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魔法の法律的解釈  作者: 佐村 蒼
1章、魔法学校とクロノス一族
19/29

挿入話1・雨の風景

御堂の回想、独白。時間軸としては、9話辺り。

本編の展開とも絡みます。



原風景は、雨。

母に連れられて、土砂降りの中を、薄い雨がっぱ一枚だけを雨よけにして歩く。

ほのかに温かいのは、母とつないでいる右手だけ。その温かさも、雨に打たれて、少しずつ消えていく。

冷たい、全身。

どこから来たのか、どこへ行くのか。

何も分からないまま、ただ手を引かれるままに歩いた。

年のころは六つか七つ。幼い足で長いこと歩き詰めで、雨のせいもあって、ひどくくたびれていたのだけれど、見上げた母の顔がひどく冷たいせいで、休みたいとも言えなかった。

それでも、小さな子どもだ。気力だけで歩き続けられるわけもなく、やがて足をからませて転んだ。

その拍子に、つないでいた手が外れて、

べちゃんと半分水溜りのようになった道に、顔から突っ込んで。

寒くて、痛くて、何より疲れていて。

こみあげてくる涙に、助けを求めて母を見上げた。こんなにつらいよと、訴えるように。

けど、その先にあった母の顔は、視線は、冷たいままだった。

「早く起きあがりなさい。クロノスでないあなたに、何の価値もないのよ」

差し出される手もなく。見上げた先は、もう背中しか見えない。

その言葉の意味は分からなかった。

けど、母は自分を助けてくれる存在ではないということと、

自分が『クロノス』であれば価値があって、こんなふうに辛い思いをしなくてもすんだのだ、ということはぼんやりと理解した。


その後のことは、覚えていない。

頼るべき存在に否定されて麻痺した心が、きっと記憶も手放したのだろう。


***


「嫌な夢を見たな…」

御堂はそう呟くと、汗ばんだ身体を起こした。

昔の夢。まだ幼くて、何も理解していなかったころの夢。それは、一番古い自分の記憶だ。

今となれば、あの記憶が、自分がクロノスの血脈を継がないことが判明して、母と二人、クロノスの屋敷から追い出されたときのものだということは、理解している。

母は特段ひどい人間でもなく、御堂が16歳になるまで、この魔法世界で育ててくれた。

16になり、御堂が学校に附属する寮に入ったすぐ後、安心したかのように死んでしまったものの、

それ以降、自分の後見は、ずっと母の兄にあたる人が務めてくれていたから、生きていくうえで特に困ったこともなかった。

けれど。

それでも、繰り返し見る夢は、御堂に己が孤独であることを幾度となく突きつける。

親子仲は悪くなかったが、決して良くもなかった。もう甘える気になどなれなかったから。

『クロノス』だったら。

幼いころはよく、想像していた。

あの立派な屋敷で、苦労もなく暮らせて。魔術もなんの制約もなく使えて。

何より、きっと母は自分を愛してくれただろう、と。

そんなに簡単に、色々なことがすべてうまくいっていたとは、今となっては思えない。

それでも、未だに『クロノス』は、自分の心に刺さる棘だ。

見ず、触れず、考えず。自分とは関係のないものとして、処理しなければいけないもの。

だが、そんな御堂を嘲笑うかのように、クロノスの現当主は、つい先日、彼に告げたのだ。

次期当主の花嫁として迎える、クロノス本家の血統を持つ『彼女』の世話をしろ、と。

それは、伺いでもなければ、頼みでもなかった。御堂の意思など関係ないとでも言うような、一方的な命令。――当主から、一族の者へと。

今更、クロノスとの関係をあからさまに突きつけられて、御堂は再び雨に囚われる。

クロノス一族の末端であった母が、一族外の男と関係を持ったために、生まれた自分。

その血は薄すぎて、クロノス一族であるとは認められなかった。血が一定の薄さになると、クロノス一族は、精霊の末裔というその血統を守るために、『クロノス』とは認めないのだ。

そして御堂は、『クロノス』ではないと突き放されて、生きてきたのに。今更やつらは、クロノス一族のために協力を要請してくる。

それも、自分とは反対に、誰よりも濃く『クロノス』の血統を受け継ぐ、本家の女のために。

どろり、としたどす黒い感情が、自分の中を蠢いている。

忘れていたと思った、様々な感情。

そいつが一気に目を覚まして、復讐を自分へと囁きかけるのだ。

「新宮 沙耶、か」

それが『彼女』の名前。クロノス一族の連中が、協力を要請してきた、本家筋の女の。

向こうの世界で育った、次期当主の花嫁。何も彼女が知らない間に、俺が手に入れたら、やつらはどんな顔をするんだろうな?

次期当主といわれる『彼』に、負ける気はさらさらない。いくらでも、周囲をちょろちょろしていればいい。

だって、彼女は簡単に俺を信用して、簡単に俺に捕まるんだからな。

自分の腕の中で固まっていた彼女を思い出して、御堂はクッと笑いをもらした。あれで本当に23歳なのか。高校生みたいな反応じゃないか。

それでも、彼女の凛とした雰囲気を、知的なまなざしを、好ましく思ったのは事実だ。

あぁ、本当に手にいれてしまおうか。

それが、復讐のためなのか、自分の感情のせいなのか、御堂もまだよく分からないまま。

それでも、沙耶を手に入れることに、彼は暗い喜びを覚えるのだった。



雨はまだ、上がらない。




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