桧王
〔論害〕襲撃から30分後。左右にグレーの扉が並ぶ、埃1つない廊下で。
「現在ココカラ先ハ、立チ入リ禁止トナッテオリマス」
竹叢一虎は、702号室と銘打たれ、部屋の内側に開かれたドアの前にいた。扉の内側では、小柄な〔人物〕が両手を広げ、少年の歩みを阻んでいた。
「いや、でも、新入生は寮の自室で待機って・・・」
言い募る一虎を見つめるのは、赤い単眼。明滅するそれは、木製の円盤状の頭部、その円周を横切るように入ったスリットの中を左右に動く。立ちはだかった〔人物〕が、機械的に合成された無機質な声で応じた。
「ソノヨウデス。デスガ私ハ、柳児様ノ指示ヲ無視スルワケニモ参リマセン」
その〔人物〕の出した結論は、一虎にとってにべもないものだった。円盤頭は赤いスリットの中の単眼をまっすぐに一虎に据え、切り株にしか見えない木製の胴体が胸を張る。黒いゴム質の素材で関節を被膜された、細長い枝のごとき木製の手足が全体で大の字を形作って一虎の寮室への侵入を拒む。まるでキノコに手足が生えたかのような姿形を示すその〔人物〕は、柳児なる人物の指示通り、何人のここを通らせる気がないようだった。
そもそもその〔人物〕は、人間ではなかった。彼を示す言葉が、一虎の背後で小さく漏れる。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・〔形人〕?」
声の主は、蒼い瞳を怪訝に曇らせる少女、天出雲深夜だった。一虎がすぐさま聞き返す。
「あの、〔形人〕って・・・?」
しかし、一虎がそれを言い切る前に、
「ねえねえ!?カタビトってな~に!?やんごとない大人の事情なの!?」
小さな体から驚くほど大きな声を出したのは、一虎の左手が握る、へし折れた刀型〔裏論武装〕から現れた幼女。罅割れた左頬をニコニコ笑顔に彩った赫夜だった。一虎は困った顔で、この場で唯一頼れる相手、深夜にどうしたものかと振り返る。
「え~っと、あの、さ?」
しかし、
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
一虎の視線に気づいた深夜は、サッと顔を逸らすや不信感全開のチラ見を寄越した。あからさまな会話の拒絶に、一虎は苦い笑いを引きつらせる。
『う~ん、なんか、前も後ろも壁だよこれ』
少年は自分の現状を内心で把握し、小さく嘆息する。そして、そんな一虎の意識を現実に引き戻したのは、この状況を作った張本人。〔形人〕なる異人に話しかける白い髪の幼女、赫夜の大声だった。
「ねえねえ、お名前は?アタシ、赫夜だよ!?」
「ワタクシハ、桧王ト申シマス」
「ふ~ん?ヒノキオ?」
「ヒノキオウ、デ、ゴザイマス」
「ふ~ん?じゃあ、どっちでもいいやっ!」
「ジャア、ノ使イ方ニ、ワタクシ若干ノ怒リヲ覚エテオリマス」
『う~ん、いや~、ホントに参ったな』
一虎は、桧王と名乗った〔形人〕をツンツンと突きだした赫夜を見ながら、どうしてこんな状況になってしまったのか、その上で自分がとるべき行動は何かを考えるため、ついさっきあったやりとりを思い出す。