赫夜
その柄は、植物の〔根〕そのものだった。
細く強靭なこげ茶色の繊維質が絡み合うその意匠は、ついさっきそこらの地面から抜いてきたばかりとも見えるほど、瑞々しい土気色だ。次に一虎の目が捉えたのは、柄の根元にある緑。先端が鋭く尖った、細い楕円状の鍔だ。さらに袋から姿を現したのは、これもあるイメージを強烈に放つ鞘だった。
そのイメージとは、
「竹・・・」
若い、青竹だった。これまた今刈り取ってきたかのように、その節には、笹の葉が一枚二枚と生えている。
それらが一体となって織りなすのは、一振りの刀。
そして、
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・光?」
傍らから、深夜の声。一虎は彼女の視線の先、鍔と切っ先の中間地点が光を放ち始めたのを見た。それはまるで一虎を急かすように早く、希望を示すように大きく輝いた。
「抜け、一虎くん」
大和の声に、一虎は刀の柄を握りこむ。一虎の握力に合わせて根の柄が蠢き、吸い付いてくるとさえ感じるほどに形状がフィットする。同時に、一虎の身体の根元、骨とも筋肉ともつかない芯の部分から、何かが刀に流れ込んでいく感覚が生まれる。一虎が持つエネルギー、〔裏力〕が、刀に流れ込んで脈動させていた。そして少年は、一息にそれを抜く。現れた刀身、その材質を見て、呟く。
「これは、竹光?」
その刀は、刀身に、削り出した竹を用いていた。しかし本来飾り以上の意味を持たないその刃はまるで業物の風格を宿し、陽光に似た、温かい黄色の光りを放っていた。輝く刀身と、調和した拵えの美しさに、一虎達の視線が釘づけとなる。なんとか流という、〔ジン核〕を〔武装化〕する〔武装化職人〕の腕の良さが感じられる一振りだった。
だが、
「あ、あれ?これ、ちょっ!?」
一虎の身体から、刀に搭載された〔ジン核〕によってさらに〔裏力〕が抽出され、刀身の光が強さを増し、増し、増す。
そして、
「うわわわのほおおおおおおおおおおおおおおお!?」
慌てる一虎に、大和が言った。
「〔ジン核〕の〔意思〕が、〔化身化〕する!」
言葉に、深夜が蒼い目を見開く。その眼前で、一虎の姿が光に呑まれた。深夜と大和の視界、周辺でまだ混乱の余波に呑まれていた人々の姿が、完全な白に包まれる。続いて〔ドスッ!〕、「げふ!?」という音と声。前者は何かの衝突音、そして後者は一虎の悲鳴と知れた。
光が薄れる。
そこには、
「アナタが赫夜を〔選びし者〕?」
「・・・は?」
左手に鞘、右手に竹光を持った一虎が仰向けに倒れ、その上に白いウサギが幾羽も踊るピンクのパジャマを着た女の子が馬乗りになっている光景があった。
顔を包む長さの、白い髪。尻尾のようにちょろりと首筋にかかる、そこだけ少し長い髪の束。
深く大きなルビー色の瞳。
年のころ、5歳前後と見える、小柄な体躯。
特に目を引くのは、呆ける一虎から見て右側、幼女の顎から左頬にかけて奔る、割れた皿のような罅。一虎が、目を白黒させながら問いかける。
「き、君は・・・?」
すると、
「う~ん?赫夜は〔ジン核〕の〔意志〕だよ?アナタが赫夜に実体を与える〔化身化〕の〔裏論〕を使ったから、ここにいるんでしょ?」
「ん・・・!?」
一虎は、赫夜と名乗る少女の言葉を裏解出来ない。そもそも〔ジン核〕とは、生物の持つ〔裏力〕を抽出し、インプットされている〔変換式〕に応じて、〔裏論〕と呼ばれる様々な現象を起こす〔ただの装置〕であるはずだ。
しかし、
『この子、〔ジン核〕に〔意志〕があるって・・・っていうか、僕がその〔意志〕に実体を持たせる〔裏論〕を、〔化身化〕とかいうそれを使ったって言ってるよね!?』
一虎の頭は、未知の存在と知識、信じられない光景に目を回す。
さらには戸惑いに振り返った視線の先で、
「そういうことだ、一虎くん」
どういうことなのか説明もせず、大和が楽しげに笑っていた。自分が無知だから動揺しているのか、それともこれは大和のような〔裏論使い(ディベーター)〕にとっては普通のこと、些末なことなのかどうかすら、一虎には判断がつかない。
だが、状況は少年を置き去りにする。
「大事にしてね?赫夜を!」
「は、あ、う?」
〔ジン核〕の〔化身〕、その桃色の唇から放たれる名乗りと、満面の笑み。対して、戸惑い、意味のない声を出す一虎。
そして、
「んむ!?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あ」
赫夜と名乗った女の子から、熱烈なキスのプレゼントが贈られていた。微動だに出来ない一虎に、何拍も遅れて深夜がポカンとした声を出す。
直後、少年は親愛を示した赫夜から解放され、
「は?は?はあああああああああああああああああああああああああああああああ!?」
ついに脳のキャパシティを、状況が凌駕した。
あまりにテンパった一虎が両手を振り回す。その拍子に、
ボキ。サァァァ。
「・・・え?」
一虎の手が振り回した刀が地面に当たり、その刃が根元からへし折れた。飛んでいった刀身は中空で粒子化し、消滅していく。
次いで、光景を目で追った一虎と、少年を凝視していた深夜の目が合う。
長い沈黙。
そして、
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・腐れロリコン」
軽蔑の色を宿した蒼眼が、翻弄されっぱなしの少年から逸らされた。