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竜の卵を拾いまして  作者: おきょう
第五章

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宝物を託すのは②

「落ち着いてからの方がいいんじゃないか?」


 決闘の場として移動したのは町の隅にある人気のない広場。

 そこは地面は舗装されておらず、平らにならされた更地になっていた。

 昼間は子供たちの遊び場になっている場に向かい合わせになって立ち、改めて相手をながめたソウマは、思わず口に出してしまった。


「平気だ」

「そうは見えないけど」


 ソウマが珍しく気づかいを見せてしまうくらいに、レヴィウスの顔色は暗い夜の中でも青白いとはっきりと分かるものだった。

 何日も飲まず食わずで眠り続けていたのだ。

 やはり身体が満足な状態ではないのだろう。

 万全の体調でない相手と勝負して勝っても意味がないと、数日後に改めてとの提案を出してもみたけれど、それはレヴィウスにあっさりと却下されてしまった。


「時間が経てば今の勢いが失せる気がする」


 何が彼を奮い立たせているのかは分からない。

 しかし今、彼はとてもやる気になっているから、今どうしてもしたいということらしい。


「そっか。まぁ、構わないならいいんだが」


 ソウマは赤い髪をかきあげ息を吐いてから、広場の隅のベンチに座ってこちらを見守っているスピカに、視線を向けた。


「スピカは危ないから、そこから動くなよ」

「はーい」


 静かな夜に不似合いな、なんだか気抜けのする間延びした声で返事をしたスピカが、何を考えているのかもソウマにはよく分からなかった。


(そもそも、いつの間に仲良くなったんだ?)


 ソウマ自身が見ていた限りでも、シェイラから聞いていた話でも、特にレヴィウスがスピカと親しくしていたというようなことはなかったはず。

 なのになんだか。

 変なところでレヴィウスとスピカは通じ合っているようだった。

 何かきっかけがあったとすれば、レヴィウスが突然目覚めたことに起因するのかと想像は出来たけれど、あくまで想像でしかなく、やはりよく分からない。


(俺じゃなく、レヴィウスの応援に来たような雰囲気だしな。―――まぁ、仲が悪いよりかはいいか)


 あまり深く考える性質(たち)でないソウマは、あっさりと思考を切り上げ、次いで腰から剣を抜いた。


 

 ――――天から落ちる月光が刀身を照らし、光を反射する。


「いつもは剣を佩いていないようだったのに。……ずいぶんといいものを」


 抜いた剣を目にし、首をかたむけたレヴィウスにソウマは悪びれなく笑ってみせる。


「俺は自分の剣というものを持ってないから。これはアウラットから借りてきた」

「それは…つまり、国宝級のものでは……」

「まぁ別にいいんじゃないか?」

「いいのか……」

「いいいい。気にしないで大丈夫だって」


 ちなみにアウラットはとてつもなく寝起きが悪く、レヴィウスが宿に訪ねて来た時もまったく起きてこず。

 剣を借りる(むね)もほぼ意識は夢の中にある、寝言のような状態で承諾(しょうだく)を取り付けたので記憶には残っていないだろう。

 竜以外のことには頓着(とんちゃく)しないので、怒られることもないだろうと想定して、ソウマは真向かいに立つレヴィウスに剣先を向けた。


「これで、俺が勝てばシェイラとの仲を認めてくれるということでいいのか?」

「―――もう反対はしないと、誓おう」


 同じようにレヴィウスも意識を真剣なものへと切り替え、剣を抜いて構えてきた。

 とたんに、二人の間に緊張感が走り抜ける。


 一般的な両刃の片手剣であるソウマの持つ剣とは違い、レヴィウスの持つ剣はエペと呼ばれる細く長い針状をした刀身が特徴的のもので、切るのではなく、突きの攻撃で戦うタイプの武器だった。

 全体が細い分とても軽く、素早さを生かした戦い方をする人間に向いた武器であり、貴族同志の決闘によく使われる。

 戦士や騎士たちが使うような、身体を切り落とし命を奪うことを目的としたものとはまた違う剣の形で、あまり貴族の身分にある人間と手合わせするソウマにとってそれは新鮮で、楽しみになって思わず口端が上がる。


「よろしくお願いします」


 几帳面にも姿勢を正して礼をしてくるレヴィウスに合わせ、ソウマも頭を下げた後。

 互いに顔を上げ、視線がまじわったのを合図に、前へと歩を進め、素早く剣を振るう。



 ―――キンッ


(っ、……?)


 最初の一撃は、相手をひるませるのにとても重要で、可能であるならば手にしている獲物を弾き飛ばしてやろうとさえ、ソウマは狙っていたのだが。

 しかし思惑は実らず、あっさりとレヴィウスの剣の側面に流されてしまう。


「……へえ?」

「…………」


 呼吸も届くほどの至近距離で視線がまじわると。

 ソウマは剣を強く握り直し、気合を入れてまた一歩前に詰める。

 そうして勢いよく腕をあげ、振り下ろした。

 

 ソウマの剣は、持ち前の勢いを重視したスタイルで、力任せで自由過ぎるともよく言われる。

 しかしそれがまた持ち味であり、形のない剣技が相手を翻弄(ほんろう)させるのだ。


「はっ!」


 いつも通り、身体の(おもむ)くまま、思い切り、力強く剣を振るう。

 左から、右から上から。

 素早く移動して、相手の後ろに回って、死角から切り込もうともする。

 しかし何度やってもレヴィウスの操る剣の刀身に流される。

 更にソウマの剣が流されると同時に、素早い切っ先が正確に狙いを定めて突き出されるのだ。


 ……ほんの数分で、ソウマの頬と腕には剣先のかすめた跡の赤い線が描かれるようになっていた。

 反応が一瞬遅れていたら完全に腕を貫かれていたかもしれない素早い突きの連続に、ソウマの背筋に嫌な汗がじわりと滲む。


「っ……何だよ……」


 乾いた笑いが、唇の隙間から零れた。

 予想外で。

 それが面白すぎて、どうしても笑ってしまう。


「――ははっ! お前、反則だろう!」

「何が!」

「何がって、そんなひょろひょろの身体して! ガリ勉です! みたいな性格しておいて! この腕前って!」


 レヴィウスの剣は細さゆえに、何かに当たると反動でうねる。

 それがまたソウマの目をブレさせ、手元を狂わせるのだ。


「っ、自信がなければ、竜にはたし状など叩きつけない」

「はっ……! なるほどなぁ!」


 本気でやりあっても大丈夫な相手だと理解し、ソウマはさらに笑みを深くした。

 にいっと口の端をあげて歯をのぞかせたかと思えば、赤い瞳が野獣が獲物を見つけた時のようにギラリと好奇に光る。


「はぁ!!!」

「はっ!」 


 大きく腕をあげ、勢いのままに剣を叩きつけるように振った。

 そうして何度も何度も、ソウマは剣を振るうのだが。


「っ、はっ……」


 そのすべてで交わされるか、流されるかしてしまうのだ。


(面白い)


 ソウマだって結構な腕前なはずだ。

 人間の姿の時は力もスピードも人並みになるとはいえ、それでも人の中では相当に抜きんでた力を持っていることには違いない。

 王子という立場から、国一番の師を付けられたアウラットと共に稽古をしていたのだから、力任せなところがあるといっても技術的にもそこそこのはずで。

 眼鏡でひょろひょろで、生真面目に本ばかり読んでいるような男と、ここまで本気でやりあえるとは思っていなかった。

 だからこそ、最初に城に果たし状が来た時に、無謀(むぼう)すぎることだと思ってやる気が起きず、グレイスの「無効にしてほしいと」いう頼みに直ぐに頷いたのだ。


 なのに。


 どうやらソウマが思っていた以上に、この男は面白い。


「だから人間って、興味深い」


 人里に長年浸かっていたソウマにとって、久しく忘れていた溢れるほどの人間への新鮮な好奇心。

 竜という存在にもひるまずに向かって来るバカみたいな実直さ。

 この男は、本当に、ソウマの気分を沸き立たせる。





 ―――そうして十分、二十分、三十分と経っても、決定的な決着は付かなかった。



 砂埃舞う土の上に、ぽたりぽたりと落ちた二人の汗が跡を付け、荒い息が夜闇へと繰り返し吐き出される。

 絶え間なく響くのは、金属と金属がぶつかり合う甲高い音。


「はぁっ!!」

「つっ!」


 ソウマが率先して勢いのままに攻撃し、レヴィウスがそれを受け流し、隙を縫い突きを入れるがソウマも負けじと躱す。

 その繰り返しが、体制を変え、位置を変えながらも、延々と繰り返されていく。

 剣を交わして互いに分かったのが、どちらも猪突猛進タイプで、不意打ちやだまし討ちなどを入れるのを得意としない。

 こうと決めれば延々と真っ直ぐにやり切るという性質で、互いの剣は如実に、変なところでの性格の一致を伝え合っていた。


「っ………」

「くそ」


 そして、勝負が長引けば長引く程に、体力的に不利になるのはレヴィウスだ。

 元々がソウマの方が体格もよく、体力も筋力も上である。

 しかも体のつくり自体は今は人間と変わらないとはいえ、体力面ではもちろん竜との格差があり余り過ぎる。

 体調の万全でないレヴィウスがじりじりと押し負けていくのは当然ともいえた。


 ぐらりと一瞬だけ疲労に足元が揺らいだ隙を、赤い瞳は見逃さなかった。


「――――たぁっ‼」

「っ!」


 ソウマの振り下ろした剣を流しきれず、汗での滑りも借りて、レヴィウスの手から剣が叩き落される。





 * * * *




 そんな、男たちが真剣勝負を繰り広げている同時刻。


 ストヴェール子爵家では、レヴィウスとスピカが行方不明であることが発覚し、大騒動になっていた。

 シェイラとリリアナは跡形もなく居なくなった彼らに向かい、泣きそうな気分で叫ぶ。


「「もうっ! どこへ行ったの……!!」」


 屋敷内への侵入者や、部屋を荒らされたような跡もなく。

 加えてレヴィウスの愛馬も手綱などの乗馬道具と一緒にいなくなっていることから、二人は自らの意思で出かけたのだとは予想できたけれど。

 行き先も目的もさっぱり分からず、もう途方にくれるしかなかった。




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