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竜の卵を拾いまして  作者: おきょう
第五章

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君の影が見える家②

「ここが、ストヴェール子爵家か」


 町の散策を満喫し、夕陽が沈んだ頃に彼らは約束通りストヴェール家に辿り着いた。

 門をくぐり、玄関扉の前に付けられた馬車から降りたソウマは、そこに佇む屋敷を見上げる。


 色とりどりの花々に囲まれた、クリーム色の塗り壁の屋敷だ。

 横に長い三階建ての建物は、王都にある子爵家の別邸よりも五倍は大きく広いだろう。

 またデザイン性のある王都の屋敷に比べると、こちらは歴史を感じさせる古さと格調があった。きっと長い時を代々の当主が受け継ぎ、大切に手入れをして住んできたのだろう。

 

「ふむ。なかなか」


 あとから馬車を降りたアウラットが、隣で屋敷の外観を見渡し頷いている。

 ……訪ねた家の外観や家具、飾られた調度品などを一つ一つ眺め、相手との話の種にするのは貴族社会では当然なこと。

 庭のデザインが素晴らしい。

 あの絵は今話題の画家のものか、など。

 センスのある家だと言われるために、奥方達は競って家を見栄え良いものに整えるのだ。

 それが、家長である主人の評価にまで関わってくる。

 もっとも、あのおっとりとしたストヴェール子爵夫人がそこまで考えているとも思えないが。

 人間の貴族社会のトップで生まれ育ったアウラットは、息をするようにそれが出来、まず家を観察していっている。


 けれどソウマは竜。

 人の文化も芸術品も分からない。

 むしろどうでもいい。


(うんうん、日当たりが良くて居心地良さそうな家だなー)


 重要なのは太陽の光がどれくらい当たるかだ。

 寝転んで昼寝できる芝生があるならばより素晴らしい。


「ふむふむ。扉の縁の彫刻はロウダックの作品か? なるほどなるほど」

「うんうん、ちゃんと芝生もあるな。いい事だ。うん」


 二人それぞれが全く違うところで感心していると、扉の前に佇んでいた執事らしき男が(うやうや)しく扉を開いてくれる。


 扉を開いて直ぐの玄関ホールには、既にストヴェール子爵夫妻が待っていた。


「ようこそ、アウラット王子殿下。ソウマ殿」

「招待感謝する。素晴らしい邸宅だ」

「もったいないお言葉です」


 アウラットとグレイスが挨拶をし終えるのを待っていたかのように、直ぐに跳ねた調子の明るい声が耳に飛び込んで来た。


「ソウマ様!」


 そちらを向けば、ユーラが玄関ホールの中央に造られた階段を降りて来るところだった。

 朝方に出会った時に着ていた凛々しいパンツ姿とは違い、鮮やかな赤のドレスをまとい髪に大きな赤いリボンを飾っている。

 彼女はソウマとアウラットの前で立ち止まった。

 そうしてドレスのスカートをつまみ広げ、静かに腰を落とす。


「アウラット王子殿下、ソウマ様、お久しぶりです。ようこそ我が家においで下さいました」

「あ、あぁ。久しぶり……」


 少しの気まずさから視線をずらし、ふと見下ろした先。

 ユーラがスカートを摘まむ、レースがふんだんに使われた華やかなドレスの袖からのぞいた手に、少女らしくない剣だこと厚い皮が目立っているのに気が付いた。

 外で剣を振るうことを好み、どの勉強よりも武を優先してきた証拠だ。

 ソウマの苦手とするタイプの女性とは真逆の彼女のことを、シェイラとはまた違う意味で、好ましく思う。

 

 彼女の手の努力の勲章に、ソウマは無意識に口元を緩ませた。

 ユーラは大きな薄青色の瞳で、わずかな遠慮の色を見せながらも、おずおずとソウマへと問う。

 指と指を腹の前でからませながら、眉を下げて。


「あ、あの。お姉さまの今のこと、どれくらいお分かりですか?」

「手紙は来ていないのか?」

「私のところにはルヴールという港町に着いたところで、これから水竜の里へいく船を探すという手紙が届いたのがつい先日です……」

「あぁ」


 手紙が届くまでには結構な日数がかかるため、『今』どうしているのかが分からない。

 不安そうに表情を曇らせる少女に、ソウマは明るい声で答える。


「このあいだ、水竜の里で会ったぞ。大丈夫だ、元気にやってた」

「本当ですか! 良かった…。お姉さま、無事に竜の里に辿りつかれたのですね」


 ユーラが笑顔になると同時に、周囲のストヴェール家の夫婦からも安堵の息が漏れる。

 納得して行かせたとはいえ、やはり直ぐに連絡がとれない状況は心配なのだろう。

 ソウマの場合はシェイラに渡している竜の加護がある為、大体どの辺りにいるか、無事であるかどうか程度は察することが出来る。

 

「――立ち話を失礼しました」


 ユーラが礼をしながら一歩下がると。タイミングを読んだ家長、グレイスが手で家の奥へと促す動作をする。


「ではどうぞ、食堂へ」



 * * * *



 ―――食事会は滞りなく始まり、滞りなく進む。


 夫婦とユーラ以外の子爵家の人間である、長男レヴィウスも、次男のジェイクもテーブルに揃っていた。

 ソウマと一番離れた席に座るレヴィウスは相当に父であるグレイスに絞られたのか、今日は言葉少なで大人しかった。

 ただ、時々ソウマに向けられる目は、確かに怒りに満ちていたが。

 ソウマは彼の視線を飄々をかわしつつ、この地方で作られていると説明を受けた、牛の乳から作られた酒や、特産の果物を浸けた果実酒を味わう。

 

(うまい)


 合間に口に運ぶのは、ストヴェール子爵家の料理人たちが他の人とは別の、ソウマの酒のつまみ用にと出してくれた料理。

 ――どれも口にあった。

 そしてやはり、シェイラの作るものにどこか味が似ているような気がした。


「ふふっ。アウラット殿下は、お姉さまと同じ顔で、同じような話ばかりされるのですね」

「そうか?」

「えぇ、お姉さまもきらきら顔を輝かせて、竜について話してくれました。大きな大きな艶やかな宝石みたいな瞳は美しく、大空を跳ぶために広げた翼は力強く風を切り、喉を反らして咆哮する声は、心臓の内側に響いて、じんじんと気持ちを揺さぶるの。……とか言うのですよ。竜について話すときは詩人になられるのです」

「そう! あの咆哮の声が素晴らしいのだ!」

 

 アウラットとユーラが竜の話題でも盛りあがるのを聞きながら、注がれた新しい酒をソウマはあおる。


「うん――」

「お気に召していただけました? ソウマ様」


 声を掛けられたので前を見ると、シェイラのすぐ上の兄、ジェイクがにっこりと微笑みかけてきた。

 こげ茶色の髪をしたおっとりとした性格の彼は、話す言葉も少しゆっくりだ。

 つられてソウマもゆっくりと話してしまう。


「あぁ、普段はワインが多いんだが、こういうのもいいな」

「お口に合って良かったです」


 ソウマの正面の席に座っているジェイクは、またゆっくりとした動作で肉片を口の中に入れ、咀嚼し、呑み込んでから、再び口を開く。


「明日、孤児院の視察に父と王子殿下とご一緒されるのですよね?」

「そうらしいな。子爵家が援助している施設だったか」

「えぇ、あそこの子供たちはわんぱくで容赦ないから、竜のソウマ様が行かれればきっと揉みくちゃにされますよ。お気を付けください」

「ははっ! 気をつけよう」


 ――しばらくし、全員がデザートも食後のお茶も終えて一服したタイミングで、ユーラがテーブルに身を乗りだしてソウマへと向いた。


「ソウマ様!」

「ユーラ、行儀が悪い」

「……はい」


 グレイスに嗜められ、大人しく椅子に座り直したユーラは、改めてソウマへと顔を向けた。


「ソウマ様、もし宜しければこの後、一緒にお庭を散歩しませんか?」

「俺と?」

「はい。もう暗くなっていますけれど、月明かりの下の我が家のお庭も自慢なんですよ」

「ちょうどいい、そうしろ。ソウマ。私は明日からの段取りで子爵と話さなければならないしな」


 まぁ構わないかと、ソウマは頷いた。しかしレヴィウスが勢いよく手を上げて会話を遮断する。


「わ、私も……!」

「レヴィ兄さまはいらないわ。絶対に失礼するでしょう」


 レヴィウスは妹のきっぱりとした拒絶に盛大なショックを受けたようで、肩をおとして、あからさまに落ち込んでいた。


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