論戦
深夜がそう言うと同時に、その言葉に反応した少女の白い靴が、纏っていた白光の輝きを増す。〔対光〕と呼ばれるその発光現象に呼応するように、締め切られたカーテンによって薄暗い部屋の奥から、もう一つの光。その色は紫。
次いで、苦痛に耐えていた一虎の耳に聞きなれない声が届く。
「〔立証〕。俺は眠い。故に俺は、俺の惰眠を阻むあらゆる者を排除する。〔質問〕は?」
それは部屋の奥から低く通った、若い男の声。加えて段ボールによる追撃が始まった。対する深夜は、あるいはかわし、あるいは中身ごと強烈極まる蹴撃で叩き落とす。背後で段ボールを直接、あるいは深夜に潰されてぶちまかれた中身を浴びて悲鳴を上げる一虎を、深夜とその敵対者は無視。「ちょっ待っグフ!これ飛んでるのヘフ!飛んでるの全部僕の荷もグフ!」という声も無視。『何これ何が起きてんの戦争!?』という少年の内心に応える者もいない。
一虎を置き去りに、状況は進む。
「・・・〔質問〕。あなたは裏校新入生か?」
「〔応答〕。そうだ」
「・・・〔質問〕。あなたは、裏野高校に反抗の意思を持つか?」
「〔応答〕。持っていない」
それを聞いた深夜は飛来した男のモノのシャツをかわし、連続して三つ、言った。
「・・・私は、〔反証〕する」
「・・・あなたは眠いが故にそれを阻むあらゆる者をこの寮室から排除することは出来ない」
「・・・裏校新入生全員に寮室での待機指示が出ている。そこに所属し、反抗の意思がないというあなたは、それに従う義務がある」
すると、うなりをあげて飛んだ布団の束ごしに男の声が応じた。
「俺は〔反論〕する。俺はそれに従っている」
「・・・〔反論〕。同時にあなたは、竹叢一虎の持つ同様の義務を妨害している。これは自らの所属校の指示に対する反抗の意思ともとれる。反抗の意思はないという証言があるが?」
「・・・チッ」
短い沈黙と舌うちを、顔からシャツを引きはがし、布団で盾を作った直後の一虎は聞いた。
そして、
「ならば、あなたの〔裏論武装〕展開に関する〔立証〕、惰眠を貪りたいが故にそれを阻むあらゆる者を排除する、という行為は〔裏校新入生である〕、〔裏校に反抗の意思がない〕という事実を鑑み、〔裏野高校の義務を守った上で〕行われるべきである。そして竹叢一虎を排除すること、また彼の入室を手助けする私と赫夜を排除することは、その範疇を超える。よってあなたは、さきの〔立証〕に基づく〔裏論武装〕の発動・展開・行使は出来ない」
鋭い深夜の言葉が空気を震わせ、
「〔審判〕」
少女の放った決着の言葉に、彼女の白い靴は光り続ける。それに反比例するように、薄暗い部屋の奥に見えた紫の〔対光〕が薄まっていき、消える。
すると、
「・・・わかった。降参だ。今出ていくから、攻撃するなよ?」
敵対者から、渋々といった調子で敗北宣言が示され、
「・・・〔論破〕されたら、しばらく〔裏論〕、展開出来ない。私は弱い人、蹴らない」
どうやら戦いに勝利したらしい深夜が、部屋の奥へと敵対者の登場を促す。
そんな光景に、一虎は布団の盾を降ろして、息を呑む。
『まさか、これが、〔論戦〕?』
〔ジン核〕を用いる者、人間や〔論害〕との間で行われる戦闘、〔論戦〕。今まで実際にそれをみたことがなく、大した知識もない一虎は、一連のやり取りの中で何が起きたのかわからない。
ただ少年は、
「す、ごい・・・」
完全に、魅せられていた。
華奢な身体から超絶的な体技を繰り出し、どういう原裏かはわからないが、〔会話〕によって相手の〔主張〕をねじ伏せ、敵対者の〔裏論〕の展開を停止させた黒髪の少女に。
見事〔論戦〕を制し、謎の敵対者を無力化した深夜の凛々しくまっすぐな蒼の眼差しに。
その存在が全身から放つ輝きを、少年は内心で評す。
『・・・〔キラキラ〕だ』
深夜の眼差しは、すなわち一虎の目指すモノ。
どう表現していいかわからず、そう呼んでいるモノだった。
そんな一虎に気づくこともなく、
「・・・〔質問〕。ただし個人的な。あなたは、誰?」
深夜が、部屋の奥でノッソリと立ち上がった影に、そう問いかける。