1、六法に『魔法』はありません
連続投稿です。
何か設定の間違い、誤字・脱字などありましたら、ご指摘いただけると幸いです。
確かに私は、法科大学院生だ。
世間一般の人に比べたら、ある程度法律の知識はあるでしょうとも、ええ。
しかし、法学研究科生の方が、よっぽど専門的に勉強しているだろうし、そもそも法律を作れというのならば、内閣法制局にでも行けばいい。
それに。わざわざ法科大学院生に声かけなくたって、弁護士さんに声かけた方がよっぽどいいんじゃないのか。法科大学院生の目指す先は、(大抵)弁護士だ。
なのに。
見慣れない、ふよふよと浮かぶ『それ』は、私がいいのだと言い張る。
「だーかーらー、若くてまだ勉強してる人間の方がいいの!だから弁護士と内閣法制局の人は却下!」
ひどい言い草だ。
すごい人たちなのに。
「それに、専門的に研究している人間じゃなくて、実際に浅く広く活用している人間の方がいいんだってば」
活用っていうなら、やっぱり弁護士のほうが…。
「人の話聞いてた?魔法を一から知ってもらわなきゃいけないから、すでに働き始めた人間よりも、日常的に勉強している方がいいんだって言ってるでしょ」
……。
キミは、人なのかね?
「ねー、そうやって、揚げ足とって面白いの?いい加減、認めれば?」
「…私の頭がおかしくなったことを?」
「本気で怒るよ」
私の目の前の『それ』は、小さいながらも本当に怒っているかのように、肩を震わせた。
多分、怒っているんだと思う、目の前の『それ』は。
「それ、それ、って言わないでくれる?俺には、ちゃんとクノスって名前があんの!」
「はぁ…」
「ったく、なんでそう…」
目の前の『それ』、もといクノスは、またブツブツとぼやき始めた。
可愛い顔…というより、全体的に可愛い外見をしているくせに、随分とおじさんじみている。別におじさんくさいのが悪いってわけじゃないけどさ。
あぁ、こういうのをギャップ萌えっていうんだね。
「違うから。聞いたことある単語適当に使うの、やめろ」
クノスの笑顔が、一際怖いものになったところで、私は脳内垂れ流し状態の独り言を止めた。
こんな事態に陥ったのは、一時間ほど遡る。
今日の授業と、明日の予習と、明後日あるゼミのための論述をひとつ終わらせて、一人暮らしの家へと帰宅したのが午後10時。
この時間が早いか遅いかは人によるだろうけど、私にしては少し遅いくらいだった。
夕飯はすでに、学校の近所で済ませてあり、今日は択一の問題集(司法試験対策ってやつだ)を30分くらいしたら、シャワーを浴びて寝ようなんて思っていた。
とりあえず着替えて、お茶を淹れて、テレビをつけて。テレビをつけるのは、一人暮らしを始めてからの習慣で、音がないとなんとなく寂しいからだ。
ひと心地ついたところで、問題集をやろうと六法と問題集とノートを用意し。
ペラリ、といつものように六法を開いた瞬間に、それは起こった。
ポン、と軽快な音を立てて、私の目の前に『それ』は現れた。
「お、ラッキー。結構可愛い女の子じゃん」
そして『それ』は、まるで10代の男の子のような口を聞き。
思わず、ページとページの間に現れた『それ』を、六法を閉じて潰そうとした私をどうか叱らないでほしい。
「危ねぇじゃん!」と『それ』は言ったけども。危ないのは、私の頭の方だ。
どうした、私?
勉強のしすぎと、司法試験へのプレッシャーでついに頭がおかしくなったか?
いやでも、一日8時間は少ないほうだし、司法試験まではあと一年以上もある。いやいや、精神を病むのに、他と比較しても意味はない…。
「やっほー。俺のこと見えてる?聞こえてるよな?」
訳が分からなくて、混乱していると、『それ』は私の目の前へと飛んできて、ヒラヒラと小さな手を振った。
そう、『それ』は小さくて。まるで、妖精か、小人か。
ふよふよと空中に漂っているのをみると妖精のようだが、別に羽根は生えているわけではない。
見た目はそう、ちょうど10代の男の子のようで。
これが、体長15センチではなくて、175センチだったら、きっとモテたに違いない。
まぁ、服装はどうにかした方がいいと思うけど。
黒いマント、もしくはローブ。
法曹を目指している者としては、法服に似ていると一瞬思ってしまったが、少し長さが足りない気がするし、なによりも裁判官に失礼だ。なんとなく。
「ねぇ、もうぼーっとするの終わりでいい?俺の話、聞いて欲しいんだけど」
「話?」
「そう、俺はアナタに用事があって来たんですよ」
「そうなんだ…、私にはないので、お引取り願えませんか」
「俺にはあるって言ってるじゃん!」
若いから少しは柔軟性期待してたのに、全然だめじゃん、と『それ』はぼやき、気を取り直したようにニッコリ笑った。
その笑顔は可愛いな、と思ったところで、『それ』は意味の分からない言葉を告げた。
「アナタに、『魔法』の改正作業を頼みに来ました」
「は?」
今、何を?
「だから、魔法の改正作業」
「魔法?」
「魔法」
……。
どうしたらいいんだろう。私、魔法とかって信じてたっけ。
「あんたさ、法律の勉強してるんでしょ?」
確認するような声色に、思わずコクリと頷く。
「色んな法律を勉強してるんでしょ?」
いくつから色んなという形容詞を使えるかは知らないが、一応10以上は勉強しているので、これにもコクリと頷く。
「だから、俺はあんたのところに来たの」
…全然、話が繋がりません。
「あのね、魔法ってのは、ある種のエネルギーを使用するときのルールなわけ。その使用自体を魔法っていったり、そのエネルギーの方を魔法っていうことも多いんだけど、本来の意味は、そのエネルギーを使用するときの人の決めた決まりごとなんだ。ここまでは分かる?」
もしも、魔法というものが存在するならば、の仮定の話で聞いていいならば。
「それでいーよ。でね、法律が古くなって現代社会に合わなくなって改正を必要とするみたいに、魔法も改正が必要なの。なんだけど、魔法を扱う人間って、扱うことに満足しちゃって、どうしてそんなルールがあるのかとか考えたこともない人間が多いんだよね。研究っていうと、新たな力の発現とか、魔法薬の研究とか、そんなんばっか」
「それで?」
「だから、さ。法律に詳しそうな人間に、魔法の改正を頼もうと思って」
「あ、選び方は抽選だから」と『それ』は楽しそうに笑い、「アナタは抽選に当たりました、おめでとう!」なんてふざけたことを言うから、やっぱり六法でつぶしておくべきだったなんて思ってしまった。
「法律に詳しい人間は、他にもいっぱいいるし、だいたい法科大学院生よりも、弁護士の方がいいと思う」
「えー、ダメー。これでも抽選の前に、結構条件絞ったんだから!」
「条件の絞り方がおかしいと思う」
「そんなことないって!いいでしょ、あんたが選ばれたの!」
いいでしょー、と私の周りをふよふよと飛ぶ『それ』を見つめながら、ふと我に返った。
なんで、私これの言うこと聞いてるの?
そもそも存在を無視しなきゃいけないんじゃないのか。いわゆる幻覚と幻聴ってやつでしょ、これ。
「あ、俺ね、クノスっていうの。えぇと、あんたは…あ、沙耶って言うんだー」
「え!?」
思わず名前を言い当てられて、ビックリする。いや、私の幻聴なんだから、私の名前が分かっても当然なんだけど。
「書いてあったよ」
すごい勢いで振り向いた私に、そう言って『それ』が見せたのは、『それ』がさっき出てきた六法だった。
あー、皆同じものを持ってるから、一応名前書いておいたんだった。
「可愛い名前だね」
自分で、自分の名前を可愛いというのはいかがなものか。
「ねー、俺の存在認めてくれたんじゃなかったのー」
断固、認めません。
「じゃあ、魔法の改正作業してくれる話はー?」
そもそも魔法が存在しないので、そんなことは出来ません。
「えー。さっきは真面目に話聞いてくれてたのにー」
そんなこんなで。
似たような問答を繰り返しながら、冒頭へと戻るのである。
クノスは、だいぶイライラしているみたいだった。
私だってそうだ。こんなしょうもないやり取りを一時間も続けたら、誰だって嫌になる。
もう眠りたい。眠って明日の朝になれば、全部夢だったってことにしたい。
これが幻想であれ、現実であれ、どのみちやっかいな事態には間違いないのだから。
「ねぇ、もういいでしょう。私寝るよ」
今日の分の勉強、全然出来なかったな。そんなことを思いながら、私はごそごそとベットにもぐった。
「はっ?こら、待てって!もう、信じないと大変な目に遭うよ!?」
知りません。もう何にも聞こえないふり。
そうすると。クノスはふぅと一際大きな溜息をついて。「強制手段だけは使いたくなかったんだけどなぁ」なんて恐ろしい台詞を吐き。
「全部、あんたが悪いんだからね」
そう言った。
次の瞬間、私は白い闇の中へと突き落とされた。
読んでくださり、ありがとうございます。
自分が法律を勉強している身なので、どのくらいの単語までが一般用語なのかよくわかっていません。
分からない単語等ありましたら、聞いていただけると嬉しいです。
ちなみに。
本話でいう「六法」とは広辞苑のような厚さのある「六法全書」ではなく、普通の国語辞典や英和辞典などの大きさのサイズのものです。コンパクト六法とか言います。これに基本的に使う法律が載っているので、特殊な分野の勉強でない限り、用が足ります。