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竜の卵を拾いまして  作者: おきょう
第四章

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冒険者と竜の剣①

 飛び交う精霊達はもう怯える様子なく、それぞれが衣を翻して在るべき場所へと散っていった。

 本来の透けた姿の精霊の声は、シェイラにはまだ聞くことは出来ない。

 でも嬉しそうに笑って頬を撫でてくれてから飛んで行ったり、髪に口づけを落として行ってくれたりした様子から、おそらく喜んでくれてはいるのだろうと、嬉しくなったシェイラは口元をほころばせた。


 完全に彼らが安心してこの島で過ごせるようになるには、原因になったパーシヴァルの大剣をどうにかしないとならない。

 しかし一時的とはいえ、この島は白竜の力により場が整えられた。と、ソウマが教えてくれた。


「静かですね……」


 精霊達が去ったあとの森の中は耳を澄ましてみても、もう風と葉擦れの音と、動物の鳴き声くらいしか聞こえない。

 心地の良い穏やかさに満ちた静かなこの空気こそが、この森の日常なのだろう。

 シェイラは肌に触れる風を感じつつ、ゆっくりと深呼吸を繰り返した。


 しばらくしても変わらない空気と光景にもう大丈夫だと実感し、ほっと肩から力が抜けていく。

 同時に、背中に生えていた白い翼を仕舞った。

 そしてずっと隣に居てくれたソウマを見つめ、目じりを下げた。

 手は未だに握り合ったままだ。

 ソウマも既に翼を仕舞っていて、穏やかな笑みを向けてくれる。


「ソウマ様、有り難うございました」

「いや。むしろ助かった。白竜の力がなければ本当に火の海になっていたかもしれないからな」


 お互いに無事と事件の解決を喜んでいたところ、頭上から大きな影がかかった。


「何?」

「来たな」


 真上を見上げると、木に茂った葉の隙間から見えるのは、空で大きく翼を広げている一匹の水色の竜の姿。


「水竜!?」


 空高くから下降してきた美しい水竜は、しかし途中で木々の生い茂った森の中では竜の大きな体が降りるほどの広さが無いと判断したらしく、宙に浮いたままでその姿を人の形へと変えていく。

 竜の姿では誰が誰だか判別できなかったシェイラだが、変化し人の姿になった彼女の姿に、表情を輝かせた。


「クリスティーネ様……!」


 水色の髪と羽織ったストールを翻らせ、ゆっくりと地に降り立つ彼女の姿は、まるで天から舞い降りた天女のようだった。

 見とれるシェイラの目の前に降り立った彼女は、微笑を浮かべ頬に手を添えながら口を開く。


「……あらあら、もう片付いてしまったようですわね」


 そんなクリスティーネの台詞に、ソウマはあきれたような溜息を吐いた。


「良く言うぜ」

 

 シェイラは彼らの会話の意味が良く分からずに首をかしげる。


「あの、どういう……」

「どうせ高みの見物してたんだろ」

「えっ!」

「ふふっ。黒い火の玉がぽんぽん宙に放り出されていた様でしたので、森に火が燃え移ろうものならもちろん動きましたけれど、そんな必要なく終わりましたわね」

「見てらしたのですか……」

「ふふふふ。まぁ、……最後の仕上げくらいはして差し上げても宜しくてよ」


 ゆっくりと、クリスティーネが優雅な所作で片手を上へとかざす。

 白い彼女の手の中から、水の玉が浮かびあがった。


「わ、ぁ…!」


 木々の間から差し込む陽を浴び、さまざまな色を見せる水の玉の美しさに見とれるシェイラを、クリスティーネはちらりと見て笑ったあと。

 手をくるりと返し、水の玉から水しぶきを飛散させた。

 

「あ……」


 頬にかかる水しぶきは清らかで、触れた部分からじわじわと心地よさが広がっていく。 

 蔓延していたどこか焦げたような匂いも洗い流され、水竜の作り出した水を浴びた植物は生命力を取り戻す。

 目に見えて葉はしっかりとした張りを、つぼみだった花の幾つかはみるみる間に花開いていった。 


「あの光は、やはりシェイラの力でしたのね。一体何をされたのかしら」


 掲げていた手をおろし、周囲をゆっくりと見まわし確認しながら言ったクリスティーネの台詞には、いつもの穏やかさの中にも驚きが含まれている。

 遠くから見ていた為、詳細は把握していないらしいクリスティーネに、ソウマとシェイラは簡潔に説明をした。

 それを聞き終えたクリスティーネは、切れ長の目を細め、長い息を吐いた。 


「……力の、消去。火が水を打ち消してしまうなどはあっても、それは力と力がぶつかり合って、どちらが勝ったか負けたかという力比べですわ。完全に一方を無かったことに出来るなんて、どの竜が向かっていっても勝ち目は無しではありませんか」

「そんなことは……というか、私自分では力出せませんし」

 

 シェイラは眉を下げて苦笑する。


「あれはソウマ様が力を引き出してくれたから出来たこと。一人で使えたのは混乱しながら勢いで放った一瞬のものでした……」


 一人で立つために旅に出たのに、結局彼が居ないとどうにもならなかった。


「自分で出来るようにならないと意味がないので……頑張ります」


 でも、どう頑張れば白竜の力が扱えるようになるのかは分からない。


(お祖母様に、会いに行きましょう)


 白竜についておそらく唯一聞くことの出来る相手であるのは、純潔の白竜である祖母のレイヴェルだ。

 今までは特別に急ぐことはないと後回しにしてしまっていた。

 しかし力をきちんと使うためには、やはり彼女に助言を求めなければならない。

 この水竜の里を出たあと、一番に祖母レイヴェルの元へ行くと決め、顔を上げたシェイラは、目の前で彼女を見守るソウマとクリスティーネにそれを知らせる為に口を開くのだった。


* * * *


 しばらくして、森から出たシェイラ達を迎えたのはココとパーシヴァル、そして起きて人の姿に戻ったらしいスピカだった。


「ココ、スピカ!」

「しぇーら!」

「ままぁっ……!」


 森を出て直ぐの開けた場所で待っていたらしい、幼い二人がパーシヴァルの元から離れ、両手を広げて一目散に駆け寄ってくる。

 二人は屈み姿勢を低くして迎えたシェイラの胸に勢いよく飛び込んだ。

 小さな手がきゅうっとシェイラの腕や背中を握り、涙と鼻水に濡れた顔が頬へと摺り寄せられる。

 柔らかく暖かな感触に、じわりとシェイラの薄青の瞳も緩んでいく。 


「もう! こんな勝手なことして危ない目にあって……‼」 

「ごめんなさい!」

「ごめんなさぁい!!!」


 大きな声で泣くココとスピカを抱きしめながら、シェイラも瞼の奥の熱を止められずに少し泣いた。


「良かった……。私もごめんなさい。寂しい思いさせたわ」

「ココもごめんなさいー!」

「スピカもおー!」

 

 シェイラは、わんわんと泣き続ける子ども達の背を撫ぜ続けた。

 暫くして落ち着いた彼らの顔をみて、揃って笑いあうと、もうココとスピカが居なくなる前に会った互いの歪みは無くなっていた。 

 元通りの仲に……いや、元の仲以上に絆が強まったように感じた。


「―――少し、よろしいですかな」


 声をかけられ振り返ると、いつの間にか水竜が何匹か集まっていた。

 人型をした水竜が五人ほど。

 しかし知っている水竜は、最初から居たクリスティーネと、他にはミモレのみでシェイラは困惑した。


「あの? どちら様でしょうか」


 とりあえず立ち上がりつつ、首を傾げて尋ねてみる。

 水竜に囲まれるようにして立つ、四十代前半頃に見える男の水竜がおそらく先ほど声をかけてきた者のはずだ。

 背中の中ほどまで伸びた真っ直ぐな、とても綺麗な水色の髪をした男性。

 混じり気のない水色の髪と瞳をしているので、力の強い竜だということは見て分かった。

 彼はおっとりとした所作で、柔らかく目を細めて微笑む。


「初めまして、水竜の長をしております。マルティと申します」

「水竜の、長……? 確か湖の底に潜ったきりだと」

「えぇ。ですがクリスティーネに連絡を受けたミモレに今しがた無理やり引っ張り出されました。まぁ一度くらい白竜を見ておきたかったので別に良いんですけど」


 水竜の長を名乗るマルティの話通りならばクリスティーネは、シェイラ達の元に降りて来る前にミモレに連絡を取っていたらしい。

 聞いていないのでシェイラの想像でしかないが、クリスティーネは一緒に空からココとスピカを探索してくれていた他の水竜に言付けたのだろう。


「初めまして、マルティ様。シェイラと申します」

「ココですっ」

「す、す、スピカ、ですっ……」


 頭を下げたシェイラに倣い、挨拶をしたココとスピカに、マルティは笑顔のままで頷き、次にパーシヴァルへと視線を向けた。

 水竜ゆえに、マルティは自分から人間であるパーシヴァルに声をかけることはなかった。

 ただなんとなく流した視線の先にパーシヴァルが居たというだけのように、シェイラの目には見えた。


 しかしパーシヴァルはマルティと視線が合ったとたん、顔色をさっと青ざめさせる。


「すっ、すまなかった…!!」


 驚くシェイラの前で、パーシヴァルは勢いよく両手と両膝を付けて頭を下げる。

 土に額をこすりつけ、大柄な身をこれでもかという程に縮めていた。


「パーシヴァルさん……!」

「おやおや」


 パーシヴァルの必死の謝罪は、さすがにマルティでも無視できない程に真っ直ぐで。

 マルティは一つ息を吐いてから、八の字に眉を下げた。


「まずは、何があったか教えていただけますか? 私は森で騒ぎが起こっているとしか伺っておりませんので」


 しかし当然ながらマルティ自身はいまいち事態を把握できていないようだ。

 謝られても何を謝られているのか分からないと、ただ不思議そうな顔をしている。

 

「あぁ、それは俺が説明しよう」


 ソウマが一歩前へ出て片手を上げた。

 そしてとりあえず人数も多いので落ち着ける場所へ行こうと、全員で集落へ戻ることになった。

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