9話 初作戦
——璃乃の部屋——
璃乃は部屋にある物をリュックに詰めていた。
「これと、これもいるかな?重そうなのとか、音が出るのはダメ……。22時に病院前……もうそろそろ出ないと」
時刻は21時を過ぎる頃だった。
ふと、夕方の少年の言葉が脳裏に蘇る。
『残っていた最後の結界は——琴宮明日香の病室にあった』
その言葉の後に二人は別れることになった。
帰路に着く際に、少年は璃乃に作戦決行を宣言していた。
『錬金術師も証拠を残してはいけない決まりは共通だ。敵が現れるのは深夜になる可能性が高い。22時に必要なものを各自持ってきて、病院前に集合だ』
あの時、少年の目は本気だった。
このあと、本当に“戦い”が起きるかもしれない。
璃乃はそっと息を呑み、手を止める。
こんなこと、両親には絶対に言えない。
「よっし」
リュックを背負い、ヒナの寝顔を確認して、足音を立てないように部屋を出る。
そのまま階段を降ると、リビングからテレビの音と二人の笑い声が聞こえる。
「ごめんね、お母さん、お父さん」
誰にも聞こえないように呟き、家のドアを開けて病院へ向かった。
◇ ◆ ◇
——神無月町病院前——
「遅いな……」
少年は持参した刀を抜き、刃に目を落とす。
これから起きるであろう戦いに想いを寄せていた。
「俺が殺す……そのために俺は……」
瞳には光が入ってこない。それは彼自身も分かっていた。
しかし、彼はとうの昔からこの道のために全てを捧げてきた。それが叶うなら他は全ていらない。
そう思い込みたい。彼の強い決意と少しの疑念。
「クソッ!俺はまだ決めきれてない半端なクソ野郎なのか!ほとほと自分に嫌気が差す」
刀を鞘に戻し。目を閉じる。今は冷静でいなければ駄目だ。半端者かどうかは自ずと分かるはずだ。
そう——
「ごめん!待った?」
——イレギュラーが俺に問いかけてくるから。
「ギリギリだな。あと数分遅かったら、置いていくところだった。それで……だが、そんな大量に何を持ってきてるんだ?」
彼女は少年の常識を崩していく。出会ってまだ一日も経っていないのに、校門の前でも、病院のエレベーター内でも、広場でもそうだ。
何も知らないから突拍子のないことを言っているだけだと最初は思ったが、どうやら違ったようだ。
「えーとね、チョコレートでしょ、それとキャラメル。眠くならないためにカフェオレも二人分持ってきたよ!」
やっぱり何も知らないらしい。
璃乃は続けている。
「ポテトチップスとかもいいかなーって思ったけど、音がねー結構音がするでしょ?だから——」
少年は手のひらを璃乃の目の前に出した。
「ちょい待て。これは遠足じゃないんだぞ。もしくは兵糧攻めを食らっている訳でもない。全部置いていけ。それと——」
一番気になる物がまだ紹介されていない。璃乃の背中から明らかにはみ出している物。
「ゴルフクラブだよ?お父さんの7番アイアン。たまにお父さんが言うんだよ。なぁ璃乃、父さんはこれで色々な窮地を脱してきたんだ。ってね!」
背中から抜き出したアイアン片手に満面の笑みでウインクをする璃乃。
「ってね!じゃねーよ!このおバカ!」
思わず大きな声が出てしまう。
「おバカって、君だって今持ってるの刀だよね?銃刀法違反なんじゃない?お巡りさんに言えば、どうなることやら……」
「お前、脅迫のつもりか!?」
璃乃は笑いが堪えられないようで、手で口を塞ぎ体を震わせている。
少年は案の定、イレギュラーに心をかき乱されていた。
そんなくだらない話をしていると、時刻は22時を回った。
小さな音で少年のスマホのアラームが鳴る。
「ったく、でもこれからはおふざけは無しだ。裏口から侵入して、琴宮明日香の病室のあるフロアまで行くぞ」
仕切り直しとばかりに気合を入れ直し、歩き出す少年。
「オッケー行こう」
二人の初めての戦いが始まる。
◇ ★ ◇
——神無月町病院裏口前——
「こちら警備室、あぁ、22時の巡回、問題なしだな。お疲れ、戻ってきたらそのまま休暇に入ってくれ」
待機している警備員がインカムを通して言う。
草木に隠れ、警備室の前、即ち裏口のすぐ近くで機会を伺う璃乃と少年。
璃乃は高鳴る鼓動と足の震えを武者震いと無理やり解釈し、警備室を凝視し続けていた。
「つまり、裏口の警備が一人になる。これが22時10分頃。休憩時間が2時間。それまでに侵入して、お相手さんの様子を伺おうじゃないか」
ミスはできない。この緊張感に璃乃は息を飲む。
ガチャ——
病院内部と繋がる警備室の扉が開く。
「来るぞ、警備員が後ろを向いた瞬間にダッシュだ」
「うん……」
巡回を終えた警備員が戻ってきた。それに気が付いたもう一人の警備員が「お疲れ」と言わんばかりに見張り位置から後ろへ振り返る。
「今だ!」
二人は足音を立てないように配慮した上で出せる最高の速度で走り抜ける。
「休憩に入ってくれ。お疲れさん」
「じゃあ休憩行ってくる。何かあったら起こしてくれ」
もう一人が仮眠室へ入り、警備員は再び裏口を見張るために前を向く。
「なんとかなったな」
裏口の陰で肩で息をつく二人。なんとか作戦成功といったところだった。
「でも、扉のロックがかかってるよ?これじゃあ入れないよ?」
当たり前の話だが、鍵がかからない入り口の扉などない。まして、病院などの医療施設の裏口がそう簡単に入れるようになっている訳がない。
入るにはこの病院の職員と警備員のみが持っている、カードキーが必要なことは璃乃にもすぐに分かった。
少年はニヤリと笑みを浮かべて一言。
「俺を舐んな」
ポケットから一枚のカードを取り出す。
「なんで持ってるの?」
璃乃の真っ当な疑問。
「さっき病院で看護師からパクった」
「えっ?」
璃乃は目の前にいる泥棒に少し引いていた。
少年は鼻高々に聞いてもいないに経緯を話す。
「看護師のシフトや警備員の巡回のタイミングを調べるにかなりの時間がかかった。プラスで、今日お前が琴宮明日香の見舞いに来たことで俺が病棟フロアに入る口実ができた。それで行動がとりやすくなった。偶然にも今日勤務の看護師の一人がカードキーを適当なところに置くやつだったからな。これで全ての準備が今日揃ったてことだ」
犯人は反省をしないタイプらしい。
ジトッ——
璃乃が冷たい視線を浴びせるが、少年は気にも留めずにカードキーの位置を確認していた。
「行くぞ!」
「はいはい」
カードキーを翳し、病院内部へ。




