9、逃亡を希望します
*ややR15です。
姉さん、ピンチです。…違う、私に姉さんはいない。
先生、ピンチです。…ダメだ、目の前にいるの、一応先生だよ。
あ、わかった!
クノス、ピンチです!
魔法世界の私の保護者だよね、クノス!
そんなこと思ったことないでしょ、とクノスの突っ込みが聞こえる気がするけど、今は無視だ!
助けて、クノス!
***
事の起こりは、十数分前。
魔法薬学の御堂先生に、授業後に薬品瓶や器具の片付けを頼まれて、一緒に魔法薬学準備室へと赴いた。
御堂先生は、まだ若くて、26歳だとか。
誰から情報って、…陽菜ちゃんですよ。意外と情報通な妹です、ええ。
魔法薬の研究のせいらしいけど、先生の髪は綺麗な銀髪だ。目の色は、普通にこげ茶色だけど。
だけど、どうして魔法世界って美形が多いのかなー、っていう感じで、先生も綺麗な顔立ちをしてらっしゃいます。
クノスがかわいい、海斗がかっこいいなら、先生は綺麗。
無表情で淡々としてるから、彫刻みたいだ。
それでも目の保養だなぁとか思いつつ、年が近いこともあって、普通に話をしていた。
ごくごく普通の世間話。
普通の話もできるんだなぁなんて、失礼な感想を持ったことは秘密、で。
学校に慣れたかだとか、食堂のメニューがどうだ、だとか。
そんな中身のない話をしているうちに、魔法薬学準備室に着いた。
先に入った先生に続いて部屋へと入れば、そこは研究室をかねているらしく、よく分からない器具が山ほどあって。
なんだか、魔術師の研究室みたい。…魔術師なのか。
乱雑した部屋で、先生は持っていた器具を入れるための木箱を適当なテーブルに置いていたけど、それ以外にあいているスペースが見つからなくて。
部屋を見渡しながら、一緒に運んできた薬品瓶の入った箱を、どこに置こうか訊こうとしたときだった。
ふっと、上から陰が差して。
何事かと思えば、先生がすぐ横に立っていた。
「御堂先生…?」
「なんですか、新宮さん」
すぐ横は壁、反対側は先生。
なんとなく先生を見上げる形になれば、背中に壁があたった。…まずいかも。
「あの、ちょっと離れていただけませんか」
「どうして?」
どうして、って!今にも触れそうな近さに立っておいて、それはないだろ!
それでも相手は先生だし、年上だし、この前の海斗相手みたいな態度は取れない。
両手がふさがっている状態では、上から覆いかぶさられても、とっさに逃げ出せない。
…先生も身長あるよなぁ。
ちょっとまずい状況なのに、上から覆いかぶさられて、一瞬思考がズレた。
クノスが175センチで、海斗が181センチって言ってたから、多分178センチくらい。
クノスと海斗のちょうど中間。
「新宮さん、」
声をかけられて、ハッとする。現実逃避してる場合じゃなかったんだった。
私の頭上の壁に、手を付かれて。
上から降ってくる、声。
ゆっくりと近づけられる顔に、じんわりと恐怖が滲んでくる。
これは、なに。
何が、起こっているの?
「あんまり簡単に信用しない方がいいよ?」
ふぅ、と吐息がかかるほど、近く。
耳元で囁かれた声。
ビクリ、と微かに揺れてしまった自分の身体が恨めしい。
あぁ、もう。この薬品瓶、床に落としていいかな。
「落とすなよ?」
考えを読まれたのか、反応してしまったからなのか。
かすかに笑いの混じった忠告は、ますます私を緊張の渦へと落とし込む。
もうちょっと男性経験を積んでおくべきだったか。そういう問題じゃないのか。
どうしよう、どうしよう。
どう切り抜けたらいいんだろう?
そうして、冒頭へ戻る。
でも、心の中でいくら呼んでも、クノスは来てくれなかった。…当たり前か。
それでも、なんか特殊な魔法使いみたいなんだから、来てくれたらいいのに!なんて、クノスに八つ当たりして。
そこで、ひとつ小さく深呼吸。
気持ちを落ち着けなきゃ。
思い切って、俯いていた顔をあげれば、思いのほか近いところに先生の顔があって、慌ててもう一度俯くはめになった。
耳元で、笑いを堪えないでください!
あぁ、せっかく気持ちを落ち着けたのに。
自分の頬が、赤くなっているのは分かる。だってさっきから、すごく熱い。
だからきっと。
先生だって、分かってる。
「なに、が…、したいんですか…」
頑張って出した声は、震えていた。
みっともない、とは思うけど、どうしようもない。
「何が、って?」
授業中とは違う、微妙に熱を持ったトーンの声。
無表情で、彫刻みたいだと思った先生の顔は、私のすぐそばで、微かに、けど意地悪そうに、微笑んでいる。
「生徒困らせて、楽しい、ですか」
「生徒を困らせてるつもりはないけど?」
「え?」
その、一瞬だった。
思わず先生の方へと振り向いた瞬間に、唇に触れたもの。
…最近、こういうパターン多くない?
呆気にとられる私に、視線を合わせたまま御堂先生はニッコリ笑った。
「新宮は、生徒じゃないだろ?」
先生は、一体何枚猫を被っているんでしょうか。
「…何の話ですか?」
18歳かって言われたら違うけど、生徒かって言われたら生徒ですよ。
だって、一応入学して、在学してるもん。
嘘をつかなくて済むことで、思いっきり不審そうな声を出せば、先生は意外そうな顔をした。
この人、表情筋けっこう動くんじゃん…。
「魔術使えなくて、魔法学校の生徒?」
「!」
それがバレてるとは。
え、なんで?クノスと練習してるところ見られた?
それとも、先生だから、校長から話がいってるとか?
どう誤魔化せばいいか分からなくて、とりあえず否定しか出来ない。
「い、言いがかりです」
「最初に驚いた時点で、アウトだね」
そう言いながら、御堂先生はニヤニヤ笑っている。
人のこと苛めて楽しいのか、このヤロウ。
「先生が、変なことを言うから驚いただけです」
「へぇ?」
心底信じてません、って声。
海斗も嫌な感じだったけど、それ以上だなー…。
なんだろう、変な人に絡まれる月間なのかな。
「本当のこと、吐かせてやろうか」
突然、また耳元で声がする。
さっきまで人の顔、覗き込んでたくせに。
「本当もなにも、…んっ」
反論しようとしたところで、思わず口を閉じた。
だって、変な声が出そうだったから。
突然、耳に、ざらりとした生暖かい感触。
「せんせ、何を…っ」
ゆっくりと下から上へとなぞられて、身体がピクッと反応してしまう。
「ん、やっ、」
「お前、感度いいな」
そんなのどうでもいいから!
耳元で、吐息交じりに喋るな!
ていうか、人の耳を食むな!
必死にその感触に耐えていたから、いつ身体に腕が回されたのかも気付かなかった。
薬品瓶の箱ごと、先生の腕に囲われていて。
いつの間にか先生の舌は、耳から首筋へと移っている。
「せんせ、やめ、てっ、」
「…本当のこと、言う気になっただろ?」
ようやく舌を私の肌から離した彼は、楽しそうに笑っている。
なるか、バカ!
精一杯、恨みをこめて睨めば、「正直に言わないなら、続きするけど?」なんて脅された。
「何が、目的ですか」
どうしてだろう。
この前から、なんでこんなに窮地に陥ってばっかりいるんだ。
…クノスに叱られそう。
なのに。彼は。
「んー?何も?校長からじきじきにフォロー頼まれてるだけだし」
……。
…は?
「はい?」
「先生側にも、事情を知っている人間が一人くらいいた方がいいでしょ」
年が近いから、って理由で頼まれたんだよねー、と御堂先生は、楽しそうに言う。
えっと、えっと。
話についていけないんですけど。
「…今のは?」
「何が」
「今の、嫌がらせの理由は?」
「あー、新宮にちょっかいかけてみたくなったから?」
「いりません」
そんな理由で、人を脅すな!
いまだに感触が残る耳もとを、手でごしごしと擦れば、「傷つくなー」なんて、まったく傷ついてない声がする。
なんなの!もう、本当に一体なんなの!
余りの展開に、私が声もなくしている間も、御堂先生はフォローすることなく、「久しぶりに笑ったなー」とか言いながら、表情筋をほぐしている。
もう少し、普通に笑ったらいいのに。
そして、「はい、ありがとう」とようやく、抱えていた薬品瓶の箱を受け取ってもらって、
私は即刻、魔法薬学準備室を出た。
「また困ったことがあったら、おいでー」
「もう二度と来ません!」
そんな捨て台詞を残しながら、なんだかもう一度ここに来るような気がして、慌ててその考えを振り払った。
それを見ていた人影に、私は気付きもしなかった。
ようやく御堂先生を出せましたー。
これで、主要キャラは全部出したはず…。
次回は、現代に一度戻る予定です。
今後の更新ですが、隔日でも難しそうで、週1くらいになりそうです…。
なるべく更新していきたいと思ってますので、また読んでいただければ嬉しいです。
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