13、日常も波乱万丈でした
R指定がつくようなものじゃ全然ないですが、一応いちゃいちゃしてるシーンがあります。
一週間の帰省(?)から戻って、あっという間に迎えた月曜日。
「授業、追いつけそうですか?」なんて半分冗談で陽菜ちゃんが言うけど、
週末に教えてもらったのと、そもそも大して進んでないから、あまり問題はなかった。
まぁ、先週は「呪文演習」で実技の小テストがあったらしくて、
もしかしたら明日の授業でやらなきゃいけないかもしれないっていう…ね。
でも、初回の授業で完璧に(「詠唱破棄したくせに、どこが完璧なの?」ってクノスには突っ込まれそうだけど)やったから、見逃してくれる、かも?
それにしても、よく分からない。
呪文と、クノスの言うイメージで使うことと。
魔術は、魔力を集めて、固めて、イメージして、呪文を唱えると、行使できる。
この、呪文の存在が曲者なんだ。…出来るなら覚えたくない、って意味でも。
とりあえずは、クノスに魔力をもらわないとなぁなんて思いながら、
ようやくやってきた昼休みに、購買へお昼を買いに席を立った。
…と。
廊下に出た途端、何か悪い予感。
なんか、嫌なものがくる…?
けど、それが何なのか分からずに首をかしげていたら、いきなり背中から体当たりされた。
…もとい、後ろから抱きしめられました。
身長高いんだからさ、体格差考えようよ、海斗。
「沙耶っ!急にいなくなるなよ、帰っ…ぶっ」
それが廊下に響くような声で、まずいことを言いだそうとするので、
慌てて海斗の口を手で押さえた。
それじゃあ私がまるで、いつ帰ってもおかしくない、そもそも学園に在学すべきじゃない人みたいでしょーが!!
事実ですけどね!?
そもそも廊下で、何で抱きしめてくるんだ、こいつは!
そんな思いで海斗を睨みつければ、海斗は一瞬楽しそうに目だけで笑って、――次の瞬間。
「っ、ひゃあ!?」
海斗の口を押さえていた手の平に、突然生暖かい感触。
びっくりして手を離せば、「あれ、もうダメ?」なんてニヤニヤしている。
こいつ…、信じらんない!なんだって、人の手舐めたりすんの!?
おまけに、後ろから私のおなか辺りに、海斗の腕が回っていて、逃げるに逃げられない。
ふと気がつけば、周りはちょっと離れて興味しんしんに見守ってて、
なんか、なにこれ、なんで廊下でいちゃつくカップル状態になってんの?
「綾坂くん」
「…なんで、海斗じゃなくなんの」
「とっとと離して、三年の教室でも、食堂でも、いっそのこと宇宙の果てでも行ってくれませんか」
「いや、なんでそこで宇宙の果てチョイス?」
海斗はそこで吹きだして、私を解放してくれた。
「で、本当になんでいなかったわけ?」
今度は小さい声で、耳元で囁かれる。
小声なのは助かりますが、顔が近いですよ、海斗さん。
「まぁ、もろもろ大人の事情」
私の実年齢を知ってる海斗になら、こう言ってもいいだろう。
「高校生だろー」
「所属と年齢は関係ないですよ?」
海斗のふくれっつらに、ニコニコ笑顔で対抗していれば、ヒヤリとした声をかけられた。
「邪魔ですよ、綾坂先輩」
あちゃー、氷の微笑を浮かべた保護者の登場です。
「先輩に対していい度胸だな」なんていう海斗の声を無視して、するっと私の手をとり。
「沙耶、ぐずぐずしてると、お昼食べる時間なくなるよ?」なんて。
クノスさん、なんでそんなに喧嘩の大バーゲンやってるんですか。
ちらりと視線を向ければ、案の定海斗の口元が多少引きつっていた。
そりゃ面白くないよねー。一応、三年生と一年生だもんね。
まぁ、クノスは特殊すぎて、そういう枠では捉えられないとは思うけど。
けれど私の手は今クノスにつながれていて、そのまま購買に向かわされるから、
「また、放課後ね」とだけ声をかけて、クノスの後をついていった。
でもそのまま、しばらくしても、手はつながれたままで。
…あれ?
「黒須くん、手離して」
「うーん、さっきも変なのに捕まってたし、ダメかな」
なんで、そんな無駄にいい笑顔でダメだしするかな。
なんだかんだで、今までどおりの雰囲気でいられるのは嬉しいんだけど。
さっきから、ぐさぐさと刺さる視線が痛すぎることに、いい加減気付いてくれないかな。
「黒須くんと、綾坂先輩って、ウライア学園の二大アイドルって知ってました!?」なんて陽菜ちゃんの台詞も、つい思い出されて、
見世物状態なあげく、反感買い捲りのこの状態に、泣きたくなった。
***
そいでもって、この人の存在を忘れてました。
「一週間も無断欠席したんだ、これくらいの課題は当然だよな?」
「え、あの、課題って普通レポートとかじゃ…」
「課題の決定権が、教師にあるってことくらい、分かってるよな?」
…あぁ、そんなに頑張って表情筋使って、
無駄に綺麗な笑顔を見せてくれなくていいですよ、御堂先生。
魔法薬学準備室。
二度と足を踏み入れるか!って思ってた部屋に、何故いるかといえば、
帰ろうとしてた矢先に、先週の授業の欠席のため、課題を出すって言われて、
直接御堂先生に連れてこられたからです。
…この場合、クノスもいていいはずだよね。
あいにく、なぜかクノスが教室のいないタイミングで現れて(クノスは今週掃除当番らしい)、
そのまま連れてこられたってわけで。
職権濫用はんたいー!
で、結局。当の課題の内容といえば。
「なんで準備室の片付けをやらされてるんでしょうか…?」
「あ?薬品瓶いじってたら、薬品名と効能、覚えるだろ。座学でも点数とっとかないと、飛び級なんて無理なんじゃないか?」
「あー、気を使っていただき、アリガトウゴザイマス」
そうか御堂先生って、教師側のフォロー役だから、私の現状を知っているんだ。
嫌味に嫌味で返されて、つい棒読みになってしまったけど、そこではた、と気付く。
御堂先生なら、クノスが隠していること、知ってるのかなぁ?
「先生ー」
「なんだ、無駄話はしてもいいが、手は動かせよ」
…この人、嫌味言わないと生きていけない人なのか?
自分は机に向かったまま、何か原稿書いてるし。
ぼんやりと先生を見つめながら、次の言葉を探す。
クノスが隠していることを、他の人に聞くことのためらいと、罪悪感。
けれど、なぜここに自分がいるのか、分からないっていう不安も大きくて。
聞くか、聞くまいかの葛藤に、数十秒。
先に、痺れを切らしたのは、先生の方だった。
「…なんだ、ただ呼んだだけってオチか?」
怪訝そうな顔で振り向かれて、呼んだだけになっていたのに気付く。
「あー、そうですねー」
聞いちゃおうか。聞くまいか。でも聞いてもいいか?
そんなふうに、葛藤を頭の中で繰り広げていたら、するっと口から出た言葉。
「魔法の改正作業って、結局なんなんですか?」
「…それを、俺に聞くか?」
そう尋ね返されて、ハッとする。
御堂先生は、フォロー役。ってことは、校長っていうか、クノスサイドの人じゃん!
クノスが教えてくれないことを、この人が教えるわけがない。
「あー、今の忘れてください」
そう言って、片付けに戻ろうと、棚へと向けば。
「教えてやろうか?」なんて、後ろで声がした。
「え?」
「教えてやってもいいよ、改正作業について」
「先生、…教えてもいいんですか?」
「自分で聞いといて、今更だと思わないのか」
クッと、皮肉めいた笑いをこぼして、先生は椅子からギシっと音を立てて立ち上がる。
そして、私のいる棚の方へと、
一歩、一歩、近付いてきて。
気がつけば、この前の二の舞的な体勢で。…あら?
「一応言っとくがな、トップシークレットだぞ、これ」
「あ、そうみたい、ですねー…」
追い詰められた棚の前で、もう乾いた笑いしか漏れない。
そういえば、クノスが色んな人の思惑や利権が絡んでるとか言ってたっけ。
「まぁ俺には余り関係がないし、むしろバレた方がいいくらいだがな」
「そーなんですか…」
なんか非常に、政治くさい話なのかなー?
で、御堂先生は一般市民か、それよりも反体制的なポジション、みたいな?
魔法って、本当に何なんだ…?
つい考え込んでしまったのが悪かったのか。
自分の現在の危機を一瞬忘れて。
気がつけば、さっきよりも近い先生との距離。
驚いてビクッとした瞬間、先生は悪魔のような微笑みを浮かべた。
「沙耶」
「っ、!?」
ふぅっと耳に息がかかって。
まるで恋人を呼ぶかのような甘い声で、私の名を呼ぶ。
ぞく、と背中に何かが走った。
けれど、先生はあのニンマリとした悪魔の微笑みのまま。
「けど代償は、きちんと払えよ?」
「だ、代償って…」
「情報料。ただで、教えてもらえるとでも?」
そう言って、笑みはさらに深くなり。
その笑顔を見た瞬間、首筋の後ろあたりで、ぞわりと悪寒がして。
頭の中で、最大級の警報が鳴り響いている。
あぁぁぁ、本当に聞く人間違えたー!!
「いいですいいです知りたくないし聞きたくないですお邪魔しましたー!」
そう言うだけ言って、渾身の力で、先生の腕包囲網を潜り抜け。
急いで、魔法薬学準備室を後にした。
この後クノスに怒られるなんて、理不尽にも程がないですか。