2、未知ならぬ魔法との遭遇
連続投稿第2弾。
ベッドの中にいたはずなのに、布団にもぐっていたから、暗いはずなのに。
ガクン、と衝撃を受けて目を開けば、そこはどこまでも白い空間。
目が痛いほど、白い。そして、どこまでもなにもない。右も左も。前も後ろも。
そして、上も、下も。
私はそこを漂うのではなく、ずうっと下まで落ちていくようだった。
何も目印になるものはないのに。あ、空気抵抗を感じている?
けれど、髪が上になびくとか、部屋着のTシャツがはためくとか、そんな現象は一切生じてない。なのに、わかる。落ちている感覚。
なにこれ、どんな悪夢なの。
「まだ夢だと思ってる」
隣で声がした。振り向いてみれば、クノスがふよふよと浮いていた。
「なによ、これ…!!」
私の声はヒステリックに甲高く、どこか冷静な自分が恥ずかしいと言っていたけど、今はそんなことを気にしている余裕はないのだ。
なんなのだ、これは。早く目を覚ましたい。覚まさせて。怖い怖いこわい…!!
「怖い?ただのワープ空間だけど、いうなれば」
「なんでもいいから、とめてっ!」
このどこまでも落ちていく感覚が恐怖だった。ふよふよと自力で浮いていられるクノスにはわかるまい。
「しょうがないなぁ」
そう言って、クノスが私の肩を、軽くピンと指で弾くと。
私の身体は、ふわりと何かに受けとめられたかのように止まった。
「信じた?」
「…何を」
「魔法の存在とか、俺の存在とか、その他もろもろ」
「…信じた」
信じてないといって、またあの恐怖は体感したくなかった。
どうしてだろう、何もない空間にいるのは変わらないのに、落ちる感覚が止まっただけで、随分落ち着いた。
いや、この空間も怖いんだけど。白い分、ただの闇よりも、何もないことを教えるから。
『孤独』という恐怖を味わわせるには最適、っておい。
「すぐに出るよ、沙耶が信じてくれたから」
「え?」
「信じてくれたら、魔法が発動できる。空間魔法を使えば、一発でココをぬけられる。ただし、本当に信じた?」
「え、と、信じてないとどうなるの?」
「魔法を信じていない者に活用した場合、活用した者及びその対象者は、滅失又は損傷する」
この場合、魔法を対象にされた物、すなわち私が滅失又は損傷する、と。…え?
「信じてないなら、沙耶は重症を負うかもしくは死んじゃうから、しない。本当に信じてる?」
もう一度確認するように聞かれて、私は必死に考えた。
信じているか否か。
とりあえず、クノスの存在は信じられるようになってる、と思う。なんか落下を止めてくれたのは、魔法っぽい。ベッドの中から、この白い空間に出たのだって魔法みたい…あれ?
「ね、この空間に来たのと、さっき私を止めたのは、魔法じゃないの?」
「ん?魔法っていえば魔法だね。沙耶のベッドの床とここの空間繋げたから。だから、沙耶自身には魔法はかかってない。もうひとつも同じ、魔法をかけたのは空間の方。沙耶と空間の結び目をひとつ外しただけ」
「…なるほど」
原理は良くわかんないけど。そうであるなら、この空間にいるのが夢じゃないって思えばいいんだよね!これは現実、これは現実、これは現実!
必死に思い込もうとすればするほど、何故か頭が許否してくる。
だって、これが現実なんて。なんて悲しいんだろう。私、まだまだ死にたくなかったよ。
「なんかまた余計なこと考えてない?なんで泣きそうな顔してるわけ」
「…私、やっぱり死んじゃうの?」
「死なない。時間軸もいじってあげるから、本来の沙耶の世界に戻るときは、さっきの二時間後くらいになる。ちゃんと戻れるから」
死なないどころか、戻れるの?同じくらいの時間に?
「本当に?」
「本当に」
それが、本当なら。ちょっとこの事態を現実だと認識してもいい。
一瞬で顔を輝かせた私に、クノスは本当に呆れたような、くたびれたような顔をして、でも「じゃあもう魔法かけていい?」と聞いただけだった。
「うん、多分大丈夫」
これは現実、これは現実、これは現実!
なんだか、おまじないになりそうだな、これ。
「じゃあ、いくよ」
クノスが私の額を指でツンと触って。低く何かを呟いた瞬間。
目の前が一瞬まばゆく光って、次の瞬間には、落下の衝撃が来た。
「うぐっ」
「ちょっとちょっとー、もう少し可愛い声出せないの」
可愛い声って言ったってね、いきなり落とされてそんなことまで計算してられませんよ。
私がムッとしたのが伝わったのか。
「だから、ちゃんと計算してベッドの上に1メートル以内の高さで落としたでしょ」なぞと、クノスは言う。
計算するなら、きちんとベッドの数センチ上から落としてよね!
と、クノスの声が、さっきよりずっと低くなっていることに気づいて、ふと周りを見渡せば、そこはどこか知らない場所で、近くに誰か立っていた。
その誰かの足元から、ゆっくり上へと視線をずらせば、そこにはクノスそっくりの顔があって。
「ちゃんと175センチだよ、よかったね」
なんて、クノスより少し低めの声――さっき、私がクノスだと思っていた声がした。
「…クノス、なの?」
「そう、まぁこれは仮の姿で、さっきのが本当の姿なんだけどね」
そう言って、クノスはくすくすと笑う。彼の顔は整っているから、そういう仕草が良く似合っていた。
まぁ、生憎それに見惚れるほど、若くないんだけどね。
「えーと、クノスって何者?」
「あれ、ここがどこかってことより、俺の正体の方が気になっちゃう?」
クノスがからかうように言うから、なんとなくムカっときて、思わず「全然」なんて冷たく答えてしまう。
クノスが何者なのか、今私が頼れるのはこの人(人か?)だけなんだから、ちゃんと知っておいたほうがいいんだろうけど。
でも、ここの場所も大事だよね!一体、クノスは私をどこに連れてきたのか。
「まぁ、本当は連れてくる前に説明するつもりだったんだけど、どこかの誰かさんがまるで聞く耳もたないから」
「突然あんなこと聞かされて、はいそうですか、なんて信じる人いないわよ」
「そう?巷では、魔法学校の物語がはやってるって聞くけど」
それは、某イギリスの魔法学校の物語のことだろうか。だって、あれは物語だし、大体魔法の改正を頼まれたりしてないし。
「それで?ここはどこなの」
見渡すと、ここは誰かの一人暮らしの部屋のようだった。
私が今いるベッドとその向かい側にタンスとクローゼット、足元の方に作りつけの机と本棚、頭の方にサイドテーブルがひとつ。それが、八畳ほどの部屋にあって。
床には、ふかふかのラグ。机のある方に、ガラス戸があって、綺麗なスカイブルーのカーテンが揺れている。
全体的に、青と白と水色で可愛らしくまとめてある部屋だが、…どこよここ。
「ここは、魔法学校の寮。沙耶の部屋」
「…はい?」
「一応、沙耶好みの部屋になってるはずだけど。まぁ、沙耶の部屋ほど雑然としてないけど、それは自分でやるかな、って」
「汚い部屋で悪かったわね…」
さらりと嫌味を言うんじゃない!
「まぁ、詳しい説明は、校長と寮長に挨拶した後ね。とりあえず、」
「魔法学校へ、ようこそ」
クノスのニッコリ笑顔に、もう何度目になるか分からない頭痛がした。




