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竜の卵を拾いまして  作者: おきょう
第五章

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闇夜に灯るは黒竜の心③




 シェイラ達が玄関に着くと、ちょうどシャーロットとニコルが使用人に上着を預けているところだった。

 双子はこちらに気付くと真っ先にユーラに駆け寄り、プレゼントの包みを手渡す。


「ユーラ、お誕生日おめでとう!」

「おめでとー」

「シャーロット、ニコル! ありがとうっ」


 そうして、すぐに他の友人や親類たちも到着し始める。

 一家が王都から戻ってから初めて来る人がほとんどの様で、父も母も挨拶に忙しそうだった。


 しばらくの時間がたったのち、あらかたの客人を迎えたころに移動したストヴェール子爵家の一番大きな広間は、もう普段の穏やかさが嘘のような賑わいをみせていた。

 シェイラの用意した様々な料理とケーキとともに、子爵家の料理人たちが腕をふるった料理が並べられている。


 主役のユーラとともに家長であるグレイスが挨拶と乾杯の拍子をとり、パーティーがはじまった。

 料理に舌鼓を打ちつつ、会話を楽しみつつ。

 合間に、今日の為に呼んだ手品師と楽団が場を沸かす。



 ――――いつの間にか、空は完全な星空へと変わっていた。


 広間は一階で、そのまま庭へ出られる造りになっている。パーティー仕様に淡い灯りのともされた幻想的な庭園を散歩するために出て行く者も何人かいるようだった。


「……今夜は、月が一段と明るく見えるわ」


 赤い果実の実が入った酒のグラスを手にしているシェイラは、ふと開け放たれた窓から見える月を見上げた。

 月はもう五日もしないうちに満月を迎えるだろう。

 星の瞬きが美しい。


「あとでスピカと一緒にお庭に出ようかしら」


 夜の闇が力の(みなもと)である黒竜。

 こんなに美しい月の夜ならば、一段と力が蓄えられるのではないかと思った。


「……? 夜の闇、だったわね。もしかして月も出ていない程の真っ暗闇の方が良かったりするのかも?」


 薄青の瞳を瞬かせて首をかしげる。

 白竜と同じく、黒竜についても力については良く分かっていない。

 しかしスピカの生まれた時も特別に月明かりが強く美しかったから、月光が強いほうがよいのではと何となく考えていた。


「…………まぁ考えても分からないし」


 後で本人であるスピカに聞けばいいかと、シェイラはグラスを口元で傾けつつ、離れた場所にいるココとスピカに目を向けた。


「子供は、本当にすぐに打ち解けるから凄いわ」


 呟いて、口元をほころばせる。

 視線の先では、広間の隅で何人もの子供たちと遊ぶココとスピカの姿があった。

 シェイラの自室から持ってきたらしい玩具や人形で、皆で遊んでいる。

 二人ともパーティーに出ることが初めてだったから始めは驚いていたようだったし、スピカにいたってはシェイラの後ろにずっと隠れていたけれど。

 親戚の、人型になったココとスピカと同じ年頃の子ども達が到着し始めた頃から様相が変わっていった。

 シェイラのもとから離れてあっさりと子ども同士で輪をつくっている。


 人形遊びをしている様子の子ども達を眺めながら、シェイラは果実酒をもう一口飲んだ。


「……美味しい」


 久しぶりの故郷の味に、ついつい進んでしまう。


「お姉さま、顔が赤いわよ?」

「あらユーラ」


 振り返ると、ユーラが眉を八の字に下げていた。


「結構呑んでる?」

「少し……だけよ」


 言葉を詰まらせながらの答えは、全然信用されなかったらしい。

 ユーラは腰に手を当ててため息を吐いて見せた。


「まぁお姉さまは普段ほとんど飲まないし、今日くらいは良いかしら。家だから動けなくなっても大丈夫だし……」

「そこまでたくさん飲めないわよ」

「そう?」

「そうよ。えぇ」


 とはいっても、すでに頭の中はふわふわとしている。


「お姉さま、頭が揺れているわ」

「あら」


 頭の中だけでなく、頭自体も揺れていたらしい。

 なんだかおかしくて、シェイラは口元に手を当ててくすくすと笑う。

 頬が熱い。ユーラの言う通り、目に見えて分かるほどに赤らんでもいるのだろう。


 笑っていると、ふと人の隙間からレヴィウスが視界に映った。


(全然、目を合わせてくれないわ)


 シェイラは少しだけ頬を膨らませる。

 明らかにいつもより反応が子どもっぽくなっていると、何となくは分かるけれど止めることは出来ない。


「お兄様、ずーっと怒ってる……」

「そうねぇ」


 シェイラがレヴィウスを見ていることに気づいたユーラもそちらへ視線を映し、曖昧に頷いた。


「………おかわり」

「え」


 近くのテーブルから、今度はワインを手に取って煽る。

 果実酒よりもアルコールが強かったらしく、ぐらり、世界がゆがむ。


「ふふふふ」

「お、お姉さま……」


 笑い出したシェイラの様子に、ユーラが微妙な顔で一歩引いた。


 ―――玄関で客人を迎えていた時。

 客人の前だったので今までのように逃げ出せないレヴィウスは、一応は、一応は……会話をしてくれた。

 しかしとても素っ気なかった。棒読みな上に、「あぁ」とか「そうだな」だけだった。

 そしてまったく視線を合わせてくれない。


「もう、頑固すぎるわっ」

「そ、そうね。お姉さま、お客様がいるのだから声を抑えて……」


 突然、熱くなった姉に、ユーラは完全に呆れている。

 しかし酒のまわったシェイラにユーラの言葉は届いていなかった。


「怒ってもいいし、怒鳴ってもいいけれど。―――こっちを、見て欲しいわ」


 実の兄に避けられるのは、思っていた以上に堪えていた。

 何を言われようとシェイラは自身の考えを曲げるつもりはないけれど、しかしこの状況が続けば続く程に精神的にしんどくなる。そして寂しくもなる。


「……止められても、また旅に出るつもりだけれど」


 止められたって、行きたい場所に行くことをやめるつもりはない。

 家長であるグレイスが許している以上、レヴィウスが何を言ったって意味はなさないだろう。


 でも、出来るのならばきちんとしたお別れがしたい。


「…………」

「あの、ユーラお嬢様。シェイラお嬢様」


 グラスを持つ手に思わず力が入ったタイミングで、侍女がそっと声をかけて来た。

 顔を上げると彼女は歓談の途中に割り入ったことを謝罪したあと、父からの伝言だと前置きしてから言った。


「アウラット王子殿下とソウマ様がいらっしゃいました。旦那様がお迎えを、と」

「そう。分かったわ」


 アウラットとソウマは一番の賓客だ。

 主役のユーラと、そして恋人であるシェイラが出迎えないわけにはいかない。

 兄二人と母は客人たちの相手をするために残り、父とユーラとシェイラが玄関へと向かった。

 広間を出る前に、シェイラは子どもたちを振り返る。


「ココと、スピカは……ずいぶん盛り上がっているわね」


 せっかく友達が出来て楽しそうなのだ。

 中断させるのは可哀想だと、シェイラはグラスを侍女へ渡して玄関へと向かうのだった。





* * * *



 父とシェイラとユーラが玄関へ向かったため、レヴィウスはリリアナと共に客人たちの相手に専念していた。

 客人とはいってもほぼ身内だ。

 ユーラの友人には来てくれたことへの礼を言い、これからも仲良くしてやって欲しいと伝えるくらい。

 レヴィウスが生まれる前からの付き合いの親類たちとは、気楽に歓談を交わす。近いうちに家族になるりりアナの紹介も加えて。


「あら、レヴィウス」


 そんな中、一息ついたタイミングでリリアナに腕を引かれた。


「どうした」

「あそこ。何かあったのかしら」

「……?」


 彼女が指したのは庭へと続くガラス扉の傍。柱の陰にうずくまる、小さな幼子。

 長い黒髪と年頃からして、スピカだろうとあたりがついた。


「?」


 レヴィウスは眉を寄せ、周囲に視線を巡らせる。

 さきほどまで纏まって遊んでいた子ども達は、今は何組かに分かれているらしい。

 ココは主にやんちゃな男児に混じり、場内で鬼ごっこのようなことをしているのか走り回っていた。

 しかし、スピカは―――人目に付きにくい隅で。まるで隠れているかのように……うずくまっている。


「どうしたのかしら」

「あぁ……」


 少しの躊躇(ちゅうちょ)があったものの、リリアナに腕を引かれてレヴィウスは彼女へと近づいていく。


「スピカ、どうしたの?」


 傍らにしゃがみこんだリリアナが、スピカにそっと話しかける。

 スピカはゆっくりとした動きでこちらを見上げた。


「…………」

「…………」

「あら……」


 人間離れした美しい顔立ちが、今は辛そうにゆがんでいて、目元には涙がたまっていた。

 レヴィウスは眉をよせ、自らもしゃがみ込んでスピカの顔を覗きこむ。


「―――おい、……大丈夫か」


 竜だと思うと、複雑な気分があった。

 しかしレヴィウスは涙目でうずくまっている幼い子供を放って置くほどに非情ではない。

 年下の兄妹三人の面倒を良く見て来た為、むしろ扱いに慣れているだった。

 隅であり、柱の陰にもなっているため、誰かが気にかけている様子もない。放っておくことは出来ない状況だった。


「…………リリアナ、シェイラを呼んできてくれ」

「分かったわ」


 レヴィウスは、リリアナに言うと、慣れた手つきでスピカの身体を優しく抱き上げる。

 腕の中に納まったスピカの顔を覗き込み、首を傾げる。


「どうした、気分が悪いか」

「……なんか、で、そう……」


 口元を抑え、青い顔で弱々しく首を振る様子に、眉を顰める。


「……もどしそうなのか」


 片腕だけで抱き、片手でスピカの額と頬、首筋にゆっくりと手を這わせる。


「体温が高いな。……慣れない場所で、精神的な疲れでも出たのか」

「…………」


 レヴィウスはすぐ目の前にあった庭に面した開け放たれている扉を潜り、一歩庭へと出た。今は手品師が人々の注目を浴びていて庭にも人気はない。

 気分が悪くなったときに大人に訴えるでもなく、隅に隠れるように引っ込んでしまう子だ。

 人目を気にする性格なのだろうと察せた。

 少しでも静かな場所の方が落ち着くだろうと思い、彼は外にでた。先ほどの場所と目と鼻の先だから、シェイラが来てもすぐにわかるだろう。


「医者と寝床を……いや、人間の医者ではダメなのか? 獣医、も違うか……?」


 竜医師という特殊な職業があることを知らないレヴィウスは首をひねる。

 気分の悪い竜にはどういう対応をするのが正解なのか分からない。

 とにかくリリアナの呼んできてくれるはずのシェイラを待つかと、レヴィウスは自分の方へ引き寄せ、しっかりと体重を凭れかかせる。

 そうっと、優しく、刺激しすぎないように、背中を撫でてやる。


「ま、まぁ……」

「大丈夫だ。すぐにシェイラを呼んでやるからな」


 ふにゃりと表情を崩し、今にも泣きそうな様子で母を呼ぶ幼子の姿は、レヴィウスの胸にも刺さった。

 彼女にとって一番の薬になるであろうシェイラを待つ間、少しでも楽になるようにと背中を撫で続けた。


「……温かい、な」


 腕の中で震えている、弱々しくも暖かな生きもの。

 小さくて、触れた肌は柔らかく、どこからどう見ても人間の子どもそのものだった。


(久しぶりにこの年頃の子を抱いたな)


 思い出すのはいつも腕の中にいた妹たち。

 一時はレヴィウスの膝の上の取り合いになるほどにべったりだったのに。


 いつの間にか片方は剣技に夢中になって、傷ばかりつくるようになり。

 片方は竜に憧れ、竜使いになるための冒険に出るのだと本気で口にするようになった。

 シェイラはもう覚えていないようだが、何度か本当に竜を探しに家を飛び出したことがあるのだ。もちろん門を出る前に発見されて連れ戻されたわけだが。

 一人での外出は大人になってからと言い聞かせるのが大変だった。


(その大人に、もうなったという事か)


 すぐ下の弟ジェイクが聞き分けが良く手のかからない子だったのに、二人の妹はどちらも片時も目が離せない程に危なっかしくて、だからこそ危険なことから守るべき存在なのだとレヴィウスに意識づけた。


 しかしもう、妹たちは二人ともレヴィウスから離れていこうとしている。


(俺が、俺の手で、守りたかったのに)


 レヴィウスは俯き、瞼を僅かに伏せて唇を歪ませる。


 自分がどういったって、喧嘩別れすることになったって、あの子たちは意思を曲げない。

 もう口で叱るだけで引き留められるほどに幼くはないと分かっている。

 二年後には騎士になるために出て行くと言うユーラにだって、一度も賛成の意は伝えていないのに。すでにユーラは準備を初めているようであった。



 どうせ自分の言う通りになんて動いてくれない、妹たちなのだから。


 レヴィウスもレヴィウスの勝手に、反対し続ける。


(しかも竜と一緒になったなんて、竜に、なったなんて、一生賛成するわけがないだろう)



 ―――――それは一種のあきらめと。


 一種の、意地。


 

「っ、……」


 背を撫でていたスピカの背がびくりと跳ねたことに気が付いて、レヴィウスは青い顔色を覗きこんだ。

 スピカは両手を口元にあてて耐えているようだった。


「むり、でる」

「我慢せず吐けばいい。服など洗えば……」

「ちが、ちがうぅ」

「?」

「でる、でるのぉ――」


 吐きそうなのではなく。出そうなのだと、スピカは弱々しく訴える。

 意味が理解できないレヴィウスは怪訝な顔でスピカの顔に顔を近づける。

 スピカは涙ぐんだ目で、目の前のレヴィウスに掠れた声で伝えた。


「も、むり……っ、つっ!! ―――ふぇっ、くっっっ、しゅんっ……!!!」

「は?」


 スピカの大きなくしゃみと共に。


 何か。


 小さな口から、何かが、出た。


 それはとてつもなく大きな力。


 とてつもない衝撃が、たった数センチしか顔が離れていなかったレヴィウスを真正面から襲う。




「っ……!?!?」


 レヴィウスは正面から、くしゃみと一緒に吐き出された竜の力に思い切り当てられ、急速な圧迫感に押され、のけぞった。


「なん……!」


 ぐらり、視界が揺れた。


 急速に、勢いよく、自分の体の中へと何かとてつもないものが口から入り込み、血を巡って隅々まで支配していくのを感じた。それにあがらうことさえできず、自身の意識が遠のいていく。


「っ…ぅ、……」


 足に力が入らず、後ろへと体が倒れていくのに気が付いた。

 とにかく抱き上げているスピカだけは落とすまいと、腕の中に閉じ込めるように必死に腕を動かす。

 抱き寄せたスピカは、今までの柔らかで温かかった感触とは変わり、つるりと堅く、少しひんやりとしていた。

 これが竜の鱗なのかと理解したものの、目で見て確認するために首を、視線を動かすことさえ、その時のレヴィウスにはもう出来なかった。


「……………」


 レヴィウスは芝生の上へと背中から倒れ、暗い闇の中へと意識を落としたのだった。


 ――彼に抱えられるような形で胸の上にのった黒い竜の子が、身体の中に溜まっていたものを吐き出せた為か、やけにすっきりとした顔で目を丸くして、首をこてんと傾けながら一声ないた。


「きゅ?」


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