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竜の卵を拾いまして  作者: おきょう
第五章

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再びの旅立ち①

 

 竜を愛し、竜と共に生きる国ネイファの王都上空に、一匹の巨大な火竜が現れた。

 気付いた人々は揃って晴れやかな空を見上げ、子ども達は歓声をあげて竜の飛ぶ方向へと走りだす。

 燦々(さんさん)と差す太陽に照らされ、輝いているようにさえ見える艶やかな鱗を纏う姿に、その火竜を見た誰もが目を奪われた。

 

「グウォォォォーー……‼!」


 火竜は人々の期待に応えてか、王都をぐるりと旋回した後。

 次第に高度を下げていき、荘厳とたたずむ王城の敷地内へと降り立つのだった。




「……よっ、と。到着―!」


 契約者であり、このネイファの第二王子であるアウラットの自室のバルコニーに、火竜ソウマは人の姿へと身を変え降り立った。

 乱れた赤い髪を額からかき上げ適当に整えてから、長い時間を飛行していた身をほぐすために肩を回しつつ歩く。

 そうして彼は、すぐ目の前にあるバルコニーから室内へと続く扉を開けようとした。


「うん?」


 しかし扉へと伸ばした手が、ふと感じた奇妙な感覚に気づいてピタリと止まってしまう。


「アウラットのやつ、ずいぶん楽しそうだな?」


 契約をした竜と人間は、互いの感情を薄ぼんやりとだが共有することが出来る。

 距離が近づいたことで幾分はっきりと契約者の感情を感じ取れるようになったとたん。

 アウラットの、もの凄く楽しそうな。愉快そうな。そんな感情がソウマへと流れ込んできた。

 ただ楽しいだけの感情ならば、ソウマは特に気にはしない。

 彼が不可解に思ったのは、その感情の中に何やらぞわりとした寒気を感じたからだ。


「……―――嫌な、予感」


 眉を寄せ、ごくりと喉を鳴らしてから、ソウマはゆっくりと扉を開く。

 警戒しつつ音が鳴らないように慎重に開けたはずなのに、部屋の主はあっさりと気づいたらしい。 


「帰ったか、ソウマ」


 一歩、ソウマが部屋に足を踏み入れると同時に声をかけられてしまった。

 声の方を追って視線を向けると、アウラットはソファへと深く腰かけ足を組み、くつろいでいる様子だった。


(んー? 普段と変わらないように見えるが。どうだろう……)


 アウラットを観察してみても、室内をぐるりと確認してみても、特別に変わったところは見当たらない。

 あの悪寒は気のせいだったのだろうか。

 首をひねりながらソウマは肩から力を抜き、アウラットの居るソファまで歩いていった。


「アウラット、変わりはないか?」

「あぁ。()は、いつも通りだな。()は」

「……やけに言葉尻を強調するんだな」


 違和感を覚えつつ、ソウマはアウラットのソファの向かい側に座った。

 藍色の布張りのソファは大柄な身体の重みを、きしむ音の一つもあげずに受けとめる。

 互いがソファへと腰をしずめ、ローテーブルを挟んで対峙した状態になった。ソウマは先に用事を済ませてしまうかと、早速口を開く。


「水竜の里での報告だが――」

「後で良い。悪くない顔色で帰って来たということは、精霊が減っているという問題はもう解決したんだろう。それより、これだ」


 アウラットが、ソウマの言葉を止め、更ににやりと含みのある笑みを浮かべて一枚の封書を手の中でひらりと揺らせてみせた。


「これが、お前宛てに届いている」

「手紙? 俺にか? なんで?」


 アウラットがソウマの方へと向けているのは封筒の裏側の面で、蓋口の部分にどこかの家の家紋の封蝋が押されていた。

 しかしソウマは、それほどに貴族に詳しくはない。

 

「どこからだ? 記憶にはない紋のような……」


 王族に近い、良く聞く家であるのならば覚えてもいるが、本当に頻繁に城へと上がってくる一部の上位貴族のもののみに限る。

 

「分からないか?」

「分からん」

「見たことは有るはずだが。まぁ俺たちの扱う仕事での書類上に出てくることは余り無いな。しかし家紋が分からなくても、心当たりくらいあるのではないか」

「心当たり? うーん……」


 考えてみても……基本的に人間に興味がないソウマに、手紙を送ってくる人間の友人がいるわけもなく。

 仕事に関することならば、自分ではなくアウラットに来るはずで。

 自分に来る手紙として思いあたる、竜の里からの連絡であるなら家紋というものが無いので封蝋は無地である。

 シェイラが送ってくるにしては、つい昨日別れたはずなので、時期的におかしかった。

 家紋にも、送ってくる誰かにも、まったく心当たりが無いソウマは、首を傾げるばかりだ。

 

 ソウマの困惑した表情に、アウラットは口端を上げている。

 その意味ありげな笑顔が先ほど感じた変な悪寒なのだとソウマは気づいていた。

 つまりはこの手紙はソウマにとってとても厄介で、アウラットにとってとても面白いものだということだ。


「勿体ぶるなよ」


 胡乱気な視線でアウラットに不満を訴えるソウマに、アウラットは喉の奥から「くっ」と笑いを漏らしてから、焦らしていた答えをやっと示す。


「差出人は、レヴィウス・ストヴェール。ストヴェール子爵家四兄妹の一番上、長兄からだな」

「はっ!? ストヴェール!?」

「内容は、確かめるまでもない」


 アウラットが手を返し、封書の前面が見えるようにソウマへと(かざ)してみせた。

 本来は受け取る側である人間の名前、もしくは所在地などが書かれている面だ。

 そこに大きく、やや乱雑な筆跡で書かれた短い文。

 確かめるまでもなく一目瞭然なその端的な単語に、ソウマは赤い瞳を驚きに見開き、呆然と呟きを落とした。


 こんなのを送られたのは、初めてだった。


「は。『果たし状』、だと……」


 それは、ストヴェール子爵家長兄。

 つまりはソウマの恋人であるシェイラの兄からの『果たし状』だった。


「この力強い封書の文字で内容も大体理解できるが。さぁ、ソウマ。中を開いて読んでみてくれ」

「……ものっ凄い楽しそうだな、アウラット」

「楽しくないわけがないだろう」

「はぁ――」

 

 ソウマはため息を吐きながら、アウラットから封書を受け取る。

 手元にペーパーナイフが無かったので、封蝋を適当に裂いて開き、中の便箋を取り出し広げた。


「えっと。何々?」


 封筒の表にでかでかと書かれた『果たし状』の文字に反して、中の便箋に書かれた文章は、突然の文を謝罪する言葉から始まる丁寧なものだった。

 恐らく最後の最後、封を止めた後の宛名を書く段階になって、抑えきれなくなった感情が爆発したのではないだろうか。

 便箋につづられた文面の端々にも、丁寧ではあるが……恨みつらみが垣間見える。


「どうだ?」

「んー……色々、長く書いてるけど、要約すると妹をたぶらかした不届きな竜へ正式な決闘を申し込む。自分が勝てば妹を諦めろ。ついては近いうちに王都へ伺うので予定を教えて欲しい。……って感じだな」


 読み終えた後に深く息を吐き、ソファの背もたれへと思い切り身を沈ませたソウマは、疲れた様子でアウラットに問うた。

 

「アウラットは、この人……レヴィウス・ストヴェール? って人間のことを知っているのか」

「直接会ったことはないな。しかし封書が届いてからお前が帰ってくるまでに情報を集めて置いた」

「用意いいな」


 呆れているソウマの声に、アウラットは楽しそうに微笑む。


「調べた限りでは、真面目で実直、少し堅すぎるきらいはあるが、優秀な男らしい。評判はそこそこ良い」

「…………」


 アウラットの手に入れた情報ではおぼろ気過ぎて良くわからず、ソウマは眉を寄せ考える。


(真面目で、実直、ねぇ……)


 真面目と言う割には、竜に『果たし状』なんてものを叩きつけてくる辺り、少し感性がずれているような気がするのは気のせいだろうか。


 竜達はわざわざ『果たし状』を交わしてから勝負をするなんて回りくどいことはしない。気に入らないことがあればその場ですぐに決着をつける。

 人の……ネイファの国の伝統的な『果たし状』にのっとったとしても、一般的なのは剣か拳での決闘だ。


「勝てるはずがないのに、こんなの寄越すってどういうことだ?」


 たった一人の人間が、竜に敵うわけがないのに。


 結果が分かりきっているのに勝負を挑むという、無謀すぎる行動が不可解で唸るしかないソウマに、アウラットは楽しそうに笑う。


「敵わなくても、十中八九は負けるだろうと分かっていても。収まらないんだろうさ」

「そういうものか?」


 『家族を想う』という感情が、竜には理解が出来ない。


 つがいになりたい相手がいるのならば勝手になればいいと言うのが、竜の親兄妹だ。

 子竜の頃ならばいざ知らず、成竜となってまで『家族』に干渉をうけることはほぼないのが、ソウマにとって普通の感覚だった。

 一応、どこで何をしているかの報くらいはしているが、別にしなくても怒られることはないだろう。


 ソウマに『妹をたぶらかした男』への兄の感情は想像もつかない。

 

 人間の慣例にのっとって、以前シェイラの父親であるストヴェール子爵に挨拶をしただけでも相当な譲歩だ。

 手紙に視線を落としつつ首をひねるソウマだったが、アウラットがパンッと両手を打ち鳴らした音に、顔を上げた。


「まぁ何より相手がソウマに会いたがっているのは事実なのだから」

「だから?」


 アウラットは、とてもとても楽しそうに破顔し、頷いた。


「――行こう」

「は?」

「ストヴェールへ、だ。ひと月近くかけて決闘の為に向こうに来てもらうよりも、こちらから飛んで行けば半日もかからないから楽で早いだろう」

「はぁ? え、お前も?」 

 

 別に絶対に会いたく無いという事でもないので、会うのは構わない。

 シェイラの兄であるし、能力は目覚めていないとはいえ白竜の血を引く青年だ。 

 ただアウラットの口調では、彼も行くつもりであるようだった。

 王子である彼は忙しく、こんなことのために城を空けることは出来ないはずだ。


 ソウマの疑問を、言わずとも察したらしいアウラットは、得意そうに胸を張り声を上げる。


「はっ、はっ、はっ! 抜かりはない! 果たし状がとどいたと同時に、調整にあたったからな! ストヴェールでの視察の仕事をもぎ取って来た!」

「それ、絶対お前の仕事じゃないだろう」


 アウラットは竜と人を繋ぐ役割の仕事を一手に担っている。

 王城と各竜の里との伝達や、竜に関わる遺跡について、人の歴史書には記されていないほどの古の時代の竜に何があったかの調査など。

 竜と人を繋ぐ(かなめ)であるアウラットの役は、この国では大変重要なものだ。


(でもストヴェールはどの竜の里からも距離が離れていて、また竜に関わる遺跡などもない……)


 アウラットが行くべき仕事があるとは思えなかった。

 つまり彼は、自分の管轄外の仕事を、自分の欲の為にもぎとって来たというわけだ。


(水竜の里に行くのに置いて行ったのがそんなに悔しかったのか)


 王子としての仕事の幅を広げるのは別に良い。

 任せられることが増えるのは、王にとっても、次期国王である第一王子にとっても喜ばしいことで、彼らもストヴェールに視察に行くというアウラットを止める必要はなかったのだろう。

 ただ、本人の動機が不純なだけだ。


 アウラットはおもむろにソファから立ち上がり、拳を握りやる気を見せる。


「さぁ。まずはストヴェール子爵に伺う旨の連絡を入れなくてはな!」


 長い時間を飛行し、旅から帰ったばかりのソウマは、今は彼のハイテンションに付いて行けるだけの余力はなく、呆れた目で彼を見上げるだけだった。




 ……――こうして。

 王族専用の伝令の素早さにより一か月ほどで互いの日程のすり合わせが行われ。

 夏の終わり、秋の足音が聞こえ始めたころ。

 ソウマはアウラットとともにストヴェールを目指し、再び空を飛び行くことになるのだった。



 


  

 

 




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