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竜の卵を拾いまして  作者: おきょう
第五章

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不適切な相談役②

 夏の終わりを告げる乾いた風が吹く。

 すでに陽も落ちている時間である為に、ひんやりとした肌寒ささえ感じた。


 竜術で作り出した光の玉の下。ゆらり、ゆらり、髪に飾った赤いリボンが揺れるのを前に、ソウマは彼女に、変装していたときに会っていたことを話した。

 だからニコルとシャーロットの双子のことも知っていたと、付け加えて。


「なるほど、今朝お会いした方々がソウマ様でしたか」


 ユーラは驚きながらも納得したように頷いた。

 あの、肌の色さえ違う男に変化出来るということがとても興味深いらしく、ソウマの顔をじいっと見つめながらであったが。


「そう言われてみれば、雰囲気が似ていたような気がします」

「すまない」

「え、いいえ! 謝らないでください。会話らしい会話も交わしませんでしたし、タイミングが合わなかっただけでしょう」


 にっこりと微笑を浮かべて、彼女はもう一度頷いて見せた。

 ソウマは安堵の息を吐いてから、また首を傾げる。

 ソウマの脳裏には、昼間にユーラと親しげに話していたオレンジ色の双子の頭がよみがえっていた。


「で、好きなやつってやっぱり?」

「ニ……ニコル、です……」


 言いながらもユーラは真っ赤になった顔を両手で覆う。

 身を左右によじり、首を振り、羞恥と戦っているらしい。

 

「そ、そのっ……彼――わんぱくで向こう見ずで、結構……だいぶ、お馬鹿なんですけど」

「結構な言いぐさだな」

「でっ、でも!」


 ユーラは何を思い浮かべたのか。

 指の隙間から覘く薄桃色の唇がゆっくりと綻んでゆく。

 蕾が花開くような笑顔と呼ぶのはこれのことかと、ソウマは知った。


「友達思いで、家族思いで、優しい人だって知っているの」

「ほう……」


 惚気としか取れない説明を聞きながら腕を組み、ソウマは考える。

 ユーラが悩んでいるらしい「直ぐに離れることになると分かっているのに、この気持ちを打ち明けても良いのか」の答えを、必死に必死に、考える。


(んんんー…、当たって砕けろ! とかは駄目だよな)


 勢い任せの台詞を言えば、この子は本当に猪突猛進に行ってしまう気がした。

 それくらいに元気でまっすぐな少女だ。

 とりあえずソウマは自分の時はどうだったかと思い出してみる。


 ……自分の時は、想いを告げるべきか迷いに迷った。

 色々切羽詰まったあげく、言葉より先に手を出してしまって、その上に逃げた。


 そうして少し前の事を思い出してみて考えても、ユーラの悩みに適した答えはやはり出ない。所詮、人間の複雑ないざこざに対応出来る思考を持っていない。

 もう面倒だと、ソウマは正直に思うままを口にする。


「俺は、恋愛なんて苦手だし。正直今の自分がそれをしているってことも、実感が湧かない」

「え?」

「竜は、恋愛をしない生き物なんだよ」

「だ、だってソウマ様はシェイラお姉さまと……」


 恋をしているではないかと、言葉尻に消えたが言葉に彼女は問うた。


「そう。竜の常識や習性では絶対にあり得ないはずなのに。何でかこうなった。何でなのかは、今でもよく分かんねぇ」


 ――恋という感情に、ソウマはまだ振り回されてばかりいる。

 振り回されるばかりか、長年沁み付いた「恋をする竜」を馬鹿にし、哀れにさえ思う自分も確かにいるから、困っていた。


 恋愛なんてばかばかしい。

 人間との相の子なんて能力は弱いし、相手は百年も持たず死んでしまうしで、何一つ良い事なんてない。

 何よりも気持ちで繋がれば繋がるほどに、重く苦しくなるだけ。

 誰かに執着することは、自由に生きる竜の姿からも外れてしまう。


 子孫を得る為に力の強いつがいを得ることこそが、最良の道だ。

 そんな常識の中で生きて来たソウマは、誰かのことを想う己に、違和感と嫌悪感をどうしても抱いてしまうのだ。


 なんて馬鹿なことをしているのかと。

 たまに振り返っては溜息を吐いている。


「でも……」


 ソウマは深く、長く息を吐き。

 わずかに俯いた先、揺らぐ光の玉の下で不安そうに瞳を揺らす少女に、自嘲気味に笑ってみせた。


「なるようにしか、ならないからなぁ」


 馬鹿だと思うし、どうして面倒くさい道を選んだのだろうとも思う。

 けれど、こうなってしまったのだ。

 自分の中に生まれた摩訶不思議な気持ちを、止められなかった。


「大丈夫だ」


 なんとも説得力のない「大丈夫」だと、ソウマは己に苦笑する。

 そしてもう一度、手を伸ばして彼女の頭を撫でた。

 ユーラは頭をソウマの手に預けながら、薄青の瞳を皿のように丸め、ぱちぱちと瞬きを繰り返しソウマを見上げていた。 


「そっか」


 ソウマは彼女の質問に何一つまともな答えを返してやれていない。

 それなのに、どうしてかユーラは何かを掴んだらしい。 

 きらりと、ユーラの瞳の奥が光った気がした。 


「なるようにしか、ならない、か……」


 先ほどソウマが適当に落とした台詞を、彼女は噛みしめる風に繰り返した。


「そうですね」


 ユーラはしっかりと顔をあげ、晴れやかな笑顔を浮かべる。


「私、考え過ぎていたのかも。王都からこっちへ帰って来たら、ニコルったらずいぶん背も高くなっていて、剣の腕も上がっていて、びっくりして、それでどうしようって……何だか焦ってしまって……。まだストヴェールを離れるまで二年もあるのだし、何とでもなりますよね」

「あぁ、た、たぶん……?」


 どうしてユーラが突然に気を持ち直したのか、ソウマには分からない。

 切り替えが早く、鬱々と長時間落ち込まないところが羨ましいと、そう言えばいつかシェイラが漏らしていた気もする。

 しかし竜の感覚の適当過ぎる返事だったのに、その何にユーラは反応したのだろう。


(良く分からないが、まぁ……)


 彼女のお悩み相談役として、一応の責務は終えられたらしいと、ソウマはほっと安堵の息を吐き、王都よりも美しく見える気がする星空を見上げるのだった。



* * * *



「何やってんだか」


 何やら喜び跳び跳ねている小柄な少女と、少女の隣で屈託ない笑いを浮かべる自身の契約竜を、窓を隔てて見下ろすアウラットは、そう呟いてから振り返った。

 そこには薄暗い応接室の中ほどに立つグレイス・ストヴェール子爵が居る。


「夜中に男性と二人で、未婚の令嬢を外に出しても良いのか?」

「……普通に考えてソウマ殿がユーラに不届きな感情を抱くとは思えませんが」

「はは! まったくだ。そして誰に見られても後ろめたくはない関係だ」

「………」


 アウラットの言葉にグレイスは苦虫をかみつぶしたかのような表情になったが、しかし否定はしなかった。


 第二王子の契約竜であるソウマと、ストヴェール子爵家令嬢のシェイラの関係はすでに国内に知れ渡っている。

 ストヴェール一家が王都からこのストヴェール領へと帰還する際に開かれたパーティーで、二人の関係は公のものとなったからだ。

 相手が竜であるから、人間の文化にあるような『婚約』という形はとっていないものの、認識としては似たようなものだろう。

 誰もが知っている関係。

 姉の恋人と共に妹が歩いて居たとしても、その関係を訝しむ者はなかなかに居ないだろう。


「アウラット王子殿下。今回の視察の目的はやはり」


 グレイスが尋ねてきた。


「あぁ。視察はついでだ。ソウマと義兄の仲をどうにかするべきだろう?」

「そう、ですか……」


 本来ならばこの領地に王族がわざわざ来る必要はないのだと、暗に告げている。

 予想通りの答えにグレイスは眉をぐっとよせ、しかし納得し頷いた。


「では明日からの視察の共は、私ではなくレヴィウスに」

「息子を売るのか?」


 強大な力をもつ竜の前に、敵意をもつ人間を差し向けること。

 怒りのあまりにその力で葬られる可能性さえあるのに、グレイスはレヴィウスがソウマに近づくことを止めようとはしない。実際にそうなる可能性は、非常に低いのだが。


「あれでも仕事では優秀な男ですから、視察の最中に滅多なことはしないかと……。そして放っておけば次にどう暴走するか分かりませんし離すよりは関わらせて多少なりとも発散させた方が良いのでは無いでしょうか」

「なるほどな」


 ソウマがアウラットの契約竜であり、シェイラがそのソウマと恋仲である以上、この世でたった二匹の白竜との縁が完全に切れることはない。

 白竜とのつながりを、絶対に切るつもりはない。

 つまりは二人の関係を阻害しようとするレヴィウスをどうにかしなければならなかった。


 しかし力での排除は、どう考えても白竜(シェイラ)の顰蹙を買ってしまう。


 一番に良い道は、レヴィウスがソウマとシェイラの恋仲を認めることだ。

 このストヴェールの地での滞在中に、それを成さなければならない。


「さて、どうしようか」

 

 アウラットは再び窓の外へと視線を巡らせながら、幾つかの手を考えるのだった。









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