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魔法の法律的解釈  作者: 佐村 蒼
1章、魔法学校とクロノス一族
18/29

17、真相はいまだ闇の中



いつ訪れても、この学校の図書室は薄暗い。

四月に最初訪れたときは、雨のせいかと思ったけど、そのせいだけでもないようだった。

今日みたいな快晴の日だって、本が焼けないようにカーテンが引いてあるせいか、電灯のせいなのか、やっぱり薄暗いのだ。

でも、その薄暗さが、今の私には嬉しい。なんだか落ち着く気がして。

魔法薬学準備室から出たあと、ふと我に返って時間を確認すれば、すでに放課後の時間で。

誰にも会いたくない気分もあって、図書室へと足を向けた。一応『魔法史』について、調べたくもあったし。

御堂先生の、最後の笑顔が、妙に引っかかる。

あれは、そう。

魔法の改正作業に、私がどこまでたずさわるかについて話した瞬間のこと。

そして突然、話を打ち切った。

あの瞬間は、煽られた危機感を前に、逃げることしか考えなかったけれど。

こうして落ち着いて考えてみれば、あの瞬間に『代償』なんて言い出すことは、どこか変だ。

きっと何か言いたくないことがあって。

それを私が話題にする前に、私を追い出したかのような。

…おそらく、魔法の改正作業について、まだ何かに秘密がある。

そしてそれは、私にも大きく関わること。

それが何なのか、私は知らなきゃいけない。私自身の力で。

右も左も分からない世界で、つい頼ってしまった人々を思い返す。

頼った、つもりはなかったけど。

でもこうして危機に陥ってから、私は誰も信用できないのだと気づいた。

それと同時に、クノスのことも、御堂先生のことも、随分信用していたんだってもことも。

クノスは、何らかの意図で、私に改正作業を依頼した。それは大元はクロノス一族が関わっていて。

でも、きっとクノス自身の思惑だって含まれている。

御堂先生だって、しかり。

そしてふと、海斗のことを思い出す。

一緒にこの世界に対して戸惑いを持ったり、不思議に思ったりする陽菜ちゃんと違って、海斗もまた、この世界について私に教えてくれる一人だ。

…海斗は、信用してもいいのかな。

でも、な。

『魔法史』の本を探しながら、うろついていた書架の中で、海斗と出会った場所を見つけて。

彼との出会いを思い返してみる。

あれから何事もなかったように過ごしてはいるけど、そういえば海斗は最初から私が何者であるかを知っていた。

あまりに突然降ってきたキスに驚いて、たいして意識したことなかったけど。

もしかしたら海斗は、私の年齢や名前だけじゃなくて。私が何のためにここにいるのか、それも知っていたのかもしれない。

その上で、私に近づいてきた――?

そう考えて、唐突に、最初に出会ったときの彼の台詞を思い出した。

確か海斗は、たとえ印象が悪くなるのであっても、印象に残れば良かったって。そう言ってて。

それが、出会いの方に印象が強くなれば、自分の思惑から目が逸らせることが出来るということなら。

それが目的だったのなら。

あの奇妙な台詞のつじつまも合う。

「なんだぁ…」

胸にじわじわと広がる絶望感に、思わず声が漏れた。

泣き出しそうな自分の声に、遅れて自分がショックを受けていることに気づく。

クノスに最初に疑いを持ってから、誰も信用しないようにしよう、って思ってたはずなのに。

それでもやっぱり、私は信じたかったんだ。信用してたんだ。

だから、信用できないかもしれないってことに気づいて、こんなにショックを受けてる。

「…莫迦みたい」

緩みそうな涙腺に、スッと大きく息を吸って、なんとか涙が出るのをとめる。

やめよう、こんなこと考えるの。

とりあえず自分で情報を集めてみよう。

なにかあったときに、自分で自分の身を守れるように。


***


「違う、じゃん」

ため息と一緒に、こぼれた言葉。

信用できないなんて直前まで考えてたから、少しは予想していたつもりだけど、それで落ち込みが軽くなるわけじゃない。

書架を回って、見つけた『魔法史』の本。

その内容は、おおよそ御堂先生の話と一致していた。けれど。

「『魔法』の制定は、この世界によってなされる」。

そう本には記されていた。

この世界の始まりも、この場所――クロノス・ジャポネを治めているのがクロノス一族であることも、先生の言うとおりだったけど。

魔法がクロノス一族による魔術だなんて、どこにも書いてない。

「この世界の変動により、魔法は変異する。クロノス一族は、それをクロノス・ジャポネにいる者たちに伝える役割を持つ」。そう書かれた本と。

『クロノス一族が世界に施した、それに反する魔術行使を禁ずる、『魔術』の効果なのだ』と言った御堂先生の言葉と。

私はどっちを信用したらいいんだろう。

本の筆者は知らない人だが、出版はこの学校、ウライア魔法学校だ。すると、学校を有するクロノス一族によってチェックが入ってると考えていい。

クロノス一族と、御堂先生。…もしかしたら、どちらも信用しちゃいけなかったりするかな。

ただ気になるのは、この本が教科書として使われていることから、一般的には本の内容が本当のことだと思われている。

…大体の場合、治世者って本当のことを大衆に伝えたりしないよね。それも、自分達に都合の悪い事実だと殊更に。

そう考えれば、御堂先生の言ってたことの方が本当のことだと、考えた方がいいのかも。

そこまで考えたときだった。

「沙耶」

小さく、でもハッキリと響いた声。

驚いて振り向けば、そこにはクノスが立っていた。

何も言えない私に、クノスはどこか悲しそうな疲れたような顔で、ひとつため息をついて。

「どこにいるかと思ったら…学校中探したちゃったよ」

「…なんの用」

さっきは追いかけてこなかったくせに。なんで探したりするの?

警戒が解けない私に、クノスは苦笑を浮かべた。それすら様になるのだから、美人ってやつは得だと思う。

「事故のことと、…さっきの校長室での話のこと」

「……」

クノスの意図が読めなくて、なんとも返事が出来ない。

心配されていたのだと、客観的事実は告げている。けれど、クノスがさっきの事故に関わりがないと思えない。

この学校は、クロノス一族が有するのだから、その校長もクロノス一族と関わりは深いはず。というより、クロノス一族の者が校長をやっている可能性が高い。

そして。クノスは、あの校長の甥だと、最初に来たときに私に告げた。

さっきの校長室での会話を踏まえても、クノスの本当の姿を考えても……十中八九、クノスはクロノス一族だ。

「…クノスは、クロノス一族なの?」

「それも含めて、話がしたい。図書室だとまずいから、行こう?」

そう言って、クノスは踵を返す。

ここで争っても仕方ないので、私もそれに続いた。


そのままクノスがつれてきたのは、以前話をした談話スペースで。

ふと、クノスが口にした「俺が守る」なんて台詞を思い出してしまう。

そしてふと、あのとき言っていた、『クノスが話せなかったこと』は、これなんだと分かってしまった。

魔法が、ルールなだけじゃなくて、物理法則として機能していること。

確かに、クノスは一度も物理法則じゃないとは言ってない。彼はいつも、魔法に反した魔術の行使は出来ないって言っていた。そりゃ、物理法則に反することは出来ないでしょうよ。

「私は、物理法則を書き換えたり出来ないよ」

談話スペースに着いた途端に、口を開いた私に、クノスは驚いたように振り向き、一瞬目をしばたたせたあと、珍しく皮肉げな笑みを浮かべた。

「誰に聞いたの?御堂?」

「…クノス?」

クノスが、先生の名前を呼び捨てたことに驚く。え、どうしたの?

「…だから、余計だって言ったのに」

クノスは嫌そうにボソッとそう呟いてから、表情を変えてニコっと笑った。

「沙耶、とりあえず座って。それも含めて話をするから」

そう言って、クノスは私の向かい側に座って。淡々と話を始めた。


クノスの話をまとめると、要はこうなる。

魔法は、やっぱりクロノス一族の魔術の効果であること。

すなわち、この世界で物理法則として機能している。それが一般には知られていないのは、クロノス一族に対して反逆等が起こらないようにするためらしい。

クノスは、クロノス一族であること。…うん、まぁね。そうだろうとは思ってましたよ。

けれど、クロノス一族もよくある親族関係のように、私を魔法改正作業に関わらせる動きと、排除する動きがあるらしく。今日の事故は、その排除する側からの干渉であること。

魔法の改正作業は、クロノス一族しか関与できず、だからこそクノスが私を迎えに来たこと。

そして。

「魔法の改正作業は、クロノス一族しか関与できない。だから、沙耶にはクロノス一族になってもらう必要があるんだ」

「…全然、話がつながってないけど。私が携わるのは、つまり魔術行使の前段階まででしょ?」

「あー…、違うんだよねぇ…」

「はっ?なんで?私、魔術行使できないのに?」

私が魔術を使えるのは、クノスが魔力を分けてくれるおかげだ。

私自身には、何の力もない。だから、魔力を大量に使うから手伝う必要があるってことはない。

「えっとね、魔法の改正作業、つまり魔法の内容の書換えについては、沙耶も関わるだろう?その内容をイメージとした魔術行使が必要になるから。だから、沙耶にもそこまで関わってもらう必要があるんだ」

「じゃあ、またクノスから魔力もらうの?それとも、他の人が魔力くれるのかな…?」

どうにも、魔法の改正作業の一連の流れがつかめない。

でもクノスは、「そんな感じかなー」なんて適当に流してしまった。

「本題はここから。つまり、沙耶にもクロノス一族になってもらう必要があるってことは理解したよね?だから、俺の許婚になる必要があるんだ」

「……は?」

ちょっと待て。また話が飛んだ気がするんだけどな。

「あれ?沙耶、あそこで立ち聞きしてたよね?」

「あ、うん…」

クノスが校長室で言ってた、婚姻ってこのことなのかぁ。…ってちょっと待ってってば!

「結婚するの!?私とクノスが!?」

「そうだけど…。あ、いや、改正作業のためだから。もしかしたら婚姻まで求められるかもしれないけど、婚約で留められるようにするから」

「そういう問題…?」

クノスのことは嫌いじゃないけど、たまに男の人なんだなって思うことはあれど、基本的には弟扱いで。

そんな相手と、婚約とか。婚姻とか。…形式だけだから、気にしなくていいってこと?

でも、そんなことまで含めるなら、最初から告げてほしかった。その事実を聞いていたなら。きっと、承諾なんかしなかったのに。

…あぁ、だから何も言わなかったのか。

たいしたことじゃないんだから、気にしなければいいのに。

それでも、騙された気分になる。ううん、真実、騙されてたんだよね。

「沙耶…?」

泣きそうで俯いた私に、クノスは恐るおそる声をかけてきて、顔を覗き込む。

けれど、今クノスと視線を合わせたくなかった。

「なんで?」

「え?」

「なんで、私なの…」

それをクノスに聞いて、どうするんだろう。また騙されるかもしれないのに。誰を信用していいかなんて、分からないのに。

でも、クノスの答えを聞きたくなる。嘘でもいいから、答えが欲しくなる。

けれど。

「…必然だよ」

クノスは、苦い顔をしてそういうだけで。

私に答えをくれなかった。



誰ともつなげない手は、虚空をつかむ。


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