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魔法の法律的解釈  作者: 佐村 蒼
1章、魔法学校とクロノス一族
12/29

11、少しだけ昔の話を


「新宮 沙耶、さんですね?」

突然かけられた声に、驚いて振り向けば、そこには見知らぬ年配の男性がいた。

学校の帰り道。クノスが待ってるだろうな、と思って早足で歩いていたときだった。

休日ということで、いつもより早く切り上げてきたおかげで、まだ夜の帳は下りず。

暮れ行く空を背景にして、もうすぐ夏だというのに、目深まぶかに帽子を被ったその人は、いかにも怪しそうに見えた。

「…どちら様でしょうか」

多分、変質者を見るような目つきになっていたんだろうな。

その人は、慌てたように「あ、怪しい者じゃありません」と言って、帽子をあげた。

その顔は少し、どこかで見たような。そんな気がして。

「初めてお会いしますが、沙耶さんの父君の親戚なんです」

困惑した顔をしたままの顔で、その人はそう言って。

そして誰かに追われているみたいに、きょろきょろとあたりを見渡す。

なんなんだろう、この人。

お父さんの親戚?…そんな、まさか。

「…親戚?」

「そう、突然で申し訳ありませんが。魔法世界とは関わらないほうがいい。父親の二の舞になる。それだけ忠告したくて」

「っ、…え?」

「それでは」

「え、ちょっと!」

そのまま、その人は踵をかえして、雑踏にまぎれてしまい。

私は、ポカンとその場に立ち尽くして。

そこには、謎だけが残された。

たださっき感じた既視感は、父さんに似ているせいだと、ふっと気付いた。


***


私には、父も母もいない。

両親とも、私が高校三年のときに、交通事故で亡くなった。

ハンドル操作を誤って、崖から転落。即死だったと、警察から聞いた。

なんで両親は、あんな山中に行ったのだろう。

大学も決まっていて。新生活が始まろうってときに。

私の生活を、本当に一変させてくれた。

幸いなことに、保険金が多額に入ったことと、奨学金がとれたことと、母の妹にあたる叔母が親切に面倒を見てくれたおかげで、

無事に大学も卒業も出来たし、こうして大学院まで行ってるけど。

帰る家がないことが、たまにどうしようもなく淋しくなることはある。


「どーいうことよ、父さん…」

ゆっくり湯船に浸かりながら、溜息をつけば、それと一緒に愚痴じみた言葉もこぼれた。

ぴちゃん、とどこかで水滴の跳ねた音がする。

疲れた身体を休めるにはお風呂しかない!って言って、クノスを置いて、一人でお風呂中。

でも、それはただの言い訳で、本当は今日の帰り道に会った人のことを、一人で考えたかったから。

「父さん、親戚いないって、言ってたじゃん~…」

確かに、あの人は母さんじゃなく、父さんの親戚だと言った。

けれど。父さんは、自分で親戚はいないって言ってたんだ。

親も早くに亡くなって、兄弟もいないって。もしかしたら、父さんも知らないような遠縁の人?

確かに、父さんに似ていたし。親戚だって言われたら、納得しなくもない。

でも、それなら私の名前をどこで知ったか分からなくなる。

父さんを知ってるならまだしも、父さんが知らない遠縁に、誰が娘の私の名前を伝えるっていうの?

…調べられたの、かな。

そう考えて、一瞬背筋に寒いものが走った。

見知らぬ人に、あれこれ自分のことを探られるのは、あまり気持ちのいいものじゃない。

そして、なにより。

なぜ、あの人は『魔法世界』と私の関係を知っているのか。

父さんの二の舞って、どういうこと?

彼が、遠縁として私のことを知っていて、さらに魔法世界に属する人なら、私と魔法世界の関係を知っていても、それほど不思議はないけど。

でも、それなら向こうの世界で声をかけてきそうなものだ。

だいたい、向こうとこっちで時間軸がずれているんだから、『魔法世界』を知っている私が六月時点でいるって、なんで分かるの?

もともと私を遠縁と知っているのに、何故今になって声をかけてきたのかも分からない。

本当に、彼は一体何者なのか。

「父さん、化けて出てきて、教えてよ…」

何故か自分のことを知っている見知らぬ人より、幽霊でも父さんのほうが怖くない。

本当に、両親がなくなってから六年も経つのに。今更、親戚なんて言われても困る。

叔母さんもきっと知らないだろうし。

「あ。」

今更ながら。私は、自分の正体がばれていることと、正体がばれてはいけなかったことに気付く。

そうだよ、魔法の改正作業に呼ばれて。

極秘だから、身分を隠して魔法学校にいるのに。

…名前も変えなきゃいけなかったんだなぁ。

「クノスに伝えなきゃ」

そんでもって、クノスに相談してみよう。

ざぱぁと勢いよく、湯船から上がって。私は、一人で悩むお風呂タイムを終了した。


***


「は?ばれた?」

「そう、だと思う。少なくとも、私が魔法世界に行ってることは知ってる」

「…おかしいな」

「まぁ、こっちで私のことを知ってて、向こうで見つけたのかなって」

「…んー」

クノスは相変わらずふよふよ浮きながら、難しい顔をして考え込んでいる。

なんだろう、確かにおかしい点は色々あるけどさ。

海斗も、こっちでの私を知ってたみたいだし、まぁないことじゃないと思うけど。

「でも、すごい確率だよね」

「なにが?」

「だって、たまたま抽選にあたった私の遠縁に、魔法世界に関わる人がいたってことでしょ?」

どうも、魔術を持つ人って、あまり多くないみたいだし。

私に親戚が少ないことも合わせると、なかなかすごい確率じゃないかと思うんだけど。

「…遠縁?」

「あれ、言わなかったっけ?その人、父さんの親戚だって名乗ってて、本当に多分そうだと思う。父さんに顔似てたし」

「…嘘だろ」

そう私が言った瞬間、クノスはすぅと青ざめて。

何か、よくないことでも起こったみたいな。

「そんなはず、ない」

その声は微かにふるえていて。

ひどく困惑した表情に、こっちが困ってしまう。

確かに色々おかしな点はあるとは思うけど。そこは否定しなくてもいいんじゃない?

「沙耶の親戚?…父方の?」

「なんで?」

たまたま抽選にあたった私の親戚のことを、なぜクノスが否定できるのか。

…もしかして、まさか。

抽選とかじゃなかった…?

「なに、って何が」

「魔法の改正作業、法科大学院生の中で抽選だったんだよね?」

「…あ、うん」

「どうして、私の親戚に魔法世界に関わる人がいることが、そんなに驚きなの?」

私の背景を知っていて。それで、私を『選んだ』のだとしたら。

それは、何の目的のため?

…父さんの二の舞、って本当にどういうことなんだろう?

「……」

「クノス、答えて」

「抽選、だよ。その後で沙耶の背景バック、調べたから。だから、思いがけないこと言われて、驚いただけ」

「本当に?」

「嘘言っても、しょうがないでしょ」

そう言って、クノスはいつもどおりに、ニコッと笑って。

でも、今の私には、それがひどく嘘くさく見えた。

「…信じていいの?」

「信じてよ」

クノスしか、信用できないこの状況で。

クノスのことを信じきれない現状が、悲しい。

それでもきっと、私はまた魔法世界へと行かなきゃいけないんだろうな。

「…そうだよね」

「もう、そんな暗い顔しないでってば!」

にこにこと笑うクノスが、少し空元気のような気もしたけど。

クノスを信じないことの方が怖くて、私も無理矢理、笑顔を作った。

けど、どうしても、「父さんの二の舞」の言葉の意味を、クノスに尋ねることは出来なかった。



それは平穏に投げられた、ひとつの小石。



遅くなった上に、なかなか話が進まずに、申し訳ありません…。

次回からは、魔法学校に戻ります。

『日常話』を、そろそろ返上しなきゃかも…。


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