幼馴染み②
肌寒さを感じる日も徐々に増え始めた時期ではあるけれど、天気の良い昼間はまだまだ暖かい。
この気候なら外でも大丈夫だろうと、シェイラはお茶会の場所をストヴェール家の中庭に決めた。
朝早くに稽古に出かけて行ったユーラを見送ってから、さっそく使用人に頼み、芝生の上にガーデンテーブルとイスを用意してもらった。
すでにテーブルクロスも敷き。
庭師に採ってもらった季節の花も活けた。
ココとスピカは芝生にシーツを敷いた上に寝転がりつつ絵本を読んでいる。
そして―――、少し離れた距離にいる二人の様子を気にしつつ準備を進めていたシェイラは今現在、大変に困惑中だ。
彼女は大きなため息を吐きながら、八の字に眉を下げる。
「はりきり過ぎてしまったわ」
呟いて、胸の前で円いトレーを抱え込み、反省に肩を落とす。
ユーラと幼馴染と一緒にする久しぶりのお茶会が楽しみで、シェイラは朝からキッチンと庭をせわしなく往復し、準備をしていたのだ。
その結果が、目の前にずらりと並ぶ料理の数々。
ユーラの好物のチョコチップスコーンと、チョコドーナツ、そしてサーモンマリネのサンドイッチ。
他に具材を変えただけで作れるミルクスコーンと、ナッツのドーナッツに、砂糖をまぶしたシュガードーナツも添えてある。
さらにサンドイッチも種類を増やし、卵やハム。チーズに、魚のフライ、他にもジャムやクリーム、フルーツを挟んだものを作った。
そしてクッキーと、昨晩から生地を寝かせておいたレモンパイ。
ついでに後は茹でてソースと和えれば良いだけの状態にまでなっているパスタも二種、キッチンに準備してある。
(絶対に、多いわね)
お茶会のメンバーはシェイラとユーラ、そしてオレンジ家の双子の四人なのに。
倍の人数がいても食べきれるか怪しい量になっている。
(ココとスピカは本当に摘まむ程度だから、一人前分の数にも入れられない……)
ユーラと幼馴染みにたくさん食べて貰おうと思って、夢中で作った。
自分の家のキッチンは気をつかうことも一切なく、更に手に慣れた道具やオーブンを使えることも嬉しくて張り切った。
あれもこれもと手を加え、テーブルの上に並べて終え、見渡してみてから……初めてその量に気づき、やり過ぎたとシェイラは反省している。
「うーん……パスタ以外は完全に軽食メニューだから家族の夕飯にも回せないわね。―――でも、稽古のあとでお腹は空いているでしょうから、物足りないなんてことはしたくなかったし。………サンドイッチとパスタ以外は何日かもつから、明日のおやつにも出来るわよね……うん」
テーブルの上を睨みつけ、真剣な顔でぶつぶつと独り言をつぶやくシェイラ。
そんな彼女の背後に、三つの人影が近づいていた。
彼らは小さく含み笑いを漏らしながら、ゆっくりゆっくりと思い悩む背中に忍び寄っていく。
「「「っ、――ただいまぁ!!!」」」
「っ!?」
集中していたところに突然大きな声をかけられ、シェイラは驚き体を跳ね上げた。
慌てて振り向くと、ユーラと、ニコル、そしてシャーロットが耐えきれずに吹き出し、声を上げて思いきり笑い出す。
「あははっ!」
「ぷっ!」
「ふふっ!」
「あ、あなた達……」
シェイラは何度か薄青の瞳を瞬かせ、やっと状況を理解すると、一緒に吹き出し、笑ってしまった。
「もう、みんなして驚かせないで」
「ふふふっ! だってシェイラお姉さまったら、すごく真剣にご飯に付いて独り言を話してるんだもの」
「面白くって、つい悪戯心が、ねぇ?」
「俺、すっごく腹減ってるから、心配しないでもこれくらい食べれるって」
ひとしきりみんなで笑いを交わした頃。
改めて、シャーロットがドレスの裾を摘み上げて丁寧なあいさつをしてくれた。
「ごきげんよう、シェイラ。お茶会への招待を有り難う。会えて嬉しいわ」
シャーロットのくれた丁寧なあいさつに、シェイラも持っていたトレイをテーブルに置き、彼女と同じようにドレスの裾をつまみ上げて返す。
「ごきげんよう、シャーロット。来てくれて有り難う」
優雅に礼を取るシャーロットに対して、その双子の弟であるニコルはずいぶん気安い。
シェイラと目が合うと、彼はにっと歯を見せて、人懐こく笑いながら手を差し出した。
「シェイラ、久しぶり!」
彼の手を握り返しながら、シェイラはうなずく。
「本当に久しぶりね。元気そうで良かったわ。二年ぶりくらいかしら」
「そんなになるのかー……ん? シェイラ、なんか雰囲気、変わった?」
じろじろと顔を観察してくるニコルに、慌てて首をふる。
変わった自覚があるからこそ、鋭い指摘に心臓が早鳴った。
「私よりも。二、ニコルの方が変わったわよ」
「俺?」
ごまかしではなく、確かにニコルは記憶にあるものよりずいぶん背丈が伸びていて、シェイラはとても驚いているのだ。
彼はまだ十三歳。
まだまだもっと。
幾らでも成長していくはずだ。
二、三年もすればきっとシェイラの背も簡単に追い越して、大人の男性になってしまうだろう。
「ニコル、とっても大きくなったわね。頼もしいわ」
年下の幼馴染はシェイラにとって妹のユーラと同じような存在だ。
その成長が嬉しくて、シェイラは繋いでいた手を離した後、彼の頬に両手を伸ばして微笑んだ。
ふっくらとした子供らしさが薄れ、精悍さが垣間見えるようになった頬を両手で包み込み、うっすらとそばかすの浮いた顔を覗きこむ。
「っ……そ、そう? ……っつーかシェイラ、あんまり触らないで……」
ニコルは背をのけ反らせて距離を取ろうとしつつ、頬を赤くした。
「どうして?」
以前まではこれくらいの触れ合いは当たり前だったはずだ。
なにせとても幼い頃は一緒のベッドでお昼寝をした間柄なのだから。
しばらく会わない間に、触れ合うのが嫌なほどに気持ち的な距離が空いてしまったのだろうかと、シェイラは寂しげな色を見せながら首をかしげる。
「嫌、だったかしら」
「そうじゃなくて。いや、―――だって……もう子どもじゃないんだし……」
「ニコル、まだ十三歳でしょう?」
「だからっ! 子ども扱いするなってことだよっ」
「まぁ……」
確かに背丈は延びたけれど、まだシェイラを追い越してもいないほどで、何処からどう見ても子どもの域を出ない。
だからシェイラは昔と同じように、妹のユーラに触れるのと同じように触れたのだけれど。
(お年頃、というやつかしら?)
異性に触れられることは、彼にとって『意識してしまうこと』になっているらしい。
きっと頭を撫でたり、親愛のキスをするのももう拒絶されるのだろうなと察して、すこし寂しくなった。
「……あら?」
視線を感じてそちらを向くと、ユーラが頬をふくらませている。
なにがどうしてかは分からないが、とても気分を害しているらしい。
「ユーラ……? どうしたの?」
訊ねてみても、ユーラはシェイラの質問には答えてくれず。
ニコルの方を睨みつけながら口を開いた。
「ほんっとうに、ニコルは昔っから、お姉さまに対してだけは大人しいのよねっ!」
「―――は? 何言ってんだお前、普通だろ?」
「違うわよ。私に対するときよりずっと大人しいわ」
「そりゃあ、しばらくぶりだし多少はさぁ。でも、……なんで怒ってんだよ」
「知らないっ」
そっぽを向いたユーラに、ニコルは怪訝な顔で首をかしげている。
「っ………」
「あらあら」
シェイラとシャーロットは、思わず互いの顔を見合わせて口元を不器用にゆがませた―――笑いを噴き出さないようにするために。
(ユーラがニコルのことを好きだというのは、何となく分かっていたけれど、これは……)
どう見てみても。ユーラは、焼き餅を焼いているらしい。
一度だってニコルがシェイラに対して恋愛感情のこもった対応をしたことはなく、あくまで親しい年上の幼馴染でしかないのに、だ。
さきほどもニコルが照れたのは相手がシェイラだったからではなく、女性だったから。
他のどの女性が同じように彼の頬や髪に触れたって、彼は動揺し赤くなるのだろう。
しかしユーラの言葉を聞く感じでは、ユーラに対してはこうでは無いらしい。
ユーラとシャーロット。ニコルは彼女たち二人とだけは、触れることを当然と受け入れるようだ。
だからユーラは目の前でシェイラに対して赤くなったニコルの反応に動揺した。
自分の時は、まるで意識していないくせに、と。
(ニコルのものはユーラとは違って恋愛感情かは分からないのよね。剣のライバルとも見ているようだし。でも、ユーラが特別なのは間違いないのよ)
恋愛感情というものは、どうしても女の子の方が早熟してしまう場合が多い。
ニコルにとって恋は、まだ少し遠いものなのかもしれない。
「……はい、二人とも落ち着いてちょうだい」
とりあえず、これ以上に口論が白熱してしまわないように、シェイラは両手をぱんと一度叩いて彼らの注目を集める。
子どもの頃から良くケンカをしていたこの二人を止めるのは、たいていがシェイラか、もしくはシャーロットの役割だった。
「――ユーラ。稽古で汗をかいたでしょう? 先に着替えてきたらどうかしら」
「あ」
ユーラは自分の格好を見下ろす。
パンツ姿に腰に長剣をはいた姿はとても凛々しいけれど、あちこち泥だらけだったし、確かに汗もかいたばかりだった。
風呂に入る時間はなくても、せめてお茶を楽しむ前に身体を拭いて着替えるくらいするべきだろう。
汚れはまだしも、汗がひいたばかりの湿った服を着ていれば身体を冷やしてしまう。
「すぐに着替えて来るから待ってて! 私のチョコチップスコーンなんだから、先に食べたら嫌よ!」
「大丈夫だから、ゆっくり身支度してらっしゃい」
家の中へとかけていく背中に声をかけたあと、シェイラは双子をイスに座るように促した。
「……ニコルは、稽古着じゃないのね?」
シャーロットは稽古を見学していただけのはずで、まとうものは織物を多く扱っている商家の娘にふさわしく、上等で品のあるドレス。きちんと髪も結い上げていて、着替える必要はない。
しかしニコルはユーラと同じで泥まみれだろう。
そう考えて服を見てみたが、予想に反して腰には剣をはいているものの、きちんとしたジャケット服装だった。
ニコルはシャーロットと並んでイスに腰を落ち着けつつ返事を返した。
「うん。ここに来る前に家に寄って貰って、身体拭いて着替えてきたから。それより、腹減ったぁ……」
テーブルに並んだ料理に魅せられ、落ち着かない様子だ。
「ニコルったら、ユーラにクギを刺されていなければ、絶対にもう手を出していたでしょう」
シャーロットの鋭い突っ込みに、ニコルは眉を寄せ唇をつきだした。
稽古のあとでお腹がへっているのだろう。
我慢させるは可哀想だと、シェイラは紙ナフキンに乗せたサンドイッチをひとつだけ手渡す。
「はい。ユーラには……内緒ね」
「やった!」
ニコルは満面の笑みで頷いて受け取り、勢い良く頬張り始めた。
「はー! うまー!」
「もうっ! まだ人が揃っていないのに……行儀悪いのはいけないのよ! シェイラも甘やかさないで」
「ふふっ、シャーロットもマナーなんて気にしないで大丈夫よ。社交の場でもないのだし、ユーラに知れたら私が謝るわ。さぁ、クッキーくらい摘まんでちょうだい?」
「そ、そう……? じゃあ少しだけ……」
「シャーロットも食べたかったんじゃん」
「うるさいわね――あ、美味しい」
双子の反応にシェイラは柔らかく目を細め、ティーポットへと手を伸ばした。
「ユーラが来るころに合わせて紅茶を用意しておくわ。何が飲みたい?」
「「アッサムのロイヤルミルクティー!」」
性格は違うが、紅茶の趣味は同じな双子の声が重なった。
指摘すると怒るだろうから、こっそりと微笑むだけにしてシェイラはアッサムの茶葉を入れたティーポットへと、侍女に持ってきて貰ったちょうど良い温度のミルクとお湯を半々の量で注ぐ。
蓋をして、あとは待つだけの状態になった。
「シェイラは座らないの?」
もう紅茶は待つだけなのに、テーブルから離れようとするシェイラを不思議に思ったらしいシャーロットが訊ねてきた。
シェイラは視線を少し離れた芝生の上にいる子どもたちにむけている。
その視線を追ったらしい双子は、ここで初めてココとスピカの存在に気がついたようだ。
「ニコル、シャーロット。お茶会、あの子たちも一緒で良いかしら」
「もちろん構わないわ。でも誰なの?」
「俺らとは会ったことないよなぁ……。ストヴェール子爵家の親族の子とか?」
「親族ではないのだけど。ええっと、少し待っていて、呼んでくるわ。紹介もさせて」
四人でのお茶会だと思っていた為に戸惑う様子をみせる双子に、シェイラはそう告げ。
ココとスピカの元へと小走りでかけていくのだった。




