万里の長城
一虎を取り巻くこの状況、その中心には黒の女、絶薙大和がいた。
そもそも現状は、一虎の〔ジン核〕の〔化身〕・赫夜の扱いに関して、一虎と深夜に色々と指図してきたことによって出来ていた。
黒の女、絶薙大和は、まず自分の愛娘にこう言った。
「深夜。わかっていると思うが、私は初めて私の手元を離れる赫夜が心配だ。よって四六時中、赫夜を観察し、一虎君に出来ない部分の世話を手伝ってやれ。後日その状態を報告するように」
その言いつけに深夜は〔なぜ自分が?〕という怪訝さと、〔赫夜を観察するということは、このロリコンの近くにいないといけないではないか〕という嫌悪のチラ見を、やっと赫夜の熱烈なキスの混乱から立ち直った一虎に向けた。
しかし、視線を母へと戻した少女は、
「いいな、深夜?」
笑いながら怒るという器用で異様な表情を浮かべた大和に、震えながら首を縦に振った。
このために、一虎の寮室より上の階に部屋がある深夜は、少年の側にいざる負えなくなった。
そもそも緊急戦闘配備における生徒の連携を考慮して学生寮は男女混合制がとられているため、男女が一緒にいることそのものは不自然ではない。だが、母親に頷いた後の深夜からは、不本意からくる苛立ち、不純と共に歩くことに対する拒絶の気配がアリアリと漂っていた。
だからこそ、
「あ、の、絶薙さん?赫夜の観察って、その、僕がやっちゃ、ダメなんですかね?そ、そもそも赫夜って、僕の〔裏論武装〕の〔化身〕なんですよね?だったら、僕が世話しないと。〔化身化〕って〔裏論〕の意味もわからずにサインしちゃいましたけど、僕、絶薙さんに〔ジン核〕貸してもらえるなら、何でもするつもりでしたし・・・」
一虎は、深夜の心情を考慮してそう言った。
すると大和は、マジマジと一虎を見つめ、言った。
「君は、本当に真なる犯罪的幼女趣味、つまり真性のロリコンなのか?」
「え?あ、ち、違います!凄い回りくどい言い方だけど、違います!」
さすがにこれ以上誤解を生むわけにもいかず、一虎は慌てて叫んだ。だが、なぜ深夜が必要なのかがわからず、
「あの、どうして、天出雲さんのお手伝いが・・・?」
と聞き返した。
そして、答えは単純だった。
「赫夜は女の子だろう?それに実体を得たのはこれが初めてなんだ。トイレの世話はどうする?風呂は?着替えは?これから君達新入生は全員寮生活になるわけだが、君は深夜のようにキチンと栄養を考えた食事は作れるのか?」
それに対する一虎の答えも、
「すみません、お願いします」
非常にシンプルなものだった。この間まで実家暮らしで、初めて生まれた都市から出てきて寮生活を送る一虎には、それらの課題はあまりのもハードルが高かった。
「そういうわけだから、君にも協力してほしい。そうそう、〔偶然〕思い出したんだが、君の〔論派〕はとても珍しく、適合する〔ジン核〕は国内でも私しか持っていないんだ。そして私は〔裏論武装〕・〔赫夜〕をいつでも君から返してもらう権利があり、しかし〔裏論武装〕を持たない生徒は裏野高校入学を認められないそうだ。そういう困ったことには、〔これから先〕、なりたくないものだな?」
やんわりと〔次からは即座に素直に命令に従え〕と脅され、一虎は震えながら首を縦に振った。恐らくいつの日か〔次の命令〕も来るのだろうと予想し、少年は身震いした。
「集会があるようだから、私は行くよ。では、赫夜」
そこでやっと大和は心配だと言った赫夜に声をかけた。
そして、
「楽しめよ?」
一虎はその時大和が見せた、寂しげで、不安げで、しかし優しい微笑を記憶に焼き付けることになった。そんな大和に対して赫夜は元気な調子で「うんっ!」と答え、大和は去った。
この一連のやりとりによって、一虎は深夜から、深夜は一虎から離れられなくなった。
だが、一虎を腐れロリコンと見なした深夜と寮へ向かう道中は、
「え~っと」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
左右に校舎と研究棟を挟み、遥か右手遠方に漆黒の中央管理塔を望む街路樹を進みながら、一虎は言った。
「や、やっぱり、今日の〔論害〕の襲撃は、問題になるのかな?天出雲さんのお母さん、凄い怖い顔で行っちゃったし」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「ねえねえイッコ!?モンダイって何!?そこはかとなく麗しいモノなの!?」
しかし、深夜は何も答えず、代わりに赫夜が楽しげに質問する。気まずさから少し沈黙を挟み、仕方なく一虎が幼女に応えようとするが、赫夜はすぐに植え込みに生えた紫や黄色の花々に目を奪われている。逃げ場を失い、さらに迷ってから一虎は再度深夜に話しかける。
「で、でも、考えてみるとまずいよね?人口が激減した現代社会では、人類存続のために僕らみたいな〔次世代〕が全ての中心。その中でも最も優先される〔次世代の守護〕は、〔教師陣〕になるわけでしょ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「そ、それなのにグラウンドのど真ん中に〔論害〕の侵入を許すなんて、4大武装組織のうちの残り3つ、〔保護者会〕や〔企業群〕、それに行政機関の〔政府団〕も黙ってないよね?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「ねえねえイッコ!?ネクストガァドって何!?あたりさわりなく甘酸っぱいモノなの!?」
この深夜の反応に一虎は、
『無裏だろ!?無垢な幼女の愛によって築かれた万里の長城を越えられるわけないだろ!?そもそも会話の内容なんだよ!?この空気並に固いわ!』
いっそ壁に話しかけたほうが会話が成立するのではないかと本気で思った。そのままの調子で一虎達は1年生に割り当てられたマンション風の建物、学生寮へと辿り着いたのだった。