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彼の剣と彼女のペン  作者: あびす
第三部・謀略の網
15/22

#12

~ヴェミオ軍陣地




 空気の軋みに、最初に気付いたのはファキオだった。見回りの足を止め、暗闇に目を凝らす。

「どうした、ファキオ」

「奇襲だ」

「何ィ!?」

「飯は中止だ! 各自迎撃態勢を取れッ!!」

 ファキオの号令で、今まで和気藹々としていた陣中が急にざわめき始めた。

「若僧が、小賢しい真似をしやがる」

「破天荒な奴か。確かにな。返り討ちにするぞ、マルク!」

「合点だ」




~ヴェステア軍・アルス隊




「連中、流石に防御が早いねぇ」

「ハナっから楽勝なんて思ってねぇよ。突っ切るッ!!」

 黒い鎧に身を包んだブラックフェンリルが駆ける姿は、さながら黒い風のようだ。その後ろにヴェステア騎兵が続く。

「いいか、敵さんには構うな! 邪魔な奴だけを殺ればいいッ! 目標は物資だ!!」

 迎撃態勢についたヴェミオ軍から、ぽつぽつと矢が射かけられる。だが、奇襲で混乱しているのか、それはまとまった量ではなかった。

「気にすんな! こっちからもお返ししてやるぞ!」

 ブラックフェンリルは騎射用の小型弓を取り出し、火矢の準備をする。遊牧民が母体であるハイランド帝国を除くと、この大陸には騎射を行える騎兵はそうそう居ない。それがブラックフェンリルを精鋭たらしめている所以だ。

「アルス、準備できたぜ」

「おう。射撃開始ッ!!」

 ブラックフェンリルは一斉に火矢を射かける。折からの乾燥した空気にも助けられ、火の周りは早かった。その隙にアルス達は離脱する。

「どうする? もう一回行くかい?」

「いや、連中、防御の構えに入ってた。もう一回は奇襲にならねぇ」

 アルスは馬を止める。こちらの損害はほとんどないが、アルスはヴェミオ軍が防御態勢に入っていたのを見逃さなかった。こちらは小勢だ。再度の攻撃は自殺行為であろう。

「動きが早かった。流石はファキオってとこか」

「確かによく訓練されてたねぇ」

「今日はこれで終わりだ。だが、夜中に何回か攻めるそぶりは見せるぞ。遠くからはるばる来たんだ。歓迎してやれ」

 今夜はヴェミオ軍には眠れぬ夜になろう。嫌らしいとは思うが、これも戦争。悪く思われるのは心外だ。

「さてと。ユリウスの旦那はどう動くかね」




~翌日・ヴェミオ軍陣地




 ファキオは不機嫌そうな顔で目を覚ました。無理もない。昨晩は数時間おきに攻めるそぶりを見せられ、何度となく眠りを中断されていたのだから。

「おはようさん。入るぜ」

 ファキオのテントにマルクとアルフレッドが入ってくる。二人とも浮かない表情だ。

「おはよう。……その顔だと、いいニュースじゃないだろうな」

「脱走兵がな……。数は百人もいないが、陣中に嫌なムードが漂っている。どうにも士気が上がらん」

「脱走兵か……。無理もないか」

 ファキオとマルクは歴戦の指揮官である。だが、率いている兵士は違う。長年共に戦ってきた精鋭も居るが、ほとんどは海賊程度しか相手にしたことのない、もしくは実戦経験のない兵士だ。初めての組織だった戦闘に、恐怖を覚えてもおかしくはなかった。

「散った兵士を再び呼び戻すのは難しいことだ。……行軍を再開する」

「カルルに罠が仕掛けられてないといいですが……」

「夜襲なんて小賢しいことを考える奴だ。罠の一つはあるだろうな」

「失礼します」

 衛兵がテントの中に姿を見せた。

「地元民が、伝えたいことがあるとのことですが……」

「ああ。通してくれ」

 ほどなくして、地元民の女性が入ってきた。絹めいて長い黒髪に、どこか物憂げな瞳。

「あ、あの、昨日の夜のことなんですけど……」

 緊張しているのか、女の表情は神妙なものだ。

「あの、ヴェステアの兵士さんが、林に入っていったんです……」

 林にヴェステア兵。何か仕掛けたか。それとも伏兵か。いずれにせよ、罠があるのは確実か。

「何をしていた?」

「あ、あの、そこまでは……。私、カルル峡谷の中に住んでるので、巻き込まれないか不安で……」

 この女がここに現れたのも天祐か。ファキオは神に感謝し、女に小さな金袋を渡した。

「よく教えてくれた。これは少ないが、取っておいてくれ」

「あ、ありがとうございますっ!!」

 女は何度も頭を下げると、テントから出ていった。

「……ファキオ、今の女の言うこと、本当だと思うか?」

「さあな。だが、罠がある可能性は高い。昨日の連中の動きも気になる。早足で抜けるぞ」

「了解した」


 先程ファキオのテントを訪れていた女は、縛っていた髪をほどきつつ、金袋をお手玉していた。

 ファルミアである。

「さて、あたしのお仕事はおしまい。お小遣いももらったし、美味しかったわねぇ」

 この情報で、ファキオは罠があることを確信するだろう。それによって行軍速度も変わるはず。

 確かにカルル峡谷には伏兵がいる。アルヴィンが率いる百人ほどの伏兵が。彼らの役割は驚かすだけ驚かすこと。これで行軍速度が速まれば、決戦時に有利に働こう。

「リーンさんも嫌らしいことを考えるわねぇ。ま、あとは戦争屋さんのお仕事」

 ヴェステア軍本隊は、カルル峡谷の出口に布陣を終えていた。

 少しずつ、決戦の舞台は整い始めていた。




 カルル峡谷は崖と林、そして川に挟まれた、細い道だ。いくらでも伏兵を仕掛けられる場所であり、そしてヴェステアに続くただ一つの道である。この地の存在が、ヴェステアの防御力を高めていた。

 そんな細い道を、ヴェミオ軍は早足で行軍する。峡谷は異様に静かであった。音とすれば行軍の音だけ。

 だが、ファキオは警戒を緩めていなかった。この地に罠を仕掛けぬ道理はない。すでに半分ほどを通り過ぎているが、ここまで罠はなかった。だが、進むことも戻ることもできぬ中間地点は、最も危険な場所である。

 ふと、林がざわめいた。それも、動物などではない。一軍が潜んでいるようなざわめき。もしや、あの女が言っていた伏兵か。

 そして、鬨の声。やはり罠があったか。

「やはり罠かッ!! 全軍襲歩しゅうほッ!! 全速でカルルを抜けるッ!」

 ヴェミオ軍の速度が上がる。襲撃時の速度。これでの行軍は急ぎすぎといえよう。

「ファキオ、急ぎすぎじゃねぇか?」

「構わん! ここで包囲されるのは避けたいッ!!」

 細い道での伏兵。それによる奇襲。王道の戦術であり、それがもたらす被害は大きい。ファキオが急ぐのも無理はない。

 だが、ファキオは敵の兵力を過剰に評価していた。何せ、伏兵はアルヴィンの率いる百人と、ブラックフェンリルだけなのだから。

 戦術の常識と、偽情報。それがファキオを怯えさせていた。


 ヴェミオ軍はカルル峡谷の出口へとさしかかった。あれだけ危惧していた奇襲はなかったが、兵の疲労は大きい。

「ファキオ、ここらで休息したほうがいいぜ。兵士が疲れてる」

「……ああ。全軍速度落とせ!」

 ファキオは通常の行軍速度に落とす。どうやら無事に抜けられそうだ。思わず安堵のため息が漏れる。

 だが、それは駆け込んできたせっこうによってかき消された。

「報告ッ! ヴェステア軍、カルル峡谷出口に布陣していますッ!」

「なっ……」

 まさか。籠城とはブラフだったのか。そして、マシェスがもたらした数々の情報。それらも偽りだったとでも。

「敵将ユリウスが会見を申し込んでおりますが……」

 この期に及んで会見とは。だが、戦の前の会見は受けるのが礼儀である。

「……ああ。受けよう。マルク、時間をもらった。布陣を済ませておいてくれ」

「了解した。……ファキオ。お前がどんな選択をしても、俺は恨まねぇよ」

「……大丈夫だ。お前を裏切るようなことはしない。この名にかけてな」

 ファキオは単騎、ヴェステア軍の元へと向かった。




 ヴェステア軍とヴェミオ軍。それらを背に、ユリウスとファキオは睨み合っていた。ユリウスは予想よりも堂々としている。この若さで、大したものだ。

「フィツール軍代表のユリウス・ギュンターだ」

「ヴェミオ軍指揮官のファキオ・マルディアス」

「マシェスはもう居ない。少々お人好しに過ぎたな、ファキオ殿」

「……なるほど、偽情報か」

 ファキオが歯軋りをする。確かにこちらへ入ってくる情報はあまりにも都合の良いものばかりだった。それでこちらの油断を誘い、奇襲で恐慌を起こさせたと。そして、あの女もヴェステアの手の者と思っていいだろう。

「兵達も疲れているだろう。それにこの状況だ。大将らしい判断を期待するぜ、ファキオ殿」

 ヴェステア軍はカルル峡谷の出口を塞ぐかのように布陣している。ここで戻ろうにも、敵に無防備な姿を見せることになるだろう。それに、先程の強行軍だ。兵士達も疲れている。

「ファキオ様、伝令です! 後方に敵が……」

「……ああ。そんな気はしていた」

 カルル峡谷内に潜んでいたアルヴィンの伏兵と、ブラックフェンリルである。これで退路も断たれた。

「最後通告だ。ここで降るのなら、貴公をはじめとするヴェミオ軍の命は保証しよう。だが、抵抗するのなら、容赦はしない」

 ファキオは再び歯軋りをした。

 この状況では、降伏するのが最良の判断だろう。

 だが、彼のプライドと、ディアスへの恩義が、それを許さなかった。

 今まで数々の戦場で、ナディア帝国のために戦ってきた。そんな自分を引き立ててくれたディアス。ここでむざむざユリウスに降るのは、それを裏切ることだ。そして、己が今まで積み上げてきたものを、歩んできた道を、粉々に砕くことに他ならない。

「……それはできない。貴様のような恩知らずには理解できん話だろうがな」

「残念だ」

 ユリウスが目を閉じる。その直後、ヴェステア軍が槍を構えるのが見えた。

「ファキオ殿、これも戦だ。悪く思うな」

「……その言葉、そっくりそのまま返そう」

 二人がお互いの陣に戻ると同時に、戦闘の火蓋が切って落とされた。レオンとライーザが率いるヴェステア軍が前進を始める。そして、背後の伏兵達も前進を始めた。


 こうなれば、決着はいとも簡単につく。

 強行軍の果てに疲れており、士気も上がらぬヴェミオ軍の戦列はそこかしこで崩れていく。中には槍を交える前に降伏する者もいるほどだ。

「……アル、もう終わりだな」

「マルク殿」

 背後のブラックフェンリルはさすがに強い。もはや後方は保たぬだろう。

「お前は降伏して、生き延びろ。死ぬのは俺達おっさんだけでいい」

「しかし……ッ」

「お前は有能な奴だよ。ここで死ぬのは惜しい。ヴェミオ魂、ヴェステアで見せてやれ」

 マルクが笑いながらアルフレッドの背中を叩いた。

「いいな、俺はファキオを救出する。俺が見えなくなったら、周りの連中と一緒に降伏しろ」

 アルフレッドは唇を噛んだ。何もできなかった。無力だった。その思いが、彼の胸に去来する。

「無駄な殺生をしちゃいけねぇ。これは最後の命令だ。いいな、お前は生きろよッ!!」

 マルクはもう一度アルフレッドの背中を叩くと、ヴェミオ軍の中央へと向かった。

 今、自分にできること。最良の判断。それは――。

 アルフレッドは剣を置く。マルクの最後の命令に従うべく、両手を上げた。

「……我が隊は降伏するッ!!」

 その一言で、ヴェミオ軍の一部、おおよそ千人は命を取り留めた。


 ヴェミオ軍はそのほとんどが潰走しており、残るのはファキオの本陣だけ。だが、彼らは長年ファキオと共に戦ってきた精鋭である。そして、ファキオの適切な指揮もあり、頑強に抵抗を続けていた。

 いつしか睨み合いとなり、ヴェステア軍とヴェミオ軍の距離は膠着状態にあった。だが、そんな状況にレオンはしびれをきらす。

「お前ら、いい加減に終わらせるぞ!! こんなとこで睨み合ってても何も変わんねぇッ!!」

 レオン自ら陣頭に立ち、檄を飛ばす。

「前へ! 前へ!! 前へッ!!!」

 レオンが容赦なく部隊を進める。それが最後の一押しとなった。


「……もはや、これまで」

 後方からの連絡が途絶えた。おそらく壊滅したのだろう。そして、この本陣も長くは持つまい。ファキオは覚悟を決めた。

「ファキオ、無事かッ!!」

 マルクが駆け込んでくる。彼の鎧には多くの傷がついていた。

「……アルは降伏させた。若い奴を死なせる理由はねぇからな」

「そうだな。私のミスに付き合ってもらう必要はない。マルク、お前もな」

 降伏。その行為はファキオの頭にはなかった。それができたのなら、もっと前にやっている。

「……ファキオ、お前の名前を俺に貸せ」

「……何を言い出す!?」

「俺が注意を引きつける。その間にお前は脱出しろ」

「そんなことができるわけがないだろうッ!!」

 ファキオとマルクの付き合いは長い。ファキオが最も心を許す人間。それがマルクであった。

「黙れッ! 俺よりもお前のほうが上だ!! 俺が生きているよりも、お前が生きていたほうが遙かに役に立つッ!!」

「違うッ! お前がいたからこその私……」

 マルクの目配せで、傍の兵士がファキオを羽交い締めにする。

「貴様、放せッ!!」

「自分らもマルク様と同じ考えでありますッ!」

「ファキオ様は生き延びねば!」

「そういうことだ。……ファキオ、世話になったな」

 マルクはファキオに一礼すると、敵陣へと駆けていった。その姿は次第に小さくなり、そして見えなくなった。

「ファキオ様、早く!!」

「マルク様を無駄死にさせるおつもりですか!?」

 マルクの思いはわかる。だが、親友を見捨てることなど、出来やしない。

「もはや前線の陥落も時間の問題ですッ! ファキオ様、ご決断を!」

 だが、ここで自分が悩んでいても、マルクが帰ってくる訳ではない。なら、親友の行為に報いることができるのは、ただ一つ。

「……わかった。私はこれより脱出するッ!!」

 ファキオは僅かな供を連れ、戦場から脱出することを決断した。マルクもそう長くは持つまい。ならば、少しでも距離を稼ぐのみ。

「マルク、お前の命、無駄にはせんッ!!」

 ファキオはとめどなく溢れる涙を拭いもせず、ひたすらに馬を走らせた。




 戦況はほぼ終わりへと向かっていた。ライーザは脱出を図る敵軍の追撃にあたり、残敵の掃討はレオンに任されていた。

「もはやこれまで!」

 そのときだった。敵の中央から大音声があがる。

「我が名はファキオ! 我こそはという者は、俺を討って手柄にしてみせよッ!!」

 ファキオというと、敵の大将か。面白いことをやってくれる。

「……なんだ、予想よりも男気のある奴だな。よっしゃ、お前ら、いったん休憩だ」

「レオン様?」

「わかんねぇ奴だな。お前らは休憩。あのファキオって奴は、俺が相手してやんよ!!」

 レオンは左右の手に握った剣を血振りすると、返事も聞かずに駆け出した。ライーザに見つかったらまた説教されそうだが、それなら見つかる前に終わらせればいいだけの話だ。

 ファキオの周りには、返り討ちに遭った兵士が多数転がっていた。今まで奮戦していたのだろう。彼を囲む兵士は遠巻きになっている。

 ……いや、ファキオにしては体格が良すぎるか。ファキオはもっと痩せているはず。まぁ、なんであろうと問題はない。おとこの死に花を咲かせてやるのが、漢の使命なのだ。

「レオン・ガーシュインだッ!!」

 レオンは名乗りながら、兵の壁を割り、ファキオの前に立つ。

「あんた、本当にファキオか?」

「じゃなければ、どうする? 若僧」

「どうもしねぇよ。あんたが何者であれ、俺は何人の挑戦も受ける。指揮官同士の一騎討ちで、勝負を終わらせようじゃねーか」

 レオンが双剣を構えた。彼の得物は一般的な細身の双剣ではない。その両方とも、フルサイズの片手剣だ。それを同時に二本操れるのが、彼の技量を如実に表している。

「このご時世に、面白い奴だな」

 ファキオも笑い、片手剣を構える。

 少しの間の後、レオンがファキオの懐へと飛び込んだ。右手の一閃からの、流れるような連撃。彼の両腕は別の生き物のように動いており、ファキオは防御で精一杯だった。

「貴様ッ……!」

 ファキオは身を引き、レオンの大振りを誘う。案の定、彼はそれに乗ってきた。だが、速い。そして伸びる。ファキオはそれをなんとか受け流すと、反撃として斬り下ろす。

 だが、それもレオンの心胆を寒からしめるものではなかった。レオンは冷静に左の剣で受けると、残る右の剣で、ファキオの首筋を切り裂いた。

「代理ファキオさんよ、あんたは強かった」

 膝をつくファキオを睨みながら、レオンが残心を怠らない。

「だが、俺に会ったのが、不運だったな」

「……レオンと、いったな……。見事……だ」

「……あんたの名前は?」

「……ファキ……オ」

「……ああ。覚えとくぜ」

 レオンの剣が、ファキオの首を貫いた。ファキオ、いや、マルクが完全に崩れ落ちる。

「敵将『ファキオ』、討ち取ったッ!! これでもまだ抵抗するかッ!!」

 レオンの大音声が戦場に響くと共に、戦の音は止んだ。




~ヴェステア軍・本陣




「やればできるじゃねぇか、レオン」

「何、あの程度は朝飯前だ」

 戦勝にわき返るヴェステア本陣。完勝といえる結果は、彼らに大きな自信を植え付けた。

「でもよ、お前、討ち取ったのはファキオじゃないだろ? 奴はもっと痩せてたぞ。会見の時に見ただろ」

「……そうだったかな? 俺はファキオだと思ったんだが」

 レオンが討ち取ったのは副将のマルクであり、肝心のファキオは取り逃がしていた。矢を射ったという者は少なからず居たが、ファキオの生死は不明。

「まぁいい。金星なのは確かだしな。それよりも、ライーザ先輩に見つかる前に隠れたほうがいいんじゃねぇか?」

「それもそうだな」

 レオンは苦笑し、ユリウスのテントから出ようとするも、ちょうどそのタイミングでライーザが入ってきた。レオンの姿を見るや、彼女の顔に怒りが浮かぶ。

「レオン! お前、また指揮をほっぽり出してッ!!」

 瞬く間に説教が開始され、レオンの背中が小さくなる。勝つことで得られた、よく見る光景。

「いや、先輩。レオンも戦果をあげたんだから、その辺にしてやってくれ」

「ユリウスはレオンに甘いッ!」

 ヤブヘビだったか。ユリウスは肩をすくめ、こっそりとテントから出るのだった。





~ヴェステア郊外




 ファキオは一人、剣を杖代わりにしてようやく歩いていた。鎧の隙間、そして右目にも矢が刺さっている。右側は完全に死角になっており、何も見えない。

 やはり、あのまま死に花を咲かせるべきだった。友を見捨てた逃亡の果てに野垂れ死にとは、あまりにも無様な――。

 いや、敗軍の将には、これ以上の死に方はあるまい。ファキオは自嘲気味に笑い、仰向けに倒れた。

 綺麗な月だ。

 最後に見る光景にしては、悪くない。

 だが、その光景は、一人の少女によって遮られた。覆面を被った、幼い少女。

「……うごかないで。そこにいて」

 少女は覆面越しのくもぐった声でそう告げると、ファキオに上着を被せ、いずこかへと去っていった。

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