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竜の卵を拾いまして  作者: おきょう
第五章

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不適切な相談役①

「あんなに冷たくして良かったのか? ずいぶん落ち込んでいたぞ」

「レヴィお兄さまのことですか?」


 グレイスと仕事の話があるというアウラットと一端別れたソウマは、庭へ出る為にユーラと廊下に出た。

 玄関へと向かい隣を歩くユーラは、子供のように頬をふくらませていた。

 

「構いません!」


 眉をつり上げ、手まで振り上げ、ぷりぷりと怒っている。


「お兄さまったら、最近とても口うるさくって。ユーラは誰かに口説かれてなどいないだろうな!? って、何度も何度も聞いてくるんです」

「心配なんだろう。もう一人の妹が俺みたいなのに()(さら)われたからなぁ」


 いくら幼い頃からの妹の竜好きを知っていても。

 まさか竜と一緒になるなんて想像はしていなかっただろう。

 しかもレヴィウスは、兄妹の血に竜のものが混じっていることを知らない。

 ユーラだって、白竜のことを知ったから、やっとシェイラが離れることを承諾したのだ。

 でも、それとこれとは別だと、ユーラは頬をさらに大きく膨らませる。

 

「お兄さま、硬い上に古いんですよ。良い家に嫁ぎ、良き妻となること。それが女にとっての何よりの幸せだって、言うんですよ? ……あ、これはランプが必要ですね。持って来させます」


 扉をくぐったものの、灯りが無いことを思い出したらしいユーラが身を返しかけた。

 ソウマは手を伸ばし、彼女の腕をひいて留める。


「大丈夫だ。明かりはある」

「え?」


 不思議そうに首を傾げるユーラにソウマはにっと歯を見せて笑う。

 ひらりとユーラの目の前で、思わせぶりに大きめの動作でゆっくりと手を振って見せると、自然と彼女の視線がそこへと引き寄せられた。

 ソウマはクルリと手のひらを返してみせた。

 すると手の中に、こぶし大の明るい陽の光を集めた玉が現れる。


「わぁ……!」


 手を叩いてあげられる歓声を聞きながら、眩しすぎないように光の加減を調節し、上へと放り投げた。

 ちょうど腕を伸ばせば届くくらいの高さで、光の玉はふわふわと宙を漂う。

 二つ、三つと増やしていき、合計四つの玉をソウマは浮かべた。


「これでいいだろ。勝手についてくるから移動しても大丈夫だ」

「凄いです……。竜術、というものですか」

「そう」




 光の玉の照らす(しるべ)を頼りに、建物をぐるりとまわった先。

 敷地内にある中庭はとても静かだ。


 広がる星空の下、夏の終わりを感じさせる風が時々吹き、ソウマの赤い髪と、ユーラの赤いリボンを揺らす。

 小ぶりで可憐な花が多く植えられているのは、奥方であるメルダの趣味だろうか。

 石畳に沿って歩きながら、二人はぽつぽつと会話を交わす。


 ひとしきりレヴィウスへの話題が終われば、後の共通の話題といえばもうシェイラくらいだ。

 他はココやスピカについての話が時々混じった。


「……ソウマ様は、寂しくなりませんか」


 ふと落とされた言葉には、深刻な色が含まれていた。

 彼女の真面目な表情に、庭へ散歩に誘ったのは話が有ったからなのかと、ソウマは今さら気が付き、少しだけ身をかがめて耳をすます。


「寂しいって、シェイラのことか?」 

「はい。さきほど伺ったみたいに、お手紙が届くのは何か月もたってからです。覚悟はしていたし、想像もしていたけれど、ううん……想像していた以上に、怖くなるんです。今、どこにいるかも分からない。もしかしたら危ないことにあっているのかもって、思ったら、夜も眠れなくなります」

「うーん……」


 ソウマが水竜の里で再会したシェイラは野性の果物を狩り、野外で炊飯をしと、結構たくましくしていた。

 必要となれば野宿さえも出来てしまいそうだ。

 しかしユーラは城や実家にいた頃の、侍女に何もかも世話をやかれるおっとりとした彼女しか知らない。

 いくら白竜の血をもっているからといって、それまでの生活とまるで違う世界に飛び込んでいった彼女に、心配ばかりがつのるのだろう。

 目の前の少女はため息を吐きながら、肩を力なく落としつつ続けた。


「お姉さま、ただでさえぼんやりしているのに……」


 ただ手紙を待つことだけが、ユーラが出来ることだ。

 寂しいと。きゅうっと横へ引き延ばした口元と、揺れる瞳が語っている。

 

(―――人の子にこんな感情を持つのは初めてだ)


 寂しがる様子が可愛いと、素直にソウマは思った。


「………」


 薄らと口端を上げたソウマは自然と手を伸ばす。

 自分の胸よりも低い位置にある、良く知った白銀の色の髪をゆっくりと撫でる。


「えっ!?」


 ユーラが驚きにびくりと肩を揺らした。当然の反応だろう。

 しかし驚きに身を固くはするものの、髪に触れる大きく厚い手を振りほど

く様子はなかった。

 柔らかく苦笑したソウマは、しみじみと思う。


(シェイラ以外に、人間の女に自分から触れたのって初めてかも)


 あぁ、もしかするとこれが。

 家族を思う気持ちなのかと、少しだけ理解できたような気がする。

 放任主義な竜は、『家族』という観念を余りもたないから、彼らが家族を大切にする意味がよく分からなかった。

 でも。おそらく今感じるこの気持ちは、シェイラが(ユーラ)を想うものと似た感情だ。

 

 ユーラはしばらく、身を固めて驚いた顔でソウマを見上げていた。

 けれど次第に慣れたのか、やがて肩の力は抜けていき、撫でられるままに恥ずかしそうに頬を染めてはにかむ。


 しかしまた直ぐに、どうしてか。寂しそうな表情へと変わってしまった。

 心配したソウマが尋ねるよりも早く、ユーラはぽつりと呟きを落とす。


「恋人と離れるのって、どんな気分かしら」


 彼女の揺れた気持ちをあらわす僅かに震えた声に、ソウマは目を瞠る。


 『家族』や『姉』ではなく。

 『恋人』と離れる気持ちを知りたいのだと。

 ユーラは確かに、そう口にした。


 もしかして、彼女が本当に尋ねたいのはシェイラのことではなく……。


「ユーラ、もしかして好きな男でもいるのか」

「つっ……!!」


 かぁーっと、勢いよく顔を真っ赤にしたユーラの反応が答えだ。

 まさか自分の想像が当たっているとは思わなかったソウマは、少なからず動揺していた。

 恥ずかしさに唇をわななかせ、両手で赤くなった頬を隠す少女に、どう反応することが正解なのかが分からなかった。


「そ、その……! で、出来るのならお姉さまに相談したかったのですが……」

「うん?」


 ユーラはゆっくりと瞼を伏せて俯いた。

 手元でドレスに飾られたリボンを弄りつつ、視線は足元の黄色い花にむいている。

 どうやらソウマの目をみて話すのは恥ずかしいらしく、俯いたままで光の玉に照らされた赤く色づく頬を晒し、恥ずかしそうにぼそぼそと言葉を紡ぐ。


「ソウマ様。私が、騎士になりたいのはご存じですよね」

「聞いている。十五になったら騎士見習いの試験受けるんだろ」

「はい。私、もう直ぐに十三になるので。あと二年です。それまで試験に受かるための、騎士になるための勉強をしています――でも」

「ん?」

「合格、したら。ストヴェールには居られない。どこに配属されるかなんて分からない。あの子とは、必ず離れることになります。一緒にいられる時が限られていると分かっているのに、この気持ちを伝えてしまって良いのかどうか、分からなくて……」

「ほう……?」


 頷きながらも、ソウマは眉をしかめた。

 話の流れから予感はしていたが。


(ま、さ、かの……俺に、恋愛相談。―――だと?)


 思わず逃げ出したくなったが、足を踏みしめて何とか思いとどまる。


(俺にこんな相談って、どう考えても適任じゃないだろ。あれか、姉の代わりに姉の恋人にってことか)


 代わりになどどう考えてもならないのに、よほどに彼女は切羽詰まっているのか。

 だからソウマの明らかな戸惑いを、察することができないのか。

 

 ユーラはゆっくりと伏せていた瞳を上げ、潤んだ薄青の瞳が懇願するように見上げてくる。


「ソウマ様……。私、どうすれば良いでしょうか」

「うっ」


 恋人と同じ色をした瞳に、上目づかいで見つめられている状況に、ソウマは(ひる)み息をのんだ。


 ソウマにとって世界で唯一の。

 

 一番に弱い薄青の瞳が今、真っ直ぐに真摯に向けられている。

 その瞳に熱がこもるほどに、ソウマの焦りは募っていき、背中に冷たい汗が流れていった。


(ええーっと、えーと……! 何か…何かないのか俺…!)


 何か良いアイデアを、と(うめ)いたり(うな)つたりしてソウマは考えた。

 考えて、考えて、考えて、考えた。

 しかし、何をどうやっても良さそうなアイデアは一つも出てこない。

 そう。

 ソウマにこんな―――…人の娘の恋路に関する悩みを解決する応えを求めても、無駄なのだ。


「ええー……そのぉ、だな……」


 奔放に空を飛んでいったシェイラと、敵と認識し絡んでくるレヴィウス。

 極め付けに恋愛相談まで持ち出してきたユーラ。

 ストヴェール子爵家の兄妹達は、どうしてこんなに自分に問題ばかり課してくるのだろうと疑問に思う。


 窮地(きゅうち)に立たされたソウマは、滲み始めた額の汗を感じながら、とにかく何か言おうと、咄嗟に頭に浮かんだことを口にする。


「あ! あの子と言うのは、あれか。双子の弟のニコルのことか!」

「え?」


 焦っていたばかりに、夜中に話すにしてはずいぶん大きな声として飛出してしまった台詞。

 その内容に、ユーラは大きく目を見開いた。

 分かりやすく驚いている。


「どうして、ソウマ様がニコルのことをご存じなのですか?」

「あ、あー……」


 動揺のあまり、うっかりと口を滑らせたソウマは手の平で目元を覆いうなだれた。気持ちに比例し、周囲に浮遊している玉の光が不安定になり、点滅を繰り返す。


「双子の話を、お姉さまに聞いたことがあるとかですか? 一応、幼馴染ですからお姉さまも仲良くしてますし」

「聞いたことあるかというと、…ないな……」 


 考えてみれば、シェイラから友人の話というものを聞いた覚えがなかった。

 ソウマが余所の人間に興味がないことを分かっているから、あえて口には出さなかったのだろう。

  

(別に変装してたこととかは知られても構わないんだが、なりゆきで他人のフリしちゃったからなぁ。ちょっと気まずい)


 しかしもう隠すのは無理があり過ぎるだろう。

 ソウマはぽつりぽつりと、昼間の話を始めるるのだった。

 


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