展開、裏論武装
紆余曲折を経て辿り着いた学生寮で、一虎は言葉を繰る。
「・・・あの、ホントにどいてくれない?」
「申シ訳アリマセン。本当ニドクワケニハ参リマセン」
一虎は、赫夜に首を揺さぶられる〔形人〕に、再度断られた。
そして、やはり一虎の選択肢は少ない。
『・・・これからずっとではないにせよ、天出雲さんとは近しい状況が続く、らしいし、ここはやっぱり』
「ええっと、どうしたら、いいと思う?天出雲さん?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
一虎の、〔2人で1つの壁を乗り越えれば何か距離縮まるかも作戦〕は、アッサリ失敗した。〔形人〕に背を向けて立つ少年の視線の先、深夜は相変わらずの不機嫌面のまま、腕組みをして目も合わせようとしない。混乱と不遇の嵐に、一虎がげんなりと溜息をつく。
すると、
「イケマセン、赫夜様」
「やだ~!だってここ、イッコと赫夜のお家だもんっ!」
振り返った一虎が視線の先で、新たな状況が生まれた。それは、小さな戦いだった。かたや、寮室の内部に侵入しようという白髪赤目のウサギ柄パジャマ、赫夜。そして左右から抜け出ようと試みる彼女を阻むのは、幼女より少し背の高い、桧王と名乗る木製の異人だ。ことごとく進路を潰され、前に進めない赫夜が丸っこい腕をブンブン振り回して叫ぶ。
「どいてよお!なんでイジワルするのお!?」
「コレガ私ノ仕事デゴザイマス」
「もう!じゃあ泣いちゃうよ!?赫夜、女の子の武器出しちゃうよ!?わ~ん!」
「演算・・・終了。桧王ハ、97.5%ノ確率デ赫夜様ハ嘘泣キヲシテイルト判断シマス」
「計算高い男って嫌いなのおおおお!」
「ちょ、赫夜?」
戸惑う一虎の前で、小さな決戦は舌戦から実力行使へと移行する。罅割れた左頬を膨らませた赫夜が、小さな両手の拳を前に向けて、桧王に突進したのだ。〔形人〕も小さな女の子を相手にした経験がないのか、困惑するようにスリットの中の単眼が赤い光を明滅させる。
「ちょっと!?ダメだって赫夜!?」
思わぬ赫夜の行動に一虎は一拍遅れて止めに入る。明らかに〔裏論〕によって構築された存在である桧王が本気をだせば、怪我をするのは赫夜のほうだ。そう思い、桧王から赫夜を引き離そうとする一虎だったが、彼のほうも子供に慣れておらず、抵抗する幼女へ向けるべき力の加減がわからない。
さらには、
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・カ、カッコかわいい」
小さな戦い、その主役たる赫夜を見て呟く声。思わず一虎が声の主、幼女の雄姿にジトッとした三白眼を見開いた深夜に振り返り、抗議の叫びを上げる。
「た、助けてよ!?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
視線はやはり逸らされて、しかし彼女のそれを引き戻す叫びが一虎の傍で上がる。
「い、行くのフカヨン!赫夜のことはいいから、早く!」
どこで覚えてきたのか、赫夜の芝居がかった叫びがフカヨンこと深夜を振り向かせる。その蒼い瞳は幼女の意味不明な自己犠牲に打ちのめされて潤み、細い首がコクリと頷く。これではまるで、手当たり次第に放たれる拳や足による暴力を赫夜から受ける桧王と一虎が暴漢のようだ。しかしそう感じる被害者2人を完全に無視して、
「フカヨン様!危険デス!オ待チ下サイ!」
深夜は赫夜の尊い犠牲を無駄にすることなく、部屋の玄関に一歩を踏み入れた。
瞬間、少女の髪をサイドテールに結った青いシュシュが残像となって霞む。深夜が重力に引かれるまま膝を折り、通路の奥から高速で飛来したスポーツバッグを頭上にかわしたのだ。必然、バッグはそのまま空を裂き、
「なフ!?」
赫夜を抑えていた一虎が顔面でキャッチし、倒れた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・誰?」
そんな一虎に構うこともなく、低い姿勢で身構える深夜の足元で、白い曇りガラスのような質感の革靴が仄かな白光を帯びる。ふらつく頭を上げた一虎の前で、深夜は明らかに臨戦態勢だった。同時に部屋の奥から、目覚まし時計と歯磨きセットが飛ぶ。呼応するように、深夜の小さな声。
「〔裏論武装・展開〕、〔ヒール12(トゥエルヴ)〕」