S2 入学式
四月二日。
日本でこの日は新しい年度の始まりの日であり、今河橋高校も新たな学生たちを受け入れる入学式の日だった。
時任征爾は歩いていた。
その体をこれから通う高校へと向かわせるために。
道には沢山の淡い紺色のブレザーを来た少年少女が歩いていた。
おそらく……と言うか間違いなく征爾と同じ今河橋高校に向かう生徒たちだ。
少年少女は一喜一憂しながら学び舎の門を潜っていく。
これからこの学校で新たな仲間を作り、物語を築き上げて行くのだろう。
そんな少年少女の中には一人ほど非常に危なっかしい少女がいた。
二つに分けられた淡い栗色の髪の毛は背の低さを誤魔化すために触角のようなツインテールになっていた。
だが、そのツインテールは明らかに右へ左へと大きく揺れている。
ただ歩いているだけなのに大きく揺れるその髪は彼女の歩みが変である事を体で表していた。
(おいおいアイツ、道の方へ倒れそうじゃないか?)
そう思って様子を見ていたら、体が右へと傾いていき、道路へとはみ出していく。
しかもそこにトラックが走ってきている。
「危ない!」
周囲からそのような声が聞こえるが時は既に遅し。
普通なら回避出来るはずも無い、見たくも無い未来をそこにいる皆が思った。
入学早々血の色なんて見たい訳がない。
(仕方ない、これも人助けのためだ!)
征爾には止むを得ず、力を一時的に解放する事にした。力を行使するには魔術を使用するような詠唱なんて要らない。ただ願えば良い、自己暗示すればいい。
『時が止まれ』と。
≪『時操作』展開≫
そして征爾の周りの世界は唐突に鈍くなった。
世界が鈍くなっただけで、時が完全に止まった訳では無い。
ただ、時の流れが征爾以外の存在全てにおいて遅くなっただけだ。
どれぐらい鈍くなったのかと具体的な数字を言うと百分の一ぐらいの速度になっている。
転倒した少女に迫るトラックは横へ徐々にスライドするように動いている。
だが、そのスライドは遅々としたもので、子供や老人の歩みよりも鈍い。
そんな中、征爾だけが普通に動けた。
「この少女を強引に退かせれば良いか」
征爾は彼女の肩を掴んで横へスライドさせた。持ち上げるのではなく、横に移動させるだけ。時をほぼ止めているため抵抗も強く無いので簡単にスライド出来た。
小動物のような少女は見た目通り、非常に軽かったのもあって作業は一瞬で終わった。
そして、征爾は違和感が出ないよう元いた場所へと戻った。
征爾にとっては十秒程の時間だったが、普通の人にはゼロコンマゼロ一秒にも満たない時間。
非常に目が良い人でなければ征爾の動きは捉えられないぐらいの速度になっているのでそれが見えた人は多分居ないだろう。
(人間の目で『追える』限界速度は十六分の一秒が限度だと言われているからな。反応速度となるともっと遅い)
前後の動作を含めればどのような動きをしたのか見切れる事があるらしいが、それでも三十分の一秒が限度だ。
十秒秒以内なら捉えられる筈が無い、そう踏んで征爾は能力行使し、少女の救助に成功したのであった。少女は轢かれずに済んだが、道端に倒れてしまった。彼女を轢きかけたトラックも急停止して運転手が慌てて駆け寄っていた。近くにいた新入生たちも続々と近付いていた。
「ひ、轢かれずに済んだみたいね」
「おい、誰か学校の保健室に連絡してやれよ」
「そ、そうだ。担架だ!」
野次馬は少女が助かったと言う『異常』を感じつつも、倒れている少女を介抱を優先していた。普通の人々は理解出来ない現象は無視する。そんな些細な異常よりも倒れてしまった少女に気を取られてしまうのだから。
生徒たちはその少女を助けるために人を呼び、保健室から担架を持ってきていた。学校の保健室に運ばれたのならこの場は一件落着だろう。
「バレていないな、良し。……それ以上は知った事か」
既に沢山の生徒たちが周囲にいる以上、彼女は大丈夫であるのは分かりきった話である。これ以上面倒を見ると流石に怪しまれかねないので、征爾は状況を見ようとする野次馬の合間を抜けて学び舎の門を潜っていくのだった。
予想外の事態に巻き込まれはしたが、定刻通りに学校へと到着した征爾は一人先に入学式の会場である学校講堂へと向かった。新入生は後ろの座席で適当に座れと入学手続きの際に貰った資料に書いてあったので、後ろの方の座席で手頃な場所を探した。仲が良い連中は固まるだろうから、端が一番都合の良い席なのだ。征爾は周囲に人が殆ど居ない角の空席を見つけたので、そこへ座った。
(ここなら誰も来ないだろう)
講堂の開場時間直後に来たので、入学式開始までは三十分以上ある。隅っこならば居眠りしていても誰も気にしまい、と思って征爾は目を閉じたのだった。
ZZZ……。
結局、征爾が起きたのは入学式の終わり頃で、鬱陶しいぐらい長いと評判の教頭先生の非常にありがたくな~いお言葉は聞きそびれたらしい。
「――次は軍団長の挨拶です」
目覚めたばかりの俺は壇上へと目を向けた。
そこには眼鏡を掛けた少し大柄な女性――とは言っても女性としてはだが――が立っていた。皆と同じ淡い紺色のブレザーを着ているので上級生なのだろうが、その外見と言いどう見ても大人の女性にしか見えない。もしも彼女が私服で壇上に立って教師だと言われればそれを信じてしまいそうだ。少し赤み帯びた茶色のロングヘアーと琥珀色の瞳が特徴的で、顔のパーツも整っている。眼鏡を掛けて居なければもう少し明るい感じに見える事だろうが、落ち着いた雰囲気に見えるのでそれもまた良く似合っている。
「え~、軍団長の相沢美代です。新入生の皆さん、入学おめでとうございます!」
(相沢姓……か。軍団長となると実力もあるだろうから、『あの人』の血縁者である可能性もあるだろうか)
そう思いながら、壇上の軍団長を見続けていた。
(※軍団長は簡単に言えば生徒会長のような存在である)
相沢姓。
ある人物の姓ではあるが、この姓自体はよくあるもので、特に東日本には多いとされる姓だ。
数多くある姓なので『ある人物』の関係者であるとは断定出来るはずも無いが、もしもそうであったならば彼女と関係を持ちたいと征爾は思った。
新入生がそんな事を思うなど愚かな事この上無いと知りながらも。
「――以上で入学式を終わります。新入生の皆さんは廊下に張り出されているクラス分け表を見て、各自教室へ移動してください」
別の事に意識を向けたら時が速く流れると言うがどうやら、本当の事だったようでいつの間にか入学式が終わっていた。
征爾は扉に一番近い席に座っていたのもあって、真っ先に会場である学校講堂から抜け出した。
「俺のクラスは……、一年A組か」
入学式が終わった後は数箇所に張り出されたクラス分け表を見て、自分のクラスへと向かうのだった。
征爾が教室に着いた時、そこは誰も居なかった。
当たり前だ。
忍びの如き隠密行動に加えて自慢の逃げ足で真っ先にクラス分け表の自分の名前とクラスだけを確認して、そのまま教室に移動してきたのだから。クラス分け表の前は後々混雑する事が決定事項であり、それを避けるために征爾は最初に自分の名前だけを確認して教室へと逃げ込んだと言うわけだ。人混みが嫌いな人は少なくないだろう。かくゆう征爾もその一人だった。
「席は自由だと書かれていたから……逃げるのに最も適した席、後ろの入口に一番近い席を取るか」
俺は一番後ろの廊下側の席を取った。窓側だと外から見られる気がするし、それに万が一の場合は窓の外への飛び降りしかない。よくあるアニメの主人公は後ろの窓際の席を取るが、そんな授業を疎かにするつもりもないが、俺が前側の入口にいる事で入りづらい雰囲気を作るのは嫌だったので一番後ろの廊下側を選んだと言うわけだ。教室は前と後ろの二箇所に扉が存在するので後ろの扉に一番近い場所だと言うわけだ。逃げを意識する場合は退路の確保は最優先だと有名な狙撃手も説いていたからこの選択は正しいだろう。
ダッダッダッダッ!
席に座って寝ようかと思った時、元気の良い足音が聞こえてきた。
「一番乗りぃっ!……って、先客がいるのか。チェッ……」
勢い良くドアを開けて教室に入ってきた少女が此方を見てそう言った。何というか、我が強く、何事も一番である事が至上とか思っている活発なタイプなのだろうか。黒いその髪を後ろに束ねた、ポニーテールと目がぱっちりと開いて凛とした顔の造形が非常に印象的で、典型的な武芸娘だと言う事もすぐに分かった。
「それは悪い事をしたな。俺は誰も居ない教室が好きなんでね」
一応、誰かが居る空間よりは居ない空間の方が好きだったので嘘ではない。無駄な事を言って、事態をややこしくするのは嫌だったので征爾は正直な理由だけを述べた。余り人に近寄りたくないからなどのマイナスな意見は武芸娘の典型っぽい彼女を焚き付けるだけだろう。
「へぇ……。何か嫌な感じね、アンタ」
一番乗り出来ずに悔しそうな様子から一転、真剣な様子で俺の方を眺めてきたのだった。
「どうせ、俺は嫌われ者ですよ……」
「そんな意味じゃない。只者じゃないわね、アンタ」
「………………」
現れて唐突にこんな事を言い出した武芸娘。
何と言うか、彼女は征爾と戦いたい的なオーラを漂わせているが、生憎と征爾は『ある特殊な能力を持っている』だけの単なる一般人に過ぎない。そしてその力は原則封印している事から、彼女の期待するような事は出来ないのは目に見えている。
「悪いが他を当たってくれ。この俺は君が期待するような武芸者では無い」
「それはやってみなければ分からないじゃない!アンタ名前は」
少しキレ気味にその少女は征爾の名前を聞いてきた。
「時任征爾だ。――君は?」
「あたし?あたしは相沢朱雀って言うの」
これが後の相棒となる相沢朱雀との何とも言い難い出会いだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
本名:時任征爾(ときとうせいじ)
称号:現人神である事を秘匿した高校生
神種:時
主人公。今河橋高校の新入生。一年A組所属。
中学三年の時に突然現人神となってしまった少年。
現人神としての能力は『時』の操作。時をほぼ止めたり、過去を見たり、未来を見たり出来る能力を有している。
『時』を操ると言う非常に珍しい能力を有しているが、それ以外は平凡よりは少し上程度の能力|(一応上の下クラス)しか持たないため、『時』さえ使わなければ一般人である。
周囲に知られる訳にはいかないという脅迫概念から『時』の力を封印しているが、高校生なのでその自制も甘く、危険が迫ったり挑発されたりしたら解除する事もしばしば。
毎回、ラストに紹介か用語解説のようなモノを挟んでいきたいと思います。
苗字は現実で本当に居そうな名前を考えています。
その分、殆どの名前に深い意味が無いですが、親しみやすい名前になっていると思います。