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竜の卵を拾いまして  作者: おきょう
第一章
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竜の卵を拾った日①

 ストヴェール子爵家では10日に一度、雇っている料理人を休ませて長女のシェイラが厨房に立ち家族の食事を作る。

 それはお菓子作りや料理が好きな彼女が、おいしいと家族に褒めてもらえることが嬉しくて、自発的にやっていること。



 今日も朝早くに厨房に立ったシェイラは、傍らに置いたカゴから取り出したニワトリの卵をリズムよく次々と割っていた。

 木製のボールの縁に当てて亀裂を入れ、片手で簡単に割ってしまう。

 殻をひとかけらも紛れさせずに手際よく動かすその所作が、彼女の料理の腕前を表していた。

 背中の中ほどまで伸びるのは、北国生まれの祖母から受け継いだ美しい白銀の髪。

 くせひとつない真っ直ぐなその髪を幅の広い薄桃色のリボンで1つに束ね、普段着用のドレスの上からフリルのついたエプロンを付けていた。


「今日は卵売りが来たから、特大オムレツね。あとはスープとパンでいいかしら」


 また一つ卵を掴んで、シェイラはそんな独り言を言う。

 しんと静まり返った早朝の空気の中では、小さな呟きさえもやけに大きく響いて聞こえた。


 買ったばかりの卵はまだ少しの温かさを残しているから、きっと生みたてなのだろう。

 これで作ろうとしているのは、細かく切った野菜を混ぜた、大皿から溢れるほどの大きさのオムレツ。

 個々に分けて作るよりも手間が少ないし、何より他では見られないほど大きなオムレツは見た目も楽しい。

 ストヴェール子爵家では大人気の朝食メニューだった。


(父様と母様はしばらく領地に出かけていて留守だから、今日はジェイク兄さんとユーラの3人分)


 シェイラの故郷でもあるストヴェール子爵家の領地は、北の地方にある。

 農業と放牧が盛んな平原が続く土地で、本邸もそこに置いてあった。

 しかし主である父が王の招集により一昨年から数年間は王城で勤めることになった。

 地方の貴族達をこうして国政に関わらせるのは、より広い意見を取り入れようとする国王の方針だった。

 王城で役職についている間、領地の管理を任せることにした長男以外の家族は、王都にある別邸のこの屋敷で住んでいる。


 そして父が今回長期休暇を取れたことを機会に、父と母は領地の様子を見にストヴェールへと帰っていた。


 今この首都にある方の家に残っている家族は、次兄のジェイクと妹のユーラとシェイラの3人だ。

 未だベッドの中で眠っているだろう彼らの顔を思い浮かべながら、シェイラは慣れた手つきで次々と卵をボールへ落としていく。



 ――――ゴンっ!!



「……え?」


 ボールの角に卵を当てて亀裂を入れようとした卵が、有り得ない鈍い音を出した。

 シェイラは驚いて手の中の卵に目を落とす。


「なんだか重いし…暖かい…?」


 よくよく確認してみると、他の卵とは見た目は同じでも重さと暖かさが違った。

 見ると卵の中にはみっちりと固形物が詰まっていたようで、割るためにボールの縁にぶつけたのだから、当然おおきな亀裂が入っていた。


(新鮮な卵だと思っていたのに、もしかして日がたっているものも混ぜて売られてしまったのかしら。凄い音がしたし…こ、殺してしまったかしら…)


 命を奪ってしまったかもしれないことに青ざめた直後、わずかに卵が震えたのに気付いてほっと息をなでおろす。


「……生まれ、そう?」


 もともと生まれる直前だったのか、シェイラが乱暴にしてしまったせいなのかは分からない。

 けれど今手の中にある白い卵の中からはパリパリと小さくくぐもった音が聞こえた。

 殻を通して、手のひらに振動が伝わってくる。

 じっと観察してみると、中の生き物が徐々に小さな亀裂を大きく広げていっているようだ。


「こういう時って動かしてもいいのかしら」


 シェイラがどうしようかと悩んでいる間にも、手のひらの上にぽろぽろと殻ははがれ落ちていく。


「あ」


 殻に穴が開き、すぐに二つに割れた。


 おそらく雛だと思われるものが、割れた卵からはい出してきた。

 それを見たシェイラは、内心の困惑そのままに眉をさげる。


「ニワトリの雛ではなかったの?」


 手のひらサイズの白い卵。どこからどう見てもニワトリの卵。

 卵売りもニワトリの卵として売っていたのだ。

 だから生まれてくるのはもちろん黄色い毛をまとった小さな鳥の雛だと思っていた。

 なのに卵の中から出てきたのは、赤くて小さなトカゲのような生き物。


(トカゲにしてはやけに丸々としていて、よく見ると背中には小さな蝙蝠みたいな羽まであるし…)


 頭部の両脇から生えるシェイラの小指の爪ほどの大きさもない乳白色のツノ。

 指先に栄えた尖った爪に気が付けば、この国に生まれ育った者ならこれが何なのか嫌でも分かる。


「…………竜?」


 シェイラの口から出たのは疑問形だったけれど、間違いなくこの生き物は竜の幼体だ。


(竜って、もの凄く貴重な種族だったはず。どうして鶏の卵と一緒に混ざっていたのかしら)


 混乱している間に、艶のある赤いうろこに覆われた竜がシェイラの手の中でころりと転がって仰向いた。

 どうも寝返りがうまくいかないみたいで、手足を必死に動かして足掻き続けている。

 さながらひっくり返った亀のような動きをする手の中の生き物を、シェイラは呆然と見下ろした。

 『全身赤色に見えたけれどお腹の部分だけは白色なのね』なんて、どうでも良いことを思うくらいには動揺している。

 少しのんびりしたところがあると指摘されることのある彼女は、こんな時も反応がゆっくりだった。



 …竜は人と共に共存なんてしない。

 彼らは山や谷の奥深くで、ひっそりと集団で生きている生き物だ。


(何をどう間違えたって、ニワトリの卵と一緒に売られていたなんておかしいわ。そんなの聞いたことないもの)


 唯一の例外が人との共存の有り得ないはずの竜に選ばれ、竜と共に生きること契約を交わした竜使いと呼ばれる人たち。

 しかし彼らもシェイラのような普通の人間から見れば雲の上の人。

 国の頂点近くに立つエリート中のエリート集団だ。

 シェイラが竜を見る機会は、それこそ祭りの催し物での国民への公開演習で、空を飛ぶ豆粒大のものを地上から眺める機会しかない。


 それなのに。

 ただ子爵位をもつ貴族の娘と言う程度の肩書しかないシェイラなんかが一生関わるはずのない希少種の竜が今、手の中で孵ってしまった。

 これは相当な大ごとなのだと、混乱から解けかけているシェイラもやっと理解が出来た。


「どうすればいいのかしら。えぇーっと……」


 とにかく竜なんて希少なものを持っていたってどうしていいか分からない。


(飼うなんてとんでもないことは出来るはずもないし)


 なぜなら竜は大人になれば20m近く。大きい個体だと30mほどにもなるはずだから。

 子爵家でどうにか出来るような大きさではない。

 庭には入るだろうけれど、自由に駆け回らせるのはさすがに難しいだろう。

 見たところ火竜だから火を操るはずで、屋敷を燃やされでもしたら適わない。


「お父様もお母様もいないし……っ、そうだわ。王城に届けましょう。王城には竜の扱いに長けた竜使い様が居るはずだもの」


 竜使いはもちろん、竜に関する研究者なども集っているはずで、彼らに任せればどうにかなるだろうとシェイラは思った。


「たとえ直接竜使い様に会うことが出来なくたって、王城で保護していただけるはずだわ」


 国は竜を手厚く保護しているから、手放しで受け入れてくれるだろう。


「きゅっ?」


 手の中の生き物を手放すことをシェイラが決めた途端、竜の子が初めて小さく鳴いた。

 可愛い産声に思わず見下ろすと、零れ落ちそうなほどに大きくてつぶらな赤色の瞳を潤ませて、シェイラの顔をじっと見つめている。

 いつの間にか寝返りに成功していたようで、四肢は手のひらに付いていた。


「そ、そんな目で見ないで。お願いだから。別にあなたを捨てようって言うのじゃないのよ。しかるべき場所に届けてあげるだけだから、ね?」


 通じているかどうか分からないけれど、シェイラは慌てて説明をした。 

 生まれたばかりなのだと思えば、自然とまるで人間の赤ん坊か子猫にでも話しかけているみたいな甘さをふくんだ声音になってしまう。

 その優しい声に安心したのか、竜の子はまた『きゅっ!』と一声ないて、全身をシェイラの手のひらへと擦り付けて甘えるようなしぐさをする。


「きゅっ、きゅ!」

「うぅっ…」


 さらに上目使いでみつめられれば、可愛い者に目がない年頃の少女がときめくのは当たり前。


「……ううん、でも私の手に負えるものではないもの」


 無垢な子供の視線ほど、心臓に悪いものはないなとシェイラは痛感した。







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