第一幕 荘周夢蝶
最近同じ夢を見る。
試験が近々あり、追い込みをかけたツケが回ってきたのか、それとも不安のせいで良い睡眠が取れていないのか…。
初めて見た時は不鮮明であったが今でははっきりと他人へ伝えられるほど鮮明になってきている。
その夢では、僕は自分ではない誰かを追体験しているようだ。その誰かは、僕よりも少し年下の少年だった。
どちらにせよ、あまり気分のいい夢ではない。
その夢はこんなものだ
守らなければならない、そう強い意識、いや衝動に近いものに突き動かされ、燃える屋敷の中を突き抜けていく。走り着いた先には一人の男が、少女を殺そうとしている。
その男は少しばかり装束の派手な剣を握り、朱色の目は、炎を反射しどこか虚な目をしていた。
決まってその少年は、少女と男の間に割って入り、少女を守ろうとする。そして声を絞り出し男に問いかける。
…何故殺すのかと。
その男が何と答えたのかは、全体は不鮮明だが、最後にこう答えた
「これしか道が無いんだ」そう答える終わる頃には男の朱色の目は覚悟とやらを決めていた。
そこからの一連の動きの夢は見ることができていない。
その後、少年の視点から見ることはできるのは、目の前で少女が殺されるところだけだった。その後は知る由もない。なぜなら夢の中とはいえ、腹部に強烈な痛みが走り目が覚めてしまうからだ。
◇◇◇
「っ……!」
また同じ夢を見た。
試験も終わり、無事受かったというのに。これで一つわかった、この夢はプレッシャーが原因ではない。
僕は試験を受けに、魔術で有名である北国のアルヴェリア王国に行き、試験を終え、いまはその帰りである。
長時間馬車に揺られ続けて腰が少し痛くなっている。
アルヴェリア王国では目が腐るほど見た林檎の木は辺りにはなく、代わりに故郷で有名なオリーブの畑が所々見れるようになり、着々と故郷へ近づいていることがわかる。
試験のことや、アルヴェリア王国での生活を思い出し、背景を眺めてるうちに、故郷の街並みが見えてきた。
馬車夫に街の入り口から少し前に止めてもらい、荷物を取り馬車から、降りた。
「ありがとうございました」そう言い運賃を渡して街の中へ入っていった。
空の色が赤みを帯びてくる時間帯ではあるが、人々の活気が満ち溢れており、昔通っていた剣道場では、鍛錬に励む生徒の声で飛び交っている。普段から見ていることではあるが、久しぶりということもあり、鍛錬に明け暮れていた日々がものすごく懐かしく感じた。剣道場の角を曲がり通りを通ろうしたら、井戸の水を飲んでいたであろう、友人のジンと目があった
「おっす、レノン!!久しぶりだな」
鍛錬を終えたであろうが、疲れを知らないかのような口ぶりで挨拶をしてきた。
「久しぶり」こう答えた
「あー、お前試験の帰りか、どうりで疲れてる顔をしているわけだ」
どうやら僕は側から見れば、疲れてるらしい
「まあね、てか何で試験があることを知ってんだ?」
「あ、これまずかったか?
いやまぁ、お前の兄貴が近いうちに一緒に仕事ができ
るかもしれないって喜んで言ってたからさ、この国の 制度からして、叙位関連の試験を受けにいったんだろって思って…」
御名答だ。
「ほんとお前の勘の良さには脱帽するよ」
「だろ?勘の良さだけは昔から一丁前なんだよな。なん だし、道場にでも顔出してかない?」
矢継ぎ早に聞いてきた。
「いや遠慮しとくよ。師範とかには元気な時に行かなきゃ、体力がもたないからね。」
「そっか、じゃあ元気でな。いつか、暇な時あったら稽古にでも付き合ってくれよな。」
「じゃあまた近いうちに。」
そう別れを告げ帰路についた。
通りでは、屋台が並んでいる。久しぶりに嗅ぐ郷土料理の匂いは、疲れている体に染み渡り、食欲を唆ってくる。
通りの家からは子供の笑い声や、楽しそうに話す人達の声が聞こえる。
いつもの事だけど、どこか懐かしさを感じ、妙に嬉しく感じた。
木造の家々が夕日に照らされ、瓦屋根が橙色に染まっていた。遠くではオリーブ畑が風に揺れ、その向こうには幼い頃から見慣れた山並みが広がっている。
通りの角を曲がり、しばらく歩くと左に、家が見えて来た。
ブゥンブゥンといつもの風を切る音が聞こえる、兄貴が素振りをしている音だ。家の前まで来るとその音は一瞬にして止み、兄貴が走ってこっちまで走って来た。
「おっ帰り!!」
鼓膜が破れるかと思うほどの声で出迎えてくれた。
「ただいま」
「唐突だが一つ質問をしていいか?
試験、どうだった?」
少し気を使っているような口調で聞いてきた。
この質問が来るのを待っていた
僕は咄嗟に、バックの中の一枚の書類を兄貴に見せつけた。
「さっすがだな!!」
兄貴は喜びのあまり飛び跳ねた。
「僕より喜んでんじゃん」
「じゃあお前ももっと喜べ!
はっはー!!」
そう豪快に笑う僕の肩を叩いた。
「いった…」
「おおすまんすまん、試験終わりで疲れてる人には、気を遣わなきゃな」
「そんな疲れてねぇって」
苦笑しながら答えた。
「まあとりあえず中に入るか」
そう兄貴の言われるがまま家の中へ入ったいった。
玄関に置いてある置物が少し変化している以外は何一つ変わっていない。
「おかえり、試験お疲れ様」母がそう言い出迎えてきた。
「聞いてくれよ母さんこいつは叙位四位に受かったんだよ。
これで陛下の部隊で働けるようになるのも夢じゃないな。」
兄貴がまるで自分のことのように喜びながら言った。
目の前に本人がいるのにベタ褒めされると、恥ずかしい。あと母には自分で伝えたかった。
「まぁすごいじゃない!!
今日はご馳走ね、腕がなるわ!!」
「じゃあ豚汁でもお願いしようかな」
「安上がりなご馳走だな、じゃあ唐揚げもお願い」
「了解致しました、あと唐揚げはおまけだからね、ファル」
◇◇◇
階段を登り自分の部屋へと向かう。階段を登りきり、廊下を進み、目の前にあるドアに手をかける。
ドアを開けて部屋の隅に荷物を放り投げ、畳の上に敷いてある座布団に倒れ込む、
「いってぇ」
座布団は倒れ込むためのクッションでないことを今更思い出した。
カチッカチッ
魔術仕掛けの時計の音が部屋に響く。久しぶりにかぐ畳の匂いに癒される。
指先から力が抜け、体がゆっくりと畳の上へ溶けていく。
もう時期眠りに落ちそうな時、ドアが開いた。いっつもノックをしないのは決まって兄貴だ。
「なにファル」
力のない声で答えた。
「ちょっと母さんの前で話しにくい事があってな、男同士の会話ってやつをしたいから庭まできてくれ。」
兄にしてはこんなに気を使うことは珍しい。
「はぁ」
兄は部屋を去っていき、重い体を起こし後を追うように、僕も部屋を出た。
庭につくとあたりはもう暗くなっていた。
先についていた兄は夜空を見ていた。
「ねえ兄貴、話ってなんだよ」
「なぁレノン、魔術は好きか?」
突拍子もない質問に困惑せずにはいられなかった。
「はぁ?いやまあ好きだけど、なんで急に?」
「魔術を学ぶことがお前にとって重みになってるような気がしてな、まあ好きならなんでもないよ。」
いつもの元気が感じられない声で答えた。
冷たい埃を含んだ風が音を立てた。
「レノン、俺はヴォレジア王国に遠征にいくことになったんだ。」
ヴォロジア、その名前を聞いて物怖じした。
「もちろん単なる用事じゃなくて、この国の騎士の1人としてだ。…俺も考えたくないんだが、帰れる保証はどこにもない。」
兄貴は大きく息を吸った
「だから、俺がいない間母さんとかを頼みたくてな」
「……」
「なぁに俺はすぐ帰ってくる、だからそんな不安そうな顔すんなって」
そう僕の背中を軽く叩きながらそう言った。
「じゃ、先に戻ってるな」そう言い残して家へ入っていった。
そのどこか不安を包み込んでいた背中に向かって「行かないで」その言葉だけが喉を通ることがなかった。
◇◇◇
「いただきます」
三人の声が重なった。
食卓の中央には、湯気を立てる大きな鍋と、皿いっぱいに盛られた唐揚げが置かれていた。豚汁から立ち上る味噌の香りが部屋に広がっている。
「ほら、レノン。あんた好きでしょう」
母さんが僕の椀に豚汁をよそう。
「うん。いただきます」
一口すすった。
温かかった。
ただそれだけなのに、妙に安心した。
二週間近く家を離れていたせいか、この味がひどく懐かしく感じる。宿で食べた料理も悪くはなかった。けれど、どこか違った
具材の大きさも、味噌の濃さも、少しだけ雑な盛り付けも。
全部、知っている味だった。
「どう?」
「うん。やっぱり母さんの豚汁が一番うまい」
「そうでしょう」
母さんは満足そうに笑う。
向かいでは兄貴が唐揚げを一つ箸でつまんでいた。
「それ、俺が狙ってたやつ」
「早い者勝ちだ」
「譲ってくれて」
「兄貴ってのはな、弟から唐揚げを奪うために存在してるんだ」
「ちぇ融通のきかねぇやつだ」
母さんが呆れた顔をする。
「二人とも、子供じゃないんだから唐揚げくらいで喧嘩しないの」
そう言いながら、母さんは兄貴の皿に唐揚げを一つ置いた。
「ほら。これでいいでしょう」
「母さんは話が分かるな」
「最初からそうしていればいいのに」
「俺は最初からそうするつもりだった」
「絶対嘘だ」
思わず笑った。
兄貴も笑った。
母さんも笑っている。
食卓には、箸の音とくだらない会話だけが続いていた。
兄貴が学校の騎士仲間の話をして、母さんがそれを聞いて心配そうな顔をする。
「また無茶してるんじゃないでしょうね」
「してないって」
「前にもそう言って怪我して帰ってきたでしょう」
「昔の話だろ」
「去年よ」
「……そうだったか?」
「覚えてないの?」
「細かいことは気にしない主義なんだ」
「便利な性格ね」
そんなやり取りを聞きながら、僕は豚汁をもう一口すすった。
久しぶりに心まであったまると思いに浸っているとき。
「レノン、唐揚げ食べないなら貰うぞ」
「食べるよ!」
兄貴の箸が伸びてくる。
僕は慌てて皿に手を伸ばした。
「そういえばアルヴェリアの林檎はどうだった?」
今度は僕に母が質問してきた。
「あ、食べれてない」
「あんたあの林檎を食べないのアルヴェリアの魅力の半分も味わってないのと同じよ。」
「3級を受けに行く時に食べるよ」
「お、レノンはもう3級も視野に入れてんのか!もし受かったらこの国で10本の指に入るな。」
「やめてよ兄貴、そんな言われると恥ずかしいって」
「ま、四級でも万々歳だし、そんな無理に勉強と鍛錬をしなくてもいいじゃんない?」
「母さんの言うとおりだ」兄貴が頷きながら答えた。「兄貴も言えないけどな」そう、僕は突っ込んだ。
兄貴と母さんが笑った。つられて僕も笑った。
何だかこんな風に身の回りのことについて何気なく話し合うのがとっても懐かしく感じた。
◇◇◇
眠りにつくのは苦手だ。特に今まで寝たことのないような場所で寝るのは心底僕にとって苦痛だった。
父さんが死んでから数日はこの家ですら、今まで寝たことのない場所に感じたこともある、けどその自分の苦痛すら背負えず兄貴に背負わせてしまったのは今でも心の隅に鉛玉のように心に残ってる。だんだん溶けて無くなってしまう鉛玉のように。
まぁ、そんな時は散歩して眠気を待つことが多い。けど夜の散歩はいつもじゃ見えない景色、出会いがあるから嫌いじゃない。
でもここ数日、自分にとっての大きな壁を乗り越えたおかげで、この家は幾分にも増して僕にとっての家だった。
◇◇◇
時計の針が丑三つ時を回った頃だろうか、轟音によってレノンは目が覚めた。窓の外を覗くと北の方の空が赤くなっていた。
「レノン!!」ただその声色から悟ってしまった。
月明かりが兄貴の顔を照らしてはっきりと表情を理解した。
「兄貴…」
「レノン、とにかく南へ走るんだ、母さんは先に行かせたから追いついてくれ。俺は騎士としての責務を果たしてから向かうから」
兄貴はそう残し腰に剣を添え部屋から去ろうとした。
なぜだろう、非常事態だというのにいつも以上に頭が働いてしまった。
「い、いか、」泣いてすらいないのに声が詰まってしまった。
「そんな顔すんなって、
….大丈夫だ、後で合流しよう」
空を見上げていた兄貴が僕の目を見てきた。
「そんな心配すんなって、俺が大事な時に嘘ついたことがあるか?」
雲が月の光を遮って扉の向こうにいる兄貴の顔が見えなくなってしまった。
兄貴を追いかけるように、僕は家を出た。まだ整理していない、証明書などが入った小さいバックを持って。
外に出ると、近隣に住んでる人がこちらに走ってきた。1人は絶望し、もう1人は恐怖していた。
「ジン…」
「何突っ立てんだ!こんなところで腰抜かしてちゃだめだろ!」その言葉でハッとした。
僕はすかさず走り始めた。
ハァハァハァハァ
どれくらいの距離を走ったのだろうか。肺が痛いし口の中も血の味がするようになってきた。途中まで一緒にいた人の姿もところどころ見えなくなっていた。
後ろから聞こえる轟音もだんだんと大きくなってきた。空気が足りなくて目の前がだんだんと霞み始めた。
「レノン!!」前方からいつも僕を呼ぶ声がした。ご飯のときや、怒こるときや、他愛もない会話をする時の声が。
「母さん!!」咄嗟にそう叫ぶ。
何年ぶりかもわからない、抵抗感もない抱擁をしようとした。
ああ
そうだ
いつも
いつも
いつも
いつも
いつも
…………俺は惨めでなんも守れない。
あれ?こんなことって。
◇◇◇
レノンに襲ってきたのは抱擁の感覚ではなく、血と肉片が弄り混ざった液体の生暖かいという感覚だった。
崩れるように跪く。
「ああああああ!ああああ!!」
母親は顔がなく、密かに黄色に発光する人の形をしていたものが、持っている剣によって切り裂かれた。
死にゆく彼女の目とレノンは目が合う。
「ご、めんね」そう残した後、母親は光の兵に肉片にされた。
「…………………あぁ」
光の兵がレノンへ向く。水が下に落ちるように自然に。
ああ全ての歴史のように弱いから奪われる。そうだ、僕の幸せなんかただの一欠片にすらならない、砂だった。
光の兵の刃がレノンへ振られる。
振り落とされる剣はレノンへ届くことは、無かった。
レノンの前には銀色の青年が立ち、短い短刀で剣を止めた。
「立て!!お前はまだ死ぬ時じゃない!!
役立たずを後悔するなら逃げて役に立ってから後悔しろ!!」
レノンの頭は混乱して答えられるはずがない。
青年は呆れた顔をして、兵の剣を振り払う。
「馬鹿は死んでも治らないって言うが、こうもお前は馬鹿なのか!!」
レノンの反応はなかった。
青年は兵の攻撃に押される。
「お前の母親と兄の約束も果たせずに死ぬのか!!」
ハッとした。
「立てよ!!」
少年は立ち上がった。
兄を嘘つきにしないため、母の願いを叶えるため。
青年はほくそ笑む、光の兵を前にして。
◇◇◇
「良い良い!良いではないか!!」
腕を広げ紅く染まる天を仰ぐ、燃える国の中で。
朱色の目はより強く赤みがかっていた。
「いかんな」
横に立ち並ぶ黄色い兵が男の方を向く。
「あぁパイモン、あまりにも美しくてな、心が踊ってしまった」
光の兵が前を振り向く。1人の腰に剣を携えた男の方を。
男が月明かりで照らされる。
「まずは話をしたい!!」怒号が響く。
「礼儀とやらを知らない童に貸す耳は持ち合わせていない」
「ああ名前を名乗っていなかったな!!
俺はファル・エルダという!!
失礼を承知で聞くが、なぜこのようなことをする」
「我が国に『必要だった』これで満足か」
「ああ、満足だ」
ファルは腰の剣に手を掛け、下を向く。一息ため息を。
刹那、電光が走る。
光の兵達は構えた。
けれど、置き去りにされた。
男は手元にある八の字が連なる剣で迎えた。
ギンと重たい音が鳴る
「お前の国のために家族、隣人の死を受け入れろと、神さえその権限は持っていない!!!」
「ああけれど持っているんだよ、人には」
「お前」
「どうした、そう激昂することもないだろう、我が国、人類にとって必要なことだ」
「なぜだ、他人を考えられるのに!!」
男はファルを地上に押し返す。
光の兵達が襲いかかる。
「待て兵よ!!貴様らの手はいらない。
理由が足りなかったな、必然的なことだ。
弱いから奪われるただそれだけだ」
男はファルを眺める。
そして微笑む。
「ああそうかそうか、途中までの発言を取り消そう。
運命だからだ。そのもう一つの剣がそれを語っている」
ファルは怒りと困惑が混ざった表情を浮かべながら、もう一つの剣に目をやる。父さんや弟、母さんの思い出が詰まった剣に。
「分かった、俺が愚かだった、話をするなど最初から意味など無かった。」ファルは剣を構える。土埃が足元から湧くように力強く。
「ふん、多少の能があるのに惜しいことをする」
鍔迫り合いの音が廃墟に響く。
第一幕 荘周夢蝶—終—
第一幕を読んでいただきありがとうございます。
勘の良い方はもう気づいていると思いますがこの作品はFateシリーズに強く影響を受けています。
そんなFateシリーズが好きな方やそんな世界観が好きな方、ぜひこれからもよろしくお願いします




