プロローグ
始まりは石の砕ける音だった。
裏野高等専門学校、入学式会場、多目的アリーナ。
開放された出入口の1つ。
新入生と保護者が入り混じった人波に揉まれながら、少年は灰色の曇天の下へと飛び出した。開けた視界に最初に入ったのは、広大な敷地に居並ぶベージュ色の校舎の群れ。それに続いて、同校と提携した企業の研究実験棟の丸い屋根、学生を対象とした商店街の長い影。点在する管理棟が少年の瞳に映る。そして遥か遠く、〔学区〕を円で囲む最終対戦防壁の上で転々と明滅する赤いランプの列が、群衆の混乱を煽って瞬く。
焦りも露わにアリーナから吐き出される人の群れに押され、少年の脚は今にももつれそうだった。しかし、眼前に広がる整備された赤茶色の広大なグラウンドを見て、少年は脚を止めた。
そこには、
「!?」
入学式を中断させた轟音と混乱の発信源、軽トラックほどの白い岩のような塊が、自ら作ったクレーターの中心に鎮座していた。
『一体・・・!?』
少年が思ったと同時、その身体をほんの一瞬だけ、上空から斜めに降った影が覆う。
「え?」
気配に気づき、少年が見上げたと同時。
ズ。
鈍い音が少年の耳朶を打ち、前方、グラウンドに沿って立ち並ぶベージュ色の校舎の一つに、それよりも一回りは巨大な白い塊が落ちた。
「うう、わっ!?」
少年の声を飲み干さん勢いで衝撃波が届き、瓦解する校舎の音と粉塵が周囲に舞い、轟く。たった今、入学式という晴れの舞台を迎えていた新入生達と保護者達の姿が、灰色に煙る。仕事の都合で両親が居合わせなかった少年を守る者はなく、思わず尻餅をついた彼の茶色のボサボサした髪や、黒を基調とし、銀糸で大樹を刺繍された裏野指定制服のブレザーや、紺のパンツも瞬時に白く染まった。
さらに、
「攻撃、だと!?なぜ感知レーダーが反応していない!?何が起きた!?」
声は少年のすぐ側。それは、周囲一体に満ちる混乱に対し、当事者達全員が抱いた疑問を代弁する叫びだった。少年のこげ茶色の瞳は、真新しい青のスーツと灰色の粉塵を痩身に纏う叫びの主、金髪オールバックの青年を見る。しかし、クレーターの中心に在る白塊がその問いに答えることはなく、校舎を押しつぶした2つ目のそれも、物言わず周囲に動揺を広げていくだけだった。
その上、
「避けろおおおおおお!」
「え・・・?」
どこかから上がった悲鳴に反応し、青年から空へと視線を動かした少年は、視界いっぱいに広がるそれを見た。
灰色の雲に満ちた空から降る、校舎と変わらぬサイズの3つ目の白塊。それが、尻餅をついた少年と、彼の周囲に立ち尽くす群衆を押しつぶそうと迫る光景を。
つまり、
「死、ぬ・・・?」
少年は至極正確に、状況から導き出される自分の末路を裏解した。あっという間に、頭の中が真っ白になる。隣で悲鳴を上げた、金髪オールバックの声も聞こえなくなる。
瞬間、
「ふむ。これではゆっくり話せない」
彼の視界を遮るように、横合いからゆっくりと歩を進めた人物がいた。少年に向かう白塊との間に立ち塞がったのは、黒いレディース・スーツ姿の細い背中。先端を切りそろえた黒の長髪を揺らす中年女だった。しかし少年には、見ず知らずの女の行動も言動も、裏解することが出来ない。
ただ、
「あ」
少年は、この女も死ぬのだと思った。
だから、
「・・・え?」
ストン。
少年の前に立ち塞がった女が、少年の目の前で軽く左ひじを曲げて、〔左手だけで校舎サイズの白塊を受け止めたこと〕を、すぐには裏解出来なかった。
しかし、
「・・・うええええええええええええええええええええええええええええええええい!?」
目玉をひん剥いて驚嘆の叫びを上げる少年を、状況は待ってはくれなかった。
「君が一虎君かな?」
「・・・は、は?」
左手で校舎サイズの白塊を支えた女が振り返り、空いた右手で尻餅をついた少年に手を差し伸べる。少年は余計に混乱した。ただ視線だけを上げ、こちらを観察するような女を見つめ返す。