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S8 勧誘逃走


 波乱の入学式の後、一年A組は比較的大人しいクラスとなっていた。

特に大きかったのは不良のリーダーだった須藤の豹変である。クラス委員長になって以来、真面目に業務をこなしていた。まるで本当は学級委員長タイプだったと言わんばかりの生真面目さで、逆に何を考えているのか分からない時があるほどだ。

風貌は変わっていないが、それでも態度は一変していれば嫌でも分かる。不良が率先してクラスを真面目に纏めているモノだから、周囲の皆もそれに釣られて態度は良くなっていたのだ。

入学式後のホームルームの惨状からしてみれば最早有り得ない状況だった。

これも全て相沢朱雀おんなばんちょうの御陰だ。

不良はただ、力を注ぐ方向を間違えていただけで、構成されれば意外と真面目にやってくれるようだ。その矯正者はと言うと、あれ以来喧嘩は一切せず、品行は良くなり、既にその力を聞いた上級生たちが必死に部活勧誘をしているぐらいだった。


 その須藤は最初の体育の授業で行なった体力テストでは学年二位の成績を修め、抜群の運動神経とそのイケメン顔から既に多数の女子ファンが出来たようだ。どうやら初日の喧嘩の悪印象はあの相沢朱雀が相手だったから負けてもおかしくない同情的な雰囲気にもなっていた。ちなみに頭の方も相当良くて入学直後に行われた学力調査試験でも学年四位を取り、弱点は無い事を見せ付けていた。


 そしてその相沢朱雀は体力テストも学力調査試験も須藤を上回る成績で両方学年一位の座に輝いていたのだ。体力テストにおいて一つのクラスがワンツーを取った事で他クラスは愚か、上級生からも一年A組と言えばこの二人の名前がすぐに上がるようになった。

武芸娘は学業の方は程々と言うか良くない人が多い印象が強く、脳筋なイメージもあるがそれを真っ向から否定してくれたようだ。


 そして井上神奈はと言うと。


「と、時任君、助けてください!」

「だから、何を助ければいいんだよ……。修飾語をしっかりと言えと言っただろう?」

「ふぇぇ~」

「……ったく、仕方ないな。ほら、ノート貸してやるからこれ見て英語の授業受けろ」

「あ、ありがとう、時任君……」


 神奈は忘れ物の常習犯と化して、事ある毎に征爾へ頼ってきていたのだ。

成績も下位の方らしく、事有る毎に征爾へとお願いをしてくる。征爾が大体の授業に関して予習していなかったら、神奈はどうなっていた事やらと彼が心の底で思うほどだ。


 そして征爾はと言うと入学直後の実力試験で学年七位を取ってしまい、周囲を寄せ付けない貧相な外見から『根暗インテリ』と言うニックネームが付いてしまったが、神奈の保護者と言う認識もされてしまったため、根暗と言われても余り敬遠されている訳ではない。

ちなみにまだ神奈は征爾以外の男子は愚か、女子に対しても話し掛けられたら泣き始める事があるため、クラスメートたちは手を焼いていた。


 そんな中、学校内ではお祭りのような一週間が始まるのだった。部活動の勧誘だ。この学校は原則として帰宅部は禁止されているので、何処かの部活に入る必要があるのだ。故に各部活の勧誘が激しいのだ。


「ハマは決まっているから良いよな」


 偶然部活探し中に会ったクラスメート、濱野園舜はまのそのしゅん、通称ハマ。征爾にとって彼はクラス内で井上の次によく話している相手だ。人当たりが良い好青年で、別世界に居るような存在に感じる朱雀や須藤に比べると幾分話やすかったのだ。


「良いよな、迷わなくていいハマは。硬式野球部だろう?」

「うん。シニアリーグで投手やっていたからね。でも選択肢が多いのも羨ましいと思うぜ?」


 濱野園は征爾の言葉に対してそう言ったが、征爾にしてみれば無駄に選択肢が多いので面倒なのだ。

個人的には選択肢が一つの濱野園が羨ましく思った。


「須藤さんはサッカー部で、相沢は軍団だと言っていたからな」

「引っ張り凧になりそうな人ほど決まっているなぁ……。って、相沢は軍団なのかよ!」


 軍団とは高校以上の組織には大体存在するもので、何か騒動が起きた時に解決するための交渉役……所謂生徒会や労働組合側の組織のようなモノなのだが、一つだけ異質な事としては『武力』を持っている事だ。交渉が決裂した場合、『闘争』と呼ばれる殺し合いだけを制限した戦争のような戦いに発展するため、闘争を行う軍団は腕っ節の強い人間を引っ張るのが重要になると言うわけだ。

簡単に言えば組織が持つ公にしてもいい『自衛軍』と言った所だ。

なお、軍団は校内に一つだけで、所属すると部活所属免除があるため、参加出来るならしたいものだが、上限が三学年合わせて12名と厳しく、一学年では四名しか選ばれないのだ。先日会った相沢美代先輩が軍団長と言う称号を得ている理由は軍団のトップだからと言うわけだ。


「別におかしくはないだろ、あの相沢なんだし」

「それは同感だな。その上、姉の相沢軍団長がいるから確定事項だな」


 うんうんと二人で納得する征爾と濱野園。何せ、入学式の日に須藤らを一人で無力化した化け物で、軍団長の妹様だ。選ばない方がおかしい戦闘力を有していると言っても過言ではないだろう。性格面では少し問題があるかも知れないが、勝つ事に関しては人一倍強い女だ。一癖あると言われる軍団員には一番似合っているだろう。


「時任って、インテリだけど意外と運動神経が良いからどんな部活でも勧誘されているのかと思ったよ。出来れば硬式野球部に入ってくれれば俺としては助かるが……」

「それは御断わりだな。野球サッカーバスケットテニスバレー。代表的な球技には行かない事にしているんだ。スポーツ自体は嫌いじゃないが、毎日汗掻くのは御断わりだ」


 それだけは最初から決めていた。スポーツは嫌でも目立つし、周囲から軽く敬遠されるために無駄に伸ばした髪の毛は汗を掻くスポーツでは邪魔な事この上ないから絶対に部活ではやらないと心に決めていたのだ。


「そうか、それは残念だ。候補は何があるんだい?」

「第一候補は将棋だな。ルールとかも知っているし。第二候補がチェス、第三候補が囲碁だ」

「代表的な頭を使うゲームばかりだな。流石は根暗インテリと言った所か」

「まぁな」


 濱野園が納得している様子を見て、征爾はちょっと自慢気に頷いた。


「だが、それって三つとも校舎内が受付じゃなかったか?……と言うか文化系は全部、受付は校舎内だったような……」

「ああ、そうなんだが……」


 部活勧誘に関して言うと運動部は外、文化部は校舎内と決まっているのだ。そんな征爾が外の部活勧誘の広間にやってきている事には少し理由があった。


「今、井上から逃げているんだ。俺を強引に料理部に入れようとしやがるから」


 そう、あの神奈が征爾を無理やり自分と同じ『料理部』へと入れようとしていたのだ。確かに征爾は文化部タイプだが、どちらかと言うと趣味嗜好タイプで、文学部タイプで家庭科部のようなタイプではないのだ。神奈に料理部への入部届けを勝手に書かれてしまい、後は征爾の持つ判子を押して提出すればいいだけの状態となっていたのだ。


「時任、お前も大変だねぇ」

「と言う事で俺の隠れ蓑に協力してくれないか、ハマ?」

「……残念だが、それは出来ない」

「え?」


 クラスメートから溢れた否定の言葉に征爾は驚きを隠せなかった。濱野園はこれ以上無い最高の笑みを浮かべて此方に構えた。


「ここだぁ、ここに『時任』が居るぞ、井上!」

「え?何処ぉ?」


 そこには丁度神奈が校舎から出てきた所だった。もう残された選択肢は一つしかない。


「この裏切り者がぁっ!」


 征爾は脱兎の如く、濱野園と神奈の前から逃げ去った。




 征爾は逃げる事を最優先したため、何処か自分でも理解出来ない場所にたどり着いていた。


「ここは……校舎外れ、と言うことは軍団舎か?」


 一際立派な建物と、近くにある幾つかの道場。学校の中でもこんなモノを有していられるのは『軍団』以外には考えられなかったのだ。

軍団舎――化け物の居着く魔窟――そうまで言われるここには何でもあった。

最高の環境に加えて数々の偽武器レプリカ。ここに近付いたら偽武器レプリカ実験台えじきにされてしまうと言う噂もあるぐらいだ。


「ここらへんなら隠れる事も難しくはないはずだ……。どこか隠れるのにいい場所は……?」

「あら?珍しいですね。部活勧誘中にこんな所へ人が来るとは」

≪ビクッ!≫


 聞き覚えのある声を掛けられてつい、反応してしまう。


「あ、相沢軍団長?」


 振り向いた先には眼鏡を掛けた美しい女性が立っていた。


「えっと貴方は……。そう、時任君でしたか?」


 始業式の日の出来事を覚えられていたらしく、征爾は名前で呼ばれた。


「あ、はい。そうです」

「でも何でこんな所に来たのですか?軍団舎は魔窟と言われているほどだから普通の生徒はあんまり近付かないのですけど」


 そう魔窟のあるじが言ってきた。主がそんな事を言ってもいいのか、と征爾は思ったが、考えてみれば化け物が集まる場所なのだ。


「あ……、友人の部活の誘いを断ろうとしているのですが……。自分の趣味にも合わない部活だったので拒否するために逃げ回っています。今は知り合いが居ない場所を探している最中でして……」


「なるほど。確かに軍団舎の中なら新入生は殆ど誰も来ないだろうけど……でも、それは感心しないわね」

「それをどうか!」


 俺は微妙な顔をされる美代先輩に両手を併せて頭を下げて頼み込んだ。始業式の一件もあるので、拝み倒せば何とかなると思ったのだ。

 

「まぁ、いいか。妹を監視に付けるので良ければいいわ」

「あ、ありがとうございます……って、妹?もしかして……?」

「もしかしなくてもあたしよ、時任君」


 相沢軍団長の後ろにいつの間にか居た朱雀が話し掛けてきた。


「うげっ!」


 ついつい俺は彼女を見て構えてしまう。以前、踏み付けられた印象が残っている事に加えて、クラスメートであるため神奈の手の者なのでは、と身構えてしまったからだ。攻撃してこない事ぐらいは理解しているのに。


「安心しなさい。あたしは話を知っているだけで井上さんには加担していないから」

「そ、そうか……」


 征爾は胸をなで下ろした。この化け物が相手だと冗談抜きで逃げ切れる自信が無かったのだ。敵では無い事が分かっただけで腰が抜けかけたが、何とか立った状態を維持できたので、その事はスルーする事にした。


「それよりも朱雀。彼の事、少し教えてもらえるかな?」


 安堵した所で、相沢軍団長が朱雀に征爾の事を問いただした。前に直接会った時は礼儀を正していたから、軍団長も征爾の本質を掴めなかったのだろう。


「ただの無気力なクラスメートで友人が一緒に入ろうと言ってきて逃げ回っている臆病者チキンです」

「相沢、そんな言い方は無いだろ……」


 俺は脱力感にさいなまれた。事実だから反論出来ない。確かに無気力で逃げ回るような事をしているけど、チキンとか言わないでくれと心の中で思ったのだった。


「そして、理解不能な高速行動が出来る人物です」

「……っ!」

「高速行動……?」


 征爾は突然の言葉に動揺した。だが、動揺したのは征爾だけじゃなかった。同時に相沢軍団長も驚いていたのだ。


「入学式の日に井上さんを超高速で助けたのを見ました。本当に速かったので顔を確認出来たぐらいでしたが……」

「………………」


 征爾は冷や汗を掻いていた。『見えるハズがない』、そう踏んでいた事がバレていたのだから。時間にして百分の一秒にも満たない程度。常人には一瞬だけ見えるだけで判断しきれないほどのスピード。アレが見えた人間は確かに『高速行動』と見受けられるだろう。


「でも、時任君は普通の少年ですよね?身体的な優位も特殊な気の流れも感じませんね。……魔術でしょうか?」

「ま、魔術なんて教えてもらったこともありません!」


 こんな所で嘘を言っても仕方ないので、そう告白する。確かに、征爾は魔術を誰かに『教えてもらった』事は無い。だが、独学で勉強したため、多少は理解しているし扱う事は出来る。だが、初歩の初歩しか使えないので彼女たちにとっては使えないも同義だろう。


「だから、始業式の日に襲って暴こうとしたんだけど……」

「………………」


 征爾はようやく納得した。朱雀が何故、始業式の日に征爾を気にしていたか。『謎の力』を暴こうとしたのだろう。だが、無抵抗な征爾とその行動を暴力と見た美代によって止められてしまったのだ。


「魔術でないとなると……残る可能性は薬かそれとも『現人神』か……ね」

「………………」


 征爾の額に一筋の汗が流れた。

≪ここで彼女たちを無理やり潰すか?≫

征爾はそう考えたが、優れた力量を持ち、『あの人』の血縁者である可能性の方が高い彼女たちを潰すのはリスクの高い行為とも言えた。だが、考えるだけで時は過ぎていくばかり。平常を保とうとしても、脈拍は急激に上がって体温も急上昇している。普通の人には気付かれないほど――嘘発見器で十分見破れる――だが、目の前にいる二人は常識外の軍団所属者。


「どうやら当たりみたいね、時任征爾?」

「……外でする話じゃない」


 征爾は、最早言い逃れは出来ないと悟ったが、流石に誰かが聞いているような外では話したくなかった。


「分かりました、時任君。君を一時的に軍団舎の中へ案内しましょう」

「……申し訳ありません」


 匿ってもらえるよう交渉するはずが、正体の隠匿に失敗したため、征爾としては最悪の状況となってしまったのだった。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



本名:濱野園舜(はまのそのしゅん)

称号:気のいいクラスメート


元は須藤の不良グループの一員。朱雀に顔を鷲掴みされ、魔術を解いて貰った後に殴りかかったのも彼。

中学時代は野球部に所属しており、シニアでピッチャーをやっていた事もあって、運動神経は相当なモノ。


馬鹿だが、周囲の事はよく見ており、時任の才能に朱雀とは別の方向から気が付いた人物。

よく居るお馬鹿キャラで気の利く友人的ポジションだが、クラスに置ける時任の受け渡し役的存在になっている。

話が中々進みません・・・。

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