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竜の卵を拾いまして  作者: おきょう
第五章

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君の影が見える家①

 ーーー翌朝。


「おはようございます。アウラット王子殿下、ソウマ様」

「おはようございます。失礼いたします」


 朝食を終え一息ついた頃合いを見計らい、昨日の宿の責任者らしい老齢の男が、部屋へやって来た。

 手伝いらしい恰幅(かっぷく)の良い女性も一緒だ。


「お出かけの仕度を始めさせていただいてもよろしいでしょうか」

「あぁ。朝早くからすまない」


 挨拶もそこそこに、すぐに女性が準備を整え始める。

 彼女は染め粉を使い、アウラットの黒髪を明るい茶色へと変えていった。

 いつも整髪剤で撫でつけている彼の髪型は、洗いざらしのまま、わざとと乱した形にするようだ。


 女性が髪を触っている間に、老齢の男はいくつかの衣装をアウラットの体にあててサイズを確認していく。

 用意された衣装の中から合うものを、着る本人の意見を聞きながら選んでいった。

 そうしてしばらく経ち。


「…――いかがでしょう。お気に召さなければ別のものも持って来させますが」

「いや、十分だ。助かった」

 

 今、姿鏡の前に立つアウラットがまとう衣装は、一般の民と比べてしまうと少しだけ仕立ての良いもの。

 きちんとした襟付きのシャツと帽子いった服装は、中位くらいの商人か地主の家の人間のものといったところだろうか。

 浮くほどに豪奢でもなく、着心地が気になるほどに粗末でもない。

 ちょうど変装に適したものといえるだろう。


 一方、ソウマの変装といえば、体格こそほとんど変わっていないものの、浅黒い肌に形を変えた眉と、厚ぼったい唇。

 どこはかとなく異国の人間に見える容姿だ。

 あまり異国の者が入って来る土地柄でもないので、竜とは別の意味で目立ちそうだった。

 しかし今回は正体さえばれなければ構わないかと、アウラットは頷いた。

 

「ふむ。私達は、どういう関係にみえるのだろうな」


 自分とソウマの姿を確認したアウラットが、首をひねった。

 簡単にでも設定を考えておこうということだろう。

 ソウマは一息分だけ考えてから応える。


「友達……じゃあ少し無理がある外見の差か」

「もう少し小柄な姿でも良かったのではないか?」

「大きさまで変わったら、歩幅とか手の感覚まで変わるから、慣れるのに時間がかかるんだよ。うーん、主人と護衛でいいんじゃないか?」

「――まぁ、それが無難か」


 アウラットが頷いたタイミングで、老齢の男がゆっくりと扉を開けた。


「では、裏口へ案内させていただきます」

「表はやっぱり難しいのか?」

「えぇ。殿下と、契約竜であるソウマ様を一目見ようと、何人も待機しているようでして。ご不便をおかけして申し訳ありません」


 人々の注目を浴びるのはソウマやアウラットの立場上では当たり前のことだ。

 ソウマは老齢の男に向けてニッと歯を見せてくったくなく笑い、頷いて見せる。


「謝る必要はない。気を遣わせて悪いな。案内頼む」

「………」

「どうした、アウラット」


 アウラットが怪訝な表情を見せたことに、ソウマは首をかしげた。


「いや。以前のお前ならほぼ初対面の相手にそんな気遣いある台詞を使うことはなかったな、と思っただけだ」


 誰の影響だろうな? という、からかいの含まれた視線から、ソウマは顔をしかめて目を反らし、赤い髪を掻き乱す。

 どうやら自身が感じるだけでなく。

 人から見て分かるくらいに、ソウマは変わりつつあるらしい。


「……。あー……ほら、早く行こう」

「ははっ!」



* * * *



 ストヴェール子爵領にある二つの町のうちの一つを、彼らは並んで歩いていく。

 ――まだ朝が早く、昼間よりもひんやりとしている。

 早朝独特のすっきりとした空気が気持ち良く、ソウマは深く息を吸った。


 やはり竜は自然に近い場所の方が気持ちが落ち着く。

 王都の街よりもずっと森や川が近い町は、穏やかな心地になった。


 大通りの人通りも、予想していたほどでは無かった。

 ソウマはアウラットとのんびりと周囲を見渡しつつ、時々興味の有るものを見つけて足をとめた。


「やっぱり多いのは農作物といったところか」


 道すがらで買った果物のジュースを手に、ソウマは口を開く。

 

 並ぶ店々で売っている商品の野菜や果物は、王都の城下町で見るものよりも大きくて瑞々(みずみず)しい。

 口に含んだジュースも、すっきりとした味わいのまま喉へと流れ、幾らでも飲めそうだ。

 果物や野菜の他、妬いた肉や、干し肉、チーズなどの酪農加工品もやはり多く見受けられる。

 酪農や農業が盛んなストヴェールらしい品揃え。

 逆に宝飾店や衣料店などは、王都で見るものよりも少しやぼったい印象を受けた。

 

「これは色々食べ歩きしてみたくなるな」


 串にささった肉にかぶりつきながら、とても真面目な顔をつくったアウラットが呻る。そうとう旨いらしい。

 『食』を一種の娯楽の要素としている人間にとって、祭りでもないのに出店が居並ぶ光景は目移りするものなのだろう。


「夕食は子爵家でごちそうが出るんだろうから、ほどほどにしておけよ」

「まだ朝だろうが」


 ――トンッ!

 

「……っと!」


 その少し驚いたようなアウラットの声に、ソウマが横を見ると。

 なんと小柄なオレンジ色の髪をした少年がアウラットの胸に顔をうずめていた。


「……ん? アウラット、どうした」

「軽くぶつかっただけだ」


 どうやらソウマが明後日の方向を見ていた間に、アウラットと少年が衝突したらしい。

 

「うぅ」


 胸元から顔を離した少年は、顔を抑えて呻いている。

 アウラットの方は特にダメージはなさそうだが、幼い少年にしては結構な衝撃だったのだろう。

 気の強そうな、僅かに潤ませた緑色の瞳が、顔を押さえた指の間から覗き、アウラットを見上げる。


「ニコル!」 


 次いで、パタパタと小走りに寄って来たのは十代前半に見える少年と同い年くらいの少女だ。

 どうやらこの少年の連れらしく、彼らは親しそうにぎゃあぎゃあと言い合いを始めだす。


「前を見ないと駄目でしょう! もう!」

「シャーロット。だって、急いでたんだよぉ」

「ニコル! 私への言い訳より、先に謝って!」

「――ごめんなさい」

「……私からも、弟がごめんなさい、おじ様」

「お、おじさま……」


 アウラットの片眉がひくりと反応し、ソウマは「くっ」と喉の奥から笑いを漏らす。

 十代前半の子からみれば、二十代半ばのアウラットはおじさんと称されても仕方ないのだろう。

 子どもが居てもおかしくない年齢なのだから。

 しかし普段は『王子』として誰からも(うやうや)しく接されているアウラットは、そのストレートすぎる言葉をかけられたことが無かった。


「怒るなよ。アウラっ……いや。あ、あ、ラット。 そう、ラット!」


 ここで誰もが知る名前を口に出せば変装している意味がない。

 ソウマは何とか偽名を絞り出した。


「ラット、さん? ええと、貴方は……?」

「俺はえええー……ソ、ソ、ソーモだ」

「ソーモさん? あの。弟がごめんなさい、ラットさん。お怪我はありませんでしたか?」

「問題ない」


 体当たりして来た少年よりも前に出て積極的に話しをする少女は、レースとリボンがあしらわれた可愛いらしいドレス姿だった。

 基本的にシンプルな、飾り気のないドレスが多い一般の民と比べてのこの格好は、彼女が良いところの子どもなのだと知らしめているようなものだ。

 こんな、浚えば明らかに親から金をとれるだろう子どもが護衛なしで大丈夫だろうかとソウマが考えたものの、直ぐ少しだけ離れた場所に彼らを見守る大人が居ることに気が付いた。

 しかしこのトラブルにも近づいてくることはない。

 実際に『危険』だと判断するようなことが怒らない限りは遠巻きに見ているつもりらしい。


「双子、か?」


 アウラットが、疑問を口にする。


「はい、そうです。私が姉のシャーロットで、こっちが弟のニコルです」

「どーも」


 笑顔を浮かべ、スカートの裾を摘まみ礼をしたシャーロットに対して、ニコルはふてくされた様子で適当に頭を下げるだけだ。


「ニコル! ご挨拶は大切だって、母さんに言われてるでしょ」

「うるさいなぁ……」

「ニコルがきちんとしないからじゃない」


 また言い合いを始めた二人とも、顔立ちが良く似ている。

 髪はオレンジ、瞳は緑の色をしていた。

 まったく同じ色というわけはなく、女の子の方が少しだけ髪の色素が薄く、男の子の方が少しだけ濃い。

 揃って頬にうっすらとそばかすが散っていた。

 

「あの……他所からいらした方ですか?」


 明らかに国のものではない、浅黒い色の肌と顔立ちのソウマに、シャーロットというらしい少女は興味深々といったふうに聞いてきた。


「あ、あぁ。昨日この町についたんだ」

「そうなんですね。ちょうどその昨日、王子様と、契約竜のかたがこの町に到着したらしいのですよ。一緒ですね!」

「へぇ? そ、そうなんだ! 偶然だなぁ。どんな人たち何だろうな」

「気になりますよね! 私も見てみたいんです! 王子様もやっぱり憧れますし、竜は実際に見たことがないので」


 そばかすの浮いた頬を染め、はにかむ少女はとても愛らしい。

 嘘をついていることが少しばかり後ろめたい気分になってきた頃、シャーロットの弟である少年――ニコルの方が唇を突き出し彼女の腕を引いた。


「なぁ、シャーロット。早くいこうぜ! 稽古に遅れるだろ!」


 腰の剣に触れながら言うあたり、どうやら剣の稽古に出かけるところだったらしい。


「ニコルが寝坊したからでしょ!」


 シャーロットが腰に手を当てて、抗議の声を上げたとき。

 背後から、鈴を転がすような可愛らしい少女の声がかけられた。


「ニコル。シャーロット?」

「「あ、ユーラ!」」


 双子の口にした、その聞き覚えのある名前にソウマとアウラットが振り返ると、そこにはまぎれもなくシェイラの妹であるユーラがいた。


 肩口でくるりと巻いた白銀の髪。

 大きくて意思の強そうな薄青の瞳。

 淑やかで控えめな姉とは違い、人目を引く華やかな空気を持つ少女は、小首を傾げてソウマとアウラット、そして双子を交互にみて不思議そうな顔をした。


「どう……したの……? 何か揉めているのかしら」

「い、いや……」


 当然だけれど姿を完全に変えたソウマと、変装中のアウラットに彼女は気づかない。

 見ず知らずの大人に絡まれている双子を心配し、ソウマとアウラットにはやや警戒感を滲ませた目を向けてきていた。


「ううん! 違うの、ユーラ。ニコルが急ぐあまりに前を見ずに走っていって、こちらの肩にぶつかってしまったのよ」

「まぁ……」


 ユーラは疑いの目を向けたことを謝罪するように、ソウマとアウラットに頭をさげた。

 次いでニコルに声をかける。


「私も今日は家を出るのが遅くなってしまったのよ。そろそろ行かないと、師匠に怒られるわ?」

「あぁ! ゲンコツはやだ! 早く行こうぜ! ほら、シャーロットも!」

「はいはい。――では、本当に申し訳ありませんでした。失礼いたします」

「あ! おじさん! 観光してるなら、そこの店の鶏肉と野菜の入ったミルクスープお勧め! 美味しいから!」

「おぉ! そうか! ぜひ買ってみることにする」


 アウラットが頷いたのを確認した双子は、ユーラと三人で顔を見合わせくすくすと笑いながら、足早にかけていくのだった。

 

 「あぁ――稽古にいくところなのか」


 よくよく走っていく背中を見ると、ユーラはいつものドレス姿ではなかった。

 装飾の少ないシャツに、細身のパンツ。足元はブーツで、腰には剣をさげていていた。

 少年ニコルと同じような恰好。

 しかしその双子の姉らしいシャーロットはドレス姿だ。

 ユーラとニコルが剣の稽古をするのに、シャーロットが付き添っているといった感じだろうか。


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