 リリアナが口元に手を添えて目を丸くして。


「あれは無かったことにしたはずなのに。まったくお前たちは……」


 おおかた予想していたらしいグレイスが呆れたように溜息を吐き。


「はっ、果たし状!?」


 唯一、そんなものをレヴィウスが送っていたことを一切知らなかったシェイラは、驚きすぎて思わず大きな声を上げてしまった。


「な、何ですかそれ! 果たし状って……お兄様!!!」

「まぁまぁ。もう解決したんだからいいじゃんシェイラ」

「ソウマ様! 勝手に解決したことにしないでください!」


 シェイラの中ではなにも終わっていないのに。

 男二人は何だかすでにすっきりとした顔で『終わったこと』として分かり合っている。

 自分の知らない間に、問題が解決してしまっていることに、シェイラは機嫌を損ねて頬を膨らませた。


「もう!」 

「ははっ」


 怒れるシェイラの正面に座るレヴィウスは、その姿をみて楽しそうに笑う。

 更に視線が合うと、優しく目を細めてくれた。

 シェイラは実家に帰ってきて初めて兄と通じ合ったような気がした。

 それが嬉しくてたまらなくて、一応はまだ頬を膨らませてみせながらも、荒れていた気持ちが凪いでいくのを自覚する。


 ……目の前でレヴィウスは、微笑みながら紅茶を一口飲んだ。

 数日ぶりで体がよほど水分を欲していたのか、一気に飲み干してしまった。

 そして、カップをソーサーへと戻し。

 こげ茶色の目を真っ直ぐにシェイラへと向けて口を開く。


「そういうわけで、だ。シェイラ」

「はい?」

「婚約しろ」

「……え?」

「家族に付き合いの承諾を得た後は、正式な婚約をするのが道理だろう」

「っ、ま、ま、ま、待ってください。そんっ、そ、そ、そ」

「落ち着け、シェイラ」

「っ……」


 隣のソウマに軽く背を叩かれて、シェイラは頭を振って呼吸を整え、切り替えてからもう一度口を開く。

 普通の貴族の子息と子女同士ならば、確かに付き合いの許可を保護者に貰った後は、結婚へ向けてまず婚約をかわすものだ。

 でも、ソウマは人間ではない。人間社会の文化なんて、彼には関係ない。


「お兄様、またそんな勝手なっ。ソウマ様は竜だから、そんな風習もないのに。だから、私は、別に、そんな……あり得ません……」


 シェイラの声はどんどん小さくなる。比例して、頬が熱くなっていって、思わず伏せて下を向いた。

 視界の先で不思議そうな顔をして見上げて来るスピカと目があってしまって余計に恥ずかしくなった。


「もちろん無理にとは言わんが。……花嫁衣裳を見たいと思うことは、いけないことか?」

「そうねぇ。シェイラは色素が薄いから、真っ白なドレスはとても似合うでしょうねぇ」

「リリアナまで!?」

「父上も、娘の花嫁姿くらい見たいでしょう」

「まぁ。出来るのなら、な」

「でっ……でも、竜は……」


 シェイラだって、ごくごく普通の十代の女の子だ。

 真っ白のウエディングドレスを着て、幸せな結婚式を行うことを。

 夢に見たことがないと言えば、嘘になる。

 たしかユーラともそんな話をしたことがあった。

 でもそれは『竜』である彼を選んだ時点で『絶対にない事』になったはず。


 ―――竜に結婚なんていう法律上での縛りは存在しない。

 オスとメスが互いにつがいになることはあるけれど。それも、子育てがひと段落すればあまり意味を成さない関係に戻るのだと学んだことがある。

 だからソウマとの結婚も、婚約も、もちろん無いことだと思っていた。

 思っていた、のに。


「俺は結構乗り気だけど」

「っ!?」


 隣から、何のためらいも感じさせない声で発されたソウマの台詞に、シェイラは勢いよく顔を上げた。


「実はさっき屋敷に帰って来る道中に、そういう話をしてたんだ」


 衝撃的なことを言うソウマの赤い瞳を見上げ、ぽかんと口を開けたまま呆けてしまう。

 間抜けな顔で固まるシェイラへ、歯を見せて屈託ない笑みを返してくれた彼の表情に、胸の奥で何かが大きく跳ねた。


「ソウマ、さま……」


 

 ……―――自由を愛する竜を縛り付けるようで、望むことさえおこがましいと、考えないようにさえしていた。

 

 なのに、そんな。 

 ごくごく普通の、人の男女のような、結婚というものを。


 夢見てもいいのだろうか。




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