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竜の卵を拾いまして  作者: おきょう
第四章

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精霊と竜③

「っ……」


 その、鮮血を想像させる赤い瞳と目が合った瞬間。

 おぞましい生き物が背中を這いまわる感覚がした。

 あれはこの世(・・・)に有っては(・・・・・)いけないモノ(・・・・・・)なのだと、広がる悪寒が如実に訴えている。

 その感覚はどうやらシェイラだけが感じるものでは無い様で、周囲にいる皆が同じなようらしく、全員が黒く濁ったあるべき姿ではない精霊の姿に顔を青ざめていた。


「まじ、か。ここまで影響が出るものなのか……」


 ソウマが片手で口元を抑えながらかすれた声で呟いた言葉が、シェイラの耳にまで届いた。

 動揺の滲む声色からしても、どうやら精霊のこれほどまでの変化は彼も想像に無かったことらしい。


「――ココ。危ないから、私の後ろにいらっしゃい」

「…………」


 立ち上がって促すと、ココは精霊だったものを凝視しながらも後ずさり、シェイラの言う通り、シェイラの背中に体を隠した。

 彼の表情には確かに脅えが垣間見えていて、後ろへ回った後も小さな手でシェイラのスカートの裾を掴み、しっかりと身を寄せてきた。

 足元に感じる幼い子の震えと温もりが、絶対に守らなくてはと、自分を駆り立てる(もと)になる。

 シェイラは脈打つ心臓を意識して落ち着かせつつ、腕の中のスピカを強く抱きかかえた。


『ギッ………!!』


 鈍い獣の呻き声のような、耳にざわめく声を発しながら、精霊は両手を空へとかざす。

 ギィギィと耳の奥を引っ掻くように響き続ける嫌な声に、シェイラは顔を顰めながら精霊を見上げた。

 そして精霊が掲げた手の先に現れたものに、また驚愕し、薄青の目を見開く。


「なっ!」


 精霊が手を翳した先に生まれたのは、火の玉だった。

 しかもココやソウマが操る炎とはくらべものにもならないくらい、まがまがしい、真っ黒な炎だ。

 

「おいおい、洒落になんねぇな。普通の精霊はこんな竜術みたいな力、持っていないだろうに」

「ソウマ様。これってどうすれば……」


 シェイラは縋る風にソウマを見上げた。

 最近まで存在さえ夢物語だと思っていた精霊に関する知識なんてシェイラにはほぼ無いに等しく、この事態を収めるためにはソウマの持つ知識に頼るしかないのだ。

 どうにかならないのだろうかと視線でも必死に訴えたが、しかしソウマの出した解決は至極単純なものだった。

 彼は精霊へと真剣な眼差しを真っ直ぐに向けながら言う。


「……倒す」


 倒して、消す。

 至極簡単で分かりやすく、おそらく一番に手っ取り早く今の事態を収められる方法。

 こちらへの攻撃がなされ、更なる追撃をまぬがれない様子で有る以上、もうあの精霊は倒してしまわなければ成らない存在と、彼は判断したのだろう。


(でも……)


 シェイラは複雑な気分で、ぎゅっと唇を引き結んだ。

 ローリーの唄から生まれ、美しく夜闇を舞っていた精霊たちの姿が脳裏に浮かび、あの精霊も同じ存在だったのだと考えれば、どうにか助けてあげられないかと、思ってしまう。 

 今、腕の中で眠るスピカも。

 力尽きるまで頑張って、精霊を助けようとしていた。

 ……もうあの精霊は彼らが守りたくて力尽きるまで頑張った存在では、なくなっているのだと理解はしているのだけれど。


 しかし、やはり複雑なのだ。

 

「何か……元に戻してあげる方法は、無いのでしょうか」


 おそるおそる訊ねてみたものの、しかしソウマはやはり眉を寄せて首を振った。


「有るかもしれないが、俺は知らない。探している間に森が火の海になってしまう」

「ッ……。出来るのですか? 精霊って、触れることさえ出来ない存在なのに」


 精霊は目に見えずらい分、手で触れることもできない。

 触れられないのだから、物理的に剣で切るなどの攻撃は不可能なはずだ。


「竜と精霊は力の密度は違えど同じ世界に満ちる気の力で出来ているから、精霊の身に干渉出来るとしたら同じ力を持つ竜の生み出す力だけだ。そして竜は、精霊より何百倍も強い……!」


 ソウマが言い終わると同時に、彼の手の平から精霊が出した火の倍は大きな火が飛び出す。

 とたんに辺りは熱気に包まれ、焦げるような熱さが周囲を包む。

 ソウマの放った炎は精霊と精霊の生み出した黒い炎をまとめて覆った。


「ひっ……!」

「ココ、大丈夫よ。大丈夫」


 震えるココを宥めながら、シェイラは僅かに瞼を伏せ、息を吐いた。


(少し、嫌な気分だけど……)


 後味は悪いけれど、もう消してしまわなければならないのだと、分かる。

 精霊を守りたいなんて言って、その為に大切な子供たちを護れなかったら意味がない。一番に守るべき存在はココとスピカ、そしてソウマやパーシヴァル、自分自身。

 ココも顔を歪めてはいるものの、ソウマの行為に異は唱えなかった。


 ――――でも。


 手の平にも満たない大きさの精霊は、竜より余程に儚く弱い存在であるはずなのに。

 パーシヴァルの持つ大剣の影響で狂ってしまい、黒く濁り染まった姿のその精霊は、途方もない力を持っていた。


「なっ! あっちの方が強力ってことかよ! 」


 精霊の黒い炎に対抗するために幾つか放たれた、ソウマの放った赤い炎の玉が、どんどん小さくなり、黒い炎に吸い込まれるかのように吸収されていくのだ。

 ソウマの赤い炎の方が精霊の黒い炎の倍の大きさはあったのに、あっさりと負けた。

 黒い炎は森の中、周辺へと落下し、炎に触れた木々から灰色の煙が立ち上る。

 緑の多い島だ。一か所燃えただけでもあっさりと広がるだろうし、そうすれば里は大変なことになる。

 水竜が気付き、消火されるまでにどれだけの被害がでてしまうだろうかと想像して血の気が引いた。


「くそっ!」


 ソウマが、くすぶる木の方へ指先を向け僅かに動かすと、

瞬間に煙が散り消えたので、何らかの術で炎を消しとめてくれたのだろう。

 シェイラは安堵の息を吐きながら、再びに眉を顰めた。


(良かった。……でもこんなの、何度ももたないわ)


 どうすべきかと、彷徨わせた先。

 精霊はシェイラと目が合うと、ニヤリと―――嫌な笑みをこちらに向けた。


『ギッ…、ギィギッ……!』

「ひっ……」


 力ある濁った威圧感が怖くて、シェイラの肩が跳ねる。 


「……そうま、さま」

「くそっ、火対火だと分が悪いな。ごねられても水竜の誰かを引っ張ってくるんだった」


 やはり厳しい状況なのだろう、ソウマは苛立っているような、やや乱暴な口調になっていた。


「ちょっとしんどいけどこっちで――……」

 

 小さく舌打ちした後、ソウマが今度手のひらから出したのは、透明感のある青い火の玉だった。


「よっ、っと」


また精霊が黒い火の玉を放ったタイミングで、ソウマがその青い火を放り投げると、衝突と同時に黒い火の玉は弾け、火花を散らしながら消えた。


「凄い……」

「だろ」


 ソウマが満足そうに口端をあげた。


(確か、赤より青い火の方が温度が高いって)


 家庭教師に習ったことがあるが、しかし彼が赤以外の火を使うのは初めて見た。

 その美しい炎の揺らぎに、普段のシェイラなら大喜びで食いついただろうが、もちろん今そんな場合ではない。

 次々と精霊から放たれる黒い火の玉に対抗して出されたソウマの青の火の玉は、確かに強力なようで、先ほどのように吸収されることなく打ち消している。

 

「っ……!」  


 しかしそれだけだ。赤い炎より効果はあるけれど、シェイラ達を守りながら、普段は使わない強力な青の火まで使うソウマに、反撃まで出来るだけの余裕はないようだった。


「わ、私も何か……!」


 シェイラは必死に、役に立つ何かがないかと頭を巡らすが……ない。


(物理的な剣での攻撃は、効かないし。ソウマ様のような、対抗できる竜術も知らない)


 本当に役立たずで、しかも自分たちを守るが為にソウマが動きにくくなっているのが分かるから、歯がゆくて仕方がなかった。

 悔しくてたまらない気持ちで、腕の中のスピカをぎゅうぎゅう抱きしめるシェイラに、また手の中に青い火の玉を作り出しながらソウマが声を掛けてくる。 


「シェイラ」

「はい」

「短剣、確かユーラから旅の護身用に受け取ってただろ。あれ持ってるか?」

「持ってます」

「よし、貸してくれ!」

「はっ、はい!」


 自分自身は役に立てないけれど、でも持っている剣が何かしらの役には経つかもしれないらしい。

 張り切ったシェイラは足にしがみつくココをほんの少しだけ剥がし、片手でスピカを抱えつつ、慌ててスカートの裾へ手を差し入れて太ももに固定してある留め具を外す。

 掴んだ鞘に収まった短剣を手渡しながらソウマの顔を見上げると、彼はなんだか変な顔をしていた。


「なんでそんなとこに」

「あ。意外に便利なもので……」


 何だか気まずい心地で苦笑いした時。

 シェイラの頬を、ひゅっと言う音と共に黒い火の玉がかすめ、思わず小さな悲鳴が漏れた


「っ……!」

『っ……ギッ……!!!』

「ひゃっ!」


 険を受け渡しするソウマとシェイラの間を、再び放たれた黒い炎の玉が横切って、悲鳴をあげてしまう。


「シェイラ、大丈夫か! 悪い、変に気を取られてた……」

「平気です。すみません。私も余所見してしまっていました」


 少しじんじんするけれど、本当に少しかすっただけだ。

 しかし少しでもずれていたら、直撃していた。

 眠るスピカを抱きしめるシェイラの手が、恐怖に震えてしまう。

 震えで落としてしまわないよう、意識して片手でスピカをしっかり抱きながら、ココを引き寄せる。


「ちっ」


 ソウマは舌打ちしながら、受け取った剣を握り精霊へと振り返った。

 シェイラ達を守るかのように、彼は前へと立つ。

  シェイラからは広い背中となびく赤い髪しか見えないけれど。

 彼から竜の闘気がたちのぼっているのは確かにわかった。

 肌がピリピリとするそれは、自分ではなく精霊へと向けられているからこそ耐えられる。

 ソウマは片手で青い火の玉を作り出し、黒い火の玉を打消しながら、もう片方に握ったシェイラから受け取った短剣にも青い炎を纏わせていた。

 ソウマの生みだした青い炎は、どんどん剣へと吸収されていく。


「ソウマ様、これは一体……」


 彼が何をしているのか分からなくて、シェイラはとにかくココとスピカを守りながらも怪訝に眉を寄せる。

 ソウマは剣に青い炎が吸収されるとまた新たに炎を生み出し、吸収させる。

 それを何度か繰り返したあと「よし」と納得したようにうなずいた。


「パーシヴァル!」


 ソウマがはっきりとした声で呼んだのは、ずっとシェイラの隣で、ショックで固まっていたパーシヴァルだ。

 彼はそこでひたすらに、地に横に寝かされた抜き身の状態の剣を無言のままに見下ろしていた。

 己の半身とも言える剣が、持っているだけで精霊達を傷つけていたこと、そして今のこの状況を作りだしてしまったことがショックで、本当にただ呆然と、彼は剣を見下ろしていた。

 おそらく、シェイラが想像する以上に彼にとってこの大剣は大切なものだったのだろう。


「パーシヴァル! おい!」


 パーシヴァルは、ソウマに何度か名前を呼ばれ、背中を強く叩かれ、やっとゆっくりと顔を上げた。


「ソウマ。俺、俺は……」


 不安と動揺に揺れるパーシヴァルを、ソウマはしっかりと見据え、口を開く。


「これ以上は俺一人では防ぎきれない。お前も――――戦えるな?」


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