19、トンデモ設定と思ったら、自分の過去でした
誰も、何も言わなかった。
しん、と沈黙が下りた空間。私の息を飲み込む、こくり、という音が響く。
自然と集まった視線に、私は一度悠斗と御堂先生を見やってから、拓斗をひた、と見つめた。
そして、もう一度口を開く。
「『私を花嫁にする』、それはクロノス一族の者にとって、どういう意味を持つの?」
魔法の改正作業をするために、クロノス一族になる必要があることが理由なら、クロノス一族の誰と結婚したって、問題ないはず。
それなのに、拓斗がこれだけこだわるってことは、『私との結婚』は、違う意味を帯びてくる。…なんだか、嫌な話だけど。
私が睨みつけるように、拓斗を見つめていれば、彼はいぶかしげな顔をした後、悠斗へと向いて、いささか荒い声をあげた。
「まさかとは思うが、こいつ、知らないのか?」
「だから、」
何を私は知らないのよ!?
自分のことなのに自分で分からないというもどかしさに、イライラして口を挟めば、悠斗は目を伏せがちにして、ためらいがちに、でも毅然とした声で答えた。
でも、それは。
「沙耶は知らないよ。自分が、クロノス本家の人間だってこと」
「え…?」
予想もしなかった答えで。
「けどそれは、教えるべきじゃなかった。こうなっちゃったら、もう隠せないから言うけど」
「悠斗…?」
「…もう、『クノス』って呼ばないんだ」
ややこしいからと、悠斗と自分の内で呼んでいたせいで、つい口を出た名前。
それに悠斗は、悲しそうな顔で笑って。
いや、でも、うん。苛立っていた感情から一転、どうしようもなく混乱している自分。
私が何だって?…クロノス一族?
余りの衝撃に、呆然としてしまった私をソファまで誘導してくれたのは、やっぱり悠斗だった。
そのまま他の三人は、私を取り囲むようにして座って。
そして彼らから伝えられた話は、とても信じられないものだった。
***
私の父は、クロノス・ジャポネ現当主の兄に当たる人で、本来ならば私の父が当主になるはずだった。
その証拠に、父がこの魔法世界から出奔するまで、父は『クノス』と呼ばれていたという。
しかし父は、今から26年ほど前に魔法世界を出奔して、向こうの世界へと行き、そのまま行方が分からなくなっていたそうだ。
そこで、父の代わりに現当主である人物が『クノス』の称号を引き受けることとなった。ちなみに、この現当主が悠斗の義父であり、拓斗の父親に当たる人。悠斗の実父は、ウライア学園の校長であり、この校長と現当主も兄弟というのだから、つまり父がクロノス本家筋の長男、現当主が次男、校長が三男、ってことになるらしい。
だが、クロノス一族は代々長子にその当主を継がせてきた。また、どうしても代を重ねるごとに、その身体を流れる精霊の末裔としての血は、薄まってしまう。
そこで父の娘である私を、次期当主であるクノスの相手として迎えることによって、その血統を守ろうということらしい。
加えて、クロノス一族であり魔法の干渉を受けない私を、向こうの世界に放置しておかないためだと。
「俺も、拓斗も血の濃さという点では、あまり変わらない。だから、沙耶を相手に迎えた方が、『クノス』となれるってわけ」
「…どこの漫画か、小説ですか」
ううん、漫画とか小説にもこんなトンデモ設定ないよ。リアリティなさすぎ。
いや、もう悠斗が出てきた時点から、リアリティとかないですけどね?
けど、精霊の末裔とか、クロノス一族の存在だけでも胡散臭いというのに。
自分がその一族の一員で、あまつさえその本家筋とか。うん、受け入れろっていうほうが、無理だよ。
そんな私の拒絶反応を、感じたのか。
悠斗は、ひとつ大きくため息をついてから、滔々と語りだした。
「沙耶が信じられないというなら、証明しようか?
まず、沙耶は呪文なしで魔術が使える。けれど、この世界では呪文なしでは魔術は効果を発揮しない、その例外がクロノス一族であることなんだ。クロノス一族の使う魔術の効力として『魔法』は存在するから、クロノス一族にはその効力は及ばないからね。つまり、呪文なしで魔術行使ができる、ってことは、クロノス一族であるってことを証明することになる」
「う。」
確かに、なんで魔法に反する魔術行使は出来なくて、呪文なしでは魔術行使できないこととなっていたのに、私は呪文なしでも魔術行使できるのか不思議だったんだよね。…て、納得してどうするよ。
「また、すでに沙耶は自分自身で魔術を行使している。俺が魔力を渡さなくてもね」
「え?」
「あの落下事故のときのこと、覚えてる?」
そう言われて、あのときのことを思い出そうとする。確か、突然箒が上空まで浮かび上がって、それから落下していって。…どうやって、助かったんだっけ。
「沙耶はあのとき、自分で厚い空気の層を風魔法で作り出して、墜落の衝撃を和らげていた。
あんな魔術は、今の『魔法』にはないからね、クロノス一族でなければ使えない。
それに、あんな大きな魔術を使う魔力は俺は渡してなかったし、集めている時間もなかったんだから、あの魔力は沙耶自身が持ってる魔力になる。そして、魔力を人体に宿しているのは、精霊の末裔であるクロノス一族だけ」
「……」
悠斗に説明されて、薄ぼんやりと事故のときの感覚を思い出した。
もう地面にぶつかる、そう覚悟した瞬間に、昔の記憶が蘇って。
その記憶は、同じようなシチュエーションのときに、風魔法によって、助かったということを私に教えていていた。
だからその記憶と同じように、空気の層を作って、衝撃を和らげるためのクッションにしたんだ。
したんだけど。
そこまで思い出して、恐怖ですぅと血の気が引いた。
「どうした?」
いつの間にか、拓斗に顔を覗き込まれていた。どう説明したらいいのかわからずに、ゆるゆると首を横に振る。
それを、拓斗はどう勘違いしたのか、困ったような顔をして、すっと遠ざかった。
「…本当に何も覚えていないのか」
「覚えていないというより、知らないんじゃないのか。なにせ、彼女は今までこの魔法世界で暮らしたことがなかったのだからな」
「っ、クロノスでもないやつが、この問題に口を挟むな!」
「私を介入させたのは、現当主だ。むしろ、『クノス』でもないお前に、そのように言われる筋合いはないな」
思わずこぼれ出たというような拓斗の言葉に、御堂先生が答えて。
そのまま喧嘩になるかと思ったが、拓斗はそれ以上に争うことをせずに、御堂先生から顔を背けた。
「あの、覚えてないわけじゃなくて」
このまま放っておいて、火種が燃え上がるのは嫌なので、無理やり口を開いた。
私が話していれば、少なくともこの三人が争い始めたりしないから。
なんだか、それも変な話だけど。
「覚えているというか、思い出したというか。私は確かにあの瞬間、自分の中にある魔力で魔術を使ったんだと思う、悠斗の言うとおりに。
…でも。あの魔術は自分で作りだしたものじゃない」
そう、私の記憶にあるままをなぞっただけ。あの瞬間に、私が作り出したものじゃない。
それならば。
どうして、私にあんな記憶があるのだろう。
私を襲った恐怖の原因は、そこにあった。
悠斗につれてこられるまで、一度としてこの魔法世界に来た覚えはなく。魔術を使った覚えはない。ましてや、あんなふうに飛んで落下した記憶もない。
じゃあ、あれは誰の記憶?
「たぶん、」
少し話しづらそうにする、悠斗の声。
「沙耶のお父さんが、生み出したものだと思う。それを沙耶に教えて…でも、何かの理由で、沙耶はそれを忘れてしまっている」
「お父さんが?」
「沙耶のお父さんは、『クノス』として相当優秀な人だったらしいし、魔術の研究者としても有名だった人なんだよ。だから、向こうに行っても魔術の研究を続けていたことはありうるし、沙耶にそれを教えていても不思議じゃない」
この魔法世界で会った人に、向こうの世界の父について語られる、この違和感。
でも、ずっと引っかかっていた謎が解けた。
父が天涯孤独だった理由。父の親戚と名乗る人が、私にこちらへ関わるなと忠告しにきた理由。
なにより。
悠斗が、私を向かえに来た理由。
色々、分かったけど。それでも、父に化けて出てきてほしい。
なんでこんな大事なことを隠してたんだ!って思い切り八つ当たりしたい。
「向こうに行っても、クロノスとして魔法に反することは出来るんだな」
「…あぁ、沙耶に向こうで魔法を教えているから?そうだよ、だからこそクロノス一族が、向こうの世界に行くことが問題になるんだ」
混乱に突き落とされて、ぼんやりしている私の周りで繰り広げられる会話。
そういえば、魔法の禁忌三ヶ条に、思い切り違反してるよね。
それでも、父が魔法世界を出て、向こうの世界で生きた理由は何だったんだろう。
その疑問は、ポツンと私の心に小さく染みを作った。




