〔今にも壊れてしまいそうだ〕
翌日の晩、天井が開いた〔月夜〕の貸倉庫にて。
「そう、です。ゆっくりで、いいですから。焦らないで」
「こ、こう?」
「ダ、ダメ・・・あんまり、動いちゃ・・・」
「ゴ、ゴメン。僕、初めてで・・・」
「大丈夫です。でも、一気に出しちゃ、ダメですよ?」
明りの消えた倉庫でそう会話を交わした一虎と赫夜は、互いをこげ茶と深紅の眼差しで、熱っぽく見つめ合う。
途端、
「よ~し、スト~ップ」
パチン。
その声と同時に照明の電源が入る音が倉庫内に響き、その中心にいたジャージ姿の一虎と、一虎の私服である〔クリムゾ~ン〕と書かれた赤いTシャツと、白いフレアスカート姿の赫夜が露わになった。赫夜が一虎の背を抱くような姿勢で硬直した二人は、眩い白の照明に思わず目を瞑る。目が慣れるにつれ、一虎は近づいてくる影を認識する。影の1人、ストップをかけ、半透明で紫がかった3次元ディスプレイを手元に保持した、黒いスウェット姿の柳児が2人に聞いた。
「今がちょうど無裏のない長さか?」
柳児はそう問いかけて、肯定の頷きを返す一虎と赫夜が両手で保持していた〔抜刀〕を見た。庫内を暗くして見えやすくしていた黄色に輝く刀身は、開いた貸倉庫の天井から空へ向かって斜めに伸ばされており、柳児の影から現れた桧王が続けて言った。
「伸長シタ刀身ノ全長ハ、28.56mデス」
そこに、もう一人、見上げる声が加わった。
「ふむ。つまり、それが一虎と赫夜の攻撃が無裏なく届く〔最大射程〕というわけか」
〔拘束衣〕に身を包んだアインはそういうと、縮み始めた刀身から視線を外して、少し不機嫌な眼差しを一虎と彼に寄り添う赫夜に向け直した。アインの厳しい視線の裏由がわからずに怯んだ一虎は、赫夜の方を振り返ろうとして、
「一虎さん、すみません」
「へ・・・?」
ポフ。
間抜けな音と共に、一虎は背中に赫夜ののしかかる熱を感じて動きを止めた。こういう時に限り、〔男が標準搭載する超能力〕の1つ、〔背中に全神経を集中〕が一虎にも起動。赫夜の持つ、柔らかな双丘の感触を、真の漢として覚醒した一虎の脳が全力受信する。
「あの・・・!?」
声を裏返らせてそう言った赤面の一虎に、しかし赫夜は言った。
「今だけ、今だけは、こっちを見ないで下さい」
「あ、は、はい!」
そこでやっと、
『あ、そうか』
一虎は彼女の行為の意図に気づいた。
つまり、
『〔裏論〕を使ったり、感情が不安定になると、赫夜の顔の罅、深くなってた。でも赫夜は』
赫夜は〔人間〕に憧れている、いや、〔人間〕を目指す〔ジン核〕だ。
だから、
『見られたくないんだ。自分が〔普通の人間〕みたいじゃないところを。〔裏論〕を使って、調子が悪くなるところを』
一虎がそう気づくと同時、1つの印象が蘇る。
〔今にも壊れてしまいそうだ〕。
しかしそんな一虎の思考を遮って、3次元ディスプレイをいじっていた柳児が言葉を放った。
「話を戻していいか?状況を確認したいんだが?」
「あ、ごめ!」
一虎は、そう言って赫夜の身体を感じようとする背中から、慌てて意識を柳児に向け直す。柳児が一度溜息をついて、言った。




