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竜の卵を拾いまして  作者: おきょう
第五章

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赤いトマトと赤い竜

 ―――オレンジ色の髪をしたオレンジ家の双子とのお茶会は、とても賑やかに、とても楽しく終えることが出来た。


 そうして、一番星が空に昇り始めた時刻ごろ。

 家からの迎えが来た彼らは、帰りの身支度を始めていた。

 見送りの為に玄関でシェイラと並び立つユーラはまだ稽古着のままの恰好で、ニコルに満面の笑みを向ける。


「今日は有り難う。とっても楽しかったわ!」

「おう。明日の稽古では負けないからな!」

「ふふっ、私だって負けないわよ。ニコル」


 今の今まで剣を交えていた二人の額には汗がにじんでいる。

 熱い闘志が二人の間で燃えているようだ。

 そんな彼らの横でシェイラはおだやかに、シャーロットと別れの握手を交わした。


「子竜たち、とっても可愛かったわ! 次に会えるのは、五日後のユーラの誕生日会ね? シェイラ、それまではストヴェールにいるわよね?」

「えぇ、その為に帰って来たんですもの」

「じゃあその時にまた、たくさんお喋りしましょう。皆さんにも宜しく言っておいてね」


 シェイラの手を握り返しながら、シャーロットは頭上へと視線を向ける。

 ココとスピカは二階の部屋で遊び疲れて眠り落ちてしまっていて、ソウマが付いてくれているのだ。


「ふふふっ」


 竜とぞんぶんに遊べたことが余程嬉しかったのか、シェ―ロットの表情は緩みきっている。

 その様子に、竜を好きになってくれたことが嬉しかったシェイラもついつい笑いをこぼしながら頷いた。

 次にニコルとも別れの言葉を交わした後、馬車へ乗り込む彼らを見送った。






 お茶会から、早くも四日が経った。


 兄との関係は相変わらずだ。

 家の中では徹底的に避けられていて、姿を垣間見られることさえ(まれ)なこととなっている。

 シェイラは毎日重いため息を吐きながらも、しかし一方では久しぶりの実家の暮らしを穏やかな心地で楽しんでもいた。



 

 だからもう明日の夜に控えたユーラの誕生パーティーに、ずいぶん張り切っている。

 パーティーを終えれば二、三日中には旅に出る予定だから、よけいに一生懸命だった。

 

 今日のシェイラは準備のため、とても朝早くに起きた。

 同じく早起きのココを連れて部屋を出る。

 まだまだ眠っているスピカは侍女にまかせ、紅茶とサンドイッチで軽く朝食をとったあと、訪ねたキッチンの隅で真っ直ぐな白銀の髪に幅広の麦わら帽子を被った。


「シェイラお嬢様、これを」

「ありがとう」


 キッチンに居た使用人が差し出してくれたのは道具が入った籠だ。

 履き古した汚れても構わない靴に足を通し、袖を腕まくりして気合いを入れる。


「よしっ」


 胸の前で小さく手を握りこむと、片手に籠の持ち手を握り、もう片手にココの小さな手を握る。


「さぁ、行きましょうか。ココ」

「はーい。いってきまぁす」


 キッチンで働く者たちにココが手を振ると、微笑みながら手を振って見送ってくれた。 


「行ってらっしゃいませ。お気をつけて」


 見送りに礼を言っってから、シェイラは目の前にある―――キッチンの奥にある勝手口の扉を押し開く。



 天気は快晴。


 眩しい朝の陽が燦々と降り注いでいて、その眩しさに思わず薄青の瞳をすがめた。

 シェイラは麦わら帽子を深くかぶりなおし、足元に居るココに視線を落とす。


「ぼうしー。しぇーらとおろそ(・・)い!」

「おそろい、ね」


 笑い声を上げながら、シェイラと同じように帽子を押さえて見せるココに、シェイラも笑う。


「お古だけれど、丁度良い大きさのものが有ってよかったわ。―――さてココ、お仕事しましょうか!」

「おー! うん? おしごと……?」


 気合いの入ったシェイラに乗って、一度は高く拳を上げたココだけれど、しかし何をするのかはまだ知らない。

 首を傾げつつ、大きな赤い瞳でシェイラを見上げてきた。

 シェイラは少し身をかがめてから「あれよ」と大人が十歩も歩けばたどり着くほどすぐ近くにあるものを指さす。

 でもそれを初めて見たのだろうココは、実物が目の前にあってもまだ不思議そうに首をかしげていた。


「んー? うーん? おやさい?」

「そう。良く分かったわね」


 シェイラが差したのはキッチンの勝手口を出たすぐ脇の土を掘り起こし、ハーブと数種類の野菜を植えた場所だ。

 畑とも呼べない程に小さくて簡素な、家庭菜園。

 けれど何年も手間暇かけて家族と使用人たちで守っている大切な場所。

 ココが「お野菜」と言ったのは、ナスとトマトが生る姿を見てのことだろう。


「明日のユーラの誕生日に使うお野菜とかを、一緒に収穫しましょう!」

「おー?」


 とても張り切って眉をきりりと上げるシェイラ。

 反して、菜園を初めてみたココは右へ左へと首を何度も傾けつつ、眉を下げる。


「ココ、お野菜は、お花と同じように土に種をまいて、水と太陽の光で育つと出来るものなのよ。ロワイスの森でベリーをとったり、水竜の里でも色々、木に食べ物が生っていたでしょう?」


 小さな手を引いてたどり着いた菜園にしゃがみ込み、実る艶やかなトマトにそっと触れながら、ココへと説明する。

 久しぶりに見る菜園は、シェイラが居なくてもきちんと管理していてくれていたようで、土は柔らかく、植えられている植物のどれもが瑞々しい。


「……でももう夏野菜は終わりね。今日でもう収穫してしまいましょう」


 比較的長く収穫が楽しめる品種を選んでいるから、やや肌寒くなったこの季節でも少しは実っているけれど。

 しかし流石にこれ以上に新しい実を付けることはないだろう。

 実っているトマトに手を添えつつ、籠に入れていたはさみで切り落とす。。


 不思議そうな顔でシェイラの手元を覗きこんでいたココに、差し出した。


「はい、どうぞ」

「とまと?」

「そう。トマト」


 艶やかなトマトを両手で抱えるココは、それを掲げたりひっくり返したり、更にはまだなっている苗木を幾つも覗きこんだりして、やっとそれが、普段の食卓に上っているトマトと同じものなのだと理解したらしい。


(食べやすいようにって、出来るだけ小さく切り分けて貰っていたものね)


 考えてみれば、丸いままの状態のトマトをココが見ること自体初めてかもしれない。


 食事にはあまり興味をしめさず。

 好きなのはお菓子や甘い果物だから、野菜自体にあまり馴染みがないのだ。

 シェイラが食べていたものを見てはいるはずだが、それも基本的には切り分けられているものだった。

 だから水竜の里などで果物を取った時よりも、ずいぶん反応は大人しい。


「そのままたべてごらんなさい」

「…………。とまとを?」

「あら、嫌そうな顔ね」

「うーん」


 そもそもココは野菜を好きではない。

 むしろ嫌いな部類だ。

 人間の様に大きくなるために必要というわけでもないので、食べられなくても全然問題はなく、シェイラも残す彼らを叱ったこともなかった。


「一口だけ、騙されたと思って、ね?」

「………」


 朝食を軽くしか取っていなかったシェイラも、もう一つ摘み取ったトマトに口を付ける。

 じゅわり、口の中にとびだしてきた果汁。

 太陽の光をたっぷりと受けて育ったトマトは、うまみも濃く、更に酸味は薄くて食べやすい。


「んー! 美味しい!」


 久しぶりのもぎたての野菜に、思わず声を上げるシェイラの顔と、手の中のトマトをココは交互に観察していた。

 そして、少しだけ躊躇しながらも、一口だけ齧る。


「ん!」


 口の端から汁が溢れ、頬にわずかな赤のある汁が飛ぶ。

 赤い瞳は大きく見開かれ、二口目、三口目と、トマトは小さな口の中へ消えていく。


「ん! ん! んんー!」


 口の周りをべとべとに汚しながらココは夢中でトマトをほおばりだした。


「うーん! おいしいー!」

「本当ね」


 口の周りどころか、顔全体や着ている服の胸元にまで飛び散る果汁に、シェイラは頬を緩めた。


「気に入ってくれてよかった」


 二人でトマトを堪能したあとは、菜園の野菜をもいでいく。

 ついでに雑草を取り、水やりを終えるころには既に二時間ほどが過ぎていた。

 シェイラは立ち上がると、ずっとしゃがみこんでいたことで固まった腰を伸ばし、ポケットに入れていたハンカチで汗をぬぐいながら息をつく。

 頭上を見上げると映るのは、ゆっくりと流れる雲。

 太陽の位置から大体の時間をさぐり、すぐ傍でジョウロを手に水やりをしてくれているはずのココを振り返る。


「ココ、そろそろお仕事は終わり。スピカを起こしに行きましょう」

「はーい」


 小さな体に持つにしてはずいぶんと大きなジョウロを抱えたまま、ココはシェイラへと走り寄って来る。


「…………」


 危ないな、とは思ったのだ。

 土はふかふかで、平らではないから足を取られやすい。しかも耕して(うね)を作ったその間を縫うようにして歩かなければならないし、手に持つジョウロもまだたっぷりと水が残っているはずでバランスからして危うかった。

 走り寄ってくる動きを見て、あぁ、転びそうだなと、想像はしていた。


「ココ、足元気を付けて……あ」

「あっ、」


 柔らかな土に足を取られバランスを崩したココは、やはり転んでしまった。

 

「やっぱり……」


 しかし常に走り回っているココが転ぶことなんてもうしょっちゅうで、何よりも今いるのは柔らかな土の上。

 シェイラは特に慌てることなく、苦笑をもらしながらのんびりと近づいていった。


「大丈夫?」


 傍まで歩きより、抱き上げようと手を伸ばす。


「転ばない様に気を付けてって、いつも言っているでしょう? 膝をすりむいたりはしていない?」

「…………」

「ココ?」


 伸ばしたシェイラの手を、いつものココならば何のためらいもなく取るはずだ。

 しかしその手を彼がとることは無く。

 どうしてかココは、突然、何の前触れもなく、赤い竜の姿へと戻ってしまった。


「え? ココ?」


 突然のことにシェイラは目を瞬かせる。


「きゅ!」


 竜の姿になったココは、元気よく顔と声を上げた。

 

「え、思わず竜の姿に戻ってしまうくらい痛かった? 頭とかぶつけてしまった?」


 慌てるシェイラを他所に、ココは赤い目を楽しそうに細めて見せる。


「きゅーーーーー!!」

「…………」


 竜の姿になったココは、畑の上を転がり始めた。


「コ、コ……?」


 ころんころんころんころん。


 丸い身体は勢いよく転がっていく。

 野菜の苗木と苗木の間を抜け、シェイラの手の届かないほどの場所にまで、凄い速さでころころと転がっていってしまう。

 転がるたびに、艶やかで美しい赤の鱗は土にまみれていく。

 水やりをした後だから土は濡れていて、どう考えてもはたく程度では取れそうにない。

 更にココは土に潜るかのように顔を擦り付け始めた。

 尻尾でぺしぺしと濡れた土を叩いて、鳴る音と感触を楽しんでもいる。

 竜の鱗は、みるみる間に飛びはねる土にまみれていく。


「あぁぁぁ……」


 シェイラは自身の愛する美しい竜の鱗が汚れていくことを残念に思いつつ、ココのずいぶん楽しそう声に仕方ないかと息を息をついた。


「終わったら料理の下ごしらえをと思っていたのだけれど」


 どうやら野菜を洗うよりも、竜の子を洗う方が先らしい。


 ころりころり、菜園の中を「きゅうきゅう」言いながら転がり遊ぶココを、その後シェイラは小一時間ほどただ眺めることになるのだった。




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