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竜の卵を拾いまして  作者: おきょう
第五章

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闇夜に灯るは黒竜の心⑤



 穏やかな初秋の夜であるのに、ストヴェール子爵家には静かながらも緊迫した空気が漂っていた。


 使用人達はパーティーの後片付けをしながら、沈んだ声でそれぞれが口にする。


「レヴィウス様は、一体どうしたのだ」

「貧血? 風邪とか」

「でも旦那様たちのご様子からして、ただの風邪などではないのでは?」

「だったら一体何が……」


 本来なら、今のこの時間もにぎやかにパーティーが続いていたはずだ。

 なのに突然彼が倒れてしまったため、途中でお開きとなってしまった。

 この日の為に張り切って準備をしていたのはシェイラだけでなく使用人達も同様で、中途半端になってしまったパーティーに落胆の色を隠しきれなかった。

 せっかくの誕生日が台無しになってしまったユーラを想って同情する声もある。

 沈んだ空気はゆっくりゆっくりと、子爵家の中へと広がり、先ほどまでのにぎやかな空気を覆い隠していくのだった。

 




 そして―――倒れたレヴィウスを運び込んだ彼の部屋。

 大きな本棚が壁伝いに並び、ベッドのサイドテーブルにも分厚い本が積み重なっている、勉強家な彼らしい室内だ。

 急きょ呼び寄せた主治医がベッドサイドでレヴィウスを診ているのを、シェイラ達は息を潜めて見守っていた。


「ふむ」


 しばらくして振り返った医者は、難しい顔をつくりながら診断をくだした。


「……眠っているだけのように見えます」

「そんなっ」


 医者が一歩レヴィウスから離れるなり悲鳴をあげ、傍に腰を下ろし彼の手を握り締めたリリアナが紫色の瞳をにじませながら振り替える。


「本当に眠っているだけですの? 揺すっても声をかけても起きないのですよ? おかしいではありませんか」


 涙ながらのリリアナの訴えに、口ひげを生やした五十代半ばの医者は、首をひねって溜息を吐く。


「そう。眠っているだけなのに、起きない。レヴィウス様に睡眠障害の気はないはずでしたし、これは一体何が起こっているのか、私にはとても……」


 困惑した様子で頭を振る医者に、リリアナは目に見えて落胆し、肩を落としてレヴィウスを見つめた。

 そしてぽつりと、彼女は言葉を零す。


「本当に眠っている……、だけ? どうして」

「……。とりあえず、気つけの薬はだしておきますが、あまり期待は出来ないかと。お役に立てずに申し訳ない」

「――いえ、有り難うございました」


 深々と頭を下げて見送った医者が部屋を退室した後。


 残ったのはシェイラとソウマとアウラット、そしてリリアナとグレイスだ。


 もちろん他の家族も心配し傍に付きたがっていた。

 ユーラに至っては、最後の客人が帰るなり泣き出してしまって、落ち着かせるのに暫くかかった。

 しかしさすがに全員がこの場につくのは人数が多すぎるため、今は部屋で待機してもらう形になっている。

 医者から廊下で話を聞いた使用人が、結果を家族へと伝達してくれるはず。


(眠っているだけなんて……きっと皆、落胆するわ)


 シェイラはこっそりとため息を吐き、顔を上げ、そして気づく。


「あっ、アウラット様、どうぞお座りください」


 王子であるアウラットを立たせたままだったことを思い出し、慌ててソファを進めた。

 しかしアウラットは首を振り、問題ないとそのままベッドサイドの丸い椅子に腰かけているリリアナの後ろに立ち、難しい顔をしてレヴィウスの様子をうかがっている。


「…………」

「………………」

 

 しばらく全員が無言で、眠り続けるレヴィウスを見下ろしていた。

 すでに使用人によって夜間着へと着替えさせられた姿の彼は、どこからどう見ても本当に眠っているようにしか見えない。

 表情のどこにも苦痛はみられなかった。

 少しだけ口角があがっていて、むしろ良い夢をみているようにさえ見える穏やかな表情だ。

 揺り動かせば、声をかければ、すぐにでも起きてくれそうな寝顔なのに。

 しかしどうやってもレヴィウスは目覚めてくれない。 

 じわじわとシェイラの中にも不安と焦燥が広がっていっていた。


 どうすればいいのかと途方にくれ、誰もが口をつぐんでいた中、まず重い溜息とともに口を開いたのはグレイスだ。


「ソウマ殿。まず状況を整理したい。具体的に、息子はどうなったのか貴方ならわかるはずだ」


 竜のことは竜へと聞いた方がいいだろうという判断だろう。

 シェイラも自分のすぐ左隣にいるソウマを見上げた。

 受けたソウマは小さく唸り腕を組み、少しの時間考えるそぶりをした後に口を開く。


「シェイラさ、前にスピカが人化した直後に夢にみた母竜の話していただろう?」

「え? はい」

「あの話の内容からすると、黒竜は心身の回復や安らかな眠りを促進する力を持っている。これはおそらく、暴発した眠りの力で眠ったと考えるのが妥当だろうな」

「そう、ですね……。怪我を治癒したことはあるのですが、眠りの力は本当に初めてで驚きました。まさか一番にお兄様にかけてしまうなんて」


 シェイラは一度言葉を切り、数瞬だけ迷った後に一番気になっていたことを聞く。 


「あの。それでソウマ様……兄が、竜へと変化してしまう可能性はあるのでしょうか。スピカの力を直接に浴びたのですよね」

「いやおそらくは無いと思う。もともと人間として生きてきた混血の者が竜になるには、何ヵ月もの長い期間、竜と寝食をともにするくらいではないといけないからな」


 ソウマの言葉に、アウラットが続けた。


「あれは徐々に徐々に、時間をかけて体のつくり自体が変わっていくものだ。一度や二度、瞬間的に浴びたのでは流石に種族が変わるほどの変化はないだろう。まぁ、本当にまったく何の影響もないかといわれると、確実ではないんだが。なにせ白竜は未知の部分が大きいし、暴発をくらった人間というのも聞いたことがないしな」

「でもレヴィウスは外の影響を受けやすい成長期も思春期もとっくに終えている。あまり心配はしなくて大丈夫だと思う」


 人から竜へ変わるということは、骨も血も肉も、全ての身体の組織が根本から違うものになるということ。

 それは長い時間をかけなくてはならない。

 暴発で一瞬の力を浴びただけでは、ならないはずだということらしい。

 

「そう、ですか……」


 とりあえずは、完全に竜へ変化することはないだろうという見解に、シェイラはほっと息を吐いた。

 もしかすると何かしらの影響は出るかもしれないけれど。

 それでも違う生き物へ変わるという最悪なことになる可能性はほぼ無いとの事で、グレイスからも肩の力が抜けたように見えた。


 望まずに竜へと変わってしまうこと。

 人として生きることが出来なくなってしまうこと。

 それはとても恐ろしいことだ。

 竜と一緒にいることにしたシェイラでも、自身が竜であることを受け入れるためには、結構な時間が必要だった。風の竜ヴィートの助けがなれけば、いまだ白い翼に違和感をおぼえていただろう。

 なのに無理に竜に変えられるようなことがあれば……。


(お兄様には生涯を共にしようとしている相手がいるのに)


 リリアナがいて、守ろうとしている領民がいる。

 すでにどう生きていくかの道筋を彼は立て、歩き出しているのに、共に歩く人たちと同じ時の流れを生きることが出来ないと突きつけられるのは、気が狂っても仕方ない程の事なのだと、想像すれば胸の奥が冷たくなる。


「……つまりレヴィウスは、スピカの…竜の力を浴びて、眠ってしまったのですね」


 静かな声に沈んでいた思考を浮上させれば、レヴィウスの手を両手で包み込んだまま、リリアナがこちらに目を向けていた。

 シェイラたちの会話を聞き、なんとなくであるだろうけれど、何が起こったかを理解してくれたらしい。

 顔色は相変わらず悪く、唇が震えていたけれど。

 リリアナは真っ直ぐに火竜ソウマを見上げた。


「レヴィウスは、どうすれば起きてくれるのですか」

「分からん」


 ソウマは腕組みをしたままキッパリと即答した。

 あまりにも早い答えに、シェイラもグレイスも目を丸める。

 リリアナは唇を震わせ、言葉もない様子だ。 


「分からないって……ま、まったくですか?」


 思わず裏返った声を出して詰め寄ったシェイラに、ソウマは赤い髪をかき上げ、そのまま後頭部をかきながら眉を寄せる。


「うーん。だって黒竜だろ? 俺、スピカが黒竜ならではの術を成功させたところを見たことさえないし、分かるわけない。スピカって、黒竜の特性があるのか火竜のココほど気の感知もしにくいから、暴発の予兆も察知出来なかった。アウラットは何かわかるか? ジンジャーと黒竜についてよく話し合っているだろう」

「いいや。黒竜の力の解除法なんて聞いたことが……。いや、でも―――そうだ、シェイラの力はどうだ?」

「わ、私!?」

「そう、可能性はあるのではないだろうか」


 次いでアウラットはちらりとリリアナへの視線をよせ「構わないか」と呟いた。

 彼女に白竜の血のことを話しても良いかという確認なのだろう。

 レヴィウスが倒れた状況上、スピカのことについて話すことはもう仕方がなかったが、シェイラのことは黙っていようと思えば黙ったままでいられる。

 

 シェイラは少しだけ思案したけれど、すぐに頷いた。


(ここで私だけが隠すのは、スピカを楯にしているのも同じだもの)


 スピカのことだけを話して、自分は秘されて守られたままでいるつもりはない。

 

「リリアナは信頼できる人です。何も隠さなければならない理由はありません」

「そうか」


 口端を上げて頷いたアウラットはリリアナに声をかける。


「リリアナ、と言ったな」

「はい。ご挨拶も出来ておらず申し訳ありません、アウラット王子殿下」

「構わない。場合が場合ゆえに手短に話すが、ストヴェール子爵家の兄妹は白竜の血を引いている」

「は、い?」


 リリアナはレヴィウスの手を握りこみ、首だけをシェイラ達の方へ回したままの状態で、口を開けたまま呆けた。

 意味が分からないといった感じだ。


「……四人は竜と人間の混血だ。シェイラは竜として生きることを選んだが、他の兄妹は人間でいる。レヴィウスは間違いなく人間だ」

「…………」


 リリアナは紫色の瞳を見開いたまま、シェイラを凝視する。

 じいっと見つめられたシェイラは苦笑して見せながら眉をさげた。


「白竜の力で、多種の力の消去も出来るはず。お兄様を起こせないかやってみるわ」


 水竜の里で、竜と同じ目に見えない大気の力から生まれた精霊の力を消すことが出来た。

 あれと同じようなことを、レヴィウスの中に入り込んだ黒竜の力にすることが出来れば、彼を目覚めさせられるかもしれない。

 そこまで説明してみせても、リリアナは呆けたままだ。

 まったく全然、頭が付いて行かないようだった。


「え、えっと……ええっと……とに、かく。シェイラに任せればどうにかなるかもしれないのね……?」

「そうね。お兄様が倒れただけでも混乱しているのにこんなこと、ごめんなさい」

「いえ、それはいいのよ。いいけれど、ごめんなさい……頭が付いて行かないわ」

「混乱して当然だ。……シェイラ」


 ソウマに促され、シェイラはリリアナと入れ替わる形でレヴィウスの眠るベッドのそばの椅子に座り、彼の手を握った。


「お兄様……」


 久しぶりに触れた兄の手は大きかった。

 ずっとこの手に守ってもらっていた。

 シェイラは力を込めて両手でレヴィウスの左手を握りこみ、きゅっと唇を引き結ぶ。


(ごめんなさい)


 竜の問題に巻き込み、こんな結果にしてしまった。

 あんなに、レヴィウスは竜を嫌っていたのに。

 

「…………」


 シェイラは罪悪感を覚えながら、ゆっくりと深呼吸して集中する。

 祖母は力の使い方を教えてはくれなかった。

 誰かに学ぶものではないからと、何も言わなかった。


 ただひとつ話してくれたのは白竜の力の源が、人間の強い想いだということ。

 人間の心を持つシェイラが力を発揮できれば、もしかすると純血の祖母よりも強いかもしれないと、彼女は言っていた。


 

 全然、力の使い方は分からないけれど。 


 今こそ使うべき時だ。

 


(想い、想い、想いの力が、白竜の力……お兄様、目覚めて……!)


 シェイラは必死に兄を想いながら、手を握る力をこめた。


「っ……!」


 …………でも。

 しばらくしても、何の変化も感じられない。

 レヴィウス自身も、何も変わらなかった。


「…………」


 シェイラはもう一度。

 今度は大きく息を吸い、さっきよりも強く祈った。

 集中して、レヴィウスを想って、目覚めて欲しいと願った。

 しかしどうやっても何度試みてもレヴィウスにはまったく変化が見られない。

 相変わらず、すやすやと寝息をたてて眠っている。


「っ、おにいさま」


 思わず落とした声が震える。


(白竜の力、今こそ必要なのに……)


 なにも出来ない。


 全然力を使いこなせない、無力な自分が情けなくなった。

 期待してくれていたみんなの落胆を背中から感じ、苦しくてぎゅっと眉を寄せる。

 シェイラは半分泣きそうになりながら後ろを振り返って、でも視線を合わすことができずにうつむいた。

 とんと、優しく頭に乗せられた手は、きっとソウマのものだろう。優しく撫でていく手の熱が、余計に胸を詰まらせた。


「……まぁ、簡単に力を扱えるようになるわけではないだろうしな。水竜の里でやったのは鍛冶場の馬鹿力的なやつだったか」

「………ごめんなさい」


 アウラットが空気を切り替えようとしたのか、明るい声を張る。


「ジンジャーにも連絡を取ってみるか。ただもしかすれば、たっぷり眠ったら起きるかもしれないし、黒竜の力も時間と共に抜けるものかもしれない。とにかく朝を待ってみよう」

「はい」


 皆が頷いたところで、リリアナがグレイスに向かう。


「グレイス様、私、今晩はレヴィウスに付いていても構わないでしょうか。何も出来ないのは分かっておりますが、傍に居させてください。お願いします」


 近いうちに娘となる女性のけなげな願いに、グレイスはわずかに頬を緩ませた。


「息子を宜しく頼む」

 



 

 どうか早く目覚めて欲しい。



 そんな―――たくさんの人の期待とは裏腹に。

 レヴィウス・ストヴェールは三日経っても、四日経っても、ずっと眠り続けたままだった。







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