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竜の卵を拾いまして  作者: おきょう
第一章

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竜の子の成長②


「あの…」


 一歩、シェイラが彼女へと近づくと、ひやりとした空気が肌を撫でた。

 まるで早朝に霧の中を歩いているかのような、少しの湿り気を帯びた冷ややかな感覚だ。

 彼女は水色の髪を編んだ束を、肩から前と流している。その髪には大粒の真珠で出来た髪飾りが散らばっていた。

 また一歩近づいて、はっきりと正面からその女性を見たシェイラは、驚きで固まってしまう。


「っ…?!」


 彼女の白い染み一つない綺麗な肌はしっとりとしていて、涼やかな流し目は深い海の底へ吸い込まれるかのような青。

 冷たささえ感じるほどに美しく整った顔のつくりにも驚いた。

 だがシェイラが固まってしまったのは彼女のその美しさにではない。


 ―――そのありえない恰好に、固まったのだ。


 豊満な胸元を包むのは青く艶光(つやびかり)する、三角形の薄布だけ。

 布は小さすぎて、胸の半分も隠していなかった。

 すこし動けばあっと言う間に落ちてしまいそうで、女として気が気でない。


 彼女は不思議な素材の透けたショールを肩から羽織っているけれど、透けているからもちろん肌を隠す役割ははたしていない。

 上半身はその胸元の布と透けたショールだけだ。

 あとは左手首に細い銀の腕輪を何本か通している。

 鎖骨や肩、首筋はもちろん、みぞおちから腰まで、白い素肌をこれまでかと言うほどに晒している。

 下半身も同じような露出具合で、少し爪でひっかいただけで避けてしまいな頼りない腰のスカートは深くスリットが入っており、足のほとんどを露出している。


 本当に最低限の布しか纏っていない女性に、シェイラはただただ戸惑った。

 いくら身体に自信がある女性でも、精々胸元の開いたドレスを着るくらいだ。

 腹部や足をさらけ出すなんて、有り得ない。


(いえ、たしか…祭りの舞台で踊っていた砂漠の方の地方からきた踊り子が、こんな恰好をしていたわ。もしかすると異国の踊り子さんかしら…)


 どう考えたって侵入者とは思えないほど堂々としているから、許可を得てこんな王城の奥にいるのだろう。

 王城なのだから、異国から踊り子や楽団を呼ぶこともあるはずだ。

 どうしてシェイラとココの部屋にいるのかは、どうやっても理由がつかなかったけれど。


「熱いわ…」


 容姿と同じくらい、透き通った綺麗な声で彼女が呟いた。

 シェイラは首をかしげながら、反射的に返事を返す。


「そう、ですか?雨で気温も下がってきたみたいですけど」


 季節は秋から冬へと差し替わろうと言うころ。

 いくら天気が良い時でも、暑いと思うことはない。

 過ごしやすい気候の季節。

 そのうえ今は雨が降っていて、肌に感じる気温は明らかに下がっていた。

 そもそも彼女の露出の激しい恰好では、むしろ肌寒いくらいだろう。

 暑いと言う言葉に不思議がるシェイラに、水色の髪の女性はくすりと笑いを漏らした。


「いいえ、そうではなくて、その小さな火竜さんの火の気が少し熱くて」


 女性はシェイラの肩の上に乗っているココを見て、そのあとシェイラへと視線を移した。


「火竜の、気?」

「気に為さらないで。まだ調整できるような年ではないから仕方ありませんもの」


 深い海の底を思わせる色をした切れ長の瞳の力の強さに、シェイラは彼女から目が離せなくなる。

 今度は彼女が足を動かして、一歩シェイラに近づいた。

 同時に、手首に付けられた何本もの腕輪が揺れてシャラシャラと綺麗な音をたてた。


 ゆっくりとした動作で、彼女がまた1歩こちらの方へ近づこうとしたとき。


「ぐ、ぅぅぅ」

「ココ?」


 ココが突然、低いうなり声をあげた。

 初めて聞くその声に、驚いたシェイラは肩からココをおろして手のひらにのせ、まじまじと見下ろす。

 ココは背を向けて女性の方を睨んでいた。

 いつものように大きな赤い瞳でシェイラを見つめてはくれない。


「きゅーう!」


 鳴き声を出すとともに、大きく息を吸うような動作をする。

 吸い込んだ空気で丸い腹部が少し膨れたように見えた。

 事態の飲み込めないシェイラが呆けている間に、ココは口を開けて小さな白い牙をのぞかせた。


「あらあら」


 ココのその様子に、女性は目を細めて柔らかく笑う。

 次の瞬間。

 ココが吸い込んだ空気を吐き出したかと思えば、それは何と火の固まりだった。


「ココ!?」


 (注意したばかりなのに…!)


 あの自信満々の返事は、やっぱりシェイラの言葉を理解してのものでなかったのか。

 

 何度も何度も言い聞かせていたのに、ココはためらうことなく火を人に向けてはなってしまった。

 ココが火を扱うのを、シェイラが見るのは初めてだった。

 止める手立てを思いつく間もなく、ココが吐き出した一抱えほどもある火の塊が目の前の女性へと向かっていく。

 熱い熱風が巻きおこり、室内の気温が一気に上がった。


 ――――もう目の前の女性が大火傷を負うのを止められる手はない。


 シェイラの心臓はとたんに縮みあがり、一瞬息が止まった。


「っつ……!」

 

 火の塊が、女性を襲うその瞬間にも、歯がゆいことにシェイラは一歩も動けなかった。


 けれど。

 

 予想していたような惨事は、どうしてか起こらなかった。


 ココが放った火が女性へと届く直前に、女性の目の前に透明な円い壁が、突如現れたのだ。


「え……。これって、水…?」


 その透明な壁は水で出来ているらしい。

 向こう側は透けていて、表面が波打っている。

 ココの放った火がぶつかったとたん、火と水の壁の境目から水蒸気が一気に吹き出して、霧のような薄靄が室内を満たした。


 呆けて突っ立つしかないシェイラに、目の前の女性はおっとりとした所作で目尻を下げて微笑む。


「反する性質の私が突然現れて驚いたのね。当たり前のことだから、叱らないであげて」

「反する性質?あなたは一体…」

「私は水竜のクリスティーネと申します。以後お見知りおきを、シェイラ様」

「水竜!もしかしてジンジャー様とパートナーの?」

「えぇ。ジンジャーに貴方のことを聞いたものですから、挨拶にお伺いましたの」


 突然の竜の出現に驚きつつも、シェイラはすんなりと納得した。


 人ではありえないほどの美貌。

 人ではありえない水色の髪。

 人とは何処か違う、神秘的な雰囲気。


 親しみやすいソウマやココしか竜を知らなかったけれど、むしろ彼女こそが『伝説の生き物』や『聖獣』と呼ばれるにふさわしい、気高い存在に思える。


 我に返ったシェイラは慌ててスカートの裾を摘まんで挨拶をする。


「シェイラ・ストヴェールと申します」

「えぇ、どうぞ宜しく。夏の間は首都では暑すぎて、水竜の里の方へ帰っていたものですから、お会いするのが遅れて申し訳ありません」

「いえ!とんでもありません……それよりも、その…」


 シェイラは慌てて両手を顔の前で振ってから、頬を赤らめながらクリスティーネからわずかに目線を逸らす。


「出来ましたら、何か羽織っていただければ」


 彼女の恰好は、経験の浅い10代半ばの純朴な少女には刺激的すぎた。


 しかし本人は堂々として一切の羞恥も感じていないようだ。

 姿勢正しく胸を張っているから、余計に豊満な身体が強調されている。

 見ているシェイラの方が恥ずかしくて直視できない。


「服を着るだなんてそんな面倒くさいこと。人の文化を押し付けないでいただけるかしら」


 にっこりと美しく笑いながらも、しかし少々きつい口調でクリスティーネは当然のようにそう言った。


「あ…」


 確かに竜は本来の姿を取っている時に衣服を着ないのだ。

 ソウマは衣服を着ていたけれど、それもわざわざ(こちら)の文化に合わせてくれていると言うことだろう。


「も、申し訳ありません。そうですよね」


 シェイラは慌てて頭を下げた。


「自分の意見を押し付けるなまねをしてしまって、気分を害させてしまいました」

「分かれば宜しいわ。あなたは素直に自分の非を認める子なのね」


 満足気に頷いたクリスティーネが、シェイラの頭をなでる。


「いやいやいや、納得するな。そこで謝るな、シェイラ。竜だって羞恥心くらいあるから。服を着るのは常識だって思ってるから!」

「ソウマ様!」


 背後から声をかけられて振り向くと、ソウマが呆れた顔でこちらへ向かって来ていた。


「里からお帰りになっていたのですね」

「あぁ。今朝早くにな」


 気安く微笑んだソウマは、シェイラの頭をポンポンと軽く撫でてた。

 続けざまに竜たちから頭を撫でられてしまった。


(どうもさっきから子供扱いを受けているような気がするのだけど)


 竜は300年程度は生きる生き物らしい。

 ソウマが30歳前後に見えると言うことは大雑把に見積もっても90~100歳程度のはず。

 それだけ離れているのだから、15歳のシェイラが子供扱いされても文句は言えなかった。


 シェイラがソウマの年齢を推察している間に、ソウマとクリスティーネは会話を交わしていた。


「あら、ごきげんよう」

「久しぶりだな、クリス。相変わらずの服嫌いか…」

「皆して煩いから、譲歩して最低限の場所は隠してあげてますでしょう?」

「…そうデスネ」


 ソウマは呆れたふうに苦笑してから、シェイラへと耳打ちをする。


「これだけ着せるにも結構な説得があったんだよ。ジンジャーが叱ってやっとって感じで…目のやり場に困るだろうけど、拗ねられて全裸で歩かれたりしたらややこしいからクリスの服については突っ込まないでやってくれ」

「は、はい」

「聞こえておりますわ、ソウマ」


 クリスティーネはしかし気分を害したようすもなく、微笑を浮かべてココを指す。


「それで、この迷い竜。ココでしたかしら?火竜の里で何か情報は得られましたの?」


 クリスティーネの問いに、シェイラもソウマへと視線を向けた。

 ソウマはおもむろにため息を吐き、首を横へ降る。


「いいや。行方知らずの卵にも、妊娠してそうな雌竜にも、心当たりのある奴は誰もいなかった」


 そう言うと、今度は歯を見せて朗らかな笑みをみせ、またシェイラの頭を掻き撫でた。


「ってことで、母竜にココを返すっていう可能性はほぼ消えた。ココがでかくなるまでしっかり世話してやってくれな」

「は、はい…!」


 大きな手で乱雑に撫でられて、シェイラの視界がぐらぐらと揺れる。

 ココのそばに居られることは嬉しいので、シェイラは大きく返事を返した。

 するとさらに大きな動作で撫でられてしまい、乗っていたココは揺れに耐えられなかったのか、手の中から飛びたち、ソウマの周囲を怒ったように飛び回った。


「きゅー!きゅう!」

「はいはい。悪い悪い。お前の大事なシェイラに乱暴はしないって」

「…!ソウマ様、ココの言葉が分かるのですか!?」

「え?あぁ、そうか。人語を話すのは人型になれないと無理だし、念波での会話もまだ出来ないのか。ちっさいと人間との意志疎通に苦労するなー」

「あら。でもそろそろ人化の術をつかえる頃でなくって?」


 クリスティーネがそう指摘したとき、窓から光の筋が降ってきた。

 その眩しさにシェイラが思わず窓越しに空を見上げると、雲の隙間から日が差し始めている。

 どうやら通り雨だったらしい。みるみる間に太陽が顔を出していく。


(この分だと今日はもう一度日向ぼっこができるかもしれないわ)


 覗きつつある空の青い色に、シェイラがそう思いつつ会話に戻ろうとココへと目を向けた。


 するとなんと、日の光を浴びたココの体が淡く光っていた。


「ココ?!」

「お?」

「あら。噂をすれば丁度……」


 ソウマとクリスティーネは、宙に浮いた状態で光るココを見ても動揺さえしていない。


 慌てているのはシェイラ一人だ。


(ひ、光ってるのに……!)


 どうしてそんなに平然としていられるのだと、出来ることなら叫びたかった。


 生き物が発光するなんて、普通に考えて相当おかしなことなはず。

 驚くのも、慌てるのも、当たり前のはずだ。


「光ってますよ?!竜って光るものなのですか?どどど、どうすれば!」

「放っておいて大丈夫だ」

「そんな……!」


 あまりに呑気すぎる反応に、シェイラは思わずソウマに責めるような視線を向けてしまう。


「成長の一過程ですわ。慌てなくても、もう終わりますわよ」


 クリスティーネに言われて、視線をソウマからココへと移す。

 すると本当にココを包む光は目に見えて薄くなっていっていた。

 しかしシェイラは、ほっと息を撫で下ろすことは出来なかった。


 何故なら、光の中から現れたのはシェイラの見知ったココではなかったから。




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