【一】お兄さん、お兄さん、朝ですよ
くぃぃん くぉぉん くゎぁぁん くぉぉぉぉぉぉん
「相変わらず変なチャイムだよなぁ…」
桜の花の下で寝ていた少年がボソッとつぶやく。
桜の花が、全身にまんべんなく降りかかっているが特に気にしてないようだ。
黒い学生服の上に積もっているためか、妙に花の桃色が映える。
「桜姫、お迎えに上がりました」
「……誰が姫だ…」
木の上から突然聞こえた声に、眼を開けることなく、少年が応対する。
「少しは漫才につきあえよ、悠癸」
「………今、眠い…やけ、ヤダ」
寝たまま適当な返事をする。何より今は睡眠が大切なのだ。
よっ、と言うかけ声と共に桜の枝から少年が飛び降りた。
軽やかな身のこなしで音もなく地面に着地する。
そして顔をのぞき込みながら悠癸の体をゆすった。
「お兄さん、お兄さん、朝ですよ」
「……俺に、弟などいない…」
「…パトラッシュー! 死んじゃヤダよー!」
「……くぅ〜ん」
ゆっくりと状態を起こし、そのままゆっくりと目を開けた。
眠そうな深紅の眼が、のぞき込んでいる少年の眼を見つめる。
「…んで、海斗。お前は人に犬マネさせて、その後何をしたいんだ?」
「ふっ……秘密だよ」
海斗は、静かにほほえみ、静かに立ち上り、ズボンの裾についた花びらを払い落とした。
払い落とした桜が地面に落ちたと同時に、悠癸がはね起き、その反動を利用して海斗にドロップキックをくらわす。
腕だけの力を利用して放った蹴りにしては威力が高い。
しかし、海斗も負けてはおらず、その足を、円を描くように払い、すっと踏み込む。
そして悠癸の腹に拳を、落下させるように叩き込んできた。
しかし、海斗の拳の落下する力を利用して、身をひるがえし、空中から裏拳を海斗の後頭部に振りかざした。
確実に入ったかのように思われたが、海斗はギリギリの所で上半身を倒して受ける衝撃を弱くしていた。
それでも完全には衝撃を殺せずに地面に打ち伏せられてしまった。
「うわっ!」
「まだまだ青いな…海斗少年よ…」
「いきなり何するんだよ、悠癸」
「うっせー!人の安眠を妨害しやがって…」
「……はぁ……これだから素人は…」
海斗はゆっくり立ち上がると、再び服に付いた花びらを払い落とし、相変わらず桜の花を身につけたままの悠癸を見て、小馬鹿にしたようにふっと笑った。
思わず、悠癸はムッとした顔をする。
「んだよ? まだ何か用か?」
「別にー? 用はあるけど用はないー」
「どっちだよ…」
「んなこと、決まってんじゃん! 国家機密だよ!」
「はいはい、そーですね。んで、用ってなんだよ?」
軽く流されショックを受けた顔をした海斗であったが、気を取り直し真顔になる。
その表情から、冗談で流せるほどの軽い話ではないことを察しってか、自然と悠癸の目から笑いが消えた。
場の空気が重くなった。
「実はな…この学校に俺らと同じ、能力者が現れたみたいなんだよ…」
「……その情報は確かか?」
「あぁ、確かだ。ルイン氏からの情報だからな…敵は3人らしい」
「あのジジィなら信用なるな…。能力者が3人もか。どうするか…」
ゆっくりと立ち上がると、桜の木に寄りかかった。
その隣に海斗が座り込む。
しばらくの間、どちらも黙り込み、ただ桜の枝が揺れる音と風の吹き抜ける音のみが、場の静寂を破っていた。
風が止み、その場を完全なる静寂が制した。
「…………グゥ……」
「って、おぃコラ悠癸! 寝てんのかよ!!」
「んぁー? あースマンー」
「本当に危機感ねぇなぁ…」
「いや、ちゃんと考えたぞ。アレだアレ!
愛理と翔を誘って一気に撃退作戦で行こうぜ! これなら確実だしな」
「いつもと変わらねーじゃねーか!」
「いや、違うな。今回は二班に分ける。俺と愛理のω班、そしてお前と翔のγ班だ」
「あぁなるほど! って、あんまり変わらねぇじゃねーか!
……まぁいいか……。それじゃぁ、速攻で招集&捕縛準備としますか!」
そう言うや否や、海斗は颯爽と駆けて行った。
その姿を見送り、悠癸もゆっくりと後者へと歩き出した。
――残された桜が 静かに揺れる
かすかにざわめき 花を風に乗せ 遠くへ運ばせながら――