教師
汚野を捉えて離さない刃の鋭さを持った大和の眼光は、戦闘狂と呼ばれる黒の女が本気であることをハッキリと示していた。
だから、
「し、私的な決闘は、法律によって禁じられているはずじゃが?」
汚野は大和の真意を測りかねて、そう切り返す。その疑問を察して、大和は言った。
「私は鎌足という、娘を危険の渦中に放置した〔教師〕を、怒りにまかせて切り刻みたいわけではないよ」
戦闘狂という、自分の異名とそのイメージを熟知しているらしい大和が自虐的な笑みを浮かべて汚野の言葉を否定し、スキンヘッドの校長はさらなる質問を送る。
「じゃ、じゃあ、なんで鎌足と戦う必要があるんですかいの?」
「そもそも、〔保護者会〕という組織を構成する私達〔次世代〕の親達が、なぜ自分たちの手で子供達を守らず、〔教師陣〕が守る〔学校〕へ子供達を預けるのか。その裏由がわかるか?」
「そ、そりゃあ・・・」
「この世界、この社会では、〔子供を守れる力を持つ者〕が、子供達の次に重宝され、特権階級とし扱われる。なぜなら子供を身を挺して守る彼らは、人類の存亡を担っていると言って過言ではないからだ。そして、ほとんどの〔保護者〕は、そんな強者ではない。守りたいという想いがあったとしても、力が無ければ子供達を守れない」
腰に下がった奇妙な柄の1本を握り、大和が左手をついて身を乗り出す。
「だからこそ私たち親は、たった1人でも複数の生徒を同時に守り、〔論害〕に対抗することが出来る〔超級の裏論使い〕、〔教師〕に子供を預けている。つまり〔教師〕とは、〔裏論武装〕を扱う〔裏論使い(ディベーター)〕の中でも、〔一騎当千の力を持った特別な者〕ということになる」
だが、と前置いて、大和が笑った。
「私は、鎌足という男の戦闘力に疑問を持った。私達〔保護者〕が、赤の他人たる〔教師〕に、自分の命より大事な子供を預ける。そんな信頼関係に必要な、唯一にして絶対の条件、〔子供達を守れる力〕に、疑問を持ったのだ。そんな男が、幾らこの場で〔実はあの状況も余裕だった〕などと弁明をしても、私には信じられない」
「・・・だから鎌足の戦闘力を確認しようと?現役時代には、先ほど襲撃してきた〔論害〕を斬った男と同じ異名、〔侍〕と呼ばれたアナタ自らの手で?馬鹿な」
余りにも危険な提案に、汚野は首を横に振る。しかし、大和は提案を続ける。
「いいか校長?単純なことだ。私以上の使い手は、私も加入している裏野〔保護者会〕の保有戦力、〔自警団〕にはいない。つまり鎌足が私に勝てば、裏野の〔保護者会〕の最大戦力は鎌足の戦闘力に及ばないということになる」
「それなら、子供達を預けられると?なぜなら〔保護者〕は、〔教師〕が〔強い〕からこそ、子供達を守れるからこそ、命を預けているから?」
「そうだ。鎌足縁は、私より強くないといけないのだよ」
鬼気を帯びた黒の微笑が、汚野を見る。それは〔超級の裏論使い〕たる汚野と鞍馬をして、身の危険を感じさせるほどのものだ。
そして、
「確かに、絶薙さんの提案に乗れば、ワシらにもメリットがあるの。鎌足がアナタに勝てば、〔かの侍・絶薙大和を倒せるだけの裏論使い〕であると証明される。そしてこの社会では、アナタの言葉で言えば、〔子供達を守れる強者の言葉は絶対じゃ〕。誰にも、常に身を挺して子供達を守る鎌足の言葉を、その実力を備えた男を、否定することなど出来なくなるじゃろうな。たとえその行いが、〔暴挙〕と呼ばれるものでも、な」
じゃが、そう言って汚野は続ける。
「その提案は飲めん」
「・・・なぜだ?」
苛立ちの混じった大和の声に、汚野はハッキリと告げる。
「簡単じゃ。アンタらが本気で戦ったら、裏野を中心としたこの都市が滅ぶ。そんなこたぁ、校長として認めるわけにはいかんわ」
汚野の的確な言葉に、大和がギシリと歯噛みする。
やっと凌いだ。汚野がそう思った直後、
「確かに、それはマズイナ。都市が1つ滅ぶなど、どれほどの損害が出るかわからんからナ?」
嫌味ったらしい口調の男の声が、校長と大和の間に投げられた。円卓を占める最後の一団へ、汚野は苦みばしった顔を振り向かせる。
「それに関しては、素直に謝罪しますわ。〔企業群〕代表、立花さん」
「う、わ~、嫌味連発、来ますよ校長~」
鞍馬に囁かれ、頬を引きつらせる校長の視線の先。濃緑のオールバックに白髪を混じらせた壮年の男、立花が、高級スーツを押し上げる腹をさすりながら、部下らしき男から1枚の紙片を受け取る。壮年の男がひとしきり書類に目を通す間、場には沈黙が満ちる。弛んだ頬を笑みに歪ませて、立花が切り出す。