詰問
女は端的に、鋭かった。
シンプルでいて、質の良さをうかがわせる純黒のパンツスーツ。合計で7本、腰に巻かれた帯から下がる、柄とも見える奇妙な棒の列。先端を切りそろえた艶やかな黒のロングヘア。切れ長の、鋭く研ぎ澄ました刃のごとき、深い光を持った黒の瞳。
そして、女の威容に驚く周囲の喧騒とは対照的な、しごく落ち着いた薄紅の笑み(ルージュ)。
そんな、悪い冗談を具現化したような女を前にして、少年はハッと直感した。
『あ、僕死んだね。おお、死んだね』
しかし、
「ああ、心配ない。私は君に死を告げるためにやってきた、スタイリッシュな死神ではない」
「あ、はい?」
全身を彩る、漆黒だけで作られた美と微笑が少年の思考を見抜き、間抜けな返事を返した少年との間にしばしの沈黙が生まれる。徐々に冷静さを取り戻した少年の息が、現実の光景を前にして詰まる。改めて左手だけで校舎大の白塊を受け止めた女を見て、少年の全身からブワリと恐怖と混乱が混じった汗が噴き出す。
だがそんな少年にはお構いなしに、見ず知らずの、恐らくは新入生の保護者らしき女性の再度の質問が飛ぶ。
「君が、竹叢一虎君かな?」
その状況に似つかわしくない質問に、少年はなんとか喘ぐように答えた。
「あ、へ、っと?いや、僕は、タケムラ、カズトラ、ですけど・・・」
しかし、
「む・・・イッコではダメなのか?」
キュッと眉間に皺を寄せ、不満げな声を出す黒の女。だから少年、竹叢一虎は、
「あ、一虎でいいです」
「うむ」
あっと言う間に名前の訂正を諦めた。満足気な黒の女が差し出す右手に促され、引っぱり上げられるように立ち上がる。すると、少年より少し目線が高い黒の女が、彼を引っぱり上げた右手をニギニギと開閉しながら口を開いた。
「随分と軽いな。体重は?」
謎の存在から、入学式が攻撃を受けている。そんな不穏で異常な状況にありながら、女の口はなおも一虎少年に少年自身のことを問いかける。あまりにも余裕に満ちた女の雰囲気にアテられて、一虎も律儀に返事を返す。
「え?あ、53kg、です」
「身長は?」
「160、cmです」
「特技や得意分野は?」
「あ、いや、特に・・・」
「・・・君はよく〔優しいね〕とか〔良いヤツだな〕とか言われないか?」
「は、はあ」
「ふうううううううううううううううううううううううううむ」
「へ、っと・・・?」
唸った女が振り返り、左手で支えた白塊の下に人がいなくなったのを確認。テーブルにコップでも置くように無理のない動作で、ゆっくりとグラウンドに降ろす。次いで女は腕組みまでして考え込む様子を見せ、不安に駆られた一虎の目が泳ぐ。
すると、
「んんんん~。なんというか、君は思ったより・・・」
黒の女が何かを言おうとした、途端、
「緊急戦闘配備。対戦防壁上の〔論裏障壁〕展開レベルはSでお願いします」
拡声器で増幅された、男の声が響いた。次いで、広大な敷地を誇る学舎を覆うように、あらゆる物裏的干渉を防ぐ透明な被膜、〔論裏障壁〕なる防壁が見る間に広がっていく。さらにその展開が終了すると同時に、その被膜の内側にテレビの電源を入れるように四角形の映像スクリーンが出現。半透明の青い画面に、黒いスーツ姿の男が投影される。
どうやらどこかの建物の屋上に立っているらしい、病的に白い肌と不健康そうな眉にかかる程度の黒髪を風になびかせたその男の姿に、
「あれが、裏野最強の・・・なるほど嫌な空気の男だな」
一虎と同じく映像を見上げ、黒の女が嫌悪混じりに呟く。
そして男が、口を開いた。
「初めましての方も多いので、まずは自己紹介といきましょう。私は鎌足縁。裏野高等専門学校、全学年統括主任をまかされております。本日は裏野〔教師陣〕代表として、新入生の〔保護者〕の皆様にお願いがあります」
男、鎌足と名乗ったそれは、白い歯を剥いて上品に笑った。
そして、
「お子様の守護義務の全権を、この場で私に移譲して頂きたい」