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竜の卵を拾いまして  作者: おきょう
第四章

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白竜の力①

「戦う? し、しかし俺の剣は使えないし。そもそも精霊を相手に人間の俺がどうやって……」

「だから。ほら、これを持て」

「っ……ソウマ、これは?」


 狼狽するパーシヴァルに、ソウマは手に持っていた短剣を放り投げた。

 そうする合間にも彼は青い炎を大きく蛇のように伸ばし、幾つもの黒い火の玉を跳ね返していた。

 返すことは出来るけれど、やはり実際に精霊の元まで届くことはなく、その前に相殺されている。

 倒すためには明らかに戦力が足りなかった。


「抜いてみろ」

「………」


 パーシヴァルの手に収まったのは、先ほどソウマが青い炎を纏わせていた短剣だ。

 しかしソウマの手から離れたこともあるのか、もうごく普通の剣にしか見えない。

 彼らのやり取りを見守りながら、シェイラは首をかしげた。

 

(剣で、戦えと言うのかしら)


 剣での直接攻撃が精霊に効くことはないはずで、ソウマがパーシヴァルに渡したものはただの剣だと、今の今まで持ち歩いていたシェイラ自身が良く知っていた。

 パーシヴァルも怪訝な顔で眉を寄せながら、しかしソウマに再度促されて、鞘から短剣を抜く。


「…………あ」


 パーシヴァルが抜いた短剣の姿に、声をあげた。

 シェイラも驚きに目を瞬かせる。


「ソウマ様、これ。青い、剣ですか?」

「そう。さっきその剣に火を吸わせてただろ」

「吸わせてたって、そんなことが……」


 今まで鉄のままの銀色だったはずの剣は、淡い青い光を放っていた。

 驚くシェイラの前で、ソウマはとんと片足を蹴り上げて飛び上がり、翼を出して羽ばたきつつ、こちらを振り向いた。

 青い炎が形を変えた蛇は今は三匹にもなっていて、精霊が放ついくつもの火の玉と対峙していた。

 シェイラは怖くて、飛び交う炎がすぐそばを横切る度に身を縮めてしまう。

 

「パーシヴァル! それ使え! お前の腕ならしばらくの間なら跳ね返せるはずだ! お前が隙さえ作ってくれれば、その隙にもっと俺が近づいてやれるはず!」

「………で、でも。俺は…」


 ソウマの台詞に、パーシヴァルは尻ごみしたかのように、数歩後ろへと後ずさってしまう。

 大切に持っていた剣が、こんな風に目の前で精霊を作り変えてしまったことがショックでならない彼は、精霊に対して罪悪感を持っているようだった。

 精霊を消すことに躊躇(ちゅうちょ)し、狼狽しながら手の中の青い剣とソウマの顔を交互に見ていた。

 シェイラはきゅうっとスピカを抱く腕に力を込めた。


「しぇーら?」


 傍にいるココが不思議そうに顔を上げたけれど、シェイラはココではなくパーシヴァルへと真っ直ぐに薄青の瞳を向けている。

 内に湧く激情を奥歯を噛みしめて耐えたあと、落ち着く為に小さく息を吸い、顔を上げた。

 飛び交う炎の勢いにかき消されないように、シェイラは大きな声を張った。


「パーシヴァルさん! お願いします! 力を貸してください!」

「シェイラ?」

「ごめんなさい。私、私には出来ないんです」

 

 シェイラだって、胸が痛い。

 精霊自身には何の落ち度もないのに人間の勝手で苦しませてあんな姿に変えてしまった。

 可能ならば、助けたいと強く思う。

 でも、あの精霊はここに存在してはいけないものなのだとも良く分かるのだ。

 あれほどに大きな力をもってしまえば、この場で抑えなければ、余所へと広めてしまえば、大きな被害を絶対に及ぼしてしまうだろう。 


「っ……」


 周囲で繰り広げられる炎と炎の交戦に、肌を焼くほどの熱さに額から汗が滲む。

 まだ火まで出てはいないが、何処からか何か焦げたような匂いもする。

 森が炎にまかれてしまうのも時間の問題で、ゆっくりとパーシヴァルの気持ちが変わるのを待っている暇もなかった。

 

「お願いします」


 泣きそうな気分で、パーシヴァルに懇願する。

 訴える声が、震えた。


「たとえその剣を持ったとしても。私には扱えません。でも、……パーシヴァル様なら!」

「俺は別に、そんな……」

「出来ます! 私よりずっと、貴方には力がある」

 

 シェイラは足手まといにしかなっていない今の状況が、歯がゆくて仕方がなかった。

 こんな時も、自分は小さく縮こまっておびえるばかりで、ソウマに守ってもらうしか出来ず、何か出来ることを探したいと思っても、結局は何も出来ないのだ。

 そんな力も、度胸もない。

 怖くて身体は震えていて、ココとスピカを抱きしめるだけで精いっぱいで。

 短剣をソウマがシェイラの元に戻さなかったのは、シェイラには剣を振えないと彼も分かっているからだ。

 たとえ短剣を持ってシェイラが精霊に向かって行った、まともな稽古も受けたことさえないのだから、きっと最初の火の玉にあっけなくやられてしまう。

 自分の身体能力の愚鈍さなんて、自分が一番に知っている。

 剣を持ち戦うにふさわしいのは、剣士として生きて来た、たくさんの訓練を越えて来た彼でならなくてはならない。


「……お願いします。パーシヴァルさん。お願い!」


 自分には、何もできない。

 だからパーシヴァルに託すしかない。

 毎日毎日剣を振い、ソウマも認めるほどの腕を持つ彼にしか出来ないのだ。


「パーシヴァルさん!!」


 シェイラは必死に彼の名を呼んだ。


「シェイラ……」


 シェイラの懸命な請いに、パーシヴァルは確かに表情を揺らした。


「パーシヴァル! 俺は俺の力を纏わせた武器を人間に渡すなんて初めてだ。それだけ信頼しているってことだからな!」

「ソウマ……」


 シェイラとソウマの言葉に、パーシヴァルは息を詰めて瞳を丸めてから、何かを決意したようにぐっと顎を引いた。

 そして一呼吸おいてから、彼らしく口端を上げて笑う。

 短剣を握り、自信に満ちた目をして、得意げに。


 顔を上げ、地を蹴り走り出す―――。


「……。おう、やってやるぜ!!」




 ソウマが精霊から打ち放たれる黒い炎を青い炎で相殺し、パーシヴァルが隙間を縫ってかけていく。

 二人の連携はとてもスムーズで、パーシヴァルの走る方向をうまくソウマが読んでいた。本気で剣を交わし、朝まで飲み交わしたこともある二人だからこその連携だ。

 やっと精霊にまで刃が届きそうだと、これで事態は収拾するのだと安堵の息を吐いた。


 ―――しかし。


「しぇーら、あれ!」


 ココが何かに気づいたようで、シェイラの背後から身をのりだして一点を指さし、大きな声で訴えてきた。

 彼の視線の先に自分の視線も巡らしたシェイラは、見たものに目を疑った。


「っ……、また!?」

 

 もう一体、徐々に黒く濁っていく精霊がいた。

 いや。

 一体だけでなく、気づけば身体の端から徐々に黒く染まり始めている精霊は片手で数えきれない数になっている。

 力尽きるように土の上に落ち、うずくまっている苦しそうな精霊も何匹かいて、シェイラの目の前でもがきながら消えたものもいた。


「っ……」


 このままでは、確実にすべての精霊が苦しんで消滅してしまうか、大剣の影響で狂い姿が変化してしまうかだ。

 救いを求めてソウマへと振り返ったけれど、彼は精霊の相手をするパーシヴァルの守りと、シェイラ達のいる場で炎を寄せさせないように青い炎の蛇を操るだけで手一杯なふうだった。


(早く、早くなんとかしないと)


 シェイラは必死に考え、地に落ちているパーシヴァルの大剣に視線を寄せた。

 この大剣の影響で精霊達はくるってしまう。

 だったらこの場から剣を離せば、これ以上の悪化は防げるはずだ。


「っ……ココ、スピカをお願い」

「わ、わかった」


 竜の姿をしたスピカを、ココはおびえで涙目ながらも受け取りこくりと頷いた。

 ココの両腕でやっと抱えられるほどの大きさのスピカをしっかりと抱かせ、木の陰に隠れるように言い聞かせる。

 自分が前に立ち、火の手が行かない様に気を配りながら、ココとスピカが大きめの木の後ろに回ったのを確認したあと。シェイラは駆け出し、パーシヴァルの剣へと走った。

 

(これを、持って精霊達から離せば……!)


 持ち手を持ち上げると、思っていた以上にずっしりとした鉄の重みにたたらを踏む。

 

「んうっ……!」


 パーシヴァルは軽々と振るっていたが、鍛錬をしていたからこそ出来たのであって、シェイラには全てを持ち上げることは出来なかった。

 持ち上げることは不可能だと判断し、とりあえず持ち手だけを手に、引きずってこの場を離れようと周囲を見回す。

 こっちはココとスピカが、こっちはソウマとパーシヴァルが、あっちは飛び交う火の玉が伸びていて隙間がない。首を左右へと忙しく振り、道を探す。


「こ、こっちっ……?」


 恐る恐る、火と火の間を抜けて一歩、二歩と進み始めたが。


「しぇーら!」

 

 聞こえたココの声に、何かあったのかと顔を上げかけて、次いで届いた衝撃にびくりと肩を跳ねあげる。

 

「ひっ!」

『――キィィィ!!!』

「なっ、この、音……!」


 耳をつんざく超音波、とでも呼ぶのであろう音の暴力に、思わず剣を落として両手で耳を覆った。

 おそらく先ほど黒く濁り初めていた精霊が完全に姿を変え、攻撃を始めたのだろう。

 有り得ないほどに甲高いその音は、キンキンと頭の中を直接たたいてくる。

 『音』は甲高くて酷いものだったが、しかし確かに聞き覚えのあるメロディでもあった。


「お、おと……ってことは……」


 音での、攻撃――思いつくのは、先日ローリーの鳴らすリュートから生まれた精霊達だ。 

 確実ではないにしろ、今姿を変えたばかりのあの精霊は、ローリーの音から生まれた可能性が高い。

 あんなにやさしくて暖かな音楽が、こんな風に暴力的な音へと変化してしまったのかと、胸の奥がきゅっと痛くなる。


「いっ……」 


 しかし直ぐに、また一段と大きく響いた音で頭が痛くて何も考えられなくなった。

 耳から入って頭を直接に刺激してくる攻撃は、皆に想像以上の苦痛を与えていた。


「みみ、いたいよおー! うあーん!」

「ココ!」

「うあーん!」


 両耳をふさぎながらも、痛みに耐えられなくなったココが泣き出した。

 駆け寄りたいけれど、シェイラも自分の耳をふさぐのに精いっぱいで、じっとりと滲む汗は火による暑さではもうなく、この頭を打ちつく音からの気持ちの悪さによるものだ。

 

「大丈夫よ、だいっ、じょうぶだから……」


 ガンガンと直接に頭を打つ音に、シェイラはあえぐような息を吐きながら、聞こえているかは分からずともココへと言葉を紡いだ。


「うあーん! うあー!」

「っ………」


 ――泣かないで。


 精霊の攻撃である甲高い攻撃的な音の隙間を縫い聞こえる、森の中に響く子供の泣き声に、シェイラまでじわりと目の奥が熱くなる。

 炎の精霊と戦っているソウマとパーシヴァルは耳をふさぐこともしていないので、もっと苦しいだろう。

 にじむ視界の中、また一体の精霊が、徐々に姿を変えていく。

 頭が痛くて、耳が痛くて、足はがくがくと震えてしまい、ココに駆け寄ることも、目的であった剣を持ちあげこの場を離れることも出来ない。

 

「っ………もうっ‼!!」


 行き詰ったシェイラは、涙目になりながら彼女らしく無い、苛立たしげな声を吐いた。


(何なの、これ)


 混乱し過ぎて、訳が分からないことが立て続けに起きすぎて、シェイラは泣きそうになりながら、怒っていた。


 お願いだから、もうこれ以上かき回さないでと。


 これ以上、大切な彼らを苦しませないでと。


 誰も悪くないからこそ、誰に向けることも出来ない怒りは逃げ場がなく、憤りは膨れ上がる。

とても悲しくて、とても怖くて、とても苛立たしくて、悔しくて悔しくて、目の前が真っ赤になった。


「っ!! いい加減に、してっ……!!!!」



 頭の奥を打ちつける精霊の『声』よりも、シェイラの想いのこもった叫びは、森の中に強く響いた――。

 


「っ……!」

『キッ……!?』


 突然、パンッ! と何か乾いた音が聞こえたかと思い、そちらを見れば、『音』を鳴らしていた精霊が地へと落下していた。

 

「あら? 音が止んでる?」


 気が付けば精霊の『音』は消えていた。

 その『音』を鳴らしていた精霊の赤く染まった瞳はずっと好戦的なものだったのに、どうしてか驚愕に満ち、おびえているかのようにシェイラから距離を取るために後ずさろうとしている。

 どうしてそうなったから分からず、シェイラは目を瞬かせてその精霊を見下ろす。


「え、何?」


 一体、何が起こったのか。

 どうして精霊にこんなに怯えられているのか。


「……弾いた? よな?」

「あぁ。確かに見た」

「ソウマ様。パーシヴァル様?」


 顔を上げると、ソウマとパーシヴァルが居た。

 今まで必死で戦っていた二人が、少し落ち着いた様子なのに気づき、シェイラはきょろきょろと辺りを見回した。


「あの、火の精霊は」

「倒した。今の一瞬、全部の黒く染まった精霊がひるんだんだ。その瞬間にパーシヴァルが切り落とした。……が」


 ソウマが眉をよせ、周囲を見回す。


「一匹と戦っている間に、ずいぶん増えてんなぁ。シェイラ、今の、もう一回」

「え。え。え?」


 訳が分からず呆然とするシェイラに、ソウマが口端を上げて頷く。


「あの黒くなった精霊の力を弾いただろ。まだ通常の姿を保っている精霊は何の被害も受けていないのに、姿を変えた精霊だけがひるんで一瞬だが力を消失させた」

「俺には、変化する前の精霊は見えないがな」

「あぁ、そっか。まぁ戦うのは黒いのだけだから良いだろう。ほらシェイラ、今のもう一回。弾いたというより、消した、の方が正しい感じだったかもだけど」

「あ、あぁ。確かに」

「はい?」

「――――竜の、力だな。一度出来たのなら、もう分かるだろ」


 耳に届いた落ち着いたソウマの声を聞きながら、シェイラは茫然と自分の手のひらを見下ろした。

 確かに、さっき強く感情を揺さぶられた瞬間、身体から何かが溢れ放たれた気はした。

 シェイラ自身は見ていなかったが、ソウマとパーシヴァルの言葉を信じるならば、自分が何かをしたということだ。


「私が……」

 

 ごくりと、シェイラの喉がなる。


 今、確かになんとなく。ぼんやりとだが、体には力が満ちているような気がする。

 どうしてなのか。なにがきっかけなのか。

 なぜこうもタイミングよく力を使えるようになったのかは、今のシェイラにはどうにも分からないが、しかしシェイラの持つ白竜の力は確実に、あの精霊の力を衰えさせることが出来るようだった。


 欲しくてもどかしかった、誰かを守ることが出来る力が、この手の中にあるのかもしれない――――。



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