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竜の卵を拾いまして  作者: おきょう
第五章

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闇夜に灯るは黒竜の心①



「あらあら。レヴィウスったら、ずいぶんとご機嫌ななめですのね」


 柔らかくのんびりとした口調で微笑を浮かべ、彼女はレヴィウスへ言う。

 ソファで隣に腰掛け、彼の手の中にあるグラスへと果実酒の瓶をかたむけ注いでくれているこの女性は、レヴィウスの婚約者―――リリアナだった。


 最近、自宅の居心地が悪い。

 何となく帰宅へ向かう足が重く、逃げ場所として足を延ばしたのは彼女の居る場所。

 ストヴェール子爵家の屋敷のある町のはずれから、一時間ほど馬車を走らせた小さな村の小さな屋敷だった。


 リリアナはストヴェール家と同じく、子爵位をもつ家の娘だ。

 身体が弱かった為、自然豊かでのんびりとしたストヴェールで幼いころから家族と離れてこの場所で暮らしていた彼女に、父グレイスの指示により引き合わされたのは五つの頃。

 おそらくその頃から、既に跡継ぎであるレヴィウスの相手としての候補であったのだろう。

 容姿は小柄で、髪は珍しい薄紫色。穏やかで控えめだが、芯はしっかりとしている性格の彼女の傍がレヴィウスにとって心落ち着く場所になるのに、そう時間はかからなかった。


「シェイラが帰って来たのでしょう?」

「…………あぁ」


 りリアナの台詞に、レヴィウスは薄く桃色がかった酒の入ったグラスを口元で傾けながら、深々と溜息をはいた。

 その様子に不機嫌の理由を理解したリリアナは笑みを深くする。


「やっぱり喧嘩されたのね」

「やっぱりってなんだ」

「予想はしておりましたもの」


 義理の妹となる予定のシェイラが火竜ソウマと恋愛関係であることは、既に国内の貴族間では周知の事実となっている。


「シェイラと竜の関係を初めて聞いたとき、レヴィウスがずいぶんと怒り狂っていた所は、この目でしっかり見ていましたから。しかも今、相手である火竜ソウマ様がストヴェールに滞在していることも、誰もが存じておりますもの。シェイラとソウマ様とレヴィウス……三人が集まれば何が起こるのかくらい、簡単に想像がつきますわ」

「ふん」


 レヴィウスはグラスを大きく傾け、まだ並々と残っていた中身を全て飲み干してしまう。

 濡れた唇を指先でぬぐいつつ、もう片方の手で持ったグラスをリリアナへと向けた。


「絶対に……認めるつもりは、ない」

「でしょうね」

「…………」


 レヴィウスが彼らの関係を認めるわけには、いかない。


 納得することが出来るはずがなかった。

 

(妹が竜になっただと? 有り得ない、有り得ない。そんなの、もう人間でさえないなんて、信じない。絶対に――……)


 考えるほどに、眉間にしわが寄る。

 実の妹が、人ではない生き物であるだなんて。

 竜などと言う、途方もなく遠い存在だと思っていたものになったなんて。


「くそっ」


 レヴィウスはずきずきと痛む胸をごまかすために、グラスを揺らす。


「リリィ」


 その催促にリリアナはこっそりと、ひとつだけ溜息を吐いた。

 しかし文句を言うこと無く、すぐに微笑みを浮かべ直して何杯目かも分からなくなった酒を注ぐ。





 ……リリアナは。

 リリアナだけは、頑なすぎるレヴィウスの考えを否定はしなかった。

 ここが今の彼にとっての唯一の逃げ場所だと分かっているからだ。


 人と竜の恋。

 絵物語のような関係が実際にあるのだと聞いた者たちは、羨望のこもった噂話を繰り広げている。

 いつの時代も、本来ならば有り得ない年の差や、身分差、そして異種間などの、普通とは違う恋に乙女たちは憧れを抱くものである。

 しかもこの国の人は竜を崇拝さえしているから。

 声高に反対をするものは、レヴィウス以外に居ないのだろう。


 ―――だからリリアナは彼に寄り添う。絶対に味方でいる。


「きっと仲直り出来ますわ」


 そして確信を込めて、笑ってみせる。

 しかし対するレヴィウスの表情はたいへんに悲壮感漂うものだった。


「出来ないかもしれない……」


 妹と仲違いしたことに、やはり相当に堪えているらしい。


「大丈夫です。だって兄妹なのですもの」

「……でも、シェイラは俺の話なんて聞き入れてくれなかった」


 レヴィウスはぐっと息を詰めて瞳を陰らせる。

 リリアナは眉を下げて彼の背中を撫でた。 

 

「これほどに落ち込むなんて。相当なショックでしたのね」

「当たり前だ。有り得ない。こんなのおかしいだろう……!」


 レヴィウスは妹が竜との関係を望むことを、受け入れ切れきれなくて拒絶してはいる。


 ただ、今は受け入れることが出来なくても。

 信じ切ることが出来なくて、喧嘩したとしても。

 ゆっくりゆっくりと時間をかけて、シェイラ達の選んだ道を受け入れて行けばいい。

 

 それまでの過程の間に彼が壊れてしまわないように。

 リリアナは彼の逃げ場となる。

 真面目だからこそ、子爵家の跡継ぎとして、たくさんの領民の期待の声に心を潰されそうになった時と同じように。


(それに、どれだけ怒って、否定して、認めないと断言していても。結局、最後に貴方は、ほだされてしまうの)


 結局はレヴィウスは、妹に甘い。

 シェイラが必死に頑張れば。

 何度も何度も訴えれば、聞き入れられないはずがないとリリアナは思っていた。


「―――レヴィウス。恋は、素敵なものよ?」

「恋愛結婚を否定しているのではない。俺とリリアナも親の意図があったとはいえ、半分以上は恋愛からの婚約だ。でもこれは……相手が問題だろう」

「あらあら」


 リリアナは口元に手を添えてくすくすと笑いをもらしつつ、グラスの中へと酒を注ぐ。

 サイドテーブルへと、中身のほぼ無くなった瓶を置くと、少しだけレヴィウスの方へと体を寄せ、眼鏡の奥に隠れている彼の顔を覗き見た。

 強くも無いのにずいぶん飲んでいるから、顔全体が赤らんでいて、茶色い瞳は潤んでいる。

 いつもストイックなまでにきちんとしている彼のこういう姿が見られるだけで、リリアナは嬉しかった。


「何にしても、明日は久し振りにシェイラに会えるのね。楽しみだわ」

「…………」

「出席しないと駄目よ? ユーラの誕生パーティ。特別な日なのだから」


 グラスをもったまま固まっているレヴィウスの腕に、リリアナは自らの腕を絡めた。

 体重を彼の方へと寄せて、囁くように言葉を紡ぐ。


「きちんと傍にいますから」 

「リリィ……」


 絶対的な味方が傍にいる。

 それだけで、呼吸さえ重くなるほどに居心地の悪くなった場所でも、立つことが出来るはず。

 リリアナは絡ませたまま、彼の方へと体重を傾けた。


「プレゼント、ユーラが気に入ってくれると良いのですけれど」


 肩口へと頬を擦り寄せながら、鬱々とした彼の気分を少しでも減らそうと言葉を紡ぐリリアナの耳元で、レヴィウスが身じろいだ。

 どうしたのかと顔を上げると、赤く潤んだ彼の瞳が真っ直ぐにリリアナを見下ろしていた。

 グラスをテーブルへと置いたレヴィウスは、おもむろに身をのりだし、組んでいた腕を一旦ほどいてから指を絡ませると、もう片方の手をリリアナの顎へとかけ、顔を上向かせる。


「お前の選んだものだ。喜ばないわけがないだろう」

「ふふ」


 ゆっくりと降りて来る唇に、リリアナは頬を緩めながら瞼を伏せた。

 


 ―――そんな。


 少しの希望が見え始めたかのようにも見える、ユーラの誕生日パーティの行われる前夜。




 ストヴェール子爵家では、シェイラは料理の下ごしらえに張り切り、キッチンに籠りきりになっていた。


 ココとスピカは居間でユーラと、ストヴェール子爵家の兄妹が幼いころに遊んでいたオモチャに夢中になっていた。

 四人も兄妹がいればオモチャの数もなかなかのもの。

 遊んでも遊んでも、また違う知らない玩具や人形が出て来るのだから、興奮しないわけがなかった。


「つぎ! これ!」


 居間に敷かれたラグの上で、オモチャを周囲に散らかしているココは、また一つ箱の中から新しいものを探りだす。


「なにかな?」


 布に包まれた袋をひっくり返すと、カラフルな布に綿が詰められた三角や四角の形をしたものがいくつも転がり出て来た。

 どうやら布製の積み木のようだが、振るとリンリンと音がなった。

 中に鈴が入れられているらしい。


「おおおおー! これで、おうちつくろう」


 ココが張り切って、すぐ傍にいるスピカを呼ぼうとする。


「…………」

「スピカ?」

 

 しかしスピカの返事はなく。

 彼女の黒い瞳はぼんやりとしていて、視線が定まっていなかった。


「すーぴーかー?」

「んー?」

 

 ココの再びかけた声に、スピカは返事ともつかない声を返し、手の甲で瞼をこすり、首をゆるゆると振っている。

 一見すれば、もう眠たくてぼんやりとしている幼い子の仕草だ。

 その様子に気づいたらしいユーラが「そろそろ眠たくなったかしら?」と声を掛けてきた。

 頷き、ユーラに抱き上げられて連れて行かれるスピカの姿に、ココは布の積み木を腕にだきながら、赤い瞳を大きく瞬かせる。


「うーん? もやって、してた?」


 眠気とは、少し違う気がした。

 スピカの纏う竜の気が不安定に、しかも明らかに変な具合に、揺れているようにココの目には見えたのだ。

 

 ココは違和感に気づきはしたけれど。

 しかしそれを上手く説明できるほどに、まだ口が回るわけでもない。

 しかもそれがとても重要なこと(・・・・・)なのだと、理解もしていなかったから。


 ほんの数分後には忘れて、相手をしてくれる侍女の読み聞かせてくれる絵本に夢中になっていたのだった。

 




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