秘境発殺人特急
「絶対にやつが犯人のはずなんだっ!!」
拳を愛用のテーブルに叩きつける船引太郎警部に船引次郎は嫌な顔をした。
「少し落ち着いて下さいよ兄さん。アルコールを飲んでるわけでもないのにちょっと荒れすぎじゃないですか」
「荒れたくもなる。あの野郎のせいでこっちはこの1ヶ月ロクに寝れてないんだからな」
「だったら早く自分の家に帰って寝て下さいよ」
「刑事が事件未解決で安眠できるかっ!!俺を寝かせたいならいつものように謎を解け次郎っ!!」
「まぁ、いつものようにやるだけやってみますけど……」と次郎。
推理ショーを売り物にする人気探偵Vtuber天海士郎として活動している自分に
捜査一課を率いる兄が事件解決の協力を求めてくるのはもはや二人の間では恒例行事となっているので不思議はないが
一つの事件にここまで入れ込み苛立っているのは珍しい。
訝しむ次郎だったが捜査資料をめくり被害者に関する情報を見て納得した。
矢島京太郎。それは兄が可愛がっていた部活の後輩の名前だった。
太郎と京太郎、名前がよく似ているので記憶に残っている。
全国大会に出場した際は「太郎コンビ」として市の広報で記事にもなったはずだ。
家族構成には妻一人、子一人とある。結婚2年目、幸せの絶頂期に命を落とした無念を考えると次郎の心も痛んだ。
「容疑者はすぐに見つかったんですね」
「あぁ。津川進ってクソ野郎だ。事件が起きた時間、現場近くを足早に去る津川らしき男が目撃されている」
津川進。49歳。
3年前まで矢島京太郎の妻である智子(当時独身、旧姓は西村)が勤めるIT企業の課長をしていたが
智子に対する執拗な求婚とセクハラが問題となり解雇。
警備会社に転職後も智子へのストーキング行為は続き京太郎と結婚した際には脅迫文まで送りつけている。
事件の動機が痴情のもつれならこれ以上ない容疑者だ。
「どうして逮捕しないんです?」
「アリバイだよ。ヤツは殺人が起きた時間に現場にいるのは不可能だったと主張しているんだ」
太郎が事情聴取をした際に津川はニヤニヤと笑いながら携帯を取り出し自身のSNSを見せた。
そこには秘境駅として有名な駅のホームでピースサインを決める津川の写真がアップロードされていた。
次郎は携帯のルート検索アプリを起動して事件現場と撮影場所までの距離と移動にかかる時間を確認する。
「なるほど、もし本当に写真をSNSに上げた時間に秘境駅にいたのであれば
事件が起きた時に現場にいるのは難しそうですね。
本当に写真をとったのが事件当日ならの話ですが」
「それについては裏をとった。津川が事件当日にここにいたのは事実だ。
この写真は駅員に撮影してもらったものだったんだ」
「となれば津川は犯人ではないと考えるのが自然な流れではありますが……」
「いいや、ヤツが絶対に犯人だ!!」
「根拠は?」
「ない。だがヤツが犯人だ」
「無茶苦茶ですねぇ」
「次郎、お前は別の犯人がいると思うのか」
「いいえ、おそらくこの人が犯人だと思いますよ。流石に怪しすぎる」
そういって次郎は自分の携帯で確認していた津川のSNSを見せる。
「ざっと3年分の投稿をさらってみましたがこれ以前に津川が旅行の写真をアップしていたことはありません。
それどころか自分の映る写真を上げたの自体これが初めてのようです。
雑なアリバイ工作ですねぇ」
「俺たちもそう考えた。だがそのアリバイが崩せねぇ」
「近辺には空港も飛行場もなし。となると怪しいのは車ですか」
「3日前に試してきた。サイレン鳴らして全力で走ってもあの山道を使って電車以上の速度を出すのは無理だ」
「取り調べで余裕を見せるだけあって鉄壁のアリバイですね。
別方面から当たったらどうです?
トリックは分からなくても事件現場付近の監視カメラに津川の姿があれば逮捕は可能でしょう?」
「徹底的に調べたがヒットなしだ。警備会社で働いてるんだ、監視カメラを避けるのなんてお手のものってことだろう。
場合によってはこの殺人を実行するための準備に畑違いの警備会社に転職した可能性すらある」
まさか、とは言いきれないのが恋愛絡みの殺人の恐ろしいところだ。
二人が過去に解決した事件の中には学生時代の浮気の恨みを晴らすために10年かけて準備した犯人がいた。
「となるとアリバイ崩しは避けられませんか」
「何でもいい、ヤツが使いそうな手口に心当たりはないか」
「そうですねぇ、パッと思いつくのは時刻表トリックですか」
「時刻表トリック?」
「昭和に流行ったトラベルミステリーでよく使われたトリックですよ。
一見すると犯行不可能に見えて実は意外な抜け道があるというのがウリですね。
目的地からあえて逆方向に進むと特急列車に乗り換えが可能で
犯行が可能になるなんてのが有名どころとして知られています」
「それだっ!!」
「いや、残念ですが現代ではこの手は使えないんですよ。今はルート検索アプリがありますからね。
時刻表マニアでも気がつかないような複雑な乗り換えルートもコンピューターなら見落とすことがない。
そもそも津川のいた路線は終点まで行かないと別路線への乗り換えも出来ないし
平日は各駅停車しか走っていないようです」
悪態と共に再び太郎の拳がテーブルに叩きつけられる。
今度は次郎も嫌な顔はしなかった。
何なら自分も兄のように拳を叩きつけたい気分だった。
探偵にとって謎を解けない時ほど苛立つ時はない。
それが殺人犯が罪を逃れるために用意したものならなおさらだ。
「振り出しに戻っちまったな」
「ですね。兄さんの方は何か心当たりはないんですか。気付いたこと、違和感を感じたこと、何でもいいんです」
次郎の問いかけに太郎はしばし沈黙し、それから口を開いた。
「………時期だな」
「時期?」
「あぁ。ストーカーの犯行がエスカレートするタイミングってのは大きく3つだ。
自分が振られた時、相手が交際や結婚した時、相手に子供が生まれた時だ。
今回の犯行はそのどれにも合致してねぇ。犯行当日は二人の結婚記念日ってわけでもないしな。
この中途半端な時期に動いたのには何か理由があるはずだ」
「時期……時期……半端な時期なのはこのタイミングでしか使えない方法を用いたからだとすれば………」
次郎は記憶の奥底に僅かに残っていたテレビドラマの内容を掘り起こす。
昭和の定番トラベルミステリー。
そのトリックの多くは情報化社会に駆逐されてしまったがあれは今も使えるのではないか。
猛烈な速度で検索を開始した次郎は30分後、ついに目当ての情報にたどり着いた。
「解けたのか?」
兄の問いかけに次郎は昭和の名探偵にならって答えた。
「えぇ。謎は全て解けました」
津川進は二度目の取り調べも初回同様、余裕の笑みを浮かべて席についた。
「それで?今度は何の用ですか刑事さん。
私のアリバイが証明されたという話なら電話を一本いただければ結構なんですがねぇ」
対する船引警部は前回の激情を引きずることなく冷静に告げた。
「あんたが事件当日に秘境駅にいたって話なら駅員から裏がとれたよ津川さん」
「あぁ、それは良かった」
「は、白々しいこったな。普通こういう写真は同じ観光客に撮ってもらうもんだ。
わざわざ仕事中の駅員に撮影を頼んだ上にお礼と称して自販機の缶コーヒーまで手渡したのは
事件後に確実にアリバイを証言してもらうための小細工だろ」
「そう難癖をつけられても困りますね。
お世話になった人にお礼をするのは人として当然のことでしょう?
それにもし私が刑事さんの言う通り周囲の記憶に残るように振る舞ったとしてもアリバイはアリバイ。
私に智子を誑かした矢島とかいう男を殺すことは時間的に不可能であることに変わりない」
「残念だがあんたのアリバイはもう崩れてるんだよ津川さん」
わずかな沈黙。それから津川はことさら余裕を見せるように笑みを深くした。
「ははっ、下らないハッタリですね。
あの周辺は飛行場もなければバスもない、別の路線だって通っていない僻地だ。
そして運行しているのは各駅停車だけ。
どう工夫したって犯行時間までに現場にたどり着くのは不可能だ。
刑事さんはルート検索アプリってものをご存知ないんですか?
あらゆる交通網を駆使して目的地までの所要時間を出してくれますが私の言ってることが正しいと証明してくれますよ」
饒舌な津川の反論にたっぷりと間をあけてから船引警部は口を開いた。
「ルート検索アプリ。そいつが今回のトリックの肝だった。
今時は何でもデジタルでコンピューターの出した答えが絶対だと誰もが信じ込む。
解雇されるまでIT企業で働いてたあんたはそれがよく分かってたんだろう。
だがどれだけ頭の良いコンピューターを使ったところで前提となるデータに間違いがあれば正しい答えは出てこない」
「な、何の話だ?何を言ってるのか私にはさっぱり………」
「今さらとぼけるなっ!!「運行ダイヤには表示されない列車を使う」それがてめぇの使ったトリックだ津川。
修学旅行や団体ツアーなど特定の利用客に限定された列車は運行ダイヤには掲載されず
ダイヤを元にして計算を行うルート検索アプリにも表示されることがない。
お前はアリバイ工作を行った後で隣の駅まで移動してそこから出発する新興宗教がチャーターした特急列車に乗り込んだ。
参拝巡礼する信者専用の列車があるなんて知らなかったんで勉強になったぜ。
観光ツアー用の特急列車を使わなかったのは自撮りに映るのを警戒したからだろうが裏目だったな。
巡礼行事の直前に入信しながらその後は一度も顔を見せない偽信者のこと、みんなよく覚えていたよ」
顔色を失いガタガタと震えだす津川。
船引太郎は新婚の後輩を殺した殺人者の胸ぐらを掴んで吠えた。
「世話になった人に礼をするのは当然だぁ!?
だったら今のうちにたっぷりと礼の言葉を考えておくんだな。
てめぇが死ぬまで世話になる刑務所の看守のための言葉をなっ!!」




