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魔法の法律的解釈  作者: 佐村 蒼
1章、魔法学校とクロノス一族
17/29

16、それはお伽噺ですか



「とりあえず、飲め」

御堂先生は静かにそう言って、カタリ、と私の目の前にカップを置いた。

カップからは、かすかに湯気が立っている。

さすがにお茶を出すのにビーカーを使うなんて、ベタなことはやらないらしい。この実験室みたいな場所では、ありかとも思ったんだけど。

ここは、魔法薬学準備室。

二度と入らないって、この間誓ったばかりなのに。今は、こうして椅子に座らされ、お茶まで出してもらってる。

あれから。

何を思ったのか、パニックになっていた私の腕を掴んだまま、御堂先生は、私をこの部屋へと連れてきた。

有無を言わせずに、空いてる椅子に座らせて。

何をしているかと思えば、お茶を淹れてくれていた。

「…ありがとうございます」

ふわり、とコーヒーのいい香りが漂った。どうやら、カップの中身はコーヒーのようで。

カップを両手で包めば、じんわりと温かく、それで自分の手がひどく冷えていたことに気がついた。

不安と緊張のせいで血の気が引いて、末端までうまく血液が回ってないらしい。

外は、夏と変わらない陽気なのに。

私一人、凍えているみたい。

そっと口をつければ、コーヒーの苦さが口腔に広がる。

その温かさと苦さだけが、現実みたいだった。

「もう少し飲め」

「…え?」

「まだ、ひどい顔色だぞ」

またボンヤリしていたようで、気が付けばさっきまでテーブルの向こうにいた先生が、目の前に座っていた。

顔を上げると、かすかに眉根を寄せた先生の視線が、私にまっすぐ刺さる。

それが気まずくて、私は慌てて視線を逸らした。

ごまかすように、コーヒーに口をつけて。

けれど、もう味は分からなかった。

「新宮は、『魔法』について、どれくらい知っている?」

「えぇと、魔術を使うときのルール、というくらいしか。それ以上の意味があることは知ってますが、それが何かは知りません」

クノスが説明してくれたのは、それくらいだし、それ以上のことは、「今は知らない方がいい」って、教えてくれなかった。

さっきのクノスと校長の会話を思い出す。

何かおかしなことに巻き込まれている、分かることはそれくらい。

どうも魔法の改正作業に携わるせいで、命を狙われたりしてしまうんだし、それだったら真実を知った方がずっといい。

クノスは、守るって言ってくれたけど。

きっとさっきだって、私のこと心配してくれてたんだろうけど。

私は守られるだけの子どもじゃないし、どちらかといえば自分の足で立って、自分で判断したいと思っているタイプだ。

「先生は、それが何かご存知ですよね?」

「あぁ、それが知りたいんだろう?」

そういえば、こんな会話を一月ほど前にした気がする。

そのときは対価だとか言う話になって、逃げてしまったけど。今回は、そうもいかない。これじゃあ、動くに動けない。

…さすがに、この状況で対価請求したりしないよね、この人。

「そうだな、」

御堂先生は、話をすることを少し躊躇うように視線を遠くに投げた。

「『魔法』はな、この世界の理だ。ルールといった方がいいだろうか」

「この世界のですか?」

「そう、この魔法世界の。確かに魔術を使用する際のルールではあるが、それが一般の法律と大きく違うのは、『魔法』の効果は何を介さなくとも現れるということ」

「効果、ですか」

「そうだ、『魔法』で定まっていることは何人たりとも、反することができない。ただ、それが魔術の使用の細かい部分まで定めるようになったのは、そんなに昔のことじゃない。元々は、『魔法』はクロノス一族の定めた、この世界のルールであり、理なんだ」

この世界のルールであり、理。それは、なんだか矛盾した響きを持つ。

理は、すでに定められた法則であるのに対して、ルールっていうのは社会生活を営む上で、必要になった集団の中の決まりごとだ。

「わけのわからないって顔してるな」

そういって、先生はあの無表情で苦笑し、この世界について語り始めた。


***


はるか、昔。

ヒトがまだ、多くの地域で狩猟採集を行い、世界の一部で農耕文化が生まれ、文明が発芽したころ。

現在はギリシャと呼ばれる地で、精霊に愛された一人の青年がいた。

精霊とは、自然界に存在する魔力が集まって、単体として形を、そして意思を持つようになった存在のこと。――いわば、意思を持つエネルギー体。

そんな精霊に愛された青年は、高度で複雑な魔術を使うことが出来た。

そして。

その青年は、あらゆる魔術を極めて、遂に時空間すら操れるようになった。

それは余りにも世界の理を歪めるもので、自然界にある魔力を糧とする精霊にとっても、危険なものだった。

だからなのか、それとも愛していたからか。

精霊は、その青年を時空の割れ目に落として、自らもそこに入り、そこに新たな世界を築くことにした。

青年と精霊は結ばれて、その世界で一族を成した。


それが、クロノス一族の始祖。


やがて時代がくだるにつれ、ギリシャ以外の地でも精霊に愛された者が現れ、同様に時空の違う世界に落とされることになる。そして彼らも『始まり』と同様に一族を成した。

そのため、一時この新たに作られた異世界は、為政者を争い、戦乱の時代を迎えた。

争いを嫌った精霊は、そんな彼らに愛想を尽かしてその姿を隠し、魔力の供給も止めてしまう。

元々魔力は、元の世界にしかなく、そもそも異世界自体が魔術によりその形を維持していたため、人々は混乱に陥り、すぐに争いを止めた。

そして、最初にこの異世界に来たギリシャの地の青年を始祖とする一族を頂点に、各々が各々の地域を治めることになった。

その際に、一族としてクロノスにまとめられ。

それぞれがクロノスとして、地域を治める存在として、その地の名前をクロノスの後に名乗るようになった。

そう、例えば日本なら、クロノス・ジャポネというように。

やがてクロノスの一族は、この世界に一族のみではなく、魔力を感じることの出来る者を受け入れるようになった。

その時代には、もう元の世界で精霊が存在できるような、豊かな魔力のある場所は非常に少なくなっており、その代わりに精霊の力を受けついた者として、魔力を感じ、ひいては魔術を使える可能性のある者を、適切に導く必要があったからである。

彼らは魔術を教えるために、クロノス一族は、彼らが魔術を学ぶための学園を作り。

また、一族でない者が魔術を暴走させないように、この世界で過ごすためのルール、すなわち『魔法』を作った。

魔術は力として非常に強力であり、そのために一度悪用されれば、非常に危険だとされたために、『魔法』はただのルールであってはいけない。

そうした考えから、彼らはクロノス一族の定めた『魔法』から外れる魔術行使は、出来ないようにされた。

そう、『魔法』とは。

クロノス一族が世界に施した、それに反する魔術行使を禁ずる、『魔術』の効果なのである。


***


「こうして魔法はできあがり、どんだけ頑張ろうとも、クロノス一族以外のものには、『魔法』に反する魔術行使は、物理的に出来ないようになってる」

「…なるほど」

先生が最初に、ルールであると同時に、世界の理だといったのは、その物理的な効力のためらしい。

そりゃ、いろんな思惑や利権が絡むわけだよね。だって、物理法則を決められるんでしょう?

この魔法世界で、どれだけの人間が生活しているのか知らないけど。

でも一定程度の社会が出来上がってるみたいだし、その影響力の大きさは計り知れない。…命くらい、狙われるのかも。

本当に、やっかいなことに巻き込まれたみたい。

…まぁ、仮に今の話が本当なら、って前提だけど。

「先生、精霊って…」

うん、まぁね。最初に会った、小さいサイズのクノスを見て、妖精だか、精霊だか、思ったりしたけど。

魔術ってのが、そもそも非常にファンタジーな世界なわけだけど。

精霊が、一族の始祖って…。なんか、本当に人間なのか、それ。話が抽象的なこともあって、なんだかお伽噺を聞いてるみたいで、にわかには信じがたいのは仕方ないと思う。

子どもじゃあるまいし、頭から信じる気にはなれない。

そんな思いが顔に出てたのか、先生はかすかに眉をひそめた。あら、気分を害したかしら。

「信じなくてもいいがな、これ『魔法史』やれば、必ず出てくる話だからな」

それはつまり、信じられないなら、自分で調べてみろってことでしょうかね。この部屋を出た後にでも、図書室によって来ようかな。

「…話を続けても?」

「あ、はい、お願いします」

先生は、どこか遠くを見つめて、ひとつ大きくため息をついてから、私に向き直った。まだ『魔法』については、レクチャーが続くらしい。

「『魔法』はな、一応各地域で少しずつ異なる」

「各地域で?」

「あぁ、さっきクロノス・ジャポネなんて話をしただろう。その地域を治めるクロノスによって、『魔法』が異なるんだ。文化の違いがあるしな」

「なるほど。じゃあ私が関わるのは、クロノス・ジャポネの『魔法』の改正ってことですね?」

「そういうことだな。『魔法』は魔術だ。書換えには、数人のクロノス一族が必要になる。それだけ魔力を消費するからな」

「えと、私がするのは、その前段階までですよね?」

私はクロノスじゃないんだから、書換の魔術を行う前に、どのように書き換えるかのアドバイザーってことだよね。

でも私がそう言った途端、さっきまでどこか嫌そうに話をしていた先生の表情が、ニタリとしか表現できない、暗い笑顔に変わった。

ぞくり、と肌が粟立つ。この人、なまじ顔が綺麗なぶん、こういう表情が似合いすぎて怖い。


「どうだか、な」


そう一言、底冷えのするような声で、言い捨てて。先生は席を立った。

「え、御堂先生…?」

「話は終わりだ。このままここにいてもいいが、それは代償を支払うためだと理解するぞ?」

振り返った先生は、いつもの意図の読めない、曲者の微笑み。

さっきのはなんだったんだろう、と思いつつも、「代償」という単語で我に返る。

あぁっ、この前は同じこと聞いて、「代償よこせ」って言われて襲われそうになったんじゃん!

てか、この状況でも、やっぱり対価請求するんだ!?

「支払いません、お邪魔しましたっ」

あわてて私は立ち上がると、魔法薬学準備室を後にした。

廊下に出て、少ししてから振り返れば、そこはいつもの学園しかなくて。

なのに、なにか恐ろしいものが蠢いている、そんな気がした。


先生の暗い笑顔が、なぜかいつまでも頭から離れなかった。


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