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風間家

客席の椅子は硬かった。


体育館のパイプ椅子よりはましだが、落ち着かない。背もたれに体を預けるたび、場違いな場所に来てしまった気がした。


舞台の上では、照明が淡く揺れている。

聞き慣れない音楽。聞き慣れない空気。


帰りたい、と一瞬思った。

だが、隣を見ると妻が黙って前を見ていた。逃げ道を塞ぐように。


幕が上がる。


最初は、正直よく分からなかった。

男だとか女だとか、そういう以前に、動きの意味が掴めない。


だが、しばらくして気づいた。

視線が、ひとりの踊り手に吸い寄せられていることに。


薪男だった。


体は細い。

昔から変わらない、折れそうな背中。


なのに、床を蹴る足だけは、妙に強かった。


あいつは、逃げていなかった。

少なくとも、今この瞬間は。


胸の奥で、何かが音を立てて崩れた。

信念か、偏見か、それとも父親としての虚勢か。


名前のつけられない破片が、静かに落ちていった。


_____________________________________


照明が当たるたび、息子の影が床に伸びる。

その影を見て、涙が出そうになった。


私はずっと、守る側に立っているつもりだった。

でも、今わかった。


あの子は、守られるために踊っているんじゃない。

立つために踊っている。


自由という言葉で包んだつもりが、実は檻を作っていたのかもしれない。


かわいそうと言わないことで、同情していた。


夫の肩が、少しだけ下がっているのが見えた。

あの人も、今、壊れているのだと思った。


壊れるのは、悪いことじゃない。

直すためなら。


舞台の中央で、薪男が一瞬だけこちらを見た。

目が合ったかどうかは分からない。


でも、私はうなずいた。


「見てる」ではなく、「すごいね」と伝えるために。


_____________________________________


ライトが眩しい。

客席は暗くて、誰の顔も見えない。


それでいいと思った。

見られるのは、踊りだけでいい。


でも、音楽が一段落した瞬間、なぜか分かった。

両親が来ている。


理由はない。

空気の重さが、少しだけ変わった気がした。


怖かった。

評価されることも、否定されることも。


だから、床を強く踏んだ。

逃げないために。


価値があるかどうかなんて、どうでもいい。

ただ、ここにいる。


それだけを体で言った。


_____________________________________


拍手が起きた。

俺も、遅れて手を叩いた。


上手いかどうかは分からない。

でも、嘘じゃないことだけは分かった。


終演後、楽屋の前で待った。

何を言うかは、決めていなかった。


薪男が出てきた。

汗で前髪が張り付いている。


「……」


言葉が詰まった。


だから、こう言った。


「お疲れ様、頑張ったな」


それだけ。


_____________________________________


それだけで十分だった。

それだけでよかった。


認められなくてもいい。


ただ、哀れまれていない。


それが分かった。


_____________________________________


三人で並んで歩く帰り道。

会話は少ない。


でも、足音は同じ速さだった。

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