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竜の卵を拾いまして  作者: おきょう
第五章

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幼馴染み①

「あ。しぇーらだぁ。おかえりなさぁい!」

「ママ!」


 シェイラがソウマとともに自室に戻ると、ココとスピカが弾んだ声を上げて迎えてくれた。


「みてみて、ママッ。おもちゃ、いっぱい!」


 スピカが自身よりも大きなテディベアを抱いて見せてくれながら、嬉しそうに笑う。


 どうやらストヴェール子爵家の兄妹が子どものころに遊んでいた玩具を広げて遊んでいたらしい。

 床一面にぬいぐるみに人形、積木にボードゲーム、ボールや絵本など、様々なものが散らばっていて、まさにおもちゃ箱をひっくり返りたような光景だ。


 シェイラは小さく笑いを漏らし、しかしどこか力ない声で「ただいま」と二人に返した。


「良い子で待っていてくれてありがとう。さぁ、そろそろお片付けしてちょうだい」

「「はーい」」


 二人を見ていてくれた侍女にお礼を言い、彼女が礼をしてから部屋を退室した瞬間。


 


 扉が閉まると同時に。


 ふっ。と――これまで我慢していたのものを、止められなくなった。


「っ………」


 ぽたり、ぽたり。


 フローリングの床の上へと、滴が落ちる。


「ま、ま……?」

「…………」


 ココとスピカは笑顔を固くし、驚きに目を大きく丸めて絶句している。



 心配をかけたくはなかった。

 けれど今のシェイラには涙を止める術を見つけられない。

 せめてもと(うつむ)いて顔を隠した。そうして床を見下ろすシェイラの唇は震え、浅い息を繰り返す。


(だめ、なのに……)


 泣くつもりなんて、なかったのに。

 家族で楽しく妹のユーラの誕生日を過ごせると思って帰って来たのに。

 久しぶりに兄と会えることを、とてもとても楽しみにしていたのに。

 どうして上手くいかないのだろう。


 竜の血を選んだことに後悔なんてしていない。それほどに、シェイラは竜に魅せられていて、彼らの傍にいたいと思っていた。

 しかし頭の隅にはいつも罪悪感も確かにもっていた。

 人として育ててもらい、人として生きることの道を周囲の人たちは望んでいたのに、自分はそれを捻じ曲げてしまったと。

 誰も口には出さなかった事実を、真っ直ぐにレヴィウスは指摘した。

 どうして人としての幸せを放棄したのか。ごく普通に生きる道を外れるのか。疑問に思われて当たり前だった。


 ―――シェイラは全てを分かっていても、竜を選んだ。

 何を言われても変えるつもりはない。

 けれど申し訳ないという思いは、どうしてもこうしてチクチクと胸を刺す。


「シェイラ」

「っ……そ、……」


 気づくと、シェイラはソウマの腕の中に居た。


 シェイラが一人で抱えきれなくなった瞬間に、彼は手を差し伸べてくれる。


「………」


 広くて厚い胸の内側にすっぽりと収まると、平均よりも少し高い体温の熱が、シェイラの身体をじわじわと暖めていく。

 ソウマは耐え切れずに嗚咽を漏らし始めたシェイラの身体を抱え込んだまま。白銀の髪を大きな手で優しく撫でる。

 そしてまるで子供にするかのように、柔らかに甘い声を掛けてくれる。


「大丈夫だ。向こうも今は混乱しているだけだ。落ち着いて話す機会はまだいくらでもある。―――大丈夫だ」

「つっ、でも、お兄様、ソウマ様に、も、しつれいをっ……!」

「大事な妹を取ろうとしてる男に、好意的な態度はとらないだろう」


 大切な妹だからこそ、彼は憤り、怒り狂った。

 ずっと願っていた、人間の娘としての幸せをシェイラが得られないという事実をつきつけられ、混乱した。


 ソウマはシェイラの身体をさらに引き寄せ、頭の上に唇を落としながら言う。


「大丈夫だ」

「…………」


 どうして大丈夫だと彼は思うのか。

 具体的な解決法も、まるで出てはこなかったが。

 それでも彼の力強い台詞に、混乱していたシェイラは徐々に落ち着きを取り戻していく。


「―――ママッ!」


 スピカが翼を出して飛んで、優しく頬を撫でてくれた。


「だいじょうぶー?」


 同じように飛んだココが心配そうに、腕に手を回して柔らかな頬を摺り寄せてくる。


「………」


 ソウマは、またぎゅうっとシェイラを抱え込み。

 三人の温かさに悲しくてどうしようもなかった気持ちが解けていく。

 シェイラは僅かに瞼を伏せ、目元を潤ませながらも不器用に口端を上げた。


(だから、竜を諦められないの)


 彼らはこうして、いつだって自分の味方になってくれる。

 今回のこと、全てが自分と自分の家族の間の諍いでしかなく、巻き込んでいるのはシェイラの方なのに。


 竜達に甘やかされ過ぎていると自覚しながらも、この優しさからはどうしても抜け出すことなんて出来なかった。




* * * *



 ―――落ち着いた頃に夕食会が行われたが、レヴィウスは出席してくれなかった。


(顔も合わせたくないということかしら)


 こんなに兄を怒らしたことがなかったシェイラは、ただただ空白の席に肩をおとした。

 


 食事を終えデザートとお茶を楽しむ場で、家族の中で一人だけ知らないままだった次男のジェイクにも、シェイラは話をした。

 

 ジェイクはとても驚いていたけれど。

 しかしすぐに気を取り直し、変わらないおっとりとした笑顔で応援すると言ってくれた。

 

「すんなりと納得できるお兄様って、結構大物よね……」


 紅茶を飲みながらしみじみと呟いたユーラの台詞に、周囲の誰もが深く頷いた。

 

 その日。


 シェイラは家族とアウラットとソウマと共に、たくさんの話をした。

 竜の血について。

 白竜の力について。

 旅に出てから今までのこと。

 騒動があったばかりの、兄レヴィウスとの諍いの原因。

 

 隠し事なく、家族にすべてを話せることがシェイラはとても嬉しくて、そしてこの場にレヴィウスが居ないことがやはり寂しくてたまらない。




 ……ソウマとアウラットが町の宿へと帰った頃には、もう夜も更けていた。



 屋敷の中は、表面上はいつも通りだったけれど。

 しかし家族間に問題が有ったことはすでに使用人のだれもが知るものとなっていて、全体にどこか暗くぎこちない雰囲気が漂っている。

 久し振りに会った侍女達とお喋りにふける心境でもなく、シェイラは早々に部屋に戻って休むことにした。


 二人が気を張らなくても良いようにと、屋敷の使用人達にココとスピカが竜であること。シェイラが彼らの育て親となったことは伝えていた。

 シェイラ自身が白竜であることは、さすがに秘しているが。

 そんなココとスピカの寝床にと、侍女が用意してくれたのは大きな丸形のバスケットにクッションを敷き詰めたものが二つ。

 シェイラのベッドのすぐ隣に置かれている。


 二人は竜の姿になると、尻尾を抱えるように丸くなりバスケットに収まった。


「きゅう!」

「きゅう、きゅっ」

「居心地よさそうね。良かったわ」


 丸いバスケットの中に丸まった竜がすっぽりと収まった姿は、とてつもなく可愛らしい。シェイラはくすくすと笑いを漏らしながら、彼らにお休みのキスを贈る。


 二匹は遊び疲れていたのか、すぐに眠りに落ちた。

 しかしシェイラは目が冴えてしまっていた。

 月の明かりの差し込む静かな寝室で、ココとスピカが安らかに寝息を立てる姿を、ベッドの脇に置かれた籠の前に膝をつき、ただ見下ろし続ける。

 時々大きく憂鬱なため息を吐きながら。

 目の前で呼吸に合わせ膨らんだり萎んだりする丸々としたお腹を観察していると、ふと。小さく寝室の扉がノックされた。

 シェイラは顔を上げ、扉を振り向きつつ首をかしげた。


「誰?」


 返事を返すと、ゆっくりと扉が開いた。

 その扉の隙間からのぞいた顔は、薄青の大きな目と白銀の髪をした少女……妹のユーラだ。


「まだ休んでいなかったの? 私に何か用事かしら?」

「え、えぇ、と。その……お姉さま、一緒に寝ても……いいかしら」


 大きなリボンの飾りがついたネグリジェの上にカーディガンを羽織った格好で訊ねて来たユーラ。

 少し遠慮がちに言いながらも、しかし彼女の手にはしっかりと枕が抱えられていた。

 準備万端でお泊りに来た姿に、シェイラは口端を上げて頷いてみせる。


「えぇ、もちろん」

「やったぁ!」


 半分だけ開かせていた扉を大きく開けて、寄って来たユーラの足元は素足にボア素材のスリッパをはいている。

 彼女はシェイラの前にあるバスケットに気が付くと、シェイラと同じようにそのまま床に座り込んで中身を覗きこんだ。


「まぁっ……!」


 竜の子の寝姿に声を弾ませたユーラの口元に、シェイラは人差し指を当てて密やかに話す。


「ユーラ、起きてしまうから少し小さな声でね?」

「あっ……そうね。ごめんなさい。――それにしても、竜って丸まって眠るのね。子猫みたいだわ」

「可愛いでしょう?」

「とっても!」



* * * *



 シェイラの部屋のベッドは城にあるものと比べれば小さい。

 けれど女性二人くらいなら難なく眠れる程度の広さはあるのだ。

 そう、広さに余裕はある。

 なのにシェイラとユーラは身を寄せ合い、顔を寄せ合い内緒話をするかのように互いの耳元で言葉を交わす。

 ココとスピカの眠りを妨げない為にと思うのと、暗闇の中でひそやかにするお喋りは、普段よりも特別な感じがして楽しいから。


「…………」

「シェイラお姉さま?」

「……あ、何かしら」


 楽しく互いの近況を話しつつも、シェイラの声はどうしても暗く沈んでしまうし、時々思考がとこか遠くへいってまう。

 どうしてもいつも通りの明るさを持つことができず、会話に集中もできていなかった。

 

「―――まったく」


 シェイラの様子に気づいたらしいユーラが、大きく頬を膨らませた。


「レヴィウスお兄様は、ほんっとに昔から頭が固いから。『常識』でないことは許せないのよね」

「常識で無いことをしている自覚はあるわ。だから仕方ないの」

「仕方なくないわよ! お姉さまはお姉さまのやりたいようにすれば良いの。お兄さまの思う人生を歩まなければならない決まりなんてないのよ。まったく、頑固なあの人のおかげみんな暗い顔をしていて、つまらないわ」


 少し前に、シェイラが家を離れることに盛大に駄々をこねた少女のものとは思えない台詞に、シェイラは小さく噴き出した。

 そうすると肩の力が自然と抜けていく。


 シェイラの気の抜けた表情に安心したのか、ユーラはふっと力を抜いて、少しだけ間をあけた後にためらいがちに口を開いた。


「―――あの、ね?」

「どうしたの?」


 ユーラは恥ずかしそうに視線を横へとそらした。

 そんな妹の様子に、シェイラは目を瞬かせる。


「なーに? 言いたいことが有るのね?」

「えっと……レヴィウスお兄様のことで色々大変なのはわかるけれど。でも……私の相手もしてね? せっかく、せっかく帰って来たのだもの」


 可愛らしいお願いに、シェイラは破顔する。


「もちろんよ」


 今は机の引き出しの奥に忍ばせてある、スピカと一緒に選んだアクセサリーを思い浮かべた。


「何よりも、今回の帰省はユーラの誕生日を祝うためのものだもの。お祝いのパーティーはするのかしら?」

「えぇ。お昼間に親しい友人を十人ほど招くだけのものだけど―――あ。」

「どうしたの?」

「思いついたの。明日、稽古のあとにシャーロットとニコルを呼んでもいいかしら」

「シャーロットと、ニコル? まぁ、久しぶりね」


 シャーロット・オレンジとニコル・オレンジ。

 姓と同じオレンジ色の髪をした彼らはユーラと同い年の双子姉弟で、ストヴェール子爵領で一番に栄えている商家の子息子女でもある。

 親同士が仕事の関係で良く顔を合わせることが多く、その為に自然とオレンジ家の姉弟とストヴェール子爵家の兄妹は仲良くなった。幼馴染と呼んでも違和感のないほどの間柄だ。


 ユーラは彼らと同い年であることと、そして剣の師匠がニコルと同じであることから、特にオレンジ姉弟と仲が良いのだ。


「久しぶりね、私も会いたいわ」

「でしょう? 二人も会いたいって言ってたから、お姉様が帰ってるとしれば絶対に来たがるはずだわ。どうせソウマ様達、お仕事でしょう? 久しぶりにみんなでお茶会をしましょう」

「素敵。だったらみんなが稽古に行っている間にお菓子を作っておくわね。何がいいかしら」

「スコーンに、チョコチップがたーくさん入ったものが食べたいわ」

「分かったわ、チョコチップのスコーンと、チョコドーナッツもね」

「さすが。私の好きなものを良く分かってくれているわ。あとは、サーモンマリネのサンドイッチも!」


 ―――暗い室内、身を寄せ合い交わす姉妹の会話はしだいに弾み、ずいぶんと遅くまで、途切れることなく続くのだった。


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