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竜の卵を拾いまして  作者: おきょう
第四章

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精霊と竜②

「ココ、スピカ!」

「しぇーら、スピカが……!」

「一体何があったの?」


 シェイラはスピカを抱えうずくまるココの傍に膝をつき、ココからスピカを受け取りながら尋ねた。


「え、えっと、えと……! つ、ふっ…く……」


 しかしココも混乱してしまっていて、上手く口が回らない。

 何かを伝えようと口をはくはくと動かしはするが、意味のある言葉にはならず、涙目のまま唇を震わせ、結局何も伝わらないままにしゃくりあげてしまう。

 ……話を聞ける状態ではない。

 シェイラはスピカを抱えたまま、片方の腕でココを引き寄せた。

 小さくて柔らかな重みが縋りかかり、余計に大きな嗚咽を漏らし始めたその赤い頭を撫でながらも見たスピカはぐったりとしていて、意識を失っているようだ。


「スピカッ、スピカッ……!?」


 声をかけてみても反応はなく、尾っぽもだらりと垂れさがったままだった。


(っ…………)


 ――いつか、スピカの母親の夢を見たときのことを思い出した。

 彼女が力を使い果たした最後の瞬間の姿に似た状態にも見えて、シェイラはぎゅうっと心臓を鷲掴みされたかのような感覚に襲われる。

 何があったのだろう。

 どうしてこうなったのだろう。

 この子は、大丈夫なのか―――……。

 焦りと不安で混乱しそうになりながら、シェイラは何度もスピカに声をかけた。


「スピカ、スピカ!」

「……シェイラ」

「ソウマ様」


 とんと肩を叩かれ、縋るような思いで上を向けば、そこに立っていたソウマと目があった。


「……術の使い過ぎ。無茶し過ぎだ」

「だ、大丈夫なのでしょうか」

「心配ない。竜は余程のことがない限り限り死なない。ジンジャーに教わらなかったか?」

「あ……」


 ソウマに諭されて思い出してみると、幼い竜らは内に貯められる力が少なくて尽きやすいのだと学んだ記憶があった。

 力が尽きれば回復の為に眠りに落ちる。

 ロワイスの森でココが力を振るった二度とも、直後に眠ってしまったのが同じ状態だったはずだ。


「良かった……」


 シェイラは深く安堵の息を吐き、落ち着いてから、改めてココとスピカを優しく抱きしめた。

 そしてスピカと、ココの二人に話しかける。


「私も、沢山謝らなければならないけれど……」


 いったん言葉を切ってから、シェイラはココの頬に手を掛けて自分の方へと引き寄せる。

 額に自分の額をくっつけ、赤い瞳をしっかりと見据えた後、意識して怖みのある声をだす。


「あとで、きちんとお説教しますからね」

「う……はあい」


 シェイラの腕の中に居ることと、スピカが大丈夫だということで、ココも徐々に落ち着いてきたらしく、涙目のままながらも返事を返してくれた。

 肩をすくめて、唇を僅かに突き出しながらの返答ではあったので、多少の不満はのこっているのだろうが。

 ようやく手の中に戻ってきてくれたぬくもりにほっと息を吐き、次にシェイラはふと首をかしげる。 


「でも、力が尽きるほどの何があったの?」

 

 辺りを見回してみても、ココが力をふるったときの様に森が消し炭になってもいなければ、異常に木々が成長しているということもない。

 スピカは何をしてこうなったのだろうか。

 シェイラがココに訊ねてみると、ココは微妙な顔で見上げてくる。

ココの視線はシェイラを素通りして更に向こう側を見ていたのだが、シェイラ自身は気づくことが出来ず、意味が分からずにますます首をひねるしかなかった。

 そんな彼女にすぐ傍でパーシヴァルとともに佇むソウマが、声を掛けてきた。


「シェイラ、上だ上。周りみろ」

「え? うえ………えっ!?」


 促され、釣られるままに上を向くと、飛び交う精霊たちが居た。

 

「凄い」


 あまりに現実感の薄い光景に驚愕する。


 薄衣を翻らせ、踊るように宙を漂う精霊たち。

 少し前にローリーの唄を聞いたときに舞っていた精霊たちとは、数の規模が違う。

 しかも今は何故か淡い光を放ってもいて、深い森奥のうっそうとした雰囲気と合わさり、余計に現実感の薄い光景だった。

 

「何だ? どうしたんだ」

「あぁ、そうでしたパーシヴァルさんには見えないのでしたね。精霊が群れているんです」

「……異常にな」

「ほお?」


 パーシヴァルは目を眇めたり唸ったりして辺りを見回してみているが、やはり見えないようで悔しそうに眉を顰めていた。


「光るってこともさ、異常なんだ」

「……精霊の身に何かが起きていると?」

「そっか―――シェイラは、聞こえないのか」

「………?」


 シェイラはどこまでも中途半端で、精霊の姿は見えるけれど、声は聞こえない。

 眉を顰め、どこか悲しげに僅かに瞼を伏せるソウマの言う意味が分からないシェイラに、ココが教えてくれた。

 目元を腫れさせながらも、彼は一生懸命に指をさしてシェイラに訴える。


「あのね、くるしいって。いたいっていってるの! だから、ここにみんなにげてきたの!」

「精霊が?」

「そう! だから、スピカ、なおそーとしたんだよ」


 ココと言葉を聞いたシェイラは瞳を瞬かせて膝の上で眠るスピカを見下ろした。


「でもねー。きかなかったの。にんげんにかけたのと、おんなじじゅつだと、きかなかった」

「そう……」


 沈んだココの声を聴きながら、鱗で覆われたスピカの滑らかな黒い身体をゆっくりとなでた。

 スピカは苦しんでいる精霊たちに治癒の術を施そうとした。

 けれど精霊たちに対して、ルブールの町でマイクに使ったような……人を治癒する術と同じ術は聞かなかったのだ。

 おそらく何か違う術が必要なのだろう。

 必死になって何度も何度も術を掛けたけれど、結局何の効果もないままに、力を使いはたして、眠りについた。


「とても頑張ったのね」

「あ」

 

 スピカの頑張りを誇らしく思っていると、ココが小さな声を上げてまた宙に視線を寄せた。

 彼はシェイラには聞こえない精霊の声を聴いているようだった。


「ココ?」

「け、けんが、こわいって」

「剣?」


 見えないパーシヴァルと、聞こえないシェイラは意味が分からずに首を傾げる。

 ココも、精霊が言う事をそのまま口に出しただけのようで、理解が追い付かずに眉を下げて不思議そうな顔をしていた。


「っ、まさか!」


 しかしソウマは、何かを思いついたらしく。

 突然、パーシヴァルの背中の大きな剣に飛びつくいて、手を伸ばす。


「え、何だ? おい?」

「ソウマ様?」


 剣は剣士にとって大切なものだ。

 パーシヴァルはもちろん抵抗をみせるが、ソウマはほぼ無理やりに近い形で、強引にパーシヴァルの背負う鞘から大剣を抜いた。

 そして重さを感じさせない軽々とした動きで刀身を掲げ、真剣な目で見つめる。

 しばらく剣の刀身を観察したあと、重々しく口を開いた。

 

「……力が弱くて気づかなかった。これ、木竜が作った剣だ」

「え?」


 パーシヴァルは眉を寄せる。 


「俺の剣が、木竜の剣だと?」

「パーシヴァル、もしかしてこれ遺跡からの発掘品か」

「あ、あぁ。その通りだ。三年ほど前に冒険に行った先で見つけたんだ」

「なるほどな」

「……あの、ソウマ様。どういうことでしょうか」

「俺にも説明してくれ、ソウマ。意味が分からない」


 困惑したシェイラたちの声に、ソウマは頷き、大剣を真っ直ぐに前に翳した。

 とっても大きいという特徴はあるけれど、他に変わった部分は見られない。

 ソウマは一体何に反応したのか。


「――――遥か昔、何百年も前に竜達が争っていた時代があったことは知っているな」

「はい。有名ですから」

「建国の歴史として、学校で必ず学ぶ話だな」

「おれしらなーい」

「ココも、これから色々と覚えましょうね」

「はーい」


 竜達の間に起こった、力を誇示するための戦い。

 激化する争いの世を白竜は憂い、竜達を仲裁して一時期の平和をもたらしたというのが、この国に伝わる竜の話だ。

 そして人間の歴史書には載っていないものの、シェイラはスピカを通じて、黒竜はこの戦いの中で絶滅したということだを知った。


「あの時代の竜達は、他の竜よりも勝るための手をそれぞれが必死に考えていた。それで出来上がったのが、竜術で作り出されたいくつもの武器だ」

「竜が武器を作った? でもこのパーシヴァル様の剣は、人の手で振るう為の形をした武器ですよ?」


 想像が出来ずに眉を寄せるシェイラに、しかしソウマは事実であると確実に頷いて見せる。


「大気の力の凝縮体である竜を攻撃する為の武器。当然それらは竜の元となる気を狂わせ、丈夫な竜の身にも何らかのダメージを喰らわすのに特化したものになった。剣……だと、人の姿になって素早く懐に入り込み、身を切り裂くとかかな。人間の作るような剣では、竜の身などそう簡単に切り裂けないが、これならば出来る」

「あぁ……確かにその剣、恐ろしい程の切れ味なんだ」


 大気の力の凝縮体である丈夫な竜に、何らかの傷害を与えるためのもの。

 そこまでソウマが説明をして、シェイラは気づいた。


「……精霊は、竜と同じく漂う目に見えない力から生まれるのでしたよね」


 実体にもなれないほどに儚い存在である精霊と呼ばれるものたちも、竜と同じ大気に漂う力から生まれる。

 力の大きさの差は竜とは比べようもない。

 手に触れられないほどにあやふやな精霊に対して、竜は繁殖さえ出来るくらいに、この世界に『生き物』として存在できている。それほどに、竜の纏う気は濃い。


(あ……。でも元になる力が同じなのだとしたら、竜を傷つけるために作られた武器は、精霊も傷つけることが出来るのだわ)


 そう結論にいたったシェイラは顔を青ざめさせる。

 隣で、ソウマが苦々しく言葉を漏らした。


「精霊が減っているってのは、このことだったのか」

「え?」

「城に報告があがってたんだよ。俺がこの里に来たのは、それを調べる為でもある」


 城にいるアウラットのもとに報告されていたという精霊の異常。

報告の内容を聞いてみると、それは丁度一か月ほど前から起こったもので、パーシヴァル達が里に到着した頃からとかぶっていた。

 原因はパーシヴァルが、剣を持ち込んだことなのだと、この状況から安易に察せてしまった。

 恐らく、精霊が多い竜の里だからここまで変化が解りやすいのであって、彼が剣を持って旅してきた場所全てで、その土地土地の精霊は何らかの影響を受けてしまっていたはずだ。

 

 ソウマは憂いた表情で浅くため息を吐いてから、そっと、手に持った剣の刀身をもう片方の手の指でなぞりながら口を開いた。


「……何百年も経って、武器に込められた力はほとんど抜けて消えている。だから俺も、水竜たちも気づかなかった。それくらいに遺跡なんかから発掘されるものたちはもう、ほぼ全てが形だけの抜け殻だ。だから人間の手に渡ろうと俺たち竜は構わなかった。でも、これは……。ほんの僅かにだが、未だに込められた木竜の力が残っている。余程に強い木竜が作ったんだな」

「なるほど。俺にもようやく理解出来た。精霊が最近目に見えて減っているってのは、俺の剣が水竜の里にあったからか」

「あぁ。たぶんな」


 竜達には何の影響もないほどまでに弱まった力であったとしても、環境に敏感な精霊にはそうではなかった。

 水竜の里に住まう精霊たちはパーシヴァルの持つ剣の影響で数を減らしていたというわけだ。

 そして生き残った精霊たちはこうして逃げて逃げて、この里の隅まで逃げ延びた。


「あ……」

「どうした?」


 シェイラの小さな声に、ソウマが怪訝な顔をする。

 しかしシェイラはただ無言で首を振るだけだった。


(夢を、見たわ)


 この島に来てすぐの頃、誰かが苦しんでいる夢をみた。

 ただの夢ではないことは分かっていたが、その声がどこから来るものなのか、誰が伝えようとしているものなのか、シェイラに察することは出来なかった。

 自分の無力さに、シェイラはきゅっと唇を引き締める。


「……――っ、あ、剣、離さないと!」


 剣と精霊を近づけてはいけない。

 原因が分かった以上、これ以上精霊を傷つけたくはなかった。

 パーシヴァルも同じ意見なようで「あぁ」と頷き、この場から離れるためにソウマから剣を受け取ろうと手を出す。

 しかしソウマは何匹も飛び交う精霊の、ただ一匹に厳しい視線を傾けていた。


「ソウマ様?」


 厳しい顔をしたまま動かないソウマにシェイラが声をかけたとき、ソウマが荒々しく舌打ちをした。

 

「ちっ! 遅かったか!!!」

「っ、な、に?」


 とたんにぶわりと、嫌な何かに全身を包まれた。


 それは間違いなく宙を漂う一匹の精霊から発せられたもの。

 とても嫌な感じの重苦しくなるそれは、シェイラの目には一切映らない。

 けれど、ゾクゾクと背筋を這い、肌を粟立てる気持ちの悪さは良く分かった。


「……っ……」


 背筋から全身へと移動する悪寒に、シェイラの浅く開いた唇が震えた。

 血の気が引く、とはこういう気分のことをいうのだろう。

 不安な気持ちで見上げた先、薄青の瞳に映るのは姿形を変えていく――精霊。

 向こうが透けて見えるほどに透明感があり、とても綺麗な色だったその姿が、徐々に黒く濁っていく。


『………!!!』

「っ……これ…!」


 それまでシェイラの耳に届かなかったはず精霊の声が、急に鼓膜を震わせる。


「何だ、なんだ、あれ!」


 パーシヴァルが驚愕の表情でその黒く色を変えていく精霊を凝視していくところをみると、彼の目にもその精霊が映るようになったということだ。

 本来は見えないはずのものが見えるほどに、その性質(・・)が変わったということか。


『…っ! ………!!』


 それは悲痛なまでの悲鳴。

 苦しい、助けて、痛い、痛い、痛いと叫んでいる。

 身を絞られるような激痛と、体を作り替えられるほどの圧迫が精霊を襲っている。 


「せーれいさん! しぇーら、たすけて! いたいって!」

「ココ……」


 シェイラ以上に鮮明に精霊の声を聴いているココは、再び泣き出し「助けて」と声を上げた。

 ソウマへと縋るような視線を送ったが、彼は唇を噛みしめ厳しい表情で精霊を凝視したままだった。

 再びシェイラが精霊へと視線を移すと、もう見知っている姿では完全になくなっていた。


 黒く濁った身体に、瞳は血のような赤。

 ココやソウマが持つ暖かな赤とは違う、ぞくりと背筋を震わせる、狂気にみちた瞳だった。


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