14、空を飛べたら
空を飛ぶことは、人類の夢だ。
昔から、人は鳥のように大空を飛ぶことに、夢を馳せてきた。
だからこそ、現代社会では飛行機やら、ヘリコプターやらが開発されているわけだけど。
魔法世界、の場合には。
「今日から、箒での飛行訓練に入る」
授業の冒頭で、先生がそう言った途端に、クラス中が興奮でざわめいた。
魔道具実技演習の授業で、今日は三回目の演習授業だ。
時間が経つのはあっという間で、すでに六月上旬。向こうにも、あれからもう一度帰省している関係もあって、まだ時間は追いついてないが、空の青さは向こうと同じだった。
演習授業ということで、全員が芝生の広がる中庭というには広すぎる場所に集められている。
この魔道具実技演習って、要は一年のころは、ひたすら箒で飛ぶ練習をする授業らしい。
最初は座学で、演習授業の初めは箒にまたがらずに、実際に魔法具を操る練習として、箒のみを浮かせる練習をしていたわけだけど。
箒は、魔法世界ではダントツに使われる移動手段で、魔道具としても一番多く使用されている。
魔法としては、土魔法と風魔法の混合魔法。
けれど用途によって、少しずつ刻んである呪文が違うから、箒の種類も違うんだそうだ。
当然といえば当然だが、呪文が複雑になるほど、込める魔力が多く必要だったり、込め方にもコツが必要だったりする。
私達がこれまでの演習授業で使っていたのは、もちろん一番単純な魔法の刻まれている箒で、今日使うのも同じもの。
いきなり違う魔法具を使って、落下したら大変だからね。
だから、私達がこれからやるのは、せいぜい浮かび上がることくらいで、
すいすい空中を飛び回るのは、別の箒じゃないと出来ないし、まだまだ先のことになる。
それでも箒にまたがって、空中に浮くっていうのは、楽しいと思うのだ。
「沙耶、そんなに楽しみ?」
「そりゃあ、普通は…」
クノスに意外そうに聞かれて、当たり前だと答えようとして、
ふと彼が普通じゃないことに気付く。
本来の姿である精霊の姿のときには、ふよふよ飛んでるしなぁ、クノス。
「…なに、その目は」
「ううん、別に」
「…箒で飛ぶことはめったにないから、俺だって楽しみだよ」
視線逸らされながら言われても、ちっとも信憑性がないですよ?
そう思いながらも、あえて突っ込まずに、視線を先生に戻した。
「箒を今から配るが、まだ絶対に飛ぼうとするなよ!まずは、復習として箒だけを浮かせてみろ!」
そう指示をしながら、先生が箒を配っていく。
箒といっても、掃除用具のような形ではなく、いわゆる魔女の箒とでもいえばいいのか。
あの、毛先がぼさぼさになってる感じの。
丈は1メートル半くらいで、私の身長よりは小さい。
柄の部分に、なにやら文字が彫られていて、これが呪文なのだ、多分。
すでに魔力はクノスから貰いずみなので、私としては、今すぐ魔力を込めて、浮かび上がらせてみたいんだけど。
みんな魔力を集めるところから始めるので、一人で先走るわけにはいかない。
でも、早く飛んでみたいなー。
とりあえず先生の指示どおりに、箒を浮かせる。
呪文を唱える必要もない(そもそも魔術の発動に、私は呪文いらないけど)、魔法具の使い方は、魔力をもらっている私にしてみれば、すごく簡単だ。
手の平にあるエネルギー体としての魔力を、箒に送りこむだけ。
魔力を自由にあやつる練習は、最初の「呪文演習」の授業の前でやってたから、そんなに難しくない。
そうやって、私がプカリと地面から一メートルほどの高さまで、箒を浮かせていると。
「新宮は、相変わらずうまいな。よし、実際に箒にまたがってみろ」
「あ、はい」
先生がやってきて、飛行(?)の許可をくれた。
一度、魔力を込めるのをやめて、箒にまたがり。
もう一度、魔力を込め直す。
ふわり、と地面から数センチ足がはなれた。ただそれだけなのに、途端にバランスを崩しそうになる。
「う、わっ」
「沙耶、体重を前にかけすぎだよ!」
クノスが慌てて、私の乗っている箒の柄を掴んで、バランスをとってくれた。
「そう、ゆっくり体重後ろにかけて」
「う、うん」
クノスってば、やっぱり慣れてるんだ。
そろそろと体重をかけなおして、箒の上でバランスをとる。
なんだろう、自転車に乗るのに近い?
クノスがゆっくり手を離して、それでもなんとかバランスがとれた。
それにちょっと気分をよくして、もう少しだけ魔力を込めてみる。
もう数センチ上に浮上。
一度コツを掴んでしまえば、箒の上でバランスをとることも、それほど難しくない。
顔をあげれば、皆次々と箒にまたがって、浮上を試みていた。
バランスが取れない生徒には、先生がさっきクノスのやったみたいに補助していて。
ふと、横をみれば、クノスは何でもないかのように、私より数十センチは高く浮いている。
…いや、普通に飛べるクノスにしてみれば、何でもないことだよね。
私は少しクノスに対抗するかのように、込める魔力の量を増やして。
スゥっとさっきより、一メートルほど高くまで浮かび上がった。
「…沙耶、調子乗ると、怪我するよ」
上からクノスを見下ろせば、呆れたように言われて。
だって、なんか悔しかったんだもん!
それでも、落下したら少し危ないような高さだから、少し降りようと思った。
先生に怒られそうだしねー。
降りるのも、原理は同じだ。込める魔力の量をゆっくり減らしていくだけ。
急にやれば、箒は一気に魔力を失って落ちるから、「ゆっくり」ってのが大事だ。
だから。ちょっと緊張しながらも、力を緩めようとしたのに。
それだけ、なのに。
ガクン、と突然箒が揺れた。
その振動で、思わず振り落とされそうになって、必死に箒の柄を掴む。
その一瞬で、一気に私のまたがっている箒は急上昇して。
みるみるうちに、地面が遠ざかり、クラスの皆の姿が小さくなっていく。
クノスが追い駆けてこようとして、誰かに止められているのだけ、目の端に映った。
…だけど。
「、っ!!」
声にならない悲鳴が、喉を駆け上がる。
怖い、こわい、こわいっ!!
高所恐怖症ではないけど、すでにビルの屋上くらいの高さにはなっている。
この高さから落ちたら、…ほぼ確実に、死亡だ。
どうして?なんで、上昇していくの?
私、ちっとも魔力込めてないのに!
もう箒に掴まることしか、出来なくて。
怖くて、怖くて、泣きそう。頭は、もうパニックだ。
どこまで上がるの!!
そう思った瞬間だ。…思ったのが、悪いのか。
ガクン、ともう一度、箒が揺れて。
急上昇していた箒は、一気に力を失った。
…そう、浮上する力を失って。今度は急落下だ。
「いやぁぁぁぁぁぁ―――!!!」
声にならない悲鳴が、喉からほとばしる。
箒に魔力を込める、なんて無理だった。何も考えられなかった。
もう必死に箒に掴まるだけ。
目を強く、ぎゅっと瞑る。
これで、こんなところで、私の人生は終わるんだって、そう思った。
走馬灯、見えないな、なんてね。
その途端、浮かんだイメージ。
強い風、落下の衝撃を和らげるクッション、空気の層。
瞑っていた目を開いて、間近に迫る地面に、思い切りぶつける。
「緩衝の風っ!!」
それが何を示すのかも、わからなかった。
けれど、そうすれば助かる。
私の頭が、そう伝える。
ばふん、と自分の生み出した、空気の層にぶつかって。
ガクンと落下スピードが落ちて、一瞬空中に待機したかと思うと、
ふわりと地面に落ちた。
無我夢中で、何がなんだか分からなくて。
今自分がどういう状態なのかも、よく分からない。
「沙耶っ!」
クノスの声が聞こえて。
そちらを向けば、クノスが泣きそうな顔で走り寄ってくるところだった。
あぁ、私助かったの?
そのまま意識は暗転した。
その暗闇の中で、『無茶をするな!』と怒る父の声が聞こえた気がした。