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竜の卵を拾いまして  作者: おきょう
第一章

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人と竜の恋の果て②

「わぁーい!」


 ロワイスの森に入って数十分進んだ場所にある広い野原の端に、馬車は横づけされた。

 その馬車の扉をひらくなり、ココは翼を広げて飛び上がる。

もう許可のある人以外は入れない区画だから、人に見られて注目を浴びる可能性もない。

 のびのびと、文字通り飛び回って良いのだ。


「ココっ!見えないところに行っては駄目よ?!」


 シェイラは口元に手を添えて、普段は上げることのない大きな声を響かせる。

 そうでもしないとココの耳に入らない。

 響いた声は遠くに臨む山に反射し、やまびこになって返ってきた。


「はーい」

「…日に日にやんちゃになっていく……」


 高い木の幹に捕まっているココを見守りながら、何処か遠い目でシェイラはため息を吐いた。


「手に負えなくなるのもあっという間のような気がするわ」


 城にいる老年の侍女いわく、男の子と言うのははこんなもの。らしい。

 つまり竜独自の奔放さなのではなく、世の男児の母親は大抵こんな風に振り回されているのだろう。


「シェイラ」


 御者台から降りてきたソウマが、大喜びなココの様子に笑いながら手を差し出す。

 シェイラはお礼を言ってからその手に自分の手を重ねて、馬車から地上へと気をつけて降りた。

 シェイラが馬車から降りた事を確認したソウマは、すぐ脇ににある小屋を指差す。


「これが今日一晩泊ることになる場所だ。大丈夫か?」

「何がでしょうか」

「世話を焼いてくれる侍女も居ない。満足な設備も無ければ部屋もいくつもない。虫だって出るだろうし、夜は月明かり以外の灯りは手もとのランプくらい。年頃の貴族の娘なら嫌がるのが普通だろう」

「あぁ」


 ソウマの疑問に納得して、シェイラは一瞬頷きかけた。

 しかしすぐに首をかしげてしまう。

 確かに高い身分では無いけれど貴族の令嬢として育ったのだから、こんな 質素な小屋でたった一晩とは言え過ごすのは初めてのことだ。でも。


「…私、おかしいのでしょうか。凄く楽しみなのですが」


 事実、手を当ててみた胸は早鐘を打っていた。

 素直に期待に満ちた表情を覗かせるシェイラをみたソウマは、ふっと柔らかく笑いをこぼす。


「それは何より。あぁ、俺は荷物もって小屋に行っているから。ついでに空気の入れ替えと掃除もやっとくわ」

「私も行きます。ソウマ様だけにお任せするなんてできません」

「いいって。シェイラはココの方みてて」


 見てて、と言われてシェイラは困った風な表情になる。


「それがいつも以上に高いところに行ってしまっていて、私では手が届きません。出来ればソウマ様が付いてあげてくれると嬉しいのですが」


 シェイラに言われて気付いたのか、ソウマも空を仰ぐ。

 ココは余程広い空が嬉しいのか、もはや空に浮かぶ影を目で追えるかどうかといった高さまでいってしまっている。

 人間のシェイラではどうやったって届かない。


「王城では城壁以上の高さにはいかないようにきつく言い聞かせてるんですけど、ここは目印になる壁も無いですし」

「分かった。じゃあ交代な。おれがあっち見てるから、掃除とか頼む。あぁ、荷物だけ運んでおこうか」

「はい、お食事の用意もしておきますね。…一応3人分の食料を持って来ていますが、召し上がられますか?」


 竜にとって人間の食物は嗜好品でしかない。

 だからと食事の有無を聞いたシェイラに、ソウマは馬車から荷物を降ろしながら頷く。


「そうだな。シェイラの料理食べてみたいし」

「普通の家庭料理ですから。王城の料理人と比べないでくださいね?」

「はは!」


 シェイラも自分で持てそうな衣服などの入った軽めの荷を下ろし、ソウマの後に続いた。


 荷を全て小屋へと移し終ると、ソウマは人型のまま、背中から翼だけを生やす。

 鱗に覆われた赤く艶光する翼が一度、風を仰ぐように揺れると、ふわりとソウマの身体が浮き上がる。

 人にしては大柄な体が、簡単に浮いてしまう姿を、シェイラは目を輝かせて見つめている。

 竜が側にいる環境に慣れてきたとはいえ、やはりこういう場面になるとときめいてしまう。

 ココに対してはすでに憧れより親としての情の方が強くなってしまっているので、飛ぶ姿を見るときのドキドキの種類はまったく違うのだ。


 美しく雄大な力強い生き物が、空高く飛び上がろうとしている瞬間。

 憧れと羨望にシェイラの胸が高鳴った。


「じゃあ、あと頼むな」

「はい。ココのこと、どうぞよろしくお願いします」

「ん」


 にっと歯を見せて笑ったソウマが、シェイラが瞬きをする間にはもう空の上を飛んでいた。


「わぁ…!」


 翼に仰がれて大きな風が巻き起こる。

 ドレスの裾が舞い上がらないように押さえつつ、ココとソウマの陰を目で追うシェイラの視線の中に、赤いなにかが目に映った。


 ひらひら、ひらひら、揺れながら、ゆっくりとそれは落ちてくる。


「…羽?」


 手で受け止めてみると、大きく鮮やかな赤い色をした鳥の羽だった。

 シェイラは首を傾げた。

 竜の翼に羽毛は着いていない。固い鱗で覆われた、蝙蝠の羽のような形の翼だ。

 今シェイラの手の中に振って来た鳥の羽は、どう考えてもソウマの翼から落ちた者ではない。


(すごく大きな鳥でないと、この大きさの羽は取れないわよね)


 薄く繊細な造りの赤い羽を太陽に透かして見てみる。

 これだけ大型の鳥ならば、目立つからすぐにわかるはずだ。

 でも羽から少し視線をずらして木々の上をぐるりと見渡しても、鮮やかな赤い色をもつ鳥は見当たらない。

 シェイラはますます大きく首をかしげる。

 羽を手にもって空に翳しながら、一体どこからこの羽は落ちてきたのだろうと考える。

 けれどそんなの分かるはずもなく、シェイラはすぐに考えることをあきらめて息を吐いた。


「……まぁ、どうでもいいわね」


 とても綺麗な羽だから、どんな鳥かを見てみたかったけれど。

 そんなことより、掃除と食事のしたくの方が重要だろう。



* * * *


「やっばい、落とした…」


 木の枝に膝を引っ掛けてさかさまになったままの男が、難しい表情でうなっている。

 藍色の髪を結ぶ結い紐に飾っていた赤い羽根飾り。

 火竜が飛び上がったときにあがった風に煽られて、飛んで行ってしまった。

 昼寝している間に固定していた根元が浮いていたのかもしれない。

 逆さまになっているから落ちていく羽を上手く掴むこともできず、振り回す手をすり抜けてあっと言う間に落ちて行った。

 慌てている間に、それはソウマと一緒にやって来た人間の少女の手の中に。

 しかも彼女はそれを持ったまま、小屋の中へと入ってしまった。


「取り返さないと」


 そのためにまず木を降りようと、逆さになっていた体勢をもとに戻そうと身体を捻った時。


「馬鹿、ココ!止まれ!」


 木々の間から飛び出た小さな赤い竜が、顔面に直撃した。


「っ…!!!」

「きゅう!」


 男の身体がぐらりとゆれる。


 高い木の上から、身体が軽々と投げ出された。

 顔面に衝突してきた赤い小さな竜と一緒に。


「っ…!なんだよ一体!」


 男は空中で落下しながらも怒鳴り声をあげ、顔に張り付いた赤い竜のしっぽを荒々しく掴む。

 掴んだ火竜は西瓜(すいか)くらいの大きさの全身が鱗に覆われた竜そのままの姿をしていた。

 おそらくぶつかった衝撃で変化の術が解けてしまったのだろう。


 男の背中から藍色で艶を放つ翼が生えた。

 地上に叩きつけられそうなほど勢いよく落ちて行っていた身が、ふわりと浮きあがる。

 火竜の子供のしっぽを持ちながら、慌てた様子で自分たちを追いかけてきた成竜の顔をみた。

 ソウマは目を文字通り皿のように丸めて、口をあんぐりと開けて呆けたようにこちらを指差す。

 よほど自分がこの場にいるのが意外だったのだろう。


「カザト?」

「久しぶりだね。ソウマ。ところでどうしてこんなちっこい竜が里の外にいるわけ?んで、どうして僕の顔面に体当たりしてくるわけ?」


 尻尾を掴んだ手を前に翳すと、火竜の子供がぶらぶらと振り子のように揺れた。


「あ、あぁ。ちょっと事情があって里の出の竜じゃないんだ。あとさっきのは鬼ごっこをしてて勢いが付きすぎた。…っておい!」


 男―――カザトはソウマの話が終わるのも待たず、おもむろに掴んでいる赤い尻尾を後ろへと大きく振りかぶった。

 そして勢いよく前へと放り投げる。

 放り出されて綺麗に弧を描きながら飛ばされた小さな竜は、みごとにソウマの腕の中へ飛び込んだ。


「きゅう!」


 竜の姿のまま身体を丸め、ソウマの腕の中に納まりながらも小さな竜はこちらを見上げてくる。

 その赤い瞳は怒りに燃えていた。

 カザトはふんと鼻を鳴らして顔をそむけた。


「何で怒ってるんんだよ。ぶつかってきたのはそっちだろう。僕は被害者だよ。謝るのが道理じゃないの?」

「乱暴に扱われたのが気に入らなかったんだろ」

「へぇ。よっぽど大事に育てられてるんだ?」


 カザトは、手を腰に当ててソウマの腕の中にいる赤い竜をしげしげと観察する。



(こんな人の生きる場所にいるのなら、大切に甘やかされて育てられているんだろうね)


 人は竜を必要以上に崇めたてるところがある。

 だからきっとこの竜も真綿でくるむかのごとく甘ったるい育てかたをされているのだろう。

 呑気で無邪気なことが、なんとなく気に障った。

 気分屋な性格のカザトがまるで手毬で遊ぶかの如く扱った小さな竜は、いつもと違った乱暴な扱いに当たり前のように怒っている。

 きっとこんな扱いを受けたこともないのだろう。


「で、どうしてお前がここに?」

「どうしても何も、僕は気が向くままに適当に世界を飛び回っているだけだよ」

「…お前、いつも突然現れるよな」

「そっちはいつもと違う人間連れているみたいだけど、契約者(パートナー)は?解散でもしたの?」

「するかよ。…城に居る。とりあえず地上に降りるぞ。久々なんだし、ゆっくり話そう。あとココにちゃんと謝れ」


 つい勢いに任せて乱暴なことをしてしまうのは、いつものことだった。

 それでも一応悪いことをしたと言う自覚はあるから。


「……わかったよ。悪かったって」

「きゅー」


 投げたことをカザトが謝ったあと、ソウマは今度はココにもぶつかったことをソウマへ謝ることを求めた。


(うざい…。わざわざお互いに謝らせるとか、過保護な母親かよ)


 熱血漢な暑苦しい性格の火竜のこういうところが、流されるままに適当に 生きている風竜のカザトにとっては面倒くさい事このうえない。

 その上、仲直りの後には一緒に遊ぶという話になっていた。意味がわからない。面倒くさい。

 結局カザトは1日中、2匹の火竜に付き合わされることになるのだった。




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